生前の勝谷誠彦さんが記者に語った 「亀田批判」繰り返したボクシング愛

11月28日(水)13時28分 J-CASTニュース

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コラムニストの勝谷誠彦さんが2018年11月28日、兵庫県尼崎市内で亡くなった。57歳の若さだった。

多彩な趣味を持っていた勝谷さんの趣味のひとつがボクシングだった。44歳でボクシングジムに通い始め、アマチュアのリングに上がるほど、ボクシングにのめり込んでいた。幼いころから運動神経が悪かったという勝谷さんだが、ボクシングの腕前は人並み以上だったと自負していた。



「世界中のボクシングを愛する人々に深くお詫びを申し上げたい」




記者がスポーツ新聞でボクシングを担当していた時代、勝谷さんを取材したことがある。当時、勝谷さんは自身のブログ及びテレビのワイドショーで、ボクシングの亀田3兄弟の言動を批判する急先鋒として知られていた。



2006年8月に3兄弟の長男・亀田興毅氏が初の世界戦に臨み、フアン・ランダエタ(ベネズエラ)に判定勝ちして世界王者になった試合は、世間から大きな注目を集めた。テレビ視聴率は平均42.4%、瞬間最高で52.9%(数字はいずれもビデオリサーチ調べ)を記録するほどだった。



1回に亀田興毅氏がダウンし、採点が僅差だったこともあり、批判の矛先が亀田氏に一斉に向けられ、大バッシングが巻き起こった。このような状況の中、勝谷氏は自身のブログでこの一戦を振り返り、自身の率直な感想を次のように述べた。



「日本人の一人としてファン・ランダエタ選手とその関係者そしてベネズエラ国民更には世界中のボクシングを愛する人々に深くお詫びを申し上げたい」


ボクシングへのリスペクト




2007年10月に行われたボクシングのWBC世界フライ級タイトルマッチ、内藤大助VS亀田大毅戦においても、勝谷さんは強烈な亀田批判を繰り返した。



この試合で王者・内藤氏に対して挑戦者・亀田大毅氏が反則を繰り返し、大差の判定負けを喫した。ここで問題となったのは、大毅氏の反則行為が、父・史郎氏と長男・興毅氏の指示によるものだったこと。



勝谷さんはこの反則行為に憤慨し、コメンテーターを務めていたテレビのワイドショー番組で「ファイトマネーはやるからボクシング界から出ていってほしい。史郎さんが出ていけば、いい選手になると思う」と痛烈に批判した。



勝谷さんはかつてボクシングを「究極のスポーツ」と称していた。ボクシングはリング上で殴り合う限りは傷害罪などの罪には問われない。だからこそ厳格なルールがある。この持論に反する亀田家の行為に忸怩たる思いがあったという。



自身の経験を通じて得た、ボクシングというスポーツに対するリスペクトの気持ち。勝谷さんの口から発せられた数々の強烈なカウンターは、この思いがあってのことだったと思う。



(J-CASTニュース編集部 木村直樹)

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