東京五輪を前にホームレスが姿を消す。“首都浄化”の実態と横行する“貧困ビジネス”

10月28日(日)18時0分 週刊女性PRIME

都庁第1庁舎と第2庁舎の間の歩道沿いにはテントが並ぶ

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 五輪とホームレスをめぐる路上ルポ最終回は、池袋、新宿、渋谷へ。五輪まで2年、居場所を奪われるかもしれない東京のホームレスは泰然自若としていた。追い出されるのか、現状のままでいいのか。“首都浄化”は静かに進んでいる。

(文/フリーライター山嵜信明と週刊女性取材班)



「池袋駅東口は高層ビルが増えて電力供給が追いつかなくなり、南池袋公園の地下に変電所を造ったんです。昔は30張りあったホームレスのテントを撤去し、5〜6年かけて工事して、公園も昨年リニューアルオープンしました。もうホームレスはいませんよ」

 豊島区立南池袋公園に近い飲食店の男性経営者は言う。

 かつて池袋西口公園、西池袋公園と並んでホームレスのテントが多かった南池袋公園は、敷地内にカフェレストランのあるおしゃれな公園に変貌をとげていた。テントの痕跡すらなかった。

「五輪のための浄化ではありませんが、近所としては明るくきれいになったので大歓迎」と前出の経営者は喜ぶ。

 駅西口の池袋西口公園と西池袋公園にもテントはなかった。ただし、テントを張らないホームレスらしき男性が少数いた。このへん一帯のホームレスのために炊き出しをやっている男性(68)が語る。

「池袋西口公園は昔、ホームレスが多かった公園。でも、今はほとんど生活保護を受けていて、昔の仲間がよく集うこの公園に来ているよ。怪しいNPO法人などがやっている宿で暮らしているけど、生活保護費を搾取(さくしゅ)する貧困ビジネスが多いみたいだね」



 炊き出しには約300人が集まるという。大半は生活保護受給者でホームレスは100人に満たないそうだ。

「池袋西口公園のそばには東京芸術劇場もあるし、来年には野外音楽施設もできる。建て直した区役所の近くに映画館を集め、手塚治虫さんら漫画家が住んでいたトキワ荘もあるので、豊島区は芸術の街として売り出したいみたい。だけど、ホームレスに金をばらまくように生活保護を受けさせ、街をクリーンにするだけでは、根本的な解決にはならないと思う」

 と前出の男性は言った。

 JR山手線で新宿駅へ。

 “東京の西の玄関”といわれる新宿は、昔からホームレスの多い場所だ。新宿大ガード下には4人の男性ホームレスがいた。70代の男性は、

「“テントは撤去”と言われるから少なくなったね。“宿に入って生活保護を受けないか”と声をかけられるけど、宿代と食事代でほとんど持っていかれるから入らない」



 都庁舎と駅西口とを結ぶ通路には多数のホームレスがいたが、1996年、動く歩道設置に伴う青島幸男元知事の“ダンボールハウス強制排除”などによって姿を消している。それでも都庁第1庁舎に近いガード下では4人が生活していた。

 60代の男性は、

「以前は新宿区立中央公園でテント暮らしをしていたけど5年前から規制が強化され、いまはみんなバラバラになってしまった。ここも東京マラソンなどのイベントがあるときは移動しなきゃいけないし、厳しくなってきたね」

 栃木県出身で小柄な出井忠明さん(69・仮名)は、

「長年、パチンコ店に住み込みで働いていたけど、55歳でクビになってホームレスになった。最初は西池袋公園にいて、次に新宿中央公園のそばで暮らすようになったの。公園内には100人以上いたけど、上下関係やしきたりがあったので、ひとりのほうが気楽でいいやと思ってね」

 と振り返る。



 ホームレスになっても人間関係で縛られるのは性分に合わなかったようだ。しかし、昼間はここにはいないという。

「特に今年の夏は気温35度を超える日が多かったので、たまんなくてね。1時間前後、歩けば図書館が3つぐらいあるから、そこで本を読んでいるふりをしていました」

 と出井さん。

 近隣でほぼ毎日のように炊き出しがあるため、食事はそれですます。小遣い稼ぎはほとんどしないという。

「きょうだいは4人いますが生きてるのかわかりません。楽しみはないけれど、かといって寂しさもないですよ。ただ、以前に肺炎を患ったし、このところ、やや栄養失調ぎみで右ひざも悪い。だから、五輪のころはここにはいないでしょう。生活保護を受けているんじゃないですか」

 と他人事のように語った。

■貯金して2年後はここを脱出したい



 第1庁舎と第2庁舎の間にある歩道は、雨露をしのげるため、夜になると約15張りのテントが出現する。中から出てきた50代男性は、

「山谷の職安にときどき通っています。ヨットハーバーのゴミ拾いもやっている。いま貯金をしているので、2年後には宿を見つけて、ここを脱出していたい」

 と力強く言った。

 都庁と目と鼻の先にある新宿中央公園に足を向けた。かつては新宿を代表する一大ホームレスの拠点でテントがひしめきあっていた。だが、5年前に事態が一変した。

 同公園の管理事務所は、

「新宿区から、一般財団法人や民間企業などに管理を委託して、それから少しずつルールづくりをして、ホームレスの方と話し合いを進めてきました。もちろん、抵抗もありましたが、同時に区と協力して生活保護受給をすすめていくなどして、いまの公園の姿になったわけです」と説明する。

 テントはゼロ。ここは都内でも有数の猫が捨てられる場所だったが、その野良猫すらいなくなっていた。



「都政のお膝(ひざ)元からホームレスを一掃したい思惑があったと聞いています。だけど、火事など物騒なことはなかったし、みなさん身なりはきれいで、身辺も掃除していたので、そんなに汚くも臭くもなかったんです。要は見た目の問題でしょうが、私は臭いものにフタをするようなやり方は好きじゃない」と近所の商店の女性は言った。



 新宿区にはもうひとつ、ホームレスの多い公園があった。JR高田馬場駅に近い都立戸山公園だ。訪ねてみると、10数年前は公園を囲むようにあったテントがひとつも見あたらない。しかし、ホームレスらしき男性がベンチや芝生の上に10人以上いた。

 沖縄県出身で生活保護を受けている金城祐介さん(57・仮名)は、同公園のテントについて「10年ほど前から撤去が始まった」と語る。

「メトロの副都心線が開通して西早稲田駅ができた。近所の人がこの公園を通って西早稲田駅に行くなど通勤・通学ルートが変わったため、テントは禁止されたんだと思う」

 中学校を出て、地元で就職。19歳で結婚を考えたが、父親に反対されて、泣く泣く断念。その後、上京してしばらくは期間工などで働いた。

「まさしくバブル期でね。1か月目は泊まり込みで手取り26万円だった給料が、翌月には38万円になった」

 と金城さん。

 そのあとは東京都町田市の雀荘に勤務。37歳のときに辞めざるをえない状況になり、それを機に戸山公園でテント生活を始めた。

「同じ沖縄出身の年配のホームレスに気を許していてね。42歳のとき、一緒に酒を飲んでいたら妙な言いがかりをつけられ、俺も酔っていたので頭にきてぶん殴ったわけさ。そうしたら、倒れてそのまま死んじゃってね。傷害と過失致死で逮捕されて留置場に入ったの。あとで知ったんだけれど、警察が“あの人は殺されなくても間もなく病気で死んだはず”って言っていた」



 出所後は生活保護を受けている。

「新大久保の連れ込み宿に入ったら4畳半に2段ベッド2つ。そんなプライバシーもへったくれもないところで宿代と食事代を払ったら1万〜2万円しか残らない。それこそ、貧困ビジネスさ。国も都も区もどうかしている。あれが最低限保障されている文化的な生活ですかって」

 と怒りを爆発させる。

 宿を3か月で出て、現在は高田馬場周辺のアパートで生活する。

「生活保護受給者はとにかく暇だから、テント生活をしていた当時の仲間が忘れられなくて、懐かしくて、この公園へ毎日来ている。数年前から、ホームレスにはこんな噂(うわさ)が飛び交っています。“五輪直前には立ち退き料として1人あたり50万円が出る”って」

 にわかには信じがたい話だが、彼らなりに東京五輪を意識している証(あかし)だろう。



■僕にはぴったり、まさしく転職です



 渋谷区の都立代々木公園に向かった。建て替え中の新国立競技場にも近く、五輪時は相当な人出が見込まれる。

 公園内外に25張りのテントがあった。渋谷門近くに5張り、南門の歩道橋下に20張り。公園では沖縄県出身の新垣二郎さん(61・仮名)が鉛筆画を描いていた。



「いまのところ、撤去しろとは言われていない。もちろん、イベントのときはほかへ移さなければいけないですけどね。ここは近隣で1日に2回も炊き出しがあるところなので非常に住みやすいんです」

 新垣さんは東京・赤坂で長年、バーテンダーとして働いていた。バブル時代にはチップが給料と同じときもあったが、気を遣う接客業にだんだんと嫌気がさしてきて、派遣の現場作業員に身を転じた。

「肉体労働なので50歳を過ぎると徐々に仕事が若い人に回ってしまい、稼ぎが減った。だから思い切ってホームレスになった」(新垣さん)

 生活保護に誘われて1度だけ宿に入ったことがある。しかし、同じ部屋の人とケンカして飛び出した。

「やっぱり、人と接しなくていいし、仕事をしなくても全然、生きていけますからね。とはいえ、テキヤさん(露天商)の手伝いをときどきやることはありますけど。幸いなことに酒もタバコもギャンブルもやりませんから。

 こんなんだったら、もっと早くこの生活に入っていればよかったと思いました。僕にはぴったり、まさしく天職です(笑)」

 2年後はどうするのか。

「そばに競技場があるので、もうすぐ、間違いなく、住めなくなるでしょうね。そうなったら、その時期はほかの場所を探しますよ。だけど、五輪が終わったら、再びもとの公園へ戻れると思っているんですけどね」

 と遠くを見つめた。





 首都東京はここ10数年で大きく様変わりした。別表(※下)のように、路上生活者はおよそ10分の1まで激減している。一方、生活保護を受給する世帯は約1.5倍と急増。要因としては景気悪化や高齢化、政府の無策などさまざま考えられるが、脱ホームレスをした人も含まれる。



 ホームレスの減少は五輪開催に向けた浄化なのか。

 東京都の生活福祉部保護課は「浄化という言葉はあたりません」と否定する。

「都は路上生活者を減らすため、'00年に23区と共同で自立支援センターを立ち上げ、就労もしくは生活保護受給に向けた手助けを地道にやってきました。五輪を開催するからではありません。粘り強く声かけなどをしてきた結果、ホームレスが減ったと認識しています」(都・同課)

 都は長期ビジョンで'24年までに「ホームレス・ゼロ」とする数値目標を掲げており、五輪の4年後を見据えている。

 同じ質問を、新宿区福祉部生活福祉課にもぶつけた。

「浄化といえば、汚いものをきれいにするという意味ですが、福祉の立場では最低限の生活を維持できない人を支援するということであって、少し違います。'06年には新宿区も自立支援計画をまとめており、生活困窮者自立支援法と生活保護法の利用割合は半々といったところです。法律上、生活保護の申請があれば行政は受け付けます」(区・同課)

 都と同様、五輪を開催する前に……との考えでは取り組んでいないという。

 立ち退き料1人50万円の噂については、都も新宿区も完全否定した。「福祉につながらない立ち退き料を行政が税金から払うことなどありえない」(前出の都の保護課)ということだった。

 2年後の夏、今回の取材に応じてくれた彼らはどこにいるだろうか。


やまさき・のぶあき◎1959年、佐賀県生まれ。大学卒業後、業界新聞社、編集プロダクションなどを経て、'94年からフリーライター。事件・事故取材を中心にスポーツ、芸能、動物などさまざまな分野で執筆している

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