北朝鮮への9億円支援で国論分断 韓国社会の根深すぎる「葛藤」とは

10月13日(金)7時0分 文春オンライン

「これでは保守政権と変わらない」と批判


 北朝鮮の挑発が続く中、韓国で北朝鮮を巡る「南南葛藤」が深まっている。


「南南葛藤」とは、進歩派の政権が誕生した1990年代後半頃から「南北対立」と対比して使われた言葉で、韓国社会での北朝鮮寄りの親北派と反北派のイデオロギー対立や分裂を指す。


 韓国の歴代政権では、この「南南葛藤」をどう調整させていくのかが政権運営の鍵ともされてきた。


 文在寅(ムン・ジェイン)政権も発足当初からこの課題が取り沙汰されていた。大統領選挙でも争点となった、昨年起こったTHAAD(高高度迎撃ミサイル)配備への論争で「南南葛藤」は再び頭をもたげていたが、最近では、対北政策の違いから、両派の溝がさらに広がり始めている。



国内でも追い込まれる文在寅大統領 ©getty


 今年9月に統一省が発表した北朝鮮への800万ドル相当(約9億円)の人道支援についても、韓国では賛否が激しく衝突した。


 保守派のメディアが、「北朝鮮に融和的な言動をとれば、北朝鮮も融和的な態度で返してくると本当に信じているのだろうか。だとすればこの問題は一層深刻になると言わざるを得ない」(朝鮮日報社説9月22日)、「戦術核反対、対北人道的支援……なぜこのように急ぐのか」(中央日報社説9月15日)と批判の矢を向ける一方、中道・進歩系メディアはいち早く、「国際機構を通した対北朝鮮支援 大きなフレームから見て正しい」(ソウル新聞社説9月15日)、そして「対北朝鮮人道支援、南北和解のきっかけに」(ハンギョレ新聞社説9月14日)と支持を表明した。


 中道派の全国紙記者が、対立の背景を解説する。


「文氏は進歩派の大統領として当選しました。北朝鮮への制裁を強化するこれまでの政策は、文大統領の支持者層に深い失望を与えていて、『これでは保守政権とまったく変らない』と批判が出始めています。


 文大統領が国際社会からどれだけ批判されても『対話路線』を捨てないのは自身の信念でもあるでしょうが、こうした支持者層へのアピールでもある。


 今回の人道支援はそんな背景から出たもので、文大統領が誕生した時から予想されていたものです。ただ、やはり、時機を計るべきだった。結局、文大統領は、国際社会からの理解も満足に得られず、国内では『南南葛藤』を増幅させてしまった」


 文大統領が国際社会と歩調を合わせ、北朝鮮への制裁に舵を切る中、これまで韓国内の進歩派の重鎮らは制裁に異議を唱え、北朝鮮との対話を公の場でこんこんと訴えてきた。


 例えば、文大統領のブレーンのひとり、文正仁(ムン・ジョンイン)大統領統一外交安保特別補佐官は9月末、「韓米同盟が壊れても朝鮮半島での戦争はいけない。平壌住民は首領、党と一心同体なため制裁をしても考えは変らないだろう」と発言。これは物議を醸し、保守派は、「文正仁は北朝鮮のアナウンサーなのか」と痛烈に批判した。



北朝鮮の挑発でTHAAD配備賛成派が増えた


 進歩派の重鎮として知られ、金大中、盧武鉉元大統領時代に統一相を務めた丁世鉉(チョン・セヒョン)ハンギョレ統一文化財団理事長は、北朝鮮との対話路線を説いてきたひとりで、9月に行われた「韓半島平和フォーラム」の席でこう喝破している。


「制裁と対話を並行する? これは『雨降る月夜』、『熱い氷』と同じ表現だ。圧迫を感じて対話をする? それはレトリックとしては可能だが、政策としてあり得ない。私たちは、国際社会の制裁に中ぐらい従って、対話に重きを置かなければいけない」


 やはり、盧武鉉元大統領時代に統一相を務めた李鍾奭(イ・ジョンソク)世宗研究所首席研究委員もハンギョレ新聞のコラム(9月10日)で、


「文在寅政府は、今からでも厳重な北朝鮮核の状況において韓国が果たすべき役割を直視して、制裁便乗から抜け出して、主導的・創意的外交に向かって険しい道に進まなければならない」


 と説いている。


 これは、進歩派内の分裂という意味でさらに踏み込んだ「南南葛藤」のようにも見える。



韓国の「南南葛藤」を煽ってきた北朝鮮のビラ。最近では、「核戦争の恐怖」を植えつけるような内容にかわり、〈北から鳴り響く水素弾の爽快な爆音は、米国の完全敗亡を再び宣告する、敵を討ち滅ぼす雷音〉と書かれている。ソウル市内の国会議事堂近くに落ちていた。

撮影/筆者


 世論はというと、やはり、北朝鮮への対応策は、「平和的・外交的解決策を探す努力を続ける」ことを望む人が66%と大勢だ(ギャラップ、14カ国を対象にした北朝鮮の核への認識調査、9月20日〜10月1日)。ただ、一方で、「軍事的解決策が必要」と答えた人も34%いた。これは、他国と比べると、米国の25%、欧州各国の8〜10%台、そしてロシアの4%と比べるとはるかに高く、日本とパキスタンの49%に次いで高かった。


「南南葛藤」が再び浮き彫りとなったTHAAD配備問題は、今年1月には賛成51%反対40%だった。それが、北朝鮮の相次ぐ挑発に臨時配備した後の8月には、賛成が72%まで増えた。


 北朝鮮の挑発がこのまま止まなければ、韓国の世論も大きく動く可能性は否めない。


 そうなれば、「南南葛藤」はさらに熾烈になるだろう。


 前出の全国紙記者が語る。


「韓国は北朝鮮との朝鮮戦争を経験した休戦中の分断国家であり、敵が同胞という複雑な環境を抱えています。北朝鮮への思いもそれだけもつれていて、混乱している」


 北朝鮮の核・ミサイル問題は国際社会の今までにない強い制裁が進む中、米朝対話か米国による軍事オプションかという二者択一の土壇場に近づいている。


 文大統領は朝鮮半島の危機に伴う「南南葛藤」がピークに達した時、果たしてどんな選択をするのだろうか。


「犀の角のように独りで歩む」には、情勢はあまりにも混沌としている。



(菅野 朋子)

文春オンライン

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