「イグノーベル賞」の本当の意味を知っていますか?

10月24日(水)6時6分 JBpress

2018年イグノーベル賞授賞式でレクチャーする堀内朗氏。(写真:AP/アフロ)

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 こんにちは、実はノーベル賞よりもイグノーベル賞が好きな小谷太郎です。

「人々を笑わせ、それから考え込ませる業績」に与えられる「イグノーベル賞」。2018年は物理学賞、平和賞、経済学賞などが、10分野の研究に授与されました。

 日本からは、昭和伊南(いなん)総合病院の堀内朗(ほりうち・あきら)氏が「座位で行う大腸内視鏡検査—自ら試して分かった教訓」*1という研究で「イグノーベル医学教育賞」を受賞しました。

*1:https://www.giejournal.org/article/S0016-5107%2805%2903012-9/abstract

 メディアは「日本人が12年連続受賞」と浮かれて報じました。イグノーベル賞の受賞を「ユニークな発想が評価」「これが真の研究」などと讃える反応も見受けられます。

 しかし、このイグノーベル賞という「賞」は、受賞をはたして無邪気に喜んでいいものでしょうか。この賞の対象は、愉快で無害な科学論文ばかりではありません。イグノーベル賞はこれまで、詐欺まがいの疑似科学や愚かしい政治行為に対して、辛辣な批判の意図を込めて授与されてきた伝統を持つのです。


2018年のイグノーベル賞

 2018年のイグノーベル受賞研究を紹介しましょう。イグノーベル栄養学賞は、「人肉食から得られるカロリーが、他の伝統的な食事から得られるカロリーよりも顕著に低いことを算出」*2した功績で、英国ブライトン大のジェームズ・コール博士に授与されました。

*2:https://www.nature.com/articles/srep44707

 旧石器時代の化石人骨には、時おり人肉食の痕跡が見つかります。頭蓋骨基底を割って脳を取り出した跡や、骨を折って髄をすすった跡や、石器による調理の跡などです。

 私たちの祖先やネアンデルタール人は、飢えにまかせて隣人を襲って食べたのでしょうか、それとも人肉食は宗教的な儀式の一環だったのでしょうか。人肉は普通のメニューだったのでしょうか、それとも霊的な効果をもたらす医薬品になったのでしょうか。

 コール博士は人肉の栄養価を計算し、それで旧石器時代の人口を養うことはできないと結論しました。私たちの祖先の主な栄養源は、化石人骨とともに出土する動物の方だったということです。化石に残る人肉食の痕跡は、栄養学よりも、社会学や文化の文脈で議論されるべきでしょう。

 イグノーベル経済学賞は、「横暴な上司に対して従業員がブードゥー人形を用いる場合の効果」*3の研究に対して、カナダ・ウィルフリッド・ローリエ大学のリンディー・H・リアン助教らに授与されました。

*3:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S104898431730276X

 ただしこの研究は、ブードゥー人形の呪術が有効かどうかを調査したものではなく、呪術行為が従業員に及ぼす心理的効果を、心理実験を行なって調べたものです。

 他に、イグノーベル人類学賞が、「動物園の訪問者(ヒト)とチンパンジーが互いに模倣することの研究」*4に対して、イグノーベル医学賞が「ローラーコースターを用いて腎結石を急速に排出する試み」*5に対して、イグノーベル生物学賞が「ワインの達人はグラスの中のショウジョウバエを臭いで検出できることの実証」*6に対して、それぞれ授与されました。ある種のショウジョウバエのメスが出すフェロモンは、匂いで検知できるそうです。

*4:https://link.springer.com/article/10.1007/s10329-017-0624-9
*5:http://jaoa.org/article.aspx?articleid=2557373
*6:https://link.springer.com/article/10.1007/s10886-018-0950-4


イグノーベル賞と日本人

 2018年のノーベル医学教育賞を堀内氏にもたらした大腸内視鏡検査とは、肛門にチューブ型の内視鏡を挿入し、大腸の内壁を観察する検査です。通常、被験者は寝た姿勢で行ないます。

 堀内氏は、直径10.3mmの新型内視鏡(オリンパス製、PCF-P240AI)を用いて、椅子に座った姿勢で内視鏡検査を自分で行ないました。「驚くほど容易にできた」そうですが、患者の羞恥の問題があるため、現場での採用には至っていないとのことです。

 日本人はイグノーベル賞の「常連客」で、ここ12年間は連続受賞という目覚ましい実績(?)があります。

 話題になった受賞には、例えばおもちゃ「たまごっち」があります。「多数の人の膨大な時間をたまごっちの世話に費やさせた」という功績で、開発者は1997年の経済学賞を授与されています。

 2005年には、「ドクター中松」こと中松義郎(なかまつ・よしろう)氏が、「34年にわたり全ての食事を写真にとって記録」した偉業で栄養学賞を受賞しています。

 現在、食事を写真に撮り、SNSにアップロードすることは、広く行なわれています。私たちはもう、他人の飲み食いした物を見せつけられずにインターネットを利用することはできません。中松氏の受賞時には、未来がこんなことになってしまうと誰が予想したでしょうか。時代を先取りした大変先駆的な「研究」といえます。イグノーベル賞選考委員会の慧眼に感心させられます。


イグノーベル賞とは

 今や世界的に有名となったイグノーベル賞ですが、一体誰がどんな意図をもって創始したものなのでしょうか。

 イグノーベルの名は、「イグノーブル(ignoble)」と「ノーベル賞」とをかけた駄洒落です。イグノーブルは「下品な」「不名誉な」という意味の形容詞で、つまりイグノーベルは賞「下品なノーベル賞」「不名誉なノーベル賞」を意味します。

 イグノーベル賞は1991年に雑誌編集者で会社経営者(当時)のマーク・エイブラハムズらによって創設されました。授賞式は1年に1回アメリカで開催され、本家ノーベル賞の受賞者が参加して、イグノーベル賞受賞者に賞を手渡します。


イグノーベル賞の批評性

 2018年のイグノーベル賞受賞リストには、愉快な科学研究が並びました。どのタイトルもユーモアを湛(たた)え、笑いを誘います。

 しかし過去のイグノーベル賞は、ここに挙げたような愉快な科学研究や無害な冗談ばかりに与えられてきたわけではありません。人を惑わす疑似科学や、愚かしい政治行為に対しても、皮肉を込めてイグノーベル賞が授与されてきました。

 例えば1991年、第1回のイグノーベル平和賞は、「水爆の父であり、米国スター・ウォーズ計画の第一人者エドワード・テラー」の、「『平和』の意味を変えようとする生涯にわたる努力」に対して授与されました。

 米国の核兵器開発を技術的にも政治的にも推進したエドワード・テラー(1908-2003)は、「国家が核兵器を持てば、互いに戦争を回避するので、平和が保たれる」という、いわゆる「核抑止論」の信奉者として知られていました。テラーへの平和賞の授与は、核抑止論に対する明確な批判です。

 また1996年には、フランス大統領ジャック・シラク(1932-)が、「広島への原爆投下50周年を核実験で祝した」ために平和賞を贈られています。

 核実験や核兵器の開発に対して、イグノーベル賞選考委員会は抗議の意を込めて、たびたび賞を与えています(が、そうした受賞者が授賞式に現われることはめったにないようです)。

 イグノーベル賞は年々有名になり、本来の意図と違って受賞を名誉と思う人も出てきました。英語の洒落が通じにくい日本人に、特にそういう傾向があるようにも感じられます。

 イグノーベル賞を無邪気に喜ぶ層が増えると、賞に毒や皮肉を盛り込むのが難しくなります。2018年の受賞研究がすべて無害な研究テーマで占められたのは、そういう選考傾向の表れでしょう。イグノーベル賞の批評性や、いささかブラックな選定を楽しんでいた、筆者のようなファンにとっては少々残念です。

筆者:小谷 太郎

JBpress

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