サイボウズ・青野慶久社長が語る夫婦別姓訴訟「伝統ってなんでしょう? いま、ちょんまげで歩いている人はいません」

12月2日(土)7時0分 文春オンライン


 結婚した後の「旧姓使用」に法律的な根拠を与えられるか——。いわゆる選択的夫婦別姓をめぐる訴訟の準備が行われている。その原告となった一人が、グループウェア「サイボウズOffice」などを手がけるソフトウェア会社「サイボウズ」の社長・青野慶久氏だ。


 なぜ裁判を起こすことになったのか。サイボウズ本社で青野社長に話を聞いた。






—— かなり反響があったそうですね。


 青野 そうなんですよ。たくさん反響をいただいて、こちらがビックリしています。


—— まずは、選択的夫婦別姓について、国を相手に訴訟を起こすことになった経緯をお聞かせください。


 青野 私が結婚したのは2001年。1997年に創業したサイボウズが2000年に上場しましたので、その翌年ということになります。結婚する際、妻からは「姓を変えたくない」と要望があったので、正直あまり深く考えずに「じゃあ私が変えます」と応じたのがコトの発端でした。戸籍上、私は妻の姓・西端になったのです。それからが本当に大変でした。公的な文書はもちろん、クレジットカードからポイントカードまで、財布の中身は全部書き換え。社内では現在に至るまで「青野」で通していますけど、株主総会では「今日だけ私は西端慶久です」と話すハメになりました。また、当時はまだ株券が電子化されていなかったので、紙の株券の名義変更手数料が約81万円かかりました。信託銀行経由でサイボウズに請求がきて、後でその額を聞いてもうビックリですよ。


 あと、海外に出張する時に、先方が気を利かせて私にホテルを手配してくれることがあって、当たり前ですけど予約名は「青野」。ところが、僕のパスポートは「西端」だから、ホテルのフロントでチェックインしようと思ったら「お前は誰だ」と言われる。自分が「青野慶久」であることがなかなか証明できなくて困り果てました。


「何とかならないかな」と思っていましたが、やっぱりなかなか社会は動かない。この2年ぐらい裏でロビー活動をしていたんですけれども、やはり自民党の中では反発する人も多い。野田聖子総務大臣や河野太郎外務大臣のように、ハッキリと「賛成です」と主張している方もいますが、選挙区の地盤がそこまで磐石ではない方々は、まだまだ表では言いづらい状況のようです。


 今回は、作花知志弁護士が選択的夫婦別姓訴訟を起こしたいとのことで、ご本人からお話をうかがいました。すると、非常にロジカルで、これだったら訴えが認められるんじゃないかと思わせる主張でした。詳しい法律的な裏づけについては作花弁護士の ブログ ( 新しい夫婦別姓訴訟と4人の村 )をお読みいただきたいのですが、最終的なゴールは戸籍法に〈婚姻により氏を変えた者は、戸籍法上の届出により、旧姓を戸籍法上の氏として用いることができる。〉との条文を追加すること。作花弁護士は原告を探しておられたので、結婚にともなって姓を変えた私が「じゃあ原告をやります」と手を挙げたという経緯です。





—— すると、今回の訴訟に関しては、単なるパフォーマンスというよりは、十分に勝算があって起こされたということですか?


 青野 そうですね。何十年も変わらなかった制度が、ついに社会変化を起こす。次の世代には、ちょっとみんな生きやすい社会になるんじゃないかと思っています。



—— ただ、経営者としての仕事に加えて、ご家庭にはお子さんが3人います。「時は金なり」を体現する日々の中で、あえて今回原告になったのは、どのような判断だったのでしょうか?


 青野 正直こんなに反響が大きいとは予測しなかったので、あまり手間がかかるとは思っていませんでした。ただ、忙殺されている状況も、逆にうれしい悲鳴というか、社会に大きな変化が起こせるんじゃないかという期待感につながっています。





—— 本業であるビジネスへの影響はありますか?


 青野 やはり賛成してない方も世の中にはたくさんいらっしゃるので、「お宅の社長がこんなこと言っているが、一体どうなってるんだ!」といったクレームも頂戴しています。ただ、一方では「感動しました」と賛意を示されるお客さんもいます。いまのところ賛成派のほうが多いですね。


 訴訟は個人で進めていて、いつどうやって公表されるのかもわかっていませんでした。社内でサポートしてくれるメンバーには、「後からの説明でごめんなさい」と頭を下げています。


何も考えずに文化を残すことが「伝統」ではない


—— 青野さんのもとには、いろいろな反論も寄せられています。とりわけ「日本の伝統には夫婦別姓はそぐわない」という声が根強いです。


 青野 ただ、「伝統」ってなんでしょう? 「伝統を守りたい」と言われますけど、いま、ちょんまげで道を歩いている人はいません。先日、「伝統に合わない」と発言した議員さんもスーツを着ていましたが、「伝統を破っているでしょう」と言いたい。あくまでも伝統を重んじるならば「和服しか着ちゃダメ」という極論に行き着いてしまいます。


 結局のところ、世の中はどんどん変わっています。その中で、大事にしたい文化は残るし、「もうこれはいいんじゃないかな」と思うような慣習は変わってゆく。古いものを何も考えずに残そうという惰性が「伝統」ではないのです。


 今回も、訴訟が目指している方向は、夫婦同姓を禁止しようという話ではありません。同姓か別姓かを「選べるようにしよう」という動きです。同姓の文化も残りますし、別姓という新しい文化もできて、その並存こそが次世代の人たちにとっては「伝統」になっていくと思うんです。





—— 夫婦別姓を望むのであれば、現行制度でも事実婚によって実質的な夫婦別姓が可能であるという指摘もあります。


 青野 事実婚は法律婚と比べると、不利益がいろいろあります。その最たる例が相続税ですね。せっかく好きな者同士で“結婚”しても、パートナーの資産は相続税がかかります。「それって赤の他人じゃん」と思ってしまいます。我が身を振り返ると、これだけ大変だったら事実婚にする手もあったのかもしれないとも思ってしまいますが、やはり税制上の不利益が大きすぎますね。民法に定められている婚姻をして、きちんと義務と責任を果たしていきたいと考えている2人にとって、事実婚という制度は十分とは言えません。


—— 姓を変えるコストを引き受けたことで、奥さまに対して思うところがあったり、それが原因で夫婦ゲンカになったことはありますか?


 青野 あります、あります。私も自分で考えておきながら覚悟が決まってない。私が悪いんですけど、人間は弱いので、やっぱりどこかで「俺が変えてやったのに」という感情は湧いてきますよね。別姓にしたい人は別姓を選べるようになるだけで、どれだけ世の中の人のストレスが緩和するのかと思います。



「そんなにスケールの大きな話じゃないよ」と


—— 青野さんは ブログ でも何度も「再反論」を書かれています。なぜ家族のあり方について、ここまで多くの反論が寄せられるのでしょうか?


 青野 自分たちの領分が将来的に侵食されるかもしれないという不安があるんでしょうね。「そんなことしたら、『家制度』が崩壊して日本は滅びる」と言われると、そんなにスケールの大きな話じゃないよ、と思ってしまいますが。所詮は「呼び名」のことですから。


 人間って「見えないもの」に不安を感じるところがあるので、ある意味では健全なリアクションなのかもしれません。ただ、基本的には「本人が選択するべきである」という原則をベースにしないと個別のニーズに応えていけない。かつての伝統を重視するのであれば、「結婚相手は親が決める」「長男だったら家を継ぐ」のかという話になってしまいます。結婚にしても職業にしても、自分で選択できない世の中は窮屈だったはずです。


 ルールを変えたことによる問題が出てくれば、また新しいやり方を編み出して解決していけばいいんです。


—— 選択的夫婦別姓の運用を見据えて、不安を感じている人、怯えている人に対して、どのようなメッセージを伝えたいですか?


 青野 結婚をしたら姓を一つにするという従来のやり方も選択できますから、これまでの方式がよい人にとっては何も変わらない制度を選ぶことができます。ただ、新しい選択肢も増えるので、いままで不便だった人は夫婦別姓を選べるようになって、お互いハッピーですよね。結局、これまでは誰かが改姓のコストを引き受けてきたわけです。全員が強制されてきたコストも軽減される。免許証から保険証、ハンコも作り直して、離婚したらまたやり直して……。やりたくない人はやらなくて済むだけでも、相当社会的コストは浮くはずです。


 手間だけではなくて、実害が生じるようなケースもあります。例えば、研究者は結婚で名前が変わると過去の論文が紐付かなくなってしまい、結婚前の実績が途切れてしまう。改姓のコストを引き受けることが、とても大きなハンデになっているのです。法的根拠がないため、学校や役所などいまだに旧姓使用が禁止になっている職場もあります。





サイボウズでニックネームの使用が公式に認められたところ……


—— 青野さんは、普段は「青野社長」として働いていますね。


 青野 そうです。子どもたちは、父親が外では青野だと知っています。子どもにとって当たり前のことなので、よく「夫婦別姓だと子どもがかわいそうだ」と言われますけど、別にそんなことはありませんよ。むしろ親がモヤモヤしていて不幸だったら、よほど子どもがかわいそうですよね。


—— サイボウズの社内的には、いわゆる旧姓使用はどういうルールで運用されているんですか?


 青野 もちろん旧姓の使用はできますし、最近面白いのが、社内でニックネームの使用が公式に認められたこと。それで「ymmt」と名乗る人が出てきて……。


—— アルファベット4文字で「ymmt」ですか? スターウォーズに出てくるC-3POみたいですね(笑)。


 青野 そうですね。「私はそれでいいです」と言われて、こちらは「エッ」と驚きますよ。ほぼ意味がわからない(笑)。ただ、やっぱり自分の名前は自分が呼ばれたいように選択するのが、本人は一番気持ちいいと思うんです。「ymmt」と言われても「誰だ?」と思いますよね。ところが、社内システムでは名前をクリックすると顔写真が出ますから、「あ、この人か」と認識できる。顔のほうが大事になっていいと思いますよ。



「あの作業をもう一度やるのか」と思うと辟易


—— ちなみに、奥さまは今回の訴訟について何かおっしゃっていましたか?


 青野 「私のおかげよ」って言ってます(笑)。「私が姓を変えなかったから、あなたはこんなに有名になっているのよ」と。まぁ、嘘ではないですね(笑)。


—— 裁判で勝訴した場合、青野さんは戸籍上も「青野」姓に戻しますか?


 青野 そこは当然いろいろな方から聞かれるんですが、「あの作業をもう一度やるのか」と思うと辟易する気持ちは正直ありますね(笑)。これから新しく結婚する方は選択できるようになりますが、すでに結婚している人はペーパー離婚が必要になるかもしれないのですし、ちょっと考え中です。



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—— 青野社長は、働き方改革についても国に先駆けて訴えてきましたが、経営者として社会変革を強く意識しているのでしょうか?


 青野 サイボウズはちょっと変わった会社で、企業理念が「チームワークあふれる社会を創る」。つまり、売上や利益よりも、「チームワークあふれる社会かどうか」を重んじているんです。具体的には、多様な個性が生きる社会づくりですね。働き方改革を訴えても、それで自社のソフトが直接売れるわけではありませんが、私たちにとってはまさに理念に沿った活動ですし、使命だと思っています。


 もちろん企業組織で多様な個性を生かそうと思えば、効率よくマネジメントしていく必要があります。この人は家で働いています、あの人は昼から出社します、という状況であれば、グループウェアのようなITシステムが有用になる。ただ、サイボウズのソフトに限らず、最終的にチームワークあふれる社会になっていれば、私たちはそれで構わないと考えています。



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—— 社会に対するメッセージという意味では、今後も訴えかけていきたいテーマはありますか?


 青野 いっぱいありますよ。幼児教育無償化も、まだまだ待機児童問題がある中で出てきた話で、「無償化より全入化」と言われていますね。この間、熊本市議会で赤ちゃんを連れてきた市議が批判されましたけれど、託児所などでケアされないならば、お母さんからしたら赤ちゃんを連れていくしかない。泣いたらちょっとあやしに外に出ればいいだけなのに、なぜそんなに強硬に反対するかな、と思ってしまいます。子育てをするお母さんは大変であることをみんな知っているはずなのに。


 同じような事例は、残念ながらまだまだ社会にたくさんある。一律的な社会を多様性があるものにバージョンアップしていく、これが「チームワークあふれる社会」に向けた、私たちの幹となるメッセージです。


【12/18追記】改姓にともなって発生した株式の名義変更手数料について、「数百万円」としておりましたが、正しくは「約81万円」でした。訂正いたします。





写真=平松市聖/文藝春秋



(「文春オンライン」編集部)

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