「そもそも人間は味覚がいい加減」「うちの味は全部パソコンの中」…京料理「菊乃井」村田吉弘さんが語る食の神髄は

2024年11月23日(土)11時0分 読売新聞

「うちの店はリビングミュージアムや」と語る村田さん。菊乃井本店では、若冲の掛け軸や尾形光琳の硯箱(すずりばこ)を鑑賞しながら、魯山人の器で食事を楽しめる イラスト樋口たつ乃

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 日本料理の普及を国内外で進める村田吉弘さん(72)は、京料理の老舗「菊乃井」三代目主人として日々新たな食を研究する料理人で、文化功労者にも選ばれている。その人が、である。「人間の五感のなかで一番鈍感なのは味覚」と断言し、「こだわりの料理人とは言われたない」と語る。いったいどうしてなのか。紅葉の色づきはじめた京の料亭を訪ねた。

暮らす土地に湧く水が人には最良

村田 うちの先祖は代々、豊臣秀吉の妻・北政所が茶の湯に使った菊水の井を守ってきた茶坊主で、大正元年(1912年)に料理屋として創業しました。ただ、井戸がちょっと遠く、私が若かったころ、料理屋の近くで186メートルボーリングし、今もその水で米を炊いています。炊きたての新米、うまいでっせ。

 ——地の水を大切にするのはなぜですか。

村田 暮らす土地に湧く水が人には最良です。それと切っても切れないのが、その水を吸うて育った地の産物。これを使って料理するのが無理なく自然だからです。そやから、4里(16キロ)以内のものを食べるのがいい、と日本では言われてきた。歩いて行き帰りできる範囲です。ヨーロッパ人は25キロって言いますけど……。足が長いから。

 ——なるほど(笑)。その京料理の老舗での暮らしも描く新刊『ほんまに「おいしい」って何やろ?』(集英社)を読んで知りましたが、キャリアのスタートは意外にもフランス料理だったんですね。

村田 じいさんから「後継ぎやねんで」と言われ、お店の人からも特別扱いされた「京都のぼん」です。和食は世界に冠たる料理と思うてたけど、だんだん重うなってきた。それで逃げよう思い、大学4年のとき半年間、ヨーロッパ武者修行をしたんです。

 しかし、50年前のフランスでは日本料理はあまり知られておらず、「極東の民族が作るエスニックの料理に、文化的クオリティーの高いもんはないやろ」という扱い。勘弁ならんと腹が立ち、帰国後に修業を始め、日本料理を世界に広めようと決意しました。

料理3割、サービス3割、あとの4割は雰囲気

 ——「味覚が一番鈍感」という言葉が、本に登場したのには驚きました。そんなこと言ってもいいんですか?

村田 そやかて何がうまいって、3日ほど飯食わんといて、山のてっぺんで食うた握り飯が一番だったりする。空腹は最高の調味料ですよ。

 そもそも人間は味覚が「いい加減」やったからこそ、ここまで生き延びてこられた。鋭敏すぎたら食べられるものが少なくて飢えてしまう。腐りかけたもんでも火を通して、皆でワーワー言いながら食べ、「まあおいしいや」って言える人らが私らの祖先です。

 そやから私はよく「料理3割、サービス3割、あとの4割は料亭なら建物、部屋、器、庭、絵画、書も含めた空気(雰囲気)」と言ってます。

 ——味は3割ですか。

村田 いくら料理が上出来でも、おわんや盛りつけが貧相やったら、おいしく味わえない。誰と食事するかも非常に重要で、嫌なやつと飯食ったってうまいわけがない。

 ——包丁一本さらしに巻いて、味を極めるという人もいます……。

村田 理屈こねて、自分の仕事を大層に見せるようではダメですよ。うちの店では、こう言ってます。包丁は切るための道具やから、大切に手入れせなあかんけど、そこに料理人の魂があるとか、精神性を求めたらあかん。包丁は、行った先でうたらええねん。それよりもパソコンを持ってけ、と。

 ——どういうことですか?

村田 うちのレシピは全部、パソコンの中に入ってますから、それがあればどこでも味を再現できる。よくそば屋などが火事になり、かえしが燃えたと泣いている人がいますが、おかしな話や。

 大切なんやったら、成分の科学的分析をしてデータを持ってなあかん。秘伝の味が燃えたからと泣き崩れ、店の子を解雇し、家族を不幸な目に遭わすことになるのでは、経営者の責任をどう考えてんねんと思う。

「理を料(はか)り定める」こと

 ——なぜこの味が生まれるのか、どうしてこの調理法が必要なのかを科学的に説明した「日本料理大全」(村田さんが名誉理事長を務めるNPO法人日本料理アカデミー監修)のデジタル版の公開(京都府立大学のウェブサイト)を進めた村田さんらしい発言ですね。

村田 これがあれば、どこでも味が再現でき、日本料理が世界に広がる。たんぱく質の凝固温度は58度という料理の科学は世界共通。「料理とは、理を料(はか)り定める」ことやと考えています。

 ——2013年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録されてから11年。努力が実り、海外の日本料理店は増え、日本の農産物や日本酒の輸出も増えていますね。

村田 もっと頑張らんとあかんと思うてます。地方の疲弊が進み、農家が減り、このまま日本の食料自給率が下がっていったら50年後の孫、子らが飢えてしまう。

 ——「経験と勘」が重視された和食の世界で、科学的分析を重視するようになったのはいつ頃からですか。

村田 フランスから戻り、名古屋の料亭で3年修業し、京都の木屋町にカウンターだけの小さな店を一人で開店させたときからです。

 ——一人前になってからですね。

村田 それがもう全然です。修業時代は、温度管理されたフライヤーでカリッと天ぷらを揚げ、できる気になっておったけど、お店の小さなフライパンで天ぷらを揚げたらベタベタになるんですよ。温度が下がりますから。

 そんな料理の理をわかってへんから、はじめのうちは決まったことをやるだけの作業員でしかなく、料理人とはとても言えへんかった。

 わからんことばかりでした。さっと湯がくの「さっと」はどのくらいか。濃いめの塩とは「どんな塩?」みたいな話で……。それで先輩や親父おやじに聞いても、そこそこしとけばええって(笑)。

 でも、わかることはある。エビを揚げるなら、中心はちょっと生っけが残り、外側はカリッとしたのがうまい。それにはどうしたらよいか。温度から衣のつけ方までなんども試し、うまくいったらなぜそうなるかを考えた。

いろんな料理本を読み研究

 ——一人で店を切り盛りしながら、よく研究の時間がありましたね。

村田 なんやかんやいうても「ぼん」ですから、考えが甘い。「商売したらお客さんは勝手に来るもんや」と思うていたけど、誰もきいひん。1週間ゼロの経験もあり、時間だけはある。それで客席に座り、いろんな料理本を読みながら研究しました。

 ——科学的にみた日本料理の特色とは何ですか。

村田 母乳を飲む赤ちゃんは幸せそうな顔をしているでしょ。おっぱいには糖質と脂質、うま味(グルタミン酸)が入っているからです。

 昆布やカツオの出汁だしを使う日本料理は、このうま味を中心に構成した料理で、油脂を中心としたフランス料理など多くの料理とは違って、油を一滴も使わんでもできる。だから作るまでにCO2(二酸化炭素)の排出が一番少ない。

 サステナビリティー(持続可能性)がある日本料理は、世界の人々が食べていくのにふさわしい料理です。

 カロリー計算したら、懐石は全部食べても1000キロ・カロリー。フランス料理のフルコースは2500キロ・カロリーぐらいありますから、和食は体にもいい。

 ——ただ、海外では昆布やカツオ節が手に入らない国や地域もあり、和食の普及にはむずかしさもあるのでは。

村田 そんなことない。トマトをドライトマトにして、かさ(体積)を20分の1にすれば、昆布と同じぐらいのグルタミン酸がある。ごまかし、手抜きはあかんけど、原理原則をおさえ、料理の理にかのうてたら、ちゃんと伝統を継承した日本料理になる。

 これがなかったらできないとこだわっていたら、世界の料理にはなりませんよ。

むらた・よしひろ 1951年京都生まれ。立命館大学産業社会学部卒。93年、「菊乃井」三代目主人となる。「ミシュランガイド京都・大阪」が2009年に始まって以来、「菊乃井本店」は15年連続で三つ星を獲得している。12年に現代の名工、18年には文化功労者に選ばれた。23年5月に広島で行われたG7サミット(先進7か国首脳会議)で昼食会の料理人を務めた。著書に『割合で覚える野菜の和食』など多数。

(読売新聞夕刊「鵜飼哲夫編集委員の ああ言えばこう聞く」から転載)

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