宿場町熊川宿、目指すのは「保存」ではなく「持続」

11月27日(金)6時0分 JBpress

 若狭と京都を結んで海産物を運んだ「鯖街道」。その最大の宿場町だった熊川宿(くまがわじゅく、福井県若狭町)は、古くからの町並みが保存されていて、多くの観光客が訪れる。

 しかし、いま熊川宿が目指しているのは、古いものが“冷凍保存”された観光地ではない。さまざまな人が持続的なまちづくりに取り組んでいるのだ。町の未来のカギを握る3人が、町が目指すものとそれにかける思いを語った。


県人会の出会いから話が急展開

 熊川宿の中心地でシェアオフィス&スペース「菱屋」を運営するのがデキタ代表取締役の時岡壮太さんだ。2018年4月に菱屋をオープン。現在は「古民家一棟貸し切り」の宿「八百熊川」も運営している。

 東京にオフィスを構え、開発コンサルタントや設計の仕事をしていた時岡さんが熊川宿に関わるきっかけは、若狭町政策推進課の池田和哉課長補佐との出会いだった。

福井県おおい町出身の時岡さんが、東京の福井県人会に参加したとき、東京に3年間出向していた池田さんと知り合ったのだ。

 時岡さんが「いずれは福井の仕事をしたいと思っている」という話をすると、池田さんがすぐに案内してくれることになり、さらにやりたいことを若狭町長にプレゼンするように勧められた。「それで町長のところに行ったら、ちょうどこの家(現菱屋)の持ち主さんから相談が来ているという話がありました。モヤモヤとだけ考えていたような状態からいきなり話が具体化した瞬間です」(時岡さん)。2017年5月からプロジェクトが急速に進展し、2018年4月には菱屋がオープン。時岡さんは2019年2月に東京から引っ越して、会社も2019年7月に登記移転した。

 池田さんは2016年に若狭町に戻り、熊川宿の空き家を含め、まちづくりや地方創生事業などに携わった。「大きな要素として公民連携を進めたいということがありました。行政の仕事も民間と一緒になって取り組んでいこうというところに、時岡さんといろいろな要素がぴったり合ったので、ぜひ!ということでスタートしました」(池田さん)。

 時岡さんが熊川宿で活動を始めるにあたって、さまざまな面で頼りにしたのが、地元住民でつくる「若狭熊川宿まちづくり特別委員会」の宮本哲男会長だ。


40年かけてできあがった現在の町並み

 熊川宿が、昔の風情の建物が残っていて価値ある宿場町であると“再発見”されたのが1975年。1981年ごろから調査が始まった。そして1997年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。つまり約40年という時間をかけて、現在の町並みができあがったのだ。

「当初は“町並みを保存する”ということに基軸をおいて、みなが取り組んでいました。とくに保存地区に選定されてからは、道路などのハードウェア面の整備を徐々に進めてきました」(若狭熊川宿まちづくり特別委員会の宮本さん)。

「ただ、町並みを維持しながらも、一方で住民が生活していかなければなりません。あわせてソフトウェア面でのいろいろな取り組みも必要でした」(宮本さん)。

「仕事を持ちながら、休日にイベントに対応したり町並みを維持したり、というようにボランティアで続けていくのは、若い人であっても難しいでしょう。まちづくりの活動を自分の仕事にすれば、自分の収益にもなるし、さらに町の維持にもなるし、という好循環が生まれます。また、全国のさまざまな組織にパイプを持っていたり、個人的なユーザーを広く持っているような方にここで事業をやっていただいて、お互いが交流できると一番いいと思います」(同)。

 現在菱屋のシェアオフィスには、時岡さんのデキタのオフィス、時岡さんが東京のコーヒー専門店と組んで出店したコーヒーショップ、トレイルガイドの会社、高島市から通勤するデザイナー、が入居している。

 時岡さんはそのほかに、一棟の古民家を貸し切る宿「八百熊川」も運営している。現在1棟だがまもなく2棟目もオープン予定だ。

 菱屋のスタート以降、リサイクルショップ「うさぎ」、陶芸工房と工芸品販売店「若州窯」、給食カフェ「はな結」、セレクトショップ「55c」、忍者道場という5軒が開業。さらに近々美容室もオーブン予定だ。

若州窯は、若狭の伝統工芸職人が集まって結成した「若狭の空と海とものづくり」の活動拠点にもなっている。この活動は別記事「地域活性化の資金調達、“三方よし”の仕組みとは」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62973)で触れている。


地道な空き家対策が実を結んだ

「空き家の活用については、この5年ぐらいの動きが大きいです。使われ方が変わった、所有者が替わった、空き家に入居した、という物件が5年で22軒あります。それは、コツコツと空き家対策に取り組んで来た成果ではないかと考えています」(宮本さん)。

 特別委員会は、熊川宿での生活を考える人に向けて、ガイドブック「熊川宿暮らしのガイド」というガイドブックを作成している。そのほか、空き家再生先進地での研修、空き家の所有者に対する賃貸や販売の説明、放置されている空き家周りの草刈り、売買または賃貸可能な空き家情報提供など、空き家対策にも力を入れてきた。

「ただし」と時岡さんは言う。「この5年ぐらいで若手が入ってきて盛り上がっているのはたしかですが、その下地には若狭町の役場や宮本さんたちが地道に町並みを整備し続けた20年があるのです。地味ながらすごいことを20年間やってきて、さらに外の人が入りやすい条件を整えてくださっていたからこそなのです」。

「熊川に来たときに感じたのは、若者が町屋を使ったビジネスをすることや古民家の活用について理解があり、快く受け入れていただく土壌があったことです。これまで積み上げてきたところに花が開いたという印象です。“若者が来ればいい”というだけの発想には実は重要なことが抜けていて、下地が大事だということです」(同)。

 その熊川宿の特性について、宮本さんは次のように説明する。「商売が成功すると町の中心に大きな店を構える。一方失敗すると大きな家を売って町の端の小さい家に移る。熊川にはこういう入れ替わりの文化があります。あまり家に愛着がないところが、ほかとちょっと違っているかもしれません。商売人の出入りが多かったことなどもあり、よそから人が来てくれることに対する抵抗感はほとんどないですね」。


「文化を残す」とはどういうことか

 今後の活動について、時岡さんは主に2つのことを考えているという。

「一つは、空き家活用のための会社を作ることです。ここで新たに出店しようと思うと資金のリスクがどうしてもネックになります。一方で空き家を売ろうという人は相手が個人よりも法人の方が信用を置きやすい。会社が介在することで、お互いに苦労が少なくなります」。

「もう一つは、セレクトショップによる物販です。ここはもともとやまむらだったわけで、山の文化を感じられるものとか山の食べ物とかを、宿やセレクトショップに織り込んでいって、“やまむら熊川”というブランディングをしていくことがポイントになると思っています」。

「物販や飲食は、地域の方を主なお客さんと考えないといけないでしょう。若狭圏、滋賀圏ぐらいの人が日常のちょっと延長という感覚で来ていただく。それを面白がって京都や大阪や東京の人が来る。それが生活商店街であり暮らす場所であるという、あるべき姿なのかもしれません」。

 宮本さんは、熊川宿のブランドの価値をすでに実感しているという。「熊川宿に出店するということが、周りからは信用を得られるようです。文化財を保存している地域のことをよく理解して、地元と共生してやっていこうという姿勢がでるからでしょうか。セレクトショップのうさぎさんは、今年7月に店を開いたとたんに、“うちの商品を扱ってくれ”という依頼がひっきりなしに来るようになって、ここに出店してよかったと喜んでいただいています」。

「もちろん観光のお客さんも大事にします。でも、リサイクルショップに来た人、コーヒーを飲みに来た人がほかのことでも楽しめる。ここを目的に来られた方に付加価値を提供できることが一番大事かなと思います」(宮本さん)。

「文化的な残し方とはどういうことか、を考えています。自然とのつきあい方と暮らしの風景、地元の人が商売とか産業とかで暮らしていく、そういうことが重要な時代になってきていて、それなくして文化的な活動とは言えないでしょう。熊川にはその可能性を十分感じています」(時岡さん)。

筆者:島田 薙彦

JBpress

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