遺伝子操作の双子誕生、誰も言わない問題の本質とは

12月13日(木)6時10分 JBpress

次の世代への責任をどう考えるか。

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 世界中を驚愕させた、中国での「ゲノム編集による子どもの誕生」のニュース。今回の出来事は、技術の進歩とともに直面するさまざまな問題を、早くも社会に突きつけることになった。ゲノム編集にはどのような可能性と問題点があるのか、そして今後の議論はどこに向かうのか。サイエンスライターの島田祥輔氏が2回にわたり解説する。(JBpress)

【前篇】「今こそ知っておきたい『ゲノム編集』の大きな可能性」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54910)

 11月26日、中国の南方科技大学の賀建奎(He Jiankui)氏が、「ゲノム編集」を施した受精卵から双子を誕生させることが成功した、というニュースが世界中を駆け巡った。

 ゲノム編集という技術の簡単な原理と、すでに研究が進んでいる応用例について前篇で紹介した。後篇となる本記事では、ヒト受精卵(または受精卵をつくるための精子と卵子)へのゲノム編集における技術的、医学的、倫理的観点から問題をまとめた。そして、今回の騒動の本質に迫りながら、今後のゲノム編集を巡るルール作りについて考えてみたい。


技術的問題——本当に狙った遺伝子「だけ」変わったのか

 ゲノム編集は決して「完成された技術」ではない。大きな問題は、狙った遺伝子以外の場所も書き換えてしまう「オフターゲット効果」だ。もし、別の遺伝子が書き換わったとしたら、新たな病気を引き起こす可能性がある。

 また、細胞が1個のときではゲノム編集が起きず、細胞が2個に分裂した後で、片方だけゲノム編集が起き、もう片方では起きないことも想定される。「モザイク」という現象で、最終的には、ゲノム編集された細胞とそうでない細胞が混ざった状態で体が構成される。どのような影響があるのか、ないのか、未知数だ。

 賀氏は、生まれた双子の細胞を調べたところ、オフターゲット効果は確認できなかったと主張したが、それを第三者が検証するためのデータが公開されていないことも問題である。モザイクについても、どの程度検証されたのか不明だ。


医学的問題——すでにHIV感染を防ぐ方法がある

 今回については、医学的なリスクも多く指摘されている。

 賀氏は、エイズを発症させるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染に関わる遺伝子「CCR5」の機能を失わせ、生涯にわたってHIVに感染しにくくしたと主張している。

 確かに、CCR5遺伝子が機能しない人は欧米の白人で見つかっており、HIVに感染しにくいことが分かっている(Dean et al., Science, 1996)。しかし、一方で「西ナイルウイルス」という別のウイルスに感染しやすいという報告がある(Glass et al., J Exp Med, 2006)。また、インフルエンザウイルスに感染した時の死亡率が上昇するデータもある(Falcon et al., J Gen Virol, 2015)。

 つまり、単純に感染しにくくなったという「底上げ」になっていないのだ。なお、このデータは欧米の白人のもので、アジア人でどうかは不明である。

 また、現代ではHIVに感染しても、薬を適切に飲むことでエイズの症状をかなり抑えることができる。また、親から子どもへのHIV感染を防ぐ方法も確立されており(体外受精や帝王切開など)、実際に賀氏も、父親からの感染を防いだ状態で受精卵を作った。

 これらの背景から、HIV感染を予防するためのゲノム編集は、医学的な必要性がまったくないという批判が多く寄せられている。技術的課題で述べたオフターゲット効果も考えると、得られる(かもしれない)メリットより、予想もできないリスクがあまりにも大きすぎると言わざるを得ない。


倫理的問題——治療か強化か、線引きできるのか

 オフターゲット効果などによる悪影響は、今回生まれた子どもだけでなく、孫以降も被ることになる。もし、孫が生まれた後で重大な悪影響が分かったとしたら、取り返しがつかないかもしれない。

 また、受精卵へのゲノム編集については、生まれてくる子どもは意思を表明できない。つまり、本人の同意なしで行われる。生まれた直後で意思表明ができない赤ちゃんが病気のとき、親が代理となって「治してほしい」とお願いするシチュエーションに似ているように思えるが、今回のように「通常の人間と同じくらいHIVに感染しやすい」を病気と見なしてよいのだろうか。

 ただし、筋ジストロフィーやハンチントン病など、重篤な遺伝性疾患の場合は意見が分かれるだろう。実際、ある遺伝性疾患をもつ方で、受精卵にゲノム編集を使って「病気の連鎖をここでおしまいにしたい」という意見を聞いたことがある。このような強い意思を無視することはできない。

 ゲノム編集に限らず、すべての医療行為に「絶対」はなく、少なからずリスクは存在する。ゲノム編集の正確性がさらに増し、オフターゲット効果をかなり抑えられるようになれば、ある段階から多くの人が受け入れる将来がやってくるかもしれない。

 しかし、治療できるということは、強化できるということでもある。受精卵へのゲノム編集は、どこからが治療または予防で、どこからが強化なのだろうか。その線引きは、誰がどう決めるのだろうか。


「中国だから」は関係ない、問題の本質

 今回、中国の研究者が行ったということで、中国全体を批判するコメントをいくつも見聞きした。筆者は、あるテレビ局から今回のことについて電話取材を受けたが、そのときも中国批判につなげる意図が垣間見られた(説得した結果、放送ではそうならなかったが)。

 しかしそれでは、問題の本質を見失うことになる。

 今回の問題の本質は、「個人または少数のチームでできてしまった」ことであると、筆者は考えている。それだけ、ゲノム編集は簡単に、安価にできる。不妊治療クリニックで顕微受精(卵子に直接精子を注入する方法)ができる設備があれば十分なくらいだ。必要な材料も、研究目的と称すれば比較的簡単に入手できる。2015年にNHKで放送されたドラマ『デザイナーベイビー』では、この問題が描かれた。

 日本は体外受精の実施件数が世界一(浅田義正、河合蘭 著『不妊治療を考えたら読む本』講談社より)であることを考えれば、受精卵を集めやすい日本こそ、受精卵へのゲノム編集が行われる環境が整っていると見なすこともできてしまう。

 不妊治療クリニックの医師のもとに、「どうしてもゲノム編集をやってほしい、あなたの面倒は一生見る」というパトロンが現れたと想像しよう。オフターゲット効果などの懸念事項を十分に検証せず、大きなリスクを背負った子どもが日本の不妊治療クリニックから誕生する余地は十分にある。


日本の規制は世界的に見ると緩い

 では、受精卵の遺伝子を改変することに対して、各国で規制はどうなっているのか。

 フランスやドイツでは法的に禁止しているが、アメリカでは連邦予算を使うことを禁止しているだけであって、民間団体からの研究費で実施することまでは規制していない。イギリスは基礎研究に限定し、当局に事前申請して承認された場合のみ実施できる。中国は、研究指針で禁止しているが、法的拘束力はなく、罰則はない。

 日本は中国と同じで、指針レベルの規制にとどまっている。厚生労働省の「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」第一章第七に「人の生殖細胞又は胚の遺伝的改変をもたらすおそれのある遺伝子治療等臨床研究は、行ってはならない」とある。

 しかし、この指針における「遺伝子治療等」は、「遺伝子又は遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与すること」と定義されており(イラストの一番右)、今回のゲノム編集のように「遺伝子を導入せず、一部を変えるだけ」という事態(イラストの真ん中)は想定されていない。

 つまり、現行の指針を厳密に解釈するなら、今回の実験は、日本では違反にすらならないことになってしまう。

 この「抜け穴」は以前から指摘されており、文部科学省の生命倫理・安全部会は現在、新たな指針を作っている。ゲノム編集で子どもを誕生させることは禁止する一方で、基礎研究では認める方向で調整が進んでいる。ただし、これも法的拘束力はない。


政治家が決めたルールの影響を受けるのは若者

 繰り返すが、ゲノム編集を施した受精卵から子どもを作ることは、子どもへのリスクがあまりにも大きすぎる。

 学術団体の総意として、技術的・医学的・倫理的問題から「受精卵にゲノム編集を行って子どもを誕生させることは現状では無責任」という趣旨の声明が出ている。

 しかし、「現状では」という注意書きであり、永久的な禁止ではない。ゲノム編集技術の進歩に伴って継続的に議論するとしており、将来的な可能性を完全に捨てていない。

 なぜなら、技術的問題がある程度解消され、医学的必要性が認められるようになれば、社会が受け入れるかもしれないからだ。

 ヒト受精卵や精子、卵子へのゲノム編集にまつわる問題には、どのようなリスクがあり、そのリスクがどれくらい小さくなったときに何を受け入れるかどうか、すぐに答えられるものは少ない。

 しかし、一人ひとりがしっかり考えて周りの人と議論し、専門家がその声を国に届けるという、市民レベルから国レベルまで関係者が協働して連続的な議論をすることで、社会全体としての合意形成ができるだろう。

 第2回ヒトゲノム編集国際会議国際会議で賀氏が登壇した翌日、受精卵へのゲノム編集問題の一般向けアプローチについて、日本科学未来館(東京都)の取り組みが紹介された(アーカイブのSession 3の36:00から、筆者もいくつかの取り組みに協力した)。高校で実施したワークショップで、ある高校生から次のような感想が寄せられた。

「この問題を考えて、とても疲れた。でも、もし私たちが議論しなかったら、政治家がルールを決めてしまう。その影響を受けるのは政治家ではなく、私たちだ」

 この技術を使う可能性がある若い人たちにこそ、ぜひ議論に参加してほしい。そのための仕掛けを作ることが、最も大切なことだろう。

筆者:島田 祥輔

JBpress

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