零戦、売ります! 唯一の日本人零戦オーナーが決意のお願い

11月6日(月)11時0分 文春オンライン

かつての日本海軍主力戦闘機・零戦を、日本人で唯一保有している人がいる。36年海外在住の石塚政秀さん、56歳。今年6月、72年ぶりに東京湾上空を飛行し話題となったが、「零戦を売ります」という。でも、お高いんでしょう?



零戦オーナーの石塚政秀さん



購入価格は3億5000万円


——どうして売りたいのですか?


石塚 本業のファッション・ブランドの経営も厳しい中で、もうお金の限界です。零戦を日本で維持管理するには、ざっと年間2000万円かかるんです。保険で1000万円、駐機代に整備費、確認飛行にかかる費用で1000万円。私はこの零戦を2008年に購入し、10年間私財を費やして維持してきましたが、もうこれ以上は無理というところまできました。海外での会社経営から購入した自宅も牧場も車も所有していた船も売却してしまいました。


——そもそもいくらで買ったのですか?


石塚 3億5000万円です。


——3億5000万円! それは妥当なお値段なんですか?


石塚 イギリスのスピットファイアー、ドイツのメッサーシュミット、アメリカのP-51マスタング、P-38ライトニングなど海外の戦闘機と比較しても、だいたいこれくらいだと思います。高い買い物をしたとは思っていません。唯一オリジナルの中島「栄」エンジンで飛んでいる零戦52型は20億円の値札が付いていますし。


——しかし、どうして零戦を保有しようと思ったのでしょう。


石塚 元々は、ある地方自治体からの「建設予定の博物館に零戦を展示したいので、機体の購入を手伝って頂けませんか」という打診から話は始まります。私はニュージーランドでレザージャケットメーカー「THE FEW」というファッション・ブランドの会社を経営していて、特に大戦期のアメリカ空軍、海軍のフライトジャケットを扱ってもいるものですから、自然と国内外の航空関係者、飛行機のコレクターと知り合うことが多いんですね。いわば世界各国の航空関係者との航空コネクションがあるのです。



石塚さん ©末永裕樹/文藝春秋


リーマンショックで計画頓挫。私が自費購入することに


——よく石塚さんにたどり着いたものですね。


石塚 私が航空専門誌中で零戦を紹介した記事をを目にして、私のことを知ったようですよ。ところが私が航空雑誌で紹介した零戦の機体は、パールハーバーの博物館に先に買われていました。そこで、アメリカのバイクレーサーでコレクターとしても知られるボブ・ハンナ氏が所有する零戦に可能性はないか賭けることにし、零戦の復元エンジニアとしても知られるブルース・ロックウッド氏に打診してもらい、日本里帰りということで譲ってもらうことになったのです。


——それで博物館に展示されたんですか?


石塚 ところが2008年のリーマン・ショックで自治体が買う計画が頓挫しちゃったんです。私はボブ・ハンナとの零戦購入契約の保証人となっていましたので、契約履行責任を取って買い取らなければなりませんでした。



石塚さん所有の零戦



現在、飛行可能な零戦は世界に4機だけ


——自分で買うまでした思いとは何だったのでしょうか。


石塚 零戦という「近代日本の産業技術遺産」の素晴らしさを、日本で広めていきたい、その偉大さを後世に残していきたいという思いに尽きます。どうも日本では零戦というだけで、戦争を想起させると忌避敬遠されるのですが、戦後のネガティブな教育によるアレルギー反応によるものではないかと思います。これは私の持論ですが、戦後の復興はゼロから始まったわけではありません。日本には明治維新からわずか70年で培った世界最先端の技術と能力を持った多くの技術者がいた。だからこその復興が可能だったわけです。戦艦大和の建造技術然り、ドイツに匹敵すると言われた潜水艦開発技術然り、そして日本の誇れる技術の頂点、零戦開発技術があったからこそ、新幹線を始めとした鉄道事業、造船産業、世界第一位となった自動車産業から電子工学、電気事業など戦後を経ての現在があるはずです。そのことを忘れないためにも、日本に飛行可能な零戦を残しておきたい。





——お持ちの零戦の来歴はどういうものなのでしょうか。


石塚 昭和17年小牧の三菱航空機の工場で作られたこの22型の零戦は、岐阜県各務原飛行場を出発し、南方戦線ニューギニアまで送られ最前線での航空防衛の任務についていました。現地の飛行場で連合軍の地上攻撃に遭い、飛行不能に。戦後、30年ジャングルとなったかつての飛行場跡地の中で見つかり、アメリカのサンタモニカ航空博物館で20年余り展示されていたものが1990年からアメリカとロシアで10年余りの年月と38万時間の延べ労働を掛けて2000年に復元されました。


——作ったのは日本なのに、復元はアメリカやロシアなのですね。


石塚 復元技術は海外のほうが優れていますし、歴史的に価値のあるものを残すと言う文化があります。現在、飛行可能な零戦は世界に4機しかありませんが、全てアメリカで復元し、整備されアメリカ航空局によって飛行認可されたもの。ですから、機体保険もアメリカのものですし、アメリカでの零戦飛行ライセンスを取らないと零戦パイロットにもなれません。


——それを日本で保有するには、金銭面のみならず、いろいろと壁がありそうですね。


石塚 この零戦は2014年に72年ぶりに里帰りしてから日本国内で飛行するための許認可を含めこの3年ですべてのハードルをクリアーしました。機体の売却を日本で実現できれば整備から飛行申請なども元オーナーとして全面的にお手伝い協力をさせていただきますし、零戦を活用し飛行活動、展示会や技術シンポジウムなど教育活動などを開催することで収入も得られるべくサポートもしたいと思っています。


——零戦を活用した収入ですか?


石塚 飛行できる零戦は日本でただ一機です。先ほど言ったように貴重なものですから、先日飛行した「レッドブル・エアレース」などの航空ショー、イベントで飛行を全国から要望されます。しかも零戦ファンは想像以上に層が厚いので集客力が抜群にあります。零戦を見て心の動かない日本人はいない、と私は思っています。日本は海外に比べて航空ショーやエアレース文化が定着していませんが、私のところにも自治体や基地祭などたくさんの問い合わせがあります。零戦の国内保存と飛行活動を知って頂ければ今後零戦が活躍する場は多くなるはずで、年間維持費も十分カバーできるようになると思っています。



さて、気になるお値段は


——アメリカの免許がないと搭乗できないということですが、そうなると“イベント出演”するにもパイロットの手配が大変そうだと思うのですが。


石塚 確かに日本人で唯一の零戦パイロット、柳田一昭さんもアメリカ在住ですし、その点は否めません。しかし、柳田さんに続く零戦の飛行が出来る技量を持った候補者が日本には何人もいます。徐々に零戦環境は整ってきていると思います。





——さて、気になるお値段ですが、お高いんでしょう?


石塚 日本にこの近代産業技術遺産を残していただける方ならば、相互に納得できる値段でお譲りしたいです。まずは4億円から交渉を始められたらと思っています。


——どんな方に新オーナーになって欲しいですか?


石塚 零戦を技術遺産として理解してくださる方、あるいは団体です。それさえ、信念として持っておられるならば、私は安心です。正直な話、海外からのオファーはありますし、売ることはできるんです。でも、私はこの零戦を日本国内に残したい。どうか、理解ある方からのお申し出をお待ちしております。


◆お問い合わせ先は、ゼロ・エンタープライズジャパン( https://www.zero-sen.jp/contact/ )


写真提供=石塚政秀



(「文春オンライン」編集部)

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