「ハーレムをつくる」ネットで女性を集めた“監禁王子”が逮捕されるまで

10月1日(火)7時30分 文春オンライン

 私は、子ども・若者のインターネットにおける居場所について、関心を持って取材を続けてきている。インターネットは生きづらさを吐き吐き出せる居場所として機能する面がある一方で、そうした心情が犯罪と結びつく面もある。


 最近でも、無職の女性が池袋のホテルで殺害されたが、逮捕された男子大学生との出会いはツイッターだった。女性が自殺志願者を募集する投稿をした。それに大学生が「手伝う」と応じた、とされている。女性は、生きづらさの心情を露呈したことで、事件の被害者となった。



『 ルポ 平成ネット犯罪 』(ちくま新書)


 こうした事件は稀に起きる。拙著『 ルポ 平成ネット犯罪 』(ちくま新書)は、「見える化」された数々の事件を振り返ったものだ。平成の終盤で、男女9人が殺害された座間事件が起きたが、前出の事件と地続きでもある。


 本書のサブテーマは、生きづらさのはけ口としてインターネットは成り立つのか、成り立つとすればどのような条件か、というものだ。単に規制しさえすればよし、ということでもない。今後も、急速に発展、変化していくインターネットとの付き合い方のヒントを考えたいとの思いで上梓した。


 以下、本書の一部を転載する。


◆ ◆ ◆


「監禁王子」と呼ばれた理由


 精神的に人を支配した事件としては監禁王子事件が忘れられない。次々と女性たちを監禁したとして、平成17年(2005年)5月、警視庁は札幌市南区の25歳、Aを逮捕した。被害者は兵庫県赤穂市の19歳、井上貴美(仮名)。Aが彼女を足立区のマンションに104日間にわたって監禁。心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したとして、東京地検は監禁致傷罪で起訴した。平成14年(02年)に起こした同種の監禁事件(懲役3年、執行猶予5年の判決)での保護観察中だった。保護観察所が所在を把握してない不祥事だった。



 この事件は、Aが少女に首輪も強要していたこと、中学時代のあだ名が「王子」だったこと、逮捕された時に「テニスの王子様」の主人公の服装だったこともあり、監禁首輪王子事件とも呼ばれた。


 平成16年(04年)3月8日頃、Aはチャットで知り合った貴美を渋谷区内のホテルに呼び出し、顔を殴るなどして暴行した。「見張り役にお前の顔を覚えさせた」と脅し、同年6月19日まで同区内のホテルや当時住んでいた足立区内のマンションの一室に監禁した。貴美はすきを見つけて、近くの弁当屋に逃げ込んだことで事件が発覚した。「追われているんです。外から見えないところに移動させてください。助けてください。タクシーを呼んで」。貴美は浅草駅の近くにある漫画喫茶で夜を過ごした。翌日、千葉県木更津市のカトリック協会に出向いき、「ついさっきまで男と一緒にいた。暴力を受けた」と訴え、翌日、福祉施設に保護された。



 Aが逮捕されたのは翌年5月と、なかなか事件化されなかったのは、貴美が、「(警察に)話したら殺すと言われている」と恐れて証言しなかったためだ。スタッフのケアにより回復し、警視庁に被害を訴えることになった。その後、逮捕されたAが、「記憶がない。オレは統合失調症だ」と容疑を否認した。


 Aはネカマになって、被害女性に近づいた。女性同士と思わせれば友達になりやすい。Aがバレンタインデーのチョコレートを欲しいと要求して、ネカマがバレたものの、関係は維持された。Aは貴美の住所を知ったことで「ヤクザを送り込むぞ」と脅し、彼女を上京させると、自分も「予備校に通う」と父親に嘘を言って、上京し、足立区内に家賃月12万円のマンションを借りる。鎖と首輪で逃げ出さないように拘束して監禁した。



監禁王子が逮捕されるまで


 Aは昭和55年(1980年)10月、青森県五所川原市で生まれた。津軽富士ともいわれる岩木山が望む地方都市で人口6万強(当時)。実家は税理士事務所と経理専門学校と保育所を経営。地元の旧家として、地域にはその存在を示していた。


 父親は税理士。母親は簿記学校の教員。祖父は元警察署長で、保育園を運営する社会福祉法人の理事長で保育園長を兼ねていた。Aはそこで過保護に育てられた。自宅から約1キロの小学校には、母親が運転する高級車で通っていた。同級生には「小遣いは10万円」と言いふらしていた。


 現地を訪れたとき、すでに家宅捜索を終えていたが、父親は行方をくらましていた。


「弁論要旨」によると、Aは独善的性格で、「他人の感情への配慮が乏しく、社会的規則を無視する傾向があり、挫折体験に対する耐性が低く、不都合なことを合理化して他人に責任転嫁するなどの性向があったことも否定できない」。自分勝手な性格であることを当時の弁護士も認めているのだ。母親に溺愛されて育った一方、父親を嫌っていた。当時の弁護士にも「母親が死んでから人生が狂い始めた。母親が唯一の自分の理解者だった」ともらしていた。夫婦喧嘩も絶えなかった。



 中学時代のあだ名は「王子」。「(過保護のため)同年輩の友人との交友の機会を失い、何も言わずとも他人はすべて自分のために手配、援助するのが当然と考えていた」(「弁論要旨」)。そのため、徐々に孤立した。高校受験に失敗し、地方では稀な「中学浪人」を経験する。翌年、八戸市内の高校に合格するもなじめず中退。別の高校に進学するも中退する。年末、「精神的支え」だった実母が乗用車の中で自殺した。「被告人の精神面・人格面に多大な影響を与え、被告人の精神構造、性格を大きくゆがめたことは想像に難くない」(前出の「弁論要旨」)。



 平成12年(00年)10月、Aは北海道札幌市中央区内のマンションでひとり暮らしを始めた。医学の勉強をしたいと北海道へ行ったが、「北海道大学医学部に通っている。国家試験に史上最年少で合格した」と嘘を言っていた。その後、短期間で複数の女性と結婚と離婚を繰り返し、そこで暴力や監禁による犯罪性が露呈する。いわば、今回の監禁事件の序章とも言うべき犯行が行われた。


「ハーレムをつくる」と命令


 平成14年(02年)、監禁王子ことAは、北海道の21歳、北村舞(仮名)への傷害のほか、19歳の専門学校生、東山未知(仮名)への暴行および傷害、出会い系サイトで知り合った静岡市の17歳、山田里美(仮名)が両親の同意を得て婚姻したように装った有印私文書偽造、同行使で起訴された。


 公判記録によると、Aは01年4月末から舞と同居。5月には婚姻関係を結び、このとき、相手の姓を名乗った。「些細なことに言いがかりを付けては手拳で顔面を殴打し腹部を足蹴にするなどの暴行」をし、舞の恐怖心を煽った。5月中旬頃には、「性的奴隷同然」の状態にしむけた。



 Aは「ハーレムをつくるからもうひとり呼んでこい」と舞に命令し、6月下旬、舞のアルバイト先の同僚であった未知を転居したばかりの自宅へ連れ込む。舞は未知に、「精神科の医者を紹介する」と言って誘い出したという。Aは未知を酔わせて肉体関係を持った。7月、舞と離婚。その後、養子縁組で次々と姓を変える。そして8月には、この頃Aの家にいた別の女性に貸した金が返ってこなかったために、「いつまで騙されているんだ」と、離婚した舞の左大腿部を包丁で切り、傷害を負わせた(この件がのちに起訴される)。



 Aは再び未知を誘い出した。「精神科医をしながら、声優もしている。北大の研究室で研究もしている。君はダイヤモンドの原石だ。ダイヤモンドは磨けば光るけど、磨かなかったらそのままだ。もっと磨けば光るからオレのところに来ないか。人間としての中身をもっと変えないといけない。オレとずっと暮らそう」と言いくるめ、9月、専門学生の寮から衣類等の生活用品を持ってこさせた。逆らうと暴力をふるう。未知が級友に相談すると、「精神的苦痛を受けた。過去を全部捨てろ」「殴られる時は逃げるな。お前が悪いからやっているのに、何で逃げたりするんだ?」などと言って、暴力を繰り返し、「一生、忠誠を誓う」などの誓約書を書かせた。ご主人様と呼ばせ、テレクラでバイトをさせようとしたが、電話がつながらなかったことに腹を立てて、暴行を加えた(この件で、傷害罪で起訴)。10月、未知のクレジットカードでネット使い放題の契約をさせようとしたが、無職のため契約ができなかった。そのため、健康器具で殴打。右手甲部には熱湯をかけ、火傷を負わせた。



 平成13年(01年)11月頃、Aはチャットを通じて静岡市の里美と知り合った。自分は声優やモデルをやっていると偽り、一緒に暮そうと誘った。「今とは全然違う世界を見せて上げる」。家出してきた里美は翌年2月から一緒に暮らし始めたが、たびたび殴る蹴るの暴行を受けた。その翌月には、静岡市の17歳、大西江理(仮名)もネットで知り合い家出させた。里美を含めた3人で暮らすようになったが、Aは江理と結婚する。親には承諾をとっていなかったが、「私は娘の結婚に同意いたします」等と里美が書き、婚姻届を提出した(この件がのちに起訴される。里美は事情をかんがみ不起訴)。


ネットで出会うリスク


 監禁王子事件は、心理的に淋しい女性たちがネットをきっかけに犯罪者と結びついてしまった。ネットによる出会いの「負」の部分が露呈した場合、過激な犯罪にもなりやすい。このような事件は特殊ではなく、実はたびたび起こっている。


『 ルポ 平成ネット犯罪 』では、そうした事件の遷移について伝えている。




(渋井 哲也)

文春オンライン

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