「保守」でも「リベラル」でもない 安倍一強の理由は「ぬえ」のような多面性にある

11月13日(火)7時0分 文春オンライン


『文藝春秋オピニオン2019年の論点100』 掲載


 現代日本の「保守」と「リベラル」を理解するうえで決定的に重要なのは、40代と50代のあいだに政治的な「断層」が生じていることだ。


 読売新聞社と早稲田大学現代政治経済研究所が世代別の政党観を調べたところ、60代以上ではもっとも保守的なのが自民党で、旧民進党が中道、共産党がリベラルとなった。これは、メディアなどが当然の前提とする「保守vsリベラル」の対立の構図と同じだ。


 ところが政党観は年齢が下がるにつれて変わっていき、18〜29歳ではもっとも保守的なのが公明党、次いで共産党、旧民進党で、自民党は中道、もっともリベラルなのが維新になっている。驚くべきことに、いまの若者は共産党を「右派」、自民や維新を「左派」と見なしているのだ。


 日本共産党は、憲法改正や安保法制はもちろん、特定秘密保護法や「共謀罪」、消費税引き上げから働き方改革、築地市場の移転に至るまであらゆることに反対し、現状変更を頑強に拒絶することで、有権者の3%程度の岩盤支持層を維持している。高齢者はこの方針を「リベラル」と評価するが、若者には「保守」としか映らない。



日本共産党が「保守」? ©文藝春秋


 この興味深いデータは、「若者が右傾化している」というのがまったくの俗説であることを示している。若者はむかしもいまも一貫してリベラルで、かつてリベラルとされていた政党が「右傾化」したのだ。こうしてリベラルな若者は、より自分たちの政治的主張にちかい自民党=安倍政権を支持するようになった。


 私たちは、「右」と「左」が逆になった『鏡の国のアリス』のような世界に迷い込んでしまった。日本の政治を語るなら、まずはこの事実(ファクト)を押さえておかなければならない。


世界のリベラル化


 冷戦の終焉とともにバブル経済が崩壊し、1990年代後半には北海道拓殖銀行や山一證券など大手金融機関が次々と経営破綻して、戦後日本の繁栄を支えてきた政治・行政・経済の諸制度が耐用年数を超えたことを白日の下にさらした。


 終身雇用・年功序列の日本的雇用も行き詰まり、労働市場では非正規雇用が爆発的に増えていく。ロストジェネレーション(ロスジェネ)と呼ばれるようになる彼らが、正社員の雇用の安定しか考えない労働組合を見限り、その支援を受ける政党を「保守」と見なすのは当然だ。


 こうした時代の変化にいち早く気づいたのが小泉純一郎で、「自民党をぶっ壊す!」と宣言して2001年の総裁選に挑み、熱狂的な小泉旋風を巻き起こして首相の座を射止めた。小泉の劇場型政治を範にしたのが橋下徹で、「大阪から日本を変える」というスローガンで政治に新風を吹き込んだ。



「劇場型」の小泉元首相に学んだ安倍首相(2004年) ©文藝春秋


 左派の知識人は小泉政権を「ネオリベ」、橋下と日本維新の会を「ハシズム」と嫌ったが、若い世代はそれを「改革」だと受け止めた。「教育無償化」を掲げ、「女性が輝く社会」を目指し、「同一労働同一賃金」を法制化しようとする安倍政権も、この改革路線を踏襲している。



「すべての国民が高い教育を受けられる」ことも、「子どもを産んでもハンディキャップにならない社会」も、「同じ仕事をしているのに待遇が異なる差別をなくす」のも国際標準のリベラルな政策で、安倍首相が「リベラル」を自称するのは間違ってはいない。


 消費税増税、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定加盟、原発再稼働などの安倍政権の政策は、リベラルだった民主党・野田政権とまったく同じだ。「人づくり革命」で提唱した教育無償化は高校無償化の延長で、安倍政権はますます民主党政権に似てきている。長期政権の秘訣は、民主党時代を全否定するのではなく、まるごと引き継いだことにある。


 なぜこんなことになるのか。その理由はきわめてシンプルで、ほかに政策の選択肢がないからだ。


 急速に少子高齢化が進む日本経済は空前の人手不足で、高齢者と主婦を労働市場に参入させ、外国人労働者を増やさなければ回っていかない。


「人生100年時代」を迎えて、定年が60歳のままなら老後は40年もある。1000兆円もの借金を積み上げた日本国に、ますます増えつづける高齢者の面倒を見る余裕はない。


 保守かリベラルかにかかわらず、誰が政権をとっても、夫がサラリーマンとして働き、妻が子育てに専念する日本的雇用を破壊し、「一億総活躍」を目指す以外にないのだ。


◆◆◆


 イギリスのEU離脱を決めた国民投票やトランプ大統領の誕生以来、世界も日本も「右傾化」しているというのが常識になっている。しかしこれは逆で、世界を覆うのは「リベラル化」の大潮流で、日本は半周遅れでそれに追随しているのではないだろうか。



トランプ大統領誕生以降、世界は「右傾化」 ©文藝春秋


 自民党に所属する保守派の女性国会議員が雑誌への寄稿で、「LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)」に対し、「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と述べたことが激しい批判にさらされた。


 かつてならこうした主張は「ちょっとした言い間違い」で済まされただろうが、いまでは国会前で議員辞職を求める抗議集会が行なわれ、「そんなにおかしいか」という特集を組んだ雑誌はさらなる批判を浴びて休刊してしまった。


 東京医科大学が入試の得点調整で女子受験生の合格者数を抑えていた問題も、10年前なら話題にすらならなかっただろう。欧米を席巻した「#MeToo」運動も同じで、人種や性別、性的指向などでひとを差別することは強く嫌悪されるようになった。


「敬虔なカトリック国」アイルランドの国民投票では、圧倒的多数で中絶合法化が決まった。日本でも、保守派の名立たる論客たちが天皇の生前退位に反対したにもかかわらず、世論調査では9割近くが退位を支持した。


「やりたいことは(法に反しないかぎり)自由にできる」「やりたくないことは強制されない」という自己決定権は、リベラルな社会の根本原理だ。いまでは宗教や伝統を理由に権利を制限することは認められなくなった。


 だとしたら、日本の「右傾化」とはなんなのか。私はそれを「日本人アイデンティティ主義」だと考えている。



◆◆◆


 アイデンティティは「社会的な私」の核心にあるもので、徹底的に社会的な動物であるヒトにとって、それを否定されることは身体的な攻撃と同じ恐怖や痛みをもたらす。人類が進化の大半を過ごした旧石器時代の狩猟採集生活では、集団(仲間)から排除されることはただちに「死」を意味した。自己は社会=共同体に埋め込まれているのだ。


 アイデンティティ(共同体への帰属意識)は、「俺たち」と「奴ら」を弁別する指標でもある。それに最適なのは、「自分は最初からもっていて、相手がそれを手に入れることがぜったいに不可能なもの」だろう。


 黒人やアジア系は、どんなに努力しても「白い肌」をもつことはできない。これが、アメリカの貧しい白人たちのあいだで「白人アイデンティティ主義」が急速に広まっている理由だ。彼らは「人種差別主義者」というより、「自分が白人であること以外に誇るもののないひとたち」だ。


 それと同様に、「自分が日本人であること以外に誇るもののないひとたち」がネット上の右翼、すなわちネトウヨだ。


 彼らの特徴は「愛国」と「反日」の善悪二元論で、「愛国者」は光と徳、「反日・売国」は闇と悪を象徴し、善が悪を討伐することで日本が救済される。なぜならそれが、自分たちが置かれた世界を理解するもっともかんたんな方法だから。



ネットでは天皇も批判の対象に ©文藝春秋


 ネトウヨに特徴的な「在日認定」という奇妙な行為もここから説明できる。自分たち=日本人と意見が異なるのは「日本人でない者」にちがいない。事実かどうかに関係なく、彼らを「在日」に分類して悪のレッテルを貼れば善悪二元論の世界観は揺らがない。彼らは、複雑なものを複雑なままに受け入れることや、自分のなかにも悪があり、相手が善である可能性を考えることに耐えられないのだ。


 だが、人種とちがって国籍は変更可能だ。こうしてネトウヨは、「日本人でない者(奴ら)」が帰化して「日本人(俺たち)」にならないよう外国人(地方)参政権に強硬に反対し、「朝鮮半島にたたき出せ」と叫ぶようになる。


 今上天皇が朝鮮半島にゆかりのある神社を訪問したとき、ネットでは天皇を「反日左翼」とする批判が現われた。従来の右翼の常識ではとうてい考えられないが、この奇妙奇天烈な現象も「朝鮮とかかわる者はすべて反日」という日本人アイデンティティ主義から理解できるだろう。


「ぬえ」のような政治姿勢


 欧米を中心に「アイデンティティ主義=ポピュリズム」の嵐が吹き荒れるようになった背景には、グローバル化と知識社会化によって主流派の白人が中間層から脱落しつつあるという大きな変化がある。日本の場合は、アジアで最初に近代化を達成し、圧倒的な経済的ゆたかさを実現したという自信が、中国や韓国の台頭によって脅かされ、大きく揺らいでいることがある。



 いまや中国のGDP(国内総生産)は日本の倍以上あり、国民のゆたかさを示す一人当たりGDPでもシンガポールや香港に大きく水をあけられ、韓国に並ばれようとしている。それによって損なわれた自尊心を回復するために、書店には「嫌韓・反中」本が並び、外国人(白人)が「日本スゴイ」と絶賛するテレビ番組ばかりがつくられるようになった。


 しかしこれは、逆にいえば、「日本人」にかかわりのないテーマ、たとえば夫婦別姓や同性婚、女性の社会進出などに関しては「リベラル」でかまわないということだ。嫌韓・反中と同様にLGBTを「生産性」がないと批判した女性議員は、ここを見誤って地雷を踏んだのだ。


 日本社会の底流にあるのが「リベラル化」と「日本人アイデンティティ主義」だと考えれば、安倍一強の理由がわかるだろう。



©文藝春秋


 安倍首相は既成のリベラル派知識人やマスコミと敵対することで、彼らを嫌悪するアンチ・リベラル(朝日ぎらい)のネトウヨ層をつかんだ。これが政権の岩盤支持層で、森友・加計問題でどんな疑惑が出てもいっさい影響しないばかりか、かえって支持は強まっている。トランプ支持者も同じだが、政権への批判は「俺たち」への攻撃だと見なされるのだ。


 その一方で安倍政権は、「女性が輝く社会」や「同一労働同一賃金」などのリベラルな経済政策でウイングを「左」に伸ばしていく。この戦略が有効なのは、安倍政権と競合する有力な保守勢力が存在せず、これ以上「右」にウイングを伸ばしても新たな支持層は開拓できないが、「リベラル」側には広大な沃野が広がっているからだ。


「真正保守」の安倍首相は、2014年以降靖国神社への参拝を見送り、東京裁判批判など歴史修正主義的な言動を控え、「いかなる譲歩も許されない」とされた従軍慰安婦問題では朴槿恵前韓国大統領と「最終合意」を結んだ。保守派のなかにはこうした「変節」に不満もあるだろうが、ほかに選択肢がない以上、安倍首相を支持するほかない。


 そう考えれば、安倍政権を「保守」か「リベラル」かの二分法で議論することに意味はない。長期政権の秘密は、ネトウヨに対しては「日本人アイデンティティ主義」、経済政策では「リベラル(ネオリベ)」、高齢者や旧来の支持者に対しては「保守」という多面性にある。


 各種の世論調査では、安倍政権は若者に人気がある一方で、年齢が高くなるほど支持率は下がる。それは安倍政権の進めるネオリベ的な経済政策が高齢者の既得権を破壊するからだろうが、それと同時に、とらえどころのない「ぬえ」のような政治姿勢が「まっとうな」保守派には受け入れ難いからではないだろうか。


 18年9月に行なわれた総裁選で安倍首相は下馬評どおり三選を決めたが、石破茂が地方党員票の45%を獲得したことからもわかるように、積極的に支持されているとも言い難い。国民が求めているのは安定で、安倍首相でなくてもべつにかまわないと思っているのだ。


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(橘 玲/文春ムック 文藝春秋オピニオン 2019年の論点100)

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