酵素を改良せよ! 「指向性進化法」にノーベル賞

10月15日(月)6時0分 JBpress

指向性進化法の流れ。

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スウェーデン王立科学アカデミーによる2018年ノーベル化学賞の発表の際、スクリーンに映し出された受賞者の(左から)フランシス・アーノルド氏、ジョージ・スミス氏、グレゴリー・ウィンター氏の顔写真(2018年10月3日撮影)。(c)AFP/TT News Agency/Jonas EKSTROMER〔AFPBB News〕

 こんにちは、小谷太郎です。

 2018年のノーベル生理学・医学賞はジェームズ・P・アリソン博士と本庶佑(ほんじょ・たすく)博士に授与されました。おめでとうございます。けれどもこの記事では、その影に霞んでいる感のあるノーベル化学賞について解説します。

 2018年のノーベル化学賞は、2分の1を米国カリフォルニア工科大のフランシス・H・アーノルド教授が「酵素の指向性進化法の開発」で受賞しました。賞金額は約5600万円(450万スウェーデン・クローナ)です。

 残りの2分の1は、ジョージ・P・スミス米国ミズーリ大名誉教授と英国のサー・グレゴリー・P・ウィンター博士が「ペプチドと抗体のファージ・ディスプレイ法の開発」で共同受賞しました。スミス名誉教授とウィンター博士が約2800万円(225万スウェーデン・クローナ)ずつです。

 どちらも素晴らしい業績ですが、今回は、指向性進化法について解説しましょう。


酵素の指向性進化法

 しかしところで「酵素」とは何でしたっけ。それが「指向性」の「進化」をするとは、いったいどういうことでしょうか。進化すると何が起きるのでしょうか。

 酵素は、地球の生命が37億年間かけて開発したさまざまな分子機械です。そのまま利用しても便利なのですが、これを人間の都合にあわせて進化させたのがアーノルド教授の受賞研究です。この方法だと、37億年もかからず、運がよければ数カ月から数年で酵素が改良できるのです。この成果はすでに実用化され、改良された酵素は私たちの生活に役立っています。


酵素:生命の開発した分子機械

 生物の体内では、めっちゃいろんな化学反応が進行しています。生命活動は無数の化学反応の同時進行です。呼吸をしても、食べ物を消化しても、筋肉を動かしても、光合成しても、細胞分裂しても、体内で何らかの化学物質が別の化学物質に変化し、それによって生命活動が成り立っています。

 それらの化学反応の多くは、酵素と呼ばれる分子機械によって操作されます。ある酵素は対象の分子をつかんでめりめりと形を変え、別の酵素は分子と分子をくっつけ、また別の酵素は分子から特定の部品をもぎ取り、生命に必要な化学反応を起こさせます。

 酵素は「アミノ酸」という部品を組み立てて作られています。アミノ酸でできた分子を「タンパク質」と呼ぶので、酵素はタンパク質の仲間です。また、化学反応を助ける物質を「触媒」というので、酵素は触媒でもあります。

 ヒトの体内には無数の種類の酵素が存在しています。他の生物、動物や植物やキノコや細菌の体内でも、さまざまな酵素がせっせと働いて、さまざまな化学反応を制御しています。それらの中には、工業的に役に立つ反応もあるので、じゃあ生物からちょっと借りて使ってみようか、と考えるのは当然でしょう。

 人類は古来から、ヒトの唾液やウシの胃液や植物の抽出物や菌を利用して、食物を発酵させたり固めたり溶かしたり、染料や繊維を加工したりしてきましたが、これは酵素をそれと知らずに利用してきたわけです。また、酵素の存在が発見されてからは、消化酵素が食品加工や胃腸薬などに利用されてきました。


もっと役立つ酵素に進化させよう

 このように便利で働き者の酵素ですが、指向性進化法は、この酵素をさらに人間に都合のよい性質を持つように品種改良しちゃいます。

 例えば脂質を分解する酵素は、洗濯洗剤に混ぜると、脂汚れを落とす効果があります。指向性進化法を用いると、この酵素が洗濯機内の温度と濃度で最も効率よく働くように品種改良できて、酵素のパワーで驚きの白さが実現するというわけです。洗剤用酵素は指向性進化法の実用例です。

 他に、酵素の利用されている製造分野には、調味料や飼料、医薬品やサプリメント、燃料などがあります。現在、多くの企業が指向性進化法を用いて、触媒やタンパク質の安定性や効率の向上、副作用の低減を行なっています。


それで指向性進化法ってどうやるの?

 アーノルド教授の開発した指向性進化法は、生物の進化に似たプロセスで酵素の改良を行ないます。

 例えば、高温下で脂質を分解する酵素が欲しいとします。そういう酵素は、高温で動作する食器洗い機用の洗剤に利用できるでしょう。

 目的の酵素を指向性進化法で作るには、まずどこかの生物の、常温で脂質を分解する普通の酵素を素材として準備します。この生物のDNAの中の、この酵素を記述している断片、つまり「遺伝子」を取り出します。酵素はアミノ酸が鎖のようにつながってできているのですが、遺伝子にはどのアミノ酸をどういう順につなげるか書いてあります。

 次に、この酵素の遺伝子を「ポリメラーゼ連鎖反応(PCR:Polymerase Chain Reaction)」という技術を用いてコピーして増やします。PCRとは、生物がDNAをコピーする機構を利用して人工的にDNAを増やす方法で、これを用いると容器の中でDNA断片がめったやたらにコピーされて増えます。これは現代の分子生物学の基礎となっている大変重要なテクニックです。

 アーノルド教授の手法のミソは、PCRでDNAを増やす際、意図的にコピーミスを発生させるところにあります。コピーミスによって、酵素の指示書中のあるアミノ酸が、別のアミノ酸に置き換わります。そうすると、微妙に形の違う酵素を作る指示書ができあがることになります。こうして、微妙に異なる無数の種類の遺伝子が得られます。

 次に、この無数の種類の遺伝子を多数のバクテリアに埋め込みます。遺伝子をバクテリアに埋め込むのもまた、分子生物学の基礎的なテクニックです。これで、微妙に異なる酵素を生産する、微妙に異なるバクテリアが、大勢誕生しました。

 これらのバクテリアに脂質を分解する酵素を作らせ、高温下での酵素の性能を調べ、選別します。性能の低いバクテリアは捨て、高い性能を出したバクテリアを残します。

 高い性能のバクテリアから再度この遺伝子を取り出し、またPCRにかけ、以上の手順を繰り返します。

 これを数世代繰り返すと、うまくいけば、最初の酵素の数百倍の性能を高温下で発揮する酵素が得られます。これが指向性進化法です。(うまく行かない例は論文になりにくいので、どれほどの試みが無駄に終わったか、何人のポスドクや学生が成果を挙げられずに断念したかは、論文からは見積りにくいです。)


自然の進化 vs 指向性進化

 指向性進化法と過去37億年間続いてきた自然の進化をくらべてみましょう。

・指向性進化法は変異を起こしたい箇所だけ変異させる

 指向性進化法では、開発したい酵素の遺伝子にのみコピーミスが発生します。バクテリアの全遺伝子に発生するわけではありません。

 一方、自然界でも時おりコピーミスが発生しますが、DNAのどの部分に発生するかは偶然により、全遺伝子のどこにでもコピーミスが起きる可能性があります。酵素だけを変異させるわけにはいきません。

・指向性進化法は役立つ変異を逃さない

 指向性進化法では、選別によって、目的の酵素の性能が高いバクテリアが確実に残ります。

 しかし自然による選別では、もしも優れた酵素を持つバクテリアが生まれたとしても、それがうまく生き残るとは限りません。たまたま住みにくい環境に吹き飛ばされ、食べ物がなくて飢えて死んだり、酸素(バクテリアには毒)に晒されて酸化したり、日光を浴びて焼けたり、天敵バクテリオファージに捕まってファージ製造工場に変えられたりすれば、遺伝子を残せません。優れた変異が無駄になってしまうことも多いのです。

 自然淘汰は無駄が多く、当てにならない選抜方法なのです。よくこんな信頼性のない方法で、生物が進化してきたものです。だから現在の形に進化するまで37億年もかかったのだともいえます。

・指向性進化法はめちゃくちゃ速い

 こうして、指向性進化法では、酵素の性能は(成功すれば)数世代で向上します。自然の進化に比べて、きわめて少ない世代で進化が起きるのです。

 農耕と牧畜が始まってから1万年、人類は他の生物を品種改良してきました。現在、遺伝子を直接いじくることが可能になって、品種改良は新たなレベルに達したようです。

筆者:小谷 太郎

JBpress

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