懸垂、腕立て、戦闘訓練 日本最高峰の吹奏楽団——陸上自衛隊「中央音楽隊」はどうすれば入れる?

11月10日(日)17時0分 文春オンライン

即位パレード 自衛官だけど“プロの音楽家”——陸上自衛隊「中央音楽隊」を知っていますか? から続く




 小学生でクラリネットをはじめて、30年以上吹き続けてきたという陸上自衛隊「中央音楽隊」の植竹友和1等陸曹。今では中央音楽隊のコンサートマスターとして、約80名の演奏者たちを束ねる立場だが、音大で学んでいた当時は自衛隊の音楽隊の道は思いつかなかったという。植竹1曹はなぜ自衛隊に入隊したのか。“自衛隊の音楽隊”にまつわる裏側を聞いた。(全2回の2回目/ #1 から続く )



陸上自衛隊中央音楽隊。今年ロシアで行なわれた軍楽祭での演奏の様子 ©共同通信社


◆ ◆ ◆


なぜ自衛隊の音楽隊に入った?


——そもそも植竹さんはなぜ自衛隊の音楽隊に入られたのですか。


「私は音大を卒業してからしばらくフリーランスのミュージシャンとして活動していたんです。そのときに音大の先輩がちょうど陸自の中央音楽隊でコンサートマスターをしていまして、『興味ないか?』と。それから先輩に話を聞いたり定期演奏会に行ったりして、おもしろそうだなと興味を持ちました。ただそれ以前は全く知らなくて。演奏会でもたくさんのお客さんが来ていて、ファンもいる。へえ、そういう世界があるんだ、という感じでしたね」



——音大時代には考えもしない道だった。


「最近は注目していただく機会も増えて、自衛隊の音楽隊を目指す人も出てきています。ただ私たちのころは“自衛隊の音楽隊に憧れて”という人はほとんどいなかったと思いますよ。私自身もそうでしたし(笑)。音大時代は、クラリネット1本で食っていくという感覚でしたから」



9割が音大卒「入るのは簡単ではない」


——入隊に際してはテストのようなものがあるのですか。


「入隊試験のほかに、実際に演奏して、素養があると認められた人だけが音楽隊要員になれます。私が入隊したときには音楽科で20人弱の同期がいたのですが、9割が音大卒。残りの人も音大に進学するか、自衛隊に行くか、というレベルで個人レッスンを受けているような人たちです。だからレベルは高い。音大を卒業していれば誰でも入れるようなところではないと思います。しっかりした技量があって、さらにこの子は伸びると認められてはじめて合格する。


 例えば私のクラリネットにしても、毎年何十人もの奏者が音大を卒業して世に出てくるんです。そのみんながクラリネットで食っていけるかというとそうではない。8、9割はクラリネット以外の道を行くというのが音楽業界の常識です。だから、自衛隊も入るのは簡単ではないですよね。音楽職種といっても音楽ができればいいわけでもなくて……」



——音楽以外に求められるものがあるということですか。


「入隊試験でも普通の自衛官志望者と同じ学科試験などを受けるんです。合格して入隊しても最初は一般の自衛官同様、新隊員の訓練がありますし、今でも毎年体力検定がある。階級が上がればそのたびに訓練も受けなければいけないですし……。そこはもう自衛隊ですから、体力勝負の世界です」



「懸垂なんて1回も出来なかった」


——なるほど、いくら音楽科職種といえども、他の陸上自衛官と同じような素養が求められている。


「我々も自衛官のひとりなので当然なのですが、でも入隊して最初の訓練が本当にキツかったんです。周りはつい昨日まで野球部だった、陸上部だった、柔道部だったという人たちばかりじゃないですか。それにひきかえ私はずっと音楽をやっていたからスポーツ経験なんてないわけで(笑)。訓練で走れと言われても周回遅れがあたりまえ。腕立て伏せもできないし、懸垂なんて1回も上がらなかった。最初は『ただぶら下がって筋力をつけるところからやれ』と言われました。いやいや、大変でしたね」



——どうやって乗り越えたのですか……。


「ひたすらやるしかないですよ。ただ周りの同期たちはできますからね。筋トレのやり方とか検定に受かるためのコツとか、そういうのを知っているんです。彼らに夜中までずっと付き合ってもらって訓練をして、入隊直後の検定は一番最後になんとか受かった(笑)。


 あとは自衛官ですから、戦闘訓練もあるんです。実際に銃を手にして。大変ですけど、それを乗り越えるとひと回り成長できたような感覚が得られますね。それも今でこそ、の話で当時はただただ辛くて辛くて、耐えるだけ、でしたけれど(笑)」



「コンサートマスター」の仕事とは?


——そうした訓練が音楽隊での活動に生きているなと感じることもあるのでしょうか。


「訓練を共に乗り越えた仲間との絆というのはそこでしか得られないものですよね。音楽だけではなかなか味わえない。あとこれは年齢を重ねて思うことなのですが、自衛隊として行動するときには総合力が必要なんですよ。例えば前線で戦闘する部隊があれば、彼らをそこまで運ぶ部隊や道具を整備したり弾を運んだりする部隊もいる。そういういろんな力の、どれかひとつでも欠けていたらダメ。目的のために一致団結させて全員でことを運ぶ。人間関係の作り方といいますか、そこは普段の音楽隊の活動にも役に立つと思いますね」



——特に中央音楽隊は全国の音楽科職種の隊員が集まってくるところですから、一癖も二癖もある人が多そうですし……。


「レベルは高いですよね(笑)。だからひとつの曲の演奏にしてもみんなそれぞれの思いがあってやっている。そこをうまく調整して指揮者とも相談して方向性をひとつにしていくのが私のコンサートマスターとしての仕事です。そこでは訓練で経験してきたことも役に立っているのかな、と。あと自衛隊のすごいなと思ったところは、落伍者を出さないことですかね」



音大は競争、自衛隊は助け合い


——遅れをとっている人がいても、決して見捨てないということですか。


「『お前はダメだからやめろ』みたいなことはないんです。みんなで引き上げてくれる。私も引き上げてもらった側ですからね(笑)。音大は、やっぱり競争なんですよ。隣のやつよりいかにうまく演奏するか、そればかりやってきました。でも自衛隊に入ってみると、隣に遅れている奴がいるから放っておけ、ではなくて必ず手を差し出す。もちろん競争の部分もありますけどそれだけじゃなくて、組織全員で助け合って任務をこなしていくという考え方が根っこにありますね」



——そういう訓練を経験されると、演奏にこめる思いも変わってくるのではないでしょうか。


「若いころは自分自分みたいなところもあったんですが、やっぱり聴いてくださる方は千差万別ですから、その人たちに一番届けたい音を出せるようにという気持ちは強くなっていますよね。特別儀仗でも国賓の方の国歌を最初に演奏するのですが、やっぱりそこでは日本の自衛隊としての演奏をしっかり見せられるように。そして被災地に行けば、被災者に寄り添った音を出す。そういう引き出しは増えてきたと感じます」



各国の軍楽隊が集まる軍楽祭にも参加


——さまざまな国の国歌を演奏する機会も多いと思いますが、国際交流のようなものはありますか。


「各国の軍楽隊が集まる軍楽祭には参加していますね。軍楽祭は各国が軍楽隊の威信をかけてやるものでして、友好国も招待されるんです。我々も自衛隊音楽まつり(自衛隊最大の音楽イベント)では在日米軍など多くの国に参加してもらっています。


 今年は軍楽祭でロシアに行ってきたのですが、やっぱり国は違っても音楽は共通なんだなあと。改めてそれを実感しますね。陸上自衛隊には陸軍分列行進曲というマーチがありますが、マーチひとつとっても各国の特徴が表現されていておもしろいんですよ。ドイツは重々しくて、フランスはちょっとおしゃれで、イタリアは妙に元気な曲調だったりして(笑)」



——イタリアが元気な曲というのは容易にイメージできますね。海上自衛隊や航空自衛隊の音楽隊との交流はいかがでしょう。


「海上の東京音楽隊、航空の航空中央音楽隊とは合同コンサートを毎年やっています。ですから互いによく交流していますよ。合同コンサートは全国各地会場を変えてやっているので、地方に行ったら懇親会などをしたり」


——そういうときはどんなお話になるのでしょうか。


「でもやっぱり音楽の話ですよね。あとは『陸自はいいなあ、でもうちもいいんだぜ?』みたいな雑談になりますかね(笑)」



民間の指揮者から「これだけピタリと合うのはもう別格だね」


——お話の中に、音楽家としての顔と自衛官としての顔、それぞれ垣間見えるところが陸上自衛隊中央音楽隊の方ならではなんだなと感じます。お話の締め括りに中央音楽隊だからこその音というのはどんなものなのか、教えていただけますか。


「どんな場所でもどんな環境でも演奏できることがひとつ。あとは、揃っているということに関しては負けないと思いますよ。民間の指揮者の方をお招きしたときに、『これだけピタリと合うというのはもう別格だね』と言っていただいたことがあります。それで『本番当日はもうみんな自由に演奏して』とおっしゃって、指揮台に座って演奏を聴いておられた(笑)。まあ、それくらい“何をしていても合う、揃う“という感覚は皆共有しています。放っておいても阿吽の呼吸でできるというか。それは自衛隊の音楽隊らしいところではないでしょうか」



——厳しい訓練をみな受けているからこそのもののような気がします。来年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。前回の東京五輪では中央音楽隊が活躍されたと聞きましたが、今回も予定などあるのでしょうか。



「今のところはなにも聞いていないんです。でも実際、前回の1964年東京五輪では開会式の行進やメダル授与式の国歌吹奏を我々中央音楽隊が担当しています。今ではメダル授与の際に流れる国歌も生演奏は少なくなっていますが、当時は生演奏が主流でしたからね。どこの国の選手が勝つかわからないから、当時はあらゆる国の国歌を事前に練習していたとか。国歌に関しては儀仗でもいつも演奏させていただいていまして、相手国に失礼のない演奏ができると思います。ですから、ぜひ我々をオリンピックでも活用していただけるとありがたいですね」




中央音楽隊の見事なまでに揃った、そして心に響く音色。それは、一般の自衛官とまったく同じ厳しい訓練を経たからこそ出せるものなのだろう。11月10日の即位パレードでも皇居正門前で見事な演奏を行なった。さらに来年2月には東京芸術劇場コンサートホールでの定期演奏会も控えている。民間の他のコンサートとは一味違う“自衛隊の音色”を聴きにでかけてはいかがだろうか。


(全2回の2回目/ #1 自衛官だけど“プロの音楽家”——陸上自衛隊「中央音楽隊」を知っていますか? から続く)


写真=佐藤亘/文藝春秋



(鼠入 昌史)

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