沖縄に対する理解が深まらないのは「複雑」だからか

10月13日(金)17時0分 文春オンライン

▼〈論壇時評 沖縄と本土 「自らの現実」はどこに〉8月31日、朝日新聞(筆者=小熊英二)


 沖縄問題は「複雑」だと思っていた。


 あまりに複雑で解こうとするとさらにもつれ、絡まる。だから、触れられない。いや、意図的に触れないことが、ベストの「方策」だとさえ思っていた。


 何十回も沖縄を訪れたことがある。だが、沖縄の人たちのホンネが、見えなかった。米軍基地に関して、本当に怒っている人に出会ったことがない。案外冷静だし、ひとつの「文化」として溶け込んでいるようにも見えた。にもかかわらず、テレビのニュースでは、ときおり、米軍基地の反対集会等に集まった怒りに燃えている人たちが映し出される。


 以前、地元で人気のコント集団「お笑い米軍基地」を束ねる小波津正光が、こんな風に語っている記事を読んだ。


〈実は「反対!」って言っていながら、基地の中で働くことに憧れていたり、「反対!」って言った後に、基地の中のお祭りに遊びに行ってみたり。矛盾なんです。でも僕らは矛盾と感じていない。(基地がある歴史が)60年以上あるから、その矛盾が同居している〉


 若者ほど、矛盾を矛盾のまま受け入れている。この矛盾が、沖縄問題をより複雑にしているのだと思っていた。


 だが、歴史社会学者の小熊英二は、8月31日の朝日新聞の論壇時評「沖縄と本土 『自らの現実』はどこに」の中で、沖縄に対する理解が深まらないのは〈単なる知識不足〉と指摘。そして、さまざまな文献にあたり、もつれた糸を一つ一つ丁寧にほどいて見せる。


沖縄県の普天間基地 ©共同通信社

 沖縄は「補助金泥棒」と揶揄されることもあるが、実際は、基地が返還された後の再開発地は、返還前の平均28倍の経済効果があること。米兵から性的被害を受け、家族にも言えぬまま傷を抱えている女性が今もいること。貧困が最大の関心事である若者と、大人の反基地感情に決定的な乖離があること等々——。


 また、ネットニュース編集者の中川淳一郎の〈この問題は複雑すぎて生半可な気持ちでは取り組めない〉という言葉を紹介し、こう疑義を呈する。


〈考えてみよう。貧困、性暴力、平和学習の形骸化、迷惑施設をめぐる葛藤などは、各地で見られる現象だ。沖縄も自分と同じ生身の人間が生きている土地だと考えれば、理解可能なはずだ。それが複雑に見えるとすれば、(中略)もともと社会の現実に向きあう姿勢が欠けているのではないか〉


 私も、中川と一緒だった。いや、私の場合は、もっと言えば、軽率なことを言って無知を指摘されるのが怖いから、安易に触れることのできない問題だと、わかったような顔をして沖縄問題を敬遠していた。


 小熊は、我々が沖縄問題を遠ざけがちなのは、単なる〈当事者性の欠如〉だと親川志奈子の言葉を引用する。〈沖縄まで行かずとも、類似の問題は「本土」や「東京」にすでにある〉のだ。60年代以前、本土の方が米軍基地はたくさん存在した。地上戦による無数の遺骨が埋まる硫黄島も東京である。自分たちの目の前にある問題から目を逸らしているからこそ、隣人が直面している問題にも想像が及ばない。


 小熊はこう締めくくる。


〈まず、自らの現実の当事者になること。それが「沖縄」と「本土」の境界を壊すことにつながるはずだ〉


 周囲を見渡せば、「矛盾」しているが当たり前になっている事例など、いくらでもある。いや、矛盾を抱えていないものの方が、珍しいのではないか。


 複雑に絡まった糸の塊は、自分の心の中にあった。


(中村 計)

文春オンライン

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