宿澤、奥、廣瀬……日本ラグビーがわずか8年で世界に追いつけた「陰の功労者たち」

10月22日(火)11時0分 文春オンライン

 ラグビー日本代表は2011年までW杯に7大会連続出場するも、わずか1勝にとどまっていた。2011年大会も1分3敗で1次リーグ敗退。


 しかし2015年の前回大会で「ブライトンの奇跡」を含め3勝を挙げると、今大会は4連勝を挙げベスト8に初進出。番狂わせが少ないラグビーで、ティア1と呼ばれる伝統10カ国の壁を見事に破った。


 日本ラグビーはなぜわずか8年で世界に追いつけたのか? チームスポーツでこれだけ一気に階段を駆け上がるのは異例ではないか?


 1991年の第2回大会からラグビーW杯を取材。30年以上、日本代表を取材しているジャーナリストの村上晃一氏に聞いた。


◆◆◆


忘れられない南ア戦、最後の数分間


 南アフリカ(南ア)戦、80分を迎える最後の数分間、日本代表の選手はタックルを繰り返しました。3−26で負けていて、もう勝つ目はない。それでもピーター・ラブスカフニ、ヴァル アサエリ愛、中村亮土……全員が懸命に南アの猛攻にくらいつく。すると80分を過ぎて、トライを取れないと判断した南アがボールをタッチの外に蹴り出しました。確かに勝つことは叶いませんでしたが、私はこの場面に今の日本の強さがはっきり出ていたと思います。


 ジェイミー・ジョセフヘッドコーチは「献身的に尽くす人間」「チームのために最後まで戦う選手」だけを代表に残してきました。グラウンドでただパフォーマンスが良いだけじゃなく、練習でもずっと努力し続けられる選手たち。



南アに敗れたあと、キャプテンのリーチを中心に円陣を組む日本代表選手たち ©AFLO


 そういう一生懸命プレーするチームになったからこそ、応援するファンが一気に増え、南ア戦のスタンドのお客さんも試合終了の笛まで席を立たずに選手たちを見守った。


 なぜこれほど良いチームが生まれたのか。なぜ8年で日本が世界に追いつけたのか。私は日本ラグビー全体がこの大会に向かってジェイミーの言う“ONE TEAM”になったこと——「献身」的に支えてきたラガーマンたちのパスがつながってきたからだと思います。


「トップリーグ」設立——宿澤広朗の奔走


 少し前になりますが、振り返ってみると大きかったのが、2003年の「トップリーグ」の立ち上げです。それまでラグビーの社会人リーグは関東、関西、九州に3つに分かれていました。それを初めて全国統一したのが「トップリーグ」だったのです。



 「トップリーグ」は最初から「日本代表の強化」を一つの目的として誕生しました。このとき、ようやく日本全体で「ジャパンを強くしようよ」という雰囲気が生まれてきました。


 その中心で奔走したのが日本代表強化委員長だった宿澤広朗さんでした。天才ラガーマンであり、三井住友銀行では専務取締役にもなった宿澤さんが「日本のスポーツのなかでこれまでラグビーが存在意義を示してきたのにもかかわらず、そうした存在意義がなくなることに強い危機感を抱いている」と主張し、日本の実力を底上げするために「これはやらなければ」と強い気持ちで進めたのが「トップリーグ」です。



 宿澤さんは89年テストマッチでスコットランドから、そして91年W杯でジンバブエから歴史的な勝利を挙げた際の代表監督でもあります。95年、99年、03年のW杯で全敗したジャパンを見て「このままではダメだ」と立ち上がったんですね。2006年に55歳で急逝されますが、もし生きていればラグビー協会の会長になっていてもおかしくない方です。


 この「トップリーグ」が日本代表強化のスタートになりました。



「日本でW杯をやりましょう」——奥克彦の発想


 また2009年に2019年のW杯日本開催が決まったことも大きかった。「10年後の自国の舞台では絶対に良い成績を残す」——招致が成功したとき、日本のラグビー関係者みんながそう思いましたから。だからこそ、たとえ高報酬になるとしても、エディー・ジョーンズ、ジェイミー・ジョセフと海外から名将と呼ばれるヘッドコーチを呼ぶことをためらわなかった。



 ではなぜ、日本は招致に成功したのでしょうか。そもそもティア1の伝統国以外で、ラグビーW杯を開催すること自体が初めてのこと。それを言い出したのは、イラクに赴任中に銃弾に倒れた外交官の奥克彦さんでした。奥さんは早稲田大学のラグビー部出身。外交官になってからオックスフォード大学へ留学した時もラグビー部に入り、本場イギリスのラガーマンの中に入って活躍しました。


 その奥さんが日本の誰もそんなことを想像しなかったときに「日本でW杯をやりましょう」と言い出した。思い立った奥さんは同じく早大ラグビー部出身の先輩で仲が良かった森喜朗さんに相談します。



 そうして動き出した招致活動でしたが、2004年に初挑戦した2011年大会の投票ではニュージーランドに敗れ、開催権を得ることが出来ませんでした。


 そのときに森喜朗さんがワールドラグビー(ラグビーユニオンの国際競技連盟)の人たちに「いつまで伝統国だけでパスを回しているんだ」「なんでこんな素晴らしいスポーツをもっと世界の人たちに見てもらおうとしないんだ」と訴えたそうです。それは伝統国以外の世界のラガーマンたちの気持ちを代弁したものでした。


 その招致活動のさなか、03年末に奥さんがイラクで不幸にも亡くなってしまいます。森喜朗さんは一緒にやってきた“戦友”が亡くなったことで「W杯を絶対に日本に呼ぶんだ」と思い直した。そうして09年の評議会に再び挑み、見事に2019年の日本開催を勝ち取ったのです。


「なぜ日本代表は勝たなければならないか」——廣瀬俊朗の献身


 日本ラグビーを圧倒的に世界レベルに引き上げたのは2012年に就任したエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチでした。フィジカル面、メンタル面とエディーが日本代表にもたらしたものは本当に大きかった。


 なかでも、私はエディーの最も大きな功績は就任後すぐに廣瀬俊朗をキャプテンにしたことではないかと思っています。



 廣瀬は前体制では選ばれることが少なく、そのときが5年ぶりの代表でした。173cmと小柄で、ウイングとしては抜群に足が速いわけでもなく、代表レギュラーに定着するほどの抜きん出た実力があるわけではなかった。


 じつは廣瀬がキャプテンとして紹介されたとき報道陣は驚いたんです。廣瀬自身も「みなさん、驚かれたでしょう。僕も驚いています」と語っていましたから。



 ではなぜ廣瀬を選んだのか。エディーはラグビーで「日本代表の文化」を作ることが大事だと分かっていたんです。


 じつはトップリーグが出来て日本代表の基盤となったと言っても、選手たちは各所属チームと契約し、給料をもらっている。だから例えば、サントリーだったり、パナソニックだったり、個人個人はロイヤリティ(忠誠心)を各チームに持っていた。


 エディーはW杯で勝つためには、日本代表になることに誇りを持ち、代表へのロイヤルティを持ってジャパンとしてまとまることが不可欠だと考えた。



 そのために頭が良くて、献身的に尽くせて、みんなをまとめられるリーダーは誰か——エディーは95年に来日して東海大の監督になって以来、日本との関わりが深く、日本で誰が人格者なのかということをずっと観察していた。そして見抜いたのが廣瀬が持つキャプテンシーだった。


 北野高(大阪)から慶応大理工学部に進んだ文武両道の廣瀬は、高校、大学、東芝とずっとキャプテンを務めてきましたから。


 廣瀬自身「4年間ずっと日本代表のことを考え続けた日々だった」「チームのことを思って行動することに喜びを感じていた」と語っている通り、彼は合宿に来た選手に毎朝全員に声を掛けるなど「なぜ日本代表で集まるのか」「日本代表がなぜ勝たないといけないのか」、そういう意識を植えつけていきます。


 そうしてまとまった代表はエディーの厳しい練習を耐え抜くことができ、2013年にウェールズから歴史的勝利を挙げます。 


「スタメンを保証できない選手にキャプテンは任せられない」


 しかし廣瀬は翌年「スタメンを保証できない選手にキャプテンは任せられない」とエディーに告げられ、キャプテンの座をリーチに明け渡すことになります。


「心にぽっかりと穴が空いた」失意の廣瀬でしたが再び奮起。2015年大会の31名のメンバー入りを果たします。本大会で残念ながら試合の出番は回ってこなかったものの、練習で最後までひたむきに頑張る廣瀬を見て、他の選手も引っ張られるように実力を発揮します。廣瀬はエディーが見抜いた通り「献身的に尽くすリーダー」だったんです。


 そして日本代表は「ブライトンの奇跡」を起こし、それを見た姫野和樹、松田力也ら次世代のラガーマンたちが次々と「日本代表になりたい」と名乗りを挙げました。エディーの目論見通り、日本のラガーマンにとって代表への意識がガラリと変わったんですね。


 宿澤さん、奥さん、廣瀬……そういう人々の献身がまさにラグビーのパスのようにつながってきて、日本ラグビー全体が“ONE TEAM”になれた。その成果がジェイミージャパンの4連勝であり、ベスト8だったのだと思います。



(構成=文春オンライン編集部)


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(村上 晃一)

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