札幌の大爆発で死者が出なかった科学的根拠

12月21日(金)6時12分 JBpress

札幌の飲食店で爆発、42人負傷 原因調査続く。写真は消防ヘリ。東京で(2017年1月6日撮影、本文とは関係ありません)。(c)Kazuhiro NOGI / AFP〔AFPBB News〕

 ジメチルエーテルが熱くなっているようです。

 札幌市豊平区で12月16日夜に発生した雑居ビル爆発火災事故、当初は「プロパンガス」が爆発か、などと見られていました。

 ところが、不動産仲介業者が「消臭スプレー缶」のガス抜きをしたのち、瞬間湯沸かし器で手を洗おうとして引火したのが実際に起きた爆発で、プロパンガスによる火災は2次災害だった詳細が報道されるに及び、にわかに「スプレー缶は怖い」といった論調の解説があふれ返っているようです。

 中には「ボイスチェンジャーのスプレー缶も怖い」といった芸能人コメントもありました。

 もっとも、アヒルのような声になるこのスプレー缶の中身はヘリウムで、およそ爆発とは縁遠いものです。

 適切な訂正などなされないままマスコミから混乱した情報が垂れ流される様子は、3.11以降、日本のマスコミが科学について何を学んだか(何も学ばなかった)様子を如実に示しています。

 筆者は化学に疎く、爆発や燃焼にも詳しくありませんが、かつて「ボイスチェンジャー」にも用いられるヘリウムを液化して作り出す極低温での、金属や半導体の電子物性研究に携わっていました。

 そうした熱学的な観点から、高校生にも分かる範囲に限定して、この事故を契機に日本社会に共有されて意味があると思われる、2つ3つのポイントを記してみたいと思います。


「ガスボンベ」に「ガス」は入っていない

 最初に違和感を持ったのは、ガスボンベなどの容器に入っているのが、必ずしも「ガス」ではないという基本的な事実がすっ飛ばされている点です。

 今回の爆発事故や、スプレー缶全般にまつわる事故に関連して、科学者然としたキャラクターを演じつつ、都市ガスなど配管された気体燃料とごっちゃの話をするケースもあり、これはいけないと思いました。

 そこでまず、今回の爆発直後に、事故原因と疑われた「プロパンガス」から話を始めてみましょう。

 「プロパンガス」のガスボンベには「ガス」気体が封入されているわけではありません。

 プロパンガスの別名として「LPG」という言葉を耳にされたことがある方も多いと思います。

 このLPGは「liquefied petroleum gas(液化天然ガス)」の略で、ボンベの中に入っているのは「液体」にほかなりません。

 LPGとは正確には「天然ガスとして産出した成分を液化したもの」(リキッド=液体)が封入された「高圧ボンベ」というのが重要なポイントになります。

プロパン:

 は常圧での沸点がマイナス42度の炭化水素、それより気温の高い日本列島の大半の場所では通常は気体、ガスとして存在します。

 しかし、シリンダーに封入して9気圧ほどの圧力をかけると容易に液化して体積が300分の1ほどの「リキッド」液体に変化します。

 同じ重さの物質が少ない体積にコンパクトできるわけだから、持ち運びなどに便利ということになる。かくして、LPGは配管インフラのない地域で、幅広く使用される火力源として定着したわけです。

 このような変化を「気相」から「液相」への「相転移」と呼びます。

 LPGの工場では、不純物を取り除いた原料ガスを加圧して液化してボンベに詰め込み、高圧のまま封入して出荷していることになります。

 常圧でのプロパンの融点はマイナス188度くらい、沸点は先ほど触れたようにマイナス42度ほどです。

 真冬のシベリアのど真ん中、マイナス60度のブリザード中でボンベの封を開いても、液体プロパンは立ちどころに気化、すなわち揮発してガスになります。

 「ガスボンベ」の秘密の1つは、「温度」と「圧力」による物質の相転移にあります。

 液化することで小さな体積に圧縮できたLPGですが、仮に不用意に常温の元に放たれれば、瞬時にして元のガスの体積、つまり300倍ほどに膨張することになる。

 実は、この「瞬間的な体積の増加」極端な膨張が「爆発」の一つの正体と言って外れません。

 今回のスプレー缶の事故では、缶の中に液体としてコンパクトに詰め込まれていた、プロパンとは異なるけれど、親戚のような低分子量の有機物質、ジメチルエーテルが、まず缶の中の液体から噴出によって気体となって拡散しました。

 そして、空気(の成分である酸素)と混ざり合って燃焼しやすい状態になり、極微のきっかけ、今回は湯沸かし器による発火で「燃えて」瞬時に体積が膨張することで「爆発」したものと思われます。


水とCO2の膨張

 今回の爆発事故で、スプレーの中に封入されていたとされるのは「ジメチルエーテル」と呼ばれる物質、分子式は

 先ほどの「プロパン」で中央にあったCH2がOに置き換わると「ジメチルエーテル」になる。似ていると言えば似ています。

 爆発事故では気体のジメチルエーテルが空気中の酸素の混ざり合い、湯沸かし器の火で爆発したと考えられ、この燃焼反応を式で表せば

 右辺の最後の数字は「標準燃焼エントロピー」と呼ばれるエネルギーですが、大学以降の内容なのでここでは触れないことにします。

 ここでは、左辺でジメチルエーテル「1」(mol)と酸素「3」(mol) 、合計「4」(mol)のガスから、燃焼によって二酸化炭素「2」(mol)と水蒸気「3」(mol)、合計「5」(mol)のガスが発生した、というガスの体積の収支だけに着目してみます。

 molという単位も高校化学で必ず登場しますが、いま分かり難かったら、物質の量だと思って、先に進んでいただいて構いません。

 今回の爆発で42人が怪我、不動産仲介業者店長が重症、いまのところ犠牲者は出ていないと報じられています。その一つの背景に、この「爆発に伴う体積の収支」があるように思われます。

 もちろん、現実の災害は複合的で、火災など2次的、3次的な災害の結果として、建物は全焼全損、多数の人が怪我を負ったわけです。

 ただし、 大本の爆発は反応の前後で「合計4モルのガス」が「合計5モル」すなわち1.25倍程度に膨張するというもので、体積増加に伴う圧力の変化も高々1.25倍程度です。

 簡単に1単位のジメチルエーテルを燃焼させると、反応の前後での体積増加は元の燃料の量とほぼ同じと考えて、以下、高校の物理化学程度の範囲で考えてみます。

 不動産仲介業者が120本もの「未使用の」消臭スプレーを「ガス抜き」していたと伝えられます。いくつか仮定を置いて、実際の爆発をフェルミ算式(物理屋が常用するザル勘定)に見積もってみましょう。

 仮に、1本のスプレー缶が200ml 程度であったとすると、20℃での液体ジメチルエーテルの密度は0.66g / 立方センチメートル程度ですから、缶1本あたり132グラム程度になるでしょう。計算の便利のため0.13キログラム程度と考えることにします。

 これを120本分集めると、120×0.13=15.6(kg)ザックリ16キログラムほども、この可燃性のガスをぶちまけていたことになるでしょう。

 常温での気体ジメチルエーテルの密度は大まかに2.1[kg/立方メートル]程度だそうですので、16キログラムのジメチルエーテルは16[kg] / 2.1[kg/立方メートル] 〜8立方メートル程度。

 ちなみに1molの気体が0℃1気圧で22.4リットルを占めるとご存知なら、計算してみると7.8立方メートル程度と出て検算ができます。

 この8立方メートル程度のジメチルエーテルが、3倍量の酸素と混ざり合って燃焼が起きます。空気中の酸素の含有量は約2割=5分の1程度ですから、ジメチルエーテルの3×5=15倍程度の空気と反応することになる。

 以下、正味で反応する気体だけで計算する近似を取り、また瞬間的な温度上昇を無視するとすれば、ジメチルエーテル1に対して酸素が3ですから、全体で8×(1+3)=32立方メートル程度の気体が反応して、瞬間的な爆発を経て同温・同圧下であれば1.25倍、すなわち40立方メートル程度に膨張したと考えることができます。

 そこで、これらの3乗根を取ってみると 約3.2メートル立方の空気が3.4メートル立方に膨らんでいるはずで1.25気圧程度壁を押す力が働くと考えられます。

 実際には瞬間的な温度上昇などもあり、インパクトはより大きかったはずです。ただ、窓ガラスなどは割れるかもしれませんが、建物全体に与えるダメージには限界があると思われます。

 実際、2階の飲食店にいた来客も、ボン!という音は聞いたけれど、それだけでは誰も逃げ出さず、食事を続けていたとの報道がありました。しかし、お客は直後から「ガス臭いぞ・・・」と思い始めます。

 そう、この小爆発でプロパンガスの配管が壊れる、あるいは抜けるといった異常が発生したことが考えられます。やがてこのプロパンガスに火がついて、2次災害として火事になった。

 こうなって初めて、飲食店のお客は逃げ出そうとし始めますが、火の手が階下から上がっていたので、窓からのはしご車による救出を待ったそうです。

 その途中でさらに3次災害として、2階の床つまり1階の天井が崩れ、2階に残っていた人が転落したとのことですが、この崩落のおかげで火の手にまかれず、脱出できたケースもあったとのことでした。

 液化プロパンガスボンベがそのまま爆発すれば、体積膨張率は300倍近く、凄まじい被害は避けがたかったでしょう。

 しかし、幸いにも今回の事故は、爆発そのものはジメチルエーテル体積膨張率にして1.25倍程度、ごくごく軽微なものでした。

 その結果破損したプロパンガスの配管から漏れ出た燃料が、火を噴く火事の原因になったものと察せられます。ただし、プロパンガスのボンベ自体は爆発せず、燃料を燃やし切って終わったものかと思われます。

 しかし、瞬間湯沸かし器に点火した人は重症と伝えられます。それはそうでしょう。

 この場合は、空気中の窒素で希釈された酸素が全体として関わると考えるべきですから、一辺5メートル、畳を3枚並べたと考えれば18畳敷の部屋程もある体積の空気が、一瞬にして火の塊になって全身を覆ったはずです。火元の至近にいればただごとでは済むわけがない。

 ただし、この火の玉そのものは瞬時で消えてしまいますから、命に別状のない程度の負傷となる可能性も考えられます。

 以上、いわゆる「フェルミ算」での評価、「オーダーエスティメーション」と呼ばれるもので、およそ精緻な計算ではありませんので、専門家から瑕疵のご指摘がいただければ、歓迎し謹んでお教えを請いたいと思います。

 ここで重要なのは、報道されている情報から、高校生が鉛筆と紙だけで可能な計算で、この爆発が直後に死者ゼロだったのか、直撃された人は重篤な火傷を負ったと推察されるのか、定量的に評価できることにあります。

 伝聞で「あれが怖いそうだ」「これも恐ろしい」などと憶測するのでなく、ごくごくシンプルな近似でも、一定の定量性をもって現象のインパクトや被害の規模を見積もる考え方は有効なのではないかと思うわけです。

 3.11原発事故の直後にも「正しく怖がる」という寺田寅彦の言葉がしばしば参照されました。

 また、いささか旧聞に属しますが、1986年のスペースシャトル・チャレンジャー事故では、物理学者のリチャード・ファインマンが、手探りと理学の知恵だけで原因を丹念に究明したことが思い出されます。

 スプレー缶爆発も、ただ「怖い怖い」と煽るような報道ではなく、その威力の程度を定量的に評価し、また軽微な初期爆発結果生じたプロパンガス漏出による2次被害の拡大を食い止めるなど、現場での冷静な対処があれば結果も違っていた可能性があります。

 こうしたことが、高等学校の化学熱力学程度の計算だけで、少なくとも現象の大枠を説明できるということを、特に若い読者の皆さんに強調しておきたいと思います。

 災害時、現場での手計算、手作りの知恵が命を救い2次災害を予防します。

 2011年3月、福島での事故の直後に、こうした対処のノウハウをツイッターで被災地にお知らせしていたところ、「俺たちが知りたいのはお勉強じゃない、どうしたらいいか、だけを言ってくれ」というリアクションがありました。

 その際、「どうしたらいいか、は場所の状況によって違うので、その場その場で最善の対処ができるよう、現場で正確に考え、判断することが唯一最大、2次被害の防止に直結しますから」とご返事したのを思い出します。

 ちなみに、スペースシャトル・チャレンジャー事故で亡くなった7人の宇宙飛行士を追悼して、旧知の作曲家=指揮者ペーター・エトヴェーシュは「セヴン」という7人のソリストと管弦楽のためのヴァイオリン協奏曲を献呈しました。これも手作りの追悼でした。

 改めて「正しく恐れ」「正しく災害を予防する」知恵に生かしていくべきだと思わざるを得ません。

筆者:伊東 乾

JBpress

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