《カリスマ出所で山口組は一つになるか》半グレに流れる若いカタギと68歳ヒットマンが意味する「ヤクザの現在地」

10月28日(月)18時42分 文春オンライン

 山口組の抗争が激化している。分裂した「神戸山口組」の中核組織「山健組」の事務所の近くで、「六代目山口組」傘下の組員が射殺事件を起こし、ヒットマンが68歳だったことが話題を呼んだ。その1週間ほど後の10月18日には、分裂前から山口組のナンバー2を務める髙山清司若頭(72)が約5年4カ月ぶりに出所するなど、にわかに山口組の周辺が騒がしくなってきた。


 内部抗争が続く中、いま何が起ころうとしているのか。長年暴力団取材を続けてきたノンフィクションライターの溝口敦氏に聞いた。


◆ ◆ ◆


出所した髙山若頭とは?



出所し組事務所に入る髙山清司若頭(左端) ©時事通信社


 山口組はいま、6代目の司忍組長の「六代目山口組」、そこから分裂した「神戸山口組」、「任侠山口組」という3つの組織に分裂した状態にあるのは、ご存じの通りかと思います。この混乱した状況は、いまだ収拾のメドもついていません。


 この深い対立のキーマンが、今回出所してきた髙山若頭です。彼の人物像から、現在の山口組の状況を俯瞰してみましょう。


 この髙山という人物は、山口組の中でも名古屋に基盤を持つ「弘道会」の出身。同じ弘道会出身の司組長は就任直後から銃刀法違反の罪で約5年4カ月服役しましたから、いまの6代目の山口組の形を作ったのは立ち上げ直後から運営を担っていた髙山若頭といっても過言ではありません。片目が閉じられた様子から“独眼竜”とも呼ばれ、組織運営能力が高く、信賞必罰の強権的な組運営を行ってきました。


「やられたらやり返す」という暴力団の掟を重視する強硬派としても知られています。68歳のヒットマンの事件も、今年8月に起きた襲撃事件の報復といわれており、「やり返すなら、目前に迫った髙山若頭の出所前に」と考えられた結果の事件である可能性も高いのです。


 しかし、いくら髙山が大物だとしても、彼の出所がここまで騒ぎになるのは、いくつかの要因があります。その一つは、山口組の後継者争いが関わっていることです。


 髙山は恐喝罪で起訴された後、裁判の途中に上告を取り下げる形で服役しています。そのことから、「わざわざ大人しく自ら服役したのは、服役後に7代目を継ぐという黙約が司組長との間であったのではないか」と外部から見られたのです。



 それまで、山口組の組長と、ナンバー2の若頭は、別の組から出すのが慣例でした。それを破ったことに加えて、髙山の組織運営が他の組からすれば強権的で、組内では不満が積もり積もっていた。そんな状況の中で、髙山が7代目になるという話がでてきた訳ですから、「弘道会が続けて組長になるのはおかしいじゃないか」と、大きな火種になった。彼の服役を契機に「山健組」の井上邦雄組長らそれまで山口組の中核を担っていた組織が次々に去っていったのです。


 つまり、分裂の引き金を作った髙山が戻ってきたからには、髙山自身がこの問題を終わらせるために動くのではないか、と周りは見ている。それが、彼の出所に注目が集まる理由なのです。


そもそもなぜ3つに分裂したのか?


 いま山口組の中枢にいる弘道会という組織は、名古屋が本拠地です。弘道会を率いていた司忍は、大分の水産高校を経て大阪に出、その後名古屋に移った。山口組系の組織に加わって、愛知の津島出身の髙山と出会い、東海道筋のヤクザを次々と潰してきた。



 そして、司は5代目の渡辺芳則組長(山健組出身)を、半ばクーデターのような形で引き下ろし、6代目にのし上がったのです。


“弘道会方式”とも呼ばれる彼らの支配方法は、月々の厳しい上納金の設定に加え、組長の誕生日、お中元、お歳暮と、何かにつけてさらなる上納金を要求。また、飲料水や洗剤、歯磨き粉に至るまで、多い組で月1000万円も強制購入させられたといわれています。


 この状況に反発して誕生したのが、「山健組」などを中心とした「神戸山口組」でした。彼らは「弘道会方式のような運営はしない」という理想を掲げたはずでしたが、神戸山口組においても、その厳しい運営に批判が高まり、さらに分裂する一派が出た。これが兵庫・尼崎などに本拠を置く「任侠山口組」です。



 なぜ急に6代目の時代になって組織への不満が高まったかといえば、暴力団をめぐる社会情勢の変化が大きいと思います。


 要するに、弘道会方式は「これまでのヤクザ」の運営方法です。シノギで金を集め、それを組織の中央に集める。組織のために服役した人間を手厚く迎えていきながら、組織を巨大化させていく。高度経済成長とともに発展してきた「広域暴力団」という組織の流れにあるといえるでしょう。



 ところが、いまは暴力団員の不当行為を規制する暴力団対策法、各都道府県の暴力団排除条例などが生まれて取り締まりが厳しくなり、どの暴力団も資金繰りに苦労している状況です。そんな環境の中で、それまでと同じように下部組織からお金を吸い上げていては、上が潤っても下は困窮してしまう。いまの山口組は、この新たな環境に対応できないでいるのです。新しい形の暴力団のあり方が打ち出せていない。それこそが、山口組分裂騒動の本質です。


 ただ、この新しいビジョンというのが非常に難しい。たとえば、任侠山口組の織田絆誠組長は、暴力団員にしては珍しく論理的に物事を考えるタイプで、新しい試みを進めようとしている。実際、任侠山口組の上納金は六代目山口組や神戸山口組と比べても圧倒的に安く、ヤクザの置かれた状況を理解している人物とされます。


 その彼が掲げる最終目標は「脱・反社」。外国人不良グループを街から排除し、「半グレ」に特殊詐欺をやめさせ、さらには、テロ対策として裏社会の情報網を使って治安維持で社会に貢献することで、存在意義を示したいとしています。いわば「私設警備団」ですが、当然ながら警察権力がそういう活動を許さないでしょう。



山口組が再結集できない理由


 髙山が出所したことで、山口組が再び一つになるのではないかと“楽観論”も聞かれますが、私はそう簡単な話ではないと思います。そう考えるのには、いくつか理由があります。


 1つ目は、仲裁者が存在しないことです。過去の暴力団の抗争には、外の組が仲裁に入って手打ちをさせたものですが、いまや暴力団員の2人に1人が山口組という状況ですから、規模が大きくなりすぎて他組のトップが仲裁人や調停者になりにくいのです。


 となると、もう自分たちでなんとかするしかありませんが、お互いの妥協点がない。神戸山口組や任侠山口組が六代目山口組に戻る条件は、要するに「行政改革」しかありません。仲裁者もおらず解決策もないなかで、弘道会がどこで折れるか、その弘道会に対して他の組がどこで折れるか——というチキンレースになっている。落とし所は、長年取材してきた私にも見えません。



 2つ目は、組織の高齢化です。神戸で事件を起こした68歳のヒットマンは、そんな状況を象徴していたといえるのかもしれません。そもそもは先述の通り、8月に弘道会系の組員が襲撃されたことをうけて山健組に復讐したという事件ですが、2人射殺という罪の重さからして、実行犯である丸山俊夫の年齢では生きて刑務所を出られない公算が高い。獄死する覚悟です。


 もともと、ヤクザの世界では高齢のヒットマンは珍しくありません。衣食住が保証される刑務所は、老残の暴力団組員にとっては最後のセーフティネットともいえる存在。家族はともかく、最低でも自分一人の身は養える。最近はその意味合いが強くなっている。昔であれば組のために刑務所に入ると、出所後に組は功労者として温かく迎えてくれました。でも、いまは出所後に組が残っているかもわかりません。


 この苦境で、若いカタギが組に入ろうとしても、あえて組員にはせず、フロント企業で活動させるように指導をする組もある。さらに若者の側も、規制に縛られた暴力団より半グレ的な生き方を選んでいく。この2つの筋の交差するところが、今回の68歳のヒットマンだともいえるのです。


 3つ目は、暴力団の名がついている以上、暴対法を始めとした法令によって何をするにも制限がついて回ることです。とはいえ、「半グレ」のような単なる犯罪者組織になるのは、ヤクザとしてのプライドが許さない。任侠山口組の織田組長らが主張するように、「反社会的勢力とは呼ばれたくない」という意識が強い。これだけ追い詰められても、やはり暴力団は辞められないのです。


ヤクザがいなくなればいいのか?



 今後、山口組は縮減していくでしょう。余程のスポンサーでも現れない限り、その先にあるのは「緩やかな死」です。そして確実に他の暴力団も縮んでいく。街の揉め事を仲裁する「顔役」のような道はあるかもしれませんが、今の広域暴力団という形は維持できないでしょう。


 そう言うと、全てが良い方向に進むように聞こえるかも知れませんが、暴力団がなくなったからといって犯罪集団がなくなるわけではありません。日本の暴力団のように、堂々と看板を掲げている犯罪組織は世界的には珍しく特殊です。これからは目に見える暴力団という犯罪組織から、半グレのように地下化して目に見えない組織に変容していく。新しい犯罪組織の時代になっていくのです。



(溝口 敦/週刊文春デジタル)

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