世界最高の酒を目指し、伊那食品が異業種進出

11月8日(水)6時12分 JBpress

長野県の伊那・飯沼地区の棚田。ここで作られるお米は全量、米澤酒造で酒造りに使われる。

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 長野県中川村に全く新しい造り酒屋がまもなく誕生する。

 美味しい空気と美味しい水、そして美味しいお米。何を取っても日本酒造りには最高の環境にある。

 信州長野県にはかつて160の造り酒屋があったという。しかし、消費者の嗜好の多様化などで日本酒の消費量は減り、今では80にまでその数を減らしている。

 それでも全国で2番目に多いというが、かつての勢いはどこにも見当たらない。その原因は何なのか——。


市場が萎むときこそチャンス到来

 確かに消費者の嗜好は多様化している。日本各地でワインが作られるようにもなった。若者の酒離れもある。古い日本酒から消費者が離れていくのは仕方がない・・・。

 そう考えるのは普通なのだろう。日本酒に限らず衰退期にある産業ではそう考える人が多い。しかし、それは“普通”の考えではなく、実は淘汰される側の考えなのである。

 市場が小さくなっているときでも成長する企業はある。むしろ、このような自滅的な考えを持つ人が増えている時期こそ、新しく挑戦する側には有利とも言えるのだ。

 中川村に11月末に誕生する造り酒屋もまさにそういう挑戦者である。

 水と米と環境、酒造りに三拍子揃ったところに、超一流の経営と大きな資本が加わった。名前は米澤酒造。

 最初に全く新しい造り酒屋と書いたが、実は米澤酒造には古い歴史がある。明治40(1907)年創業というから、そのブランド「今錦」は110年の時を刻んできた。由緒ある造り酒屋である。

 しかし、外観はもちろんのこと、酒造りの設備も何もかもが全く新しい。古いもので残っているのはおよそ名前と製法だけ。古い酒造メーカーを換骨奪胎してすべて新しく作り変えたと言っていい。

 その経営を担うのが、伊那食品工業なのだ。

 社員と地域の幸福を最優先する経営、トヨタが師と仰ぐ企業・・・としてご紹介し、前回は「信州たかもり熱中小学校」の校長に同社の塚越寛会長が就任したことを書いた。

 それにしても、伊那食品工業は寒天の総合メーカーとして着実に成長してきた。異分野への進出に対しては臆病とも言えるほど慎重だったはず。

 その企業がいまなぜ作り酒屋に手を伸ばしたのか。


迂闊にはお酒に手を出せない

 また、お酒は特別な商品でもある。「おーいお茶」ブランドで有名な伊藤園の本庄八郎会長になぜお酒に手を出さないのかかつて聞いたことがある。

 「大手が市場をがっちり押さえていて、迂闊に手を出そうものならどんな目に遭うか分かったものではない」

 ビールなどと地方の造り酒屋では大きな違いがあるとはいえ、お酒の製造販売には国の認可も必要で大変なことは間違いない。

 樹木の年輪のように着実に一歩ずつ成長することを経営理念に掲げる伊那食品工業のこと、石橋を叩いて渡る慎重な経営を続けるからには、確かな勝算があるはずだ。

 ところが、「何年かかっても、いや10年、20年でも投資は回収できないでしょうね」と塚越寛会長はきっぱりと言う。

 110年の歴史をもつ米澤酒造を全く新しく甦らせるにあたって、同社が投資したお金は約10億円にも達したという。売上高191億800万円、従業員445人の会社にとって決して安くない買い物だった。

 「ざっくり申し上げて伊那食品工業が毎年設備投資にかけている金額がそれくらいですから、丸々1年分の設備投資資金を米澤酒造にかけたことになります」

 父である塚越寛会長から米澤酒造の経営を実質的に任せられることになった塚越英弘副社長(米澤酒造常務)はこのように話す。

 では、儲からない造り酒屋の買収は塚越寛会長の趣味なのか。塚越英弘副社長は「実は父はお酒をほとんど飲みません。特に日本酒を飲んでいる姿を最近見たことがないですね」と言う。


酒造りも年輪経営の1つのシーン

 趣味ではなかった。

 実は、ここに伊那食品工業の年輪経営の真髄が表れていると言っていい。「信州なかもり熱中小学校」の記事でご紹介した自分の家、会社の土地を削って目の前の道路を広くする考え方と同じである。

 つまり、自分より他人、地域のことを大切にする結果なのだ。道が広くなり見通しが良くなれば交通が便利になり、また景観も良くなる。その結果、巡り巡って自分にも会社にも良い影響を及ぼす。

 米澤酒造の買収は信州・伊那バレーの活性化に役立つと考えたからにほかならない。米澤酒造で使う酒米は飯沼地区に広がる棚田で収穫されたもの。万が一酒造りが途絶えれば、棚田も存亡の危機に瀕する危険性がある。

 「少しでも買収資金を節約しようと思えば、会社を潰してから買うこともできました。しかし、それではそこで働いてきた人たち、会社の取引先にご迷惑がかかってしまう」

 「旧会社の借入金は全部返して、社員にはお給料もしっかり払って全部きれいにしてから会社を買いました」

 塚越寛会長はこのように話す。誰も損をしないように配慮したのだ。では、買収した米澤酒造が成長して利益を生む可能性はあるのか。そこがポイントだが、前例はある。

 例えば山口県の旭酒造が作っている「獺祭」。

 従来の造り酒屋の常識と決別し、純米大吟醸だけを作るという方針転換を図った。しかも杜氏を使わず、杜氏の経験と勘はすべて数値化されたデータで管理するように変えた。日本酒をアルコールを飲んで酔うことから、繊細な味を楽しむお酒に変えて成功した。

 伊那食品工業が買収した米澤酒造も設備はすべて最先端のものに取り換えた。その結果として10億円もの投資が必要になったのだ。


酒蔵中に張り巡らされたレーザー光線

 私が見学に訪れたのは9月末だったが、真新しい秋田杉で作られた麹室は杉の強い香りが一面に立ち込めていた。また、貯蔵タンクを収める部屋やお酒を絞る部屋にはあちこちに赤いレーザー光線が張り巡らされていた。

 1ミリの誤差も許さないように設備の設置が行われていた。

 米澤酒造で作る「今錦」は「獺祭」とは違って杜氏を使うが、最先端のデータ化された品質管理を導入するという。これは伊那食品工業で培われた得意中の得意技でもある。

 一方、設備は最先端のものを使いながら、搾り工程は伝統にこだわった。「槽搾り(ふなしぼり)」と呼ばれる方法である。

 熟成した「もろみ」を布袋に一つひとつ入れ、それを槽(ふね)と呼ばれる木の枠の中に丁寧に並べていく。この槽に機械でゆっくりと圧力をかけて酒を搾り出す。

 大変に手間がかかる半面、出来上がった酒に残したくない余分な成分は搾り出されないため、酒の繊細な味が一層引き出される特徴がある。

 「獺祭」と同じようにお酒を飲むものから繊細な味を楽しむものに変える試みと言っていい。塚越寛会長は次のように言う。

 「世界中のどのお酒をもってしても日本酒の繊細さには勝てないと思います。これだけきめ細かい管理を徹底して作るのは日本人にしかできないでしょう。ここが強調されれば日本酒はもっと消費が伸びるはずです」

 槽搾りはお酒の美味しい成分だけを抽出するため、残った酒粕には酒分がまだ30%も残っているという。

 このため「お酒だけでなく、この酒粕も商品価値が高い。日本一の酒粕と言えるかもしれません」と中川村の宮下健彦村長は話す。


酒造りを観光資源に

 米澤酒造は単に日本酒を作って売るだけでなく、観光も視野に入れている。そのため見せる工場として工場見学者を受け入れるとともに江戸から明治時代に作られた徳利250本を並べたお酒のディスプレーにも力を入れる。

 また、お酒だけでなく地元作家の作品や地域の特産品なども販売するという。宮下村長は「中川村の観光拠点の一大拠点になってほしい」と期待する。

 儲かっている企業には「とく」があると言われる。しかし、その「とく」には2種類ある。1つは「得する企業」。もう1つが「徳のある企業」である。

 前者は創業者が優秀で儲け方がうまい。しかし、長続きするのは難しい。後者は周囲を巻き込んで着実に成長する。そしてその理念は代々引き継がれ、長寿企業となりやすい。

 伊那食品工業が米澤酒造を買収したのはまさに、徳のある企業だからであろう。

筆者:川嶋 諭

JBpress

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