鶴保庸介沖縄担当相が「土人」発言を擁護!「差別とは断定できない」「昔は差別語じゃなかった」

11月8日(火)22時0分 LITERA

「参議院議員 鶴保庸介」公式サイトより

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 これは差別の上塗りだ。──沖縄県の東村高江での米軍ヘリパッド建設に反対する市民に機動隊員が「土人が」と暴言を吐いた問題で、鶴保庸介沖縄担当相が信じがたい発言をおこなった。


 それは本日、開かれた参院内閣委員会でのこと。共産党の田村智子議員から「土人」発言問題の見解を問われると、鶴保大臣がこう言い放ったのだ。


「(田村)委員はくしくも『土人という発言が差別以外の何物でもない』とおっしゃったけれども、それこそが、申し訳ないけれども、私は判断できるものではないというふうに思っています」


「土人」と人を罵る行為が差別に当たるかどうか判断できない。......まったく見識を疑わざるを得ない発言だが、さらに鶴保大臣は、不敵な態度でこうも述べた。


「過去に土人という言葉の経緯でありますとか、その言葉が出てきた歴史的経緯でありますとか、さまざまな考え方があります。また、現在、差別用語とされるようなものであったとしても、過去には流布しておったものも歴史的にはたくさんございます。そういう意味におきましても、それを土人ということが差別であるというふうには、私は"これは差別である"というふうには断定できません」


 鶴保大臣はもっともらしく語ったが、頓珍漢にも程がある。「土人」という言葉が差別的に使用されてきた歴史があるからこそ、「土人」と人に向かって投げつけることは差別行為だと現代社会では見なされている。なのに鶴保大臣は「昔は差別語じゃなかったから」という理由で「差別と断定できない」と言うのだ。「歴史的経緯」と言いながら、鶴保大臣こそそれをないがしろにする張本人ではないか。


 しかもだ。鶴保大臣は「土人」発言が発覚したあと、会見で「ことさらに我々が『これが人権問題だ』というふうに考えるのではなくて、これが果たして県民感情を損ねているかどうかについて、しっかり虚心坦懐につぶさに見ていかないといけないのではないか」などと担当相でありながら沖縄県民の気持ちを見くびるような発言をしていたが、本日の同委員会で生活の党・山本太郎議員から"つぶさに見た結果"を問われ、こう答弁したのだ。


「県民感情を損ねていると私が断定するものではありません」


 沖縄県議会は先月28日、「土人」発言は「県民に対する侮辱」として国家公安委員長と警察庁長官に抗議する意見書案を可決している。それでも判断できないと、あろうことか沖縄の政策を所管する大臣が知らんぷりを決め込んでいるのである。


 そもそも、今回の「土人」発言は、機動隊員という逮捕権をもつ権力側から発せられた憲法に反する「人権侵害」問題であり、警察法違反でもある。警察法第二条には、このように明記されている。


《第二条 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
2 警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない》


 この原則が守られることなく市民への人権侵害と弾圧、暴力を厭わない沖縄の現状において、警察は戦前の国家暴力装置と変わりない。


 実際、本サイトの既報の通り、「29万人のための総合教養情報雑誌」と銘打った警察の専門誌「月刊BAN」(株式会社教育システム)なる雑誌では、11月号で沖縄を特集し、"沖縄ヘイトデマ"の発信源となってきた自称ジャーナリストの恵隆之介が寄稿。恵はFacebook上で寄稿したことを報告する文章のなかで、〈大阪府警の機動隊員が基地反対派左翼に「土人」と発言しただけで「差別」ですって?〉〈沖縄に派遣されて基地反対派に罵声を浴びせられながらも必死に国家秩序維持に頑張る警察官諸兄に大きなエールとなると確信します〉などと書き綴っている。


 しかも、同誌のバックナンバーを見てみると、執筆者や登場人物には百田尚樹や瀬戸弘幸、渡部昇一、西尾幹二、倉山満などといった極右、ヘイト言論人がずらり。こうしたヘイト雑誌さながらの同誌を、警察は図書係を通じて購読を斡旋しているのである。


 つまり、「土人」発言は、警察内部で差別意識を植え付けることによって弾圧・暴力を正当化させる教育の結果もたらされたものであり、さらには戦前と同様、政権と警察が思想的にも一体化している状態のなかから出てきた問題だ。だからこそ、鶴保大臣は明確な差別問題であるにもかかわらず、何事もなかったかのような顔で黙認の姿勢をとるのだ。


 だが、どう考えてもこれは大臣として言語道断の態度であり、今回の鶴保大臣の発言は当然、大臣辞職に相当するものである。そして、この発言を安倍首相が許すことがあれば、それは戦前にまた一歩近づいたことを意味するだろう。
(編集部)


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