「じつはフライトスーツが嫌い」宇宙飛行士・野口聡一さんが着る“アメカジ宇宙服”とは?

12月25日(水)17時0分 文春オンライン


業界内外を騒がしている異色の コラボ増刊「ビームス×週刊文春」 。そのなかから、民間企業として“宇宙服”をプロデュースするビームスの開発秘話をご紹介します。



◆ ◆ ◆


「ビームスが国際宇宙ステーション滞在ウェアを製作」。10月1日の発表は世間を驚かせた。ビームスが放った前代未聞の巨大プロジェクト。小誌は宇宙飛行士の野口聡一、ビームス社長の設楽洋、開発を担ったデザイナーなどキーマンを徹底取材し、全貌を明らかにする。



ビームスが“宇宙服”を作るきっかけとは?


「私はユーリ・ガガーリン少佐の『地球は青かった』という言葉から大きな影響を受けた世代です。JAXAさんからこのプロジェクトの話を頂いたとき、その当時の気持ちを思い出して『もちろんやります!』と即答しました」


 ファッションの聖地・原宿。そこに本社を構える株式会社ビームスの設楽洋社長(68)は、かつてない壮大なプロジェクトを聞いたときの印象をこう語った。


 ビームス、宇宙へ行く——。



 2018年4月、正式名称・「ISS滞在用被服プロジェクト」と呼ばれるこの構想はスタートした。ISS、すなわち国際宇宙ステーションで着用できる“宇宙服”(船内で着用する被服)を、JAXA(宇宙航空研究開発機構)とファッションブランド・ビームスのコラボによって総合プロデュースする——それが、このプロジェクトである。


 冒頭に設楽が触れたガガーリンが、世界初の有人宇宙飛行を達成したのは1961年のこと。赤色でダボッとした宇宙服に身を包んだロシア人パイロットは、漆黒の空間に浮かぶ惑星の姿を評して「地球は青かった」という名言を残した。51年生まれの設楽は、少年時代にその言葉を聞き宇宙への憧憬を強く持つようになったという。


「この言葉には、『地球は1つであり、平和でハッピーであるべき』というメッセージも込められていると思います。実はこの感覚は“ハッピーライフ”を提供したい、というビームスの企業理念にも繋がっているものです」



 設楽率いるビームスは、19年2月期の売上高は830億円、前期比約4%増と堅調な経営を続けている。アパレル業界全体の停滞が叫ばれるなか、創業以来、赤字に陥ったことがないという“エクセレントカンパニー”でもある。しかし、設楽は「現状に甘んじることなく絶えず新しいチャレンジをしたい」と語る。


「ビームスは1976年の創業から『海外のいいものを日本に紹介する』という発想のもとビジネスをしてきました。2016年に40周年を迎えたことを機に、今度は『日本のいいものを海外に』という路線を打ち出した。それは私が様々な経験を経て、日本人のきめ細やかな物作りのセンスは、世界に通用するという確信を持ったからです。その取組みを始めて、すぐにJAXAさんから今回のプロジェクトの話を頂いた。これは日本の文化を海外に伝える大きなチャンスじゃないかと、縁を感じましたね」


民間参入相次ぐ宇宙開発“新時代”


 近年、宇宙開発事業は新時代を迎えつつある。これまでは国家事業として取組まれていたものが、民間参入が相次ぐ時代となったのだ。国立研究開発法人であるJAXAでも、 宇宙航空分野の研究開発の枠を超え、民間企業との連携に力を入れ始めた。設楽曰く、その動きはビームスにとって偶然の巡り合わせだったわけだ。


 ビームスが開発した宇宙服を纏うのは宇宙飛行士の野口聡一(54)だ。



のぐち・そういち/1965年横浜市生まれ。96年にNASDA(現JAXA)に入社。2005年米スペースシャトル・ディスカバリーに搭乗し、宇宙飛行に初参加。09年ロシア・ソユーズロケットで、日本人として2人目の宇宙長期滞在に。3度目の宇宙飛行を予定している


 今年6月。東京御茶ノ水にあるJAXA東京事務所の一室で野口に取材した際、「宇宙の魅力は?」と問うと、輝くような眼差しでこう答えた。


「宇宙から見る地球は、強烈です。美しい絵というより、地球そのものが生きていることを実感できる。その景色だけでメシが食えるくらい(笑)」



「宇宙服もファッション感覚で遊べる」


 長身をブルーのフライトスーツに包んだ姿は、想像以上にスタイリッシュだ。私生活でもビームスをよく着るという野口は、今回のプロジェクトを「新時代の到来」と捉えたという。


「宇宙観光のように、民間企業が様々なプロジェクトによって宇宙で活躍する時代がいずれ来るでしょう。今回のビームスさんとのコラボも、そういう時代のきっかけになればいいと思っています」


 野口は05年にスペースシャトル・ディスカバリー号の乗務員として宇宙飛行に初参加。 09年には日本人として初めてソユーズ宇宙船の船長補佐に任命されるなど、日本を代表する宇宙飛行士の1人である。


 現在、野口は次のフライトへ向けて準備中だ。まだ宇宙へ向かう時期は未確定ではあるが、米国が開発を進めている新型の有人宇宙船に搭乗して、国際宇宙ステーションへ向かうことが予定されている。



「ビームスさんには素材選びからデザインに至るまで開発の全工程に携わり、宇宙飛行士の意見を取入れて宇宙服を製作して頂けると。それを聞いて、すごく新しい取組みだなと思いました。


 今回のフライトでは宇宙服もファッション感覚で遊べるものであり、そして『宇宙にも日常を持っていける時代だ』と、多くの人に身近に感じてもらえると嬉しいですね」(同前)


「原宿のショップ店員」から「宇宙服のデザイナー」に


 プロジェクト始動を受けて、選ばれたビームスの開発チームは5人。プロデューサーとしてJAXAとの折衝に当たったのがビームス社長室の児玉正晃だ。落ち着いた雰囲気とは裏腹に、タフネゴシエーターの一面を持つ児玉は、プロジェクト案を聞いた時の心境を、「宇宙は私たちにとって未知の世界であり、何より民間企業がプロデュースした洋服を、宇宙飛行士が身に纏って宇宙で暮らすというのは初めてのことです。純粋に『面白そう』と思いました」と述懐する。そして、


「今回、プロデューサーとして僕が気を配ったのは、トップダウンの仕事にはしないこと。現場の人間にヤル気になってもらいたかったし、彼らにメリットがあるプロジェクトにしなければいけないと思っていました。加えてこのプロジェクトの話を聞いたときに真っ先に浮かんだのは、任せることが出来るのは後輩の“アイツ”しかいないな、ということでした」



 児玉がデザイナーとして指名をしたのが、ビームス店舗でのバイト時代から18年来の付き合いのあった中田慎介だ。少年のような雰囲気を纏う中田は、原宿のショップ店員上がりのファッションマニアで、「ビームス プラス」などのメンズカジュアルレーベルを成功に導いた敏腕ディレクターだ。中田は当初、「戸惑いを覚えた」と振り返る。


「僕は初め宇宙服と聞いて、ハイテクな感じをイメージしていました。しかし、求められているものはそうではなかったのです」


 実際にビームスが製作した宇宙服のラインナップを見ると、トラディショナルスタイルのアイテムが並んでいることに驚く。例えば、ラガーシャツやボタンダウンシャツにチノパン、フリースパーカー、クライミングパンツ。そして運動着として、カラーTシャツにショートパンツといった具合だ。



「アメカジ路線で行こう」


 当初、社内からは「オーソドックス過ぎる。ハイテク感を出したほうが格好いい」という声も挙がったという。中田が振り返る。



「宇宙というイメージから、僕らは前衛的なもの、シャープなものをつい思い浮かべてしまうんですね。色合いもグレーとかモノトーンとか。でも宇宙がモノクロの世界なので、宇宙飛行士の方は逆に『もっとカラフルなアイテムを取り入れて、活動を明るくしたい』と考えていた。そこでバリエーションとコーディネートを重視し、ビームスが得意とするアメカジ路線で行こうと思ったんです。実際に野口さんもアメカジをよく着られることも判った。特にボタンダウンシャツなどは、『ビームスといえば〜』と言われるくらいのマストアイテムなのでウチらしさも演出できる」


 野口の提案を取り入れ、素材にもこだわった。宇宙ステーション内では持ち込める服の点数が限られているので、1着の服を数週間洗わず着ることもある。そうした中で作業を続けることを考え、吸水性、速乾性のある化学繊維を採用した。



「一見すると普通のチノパンも、コットン素材ではなく、ポリエステルとポリウレタンを使用し、肌触りがよくストレッチ性の高い生地で作りました。また、日本ならではの天然素材ということで、ラガーシャツには竹を原料とした糸を使用しています。竹には消臭効果があるんです」(同前)


 さらにデザイン面でも驚きの工夫が施されている。前出の児玉は「ビームスのイズムを存分に盛り込めた」と説明する。


「デバイスや工具など宇宙ステーション内で作業するときのために、例えば、パンツには大小様々なポケットを多くつけて、利便性や収納性も高めています。中にはビール瓶が入るくらいの大きなポケットもある。マジックテープで着脱できる大型ポケットを付け二重構造にするアイデアはビームスのオリジナルで、ショップでも人気の高いディテールの1つ。それを宇宙服にも大胆に取入れました」


 今回、特に野口がこだわったのが、ブルーのフライトスーツだという。


 その最大の特徴とは、


「上着とパンツをジッパーで切り離すことが出来るセパレート構造になっている点です」(中田)



「フライトスーツを着て下さい」が嫌な理由


 もともとフライトスーツは米国製の一般的なデザインのものが支給される予定だった。だが野口には不満があった。ある日のプロジェクトミーティングで次の会話が交わされたという。


野口「フライトスーツってダボッとして格好悪いから嫌いなんですよ。特に講演などで呼ばれるとき、よく『フライトスーツを着て下さい』って言われる。でも分厚い素材だからとても暑いんです……」


児玉「『ツナギ』はうちの人気アイテムなんですよ」


野口「もし、フライトスーツも作れるようであれば、お願いしたいですね」


 野口がふっと漏らした言葉から開発がスタートし、結実した、今回のセパレート構造のフライトスーツ。考案したのは中田だ。



「色々なアクション機能を想定して、一から構築するつもりでデザインを考え直しました。そこでスーツの腰回りの部分にジップを付けて上下を取り外しできるようにしたんです。そのジップも外からは見えないようなデザインにしました。より現代的にアップデートされたフライトスーツを目指しました」


 このアイデアは宇宙飛行士が用を足すときにフライトスーツを上から下まで丸ごと脱がないといけないという、隠れた悩みも解決するものだった。軽量かつ高機能、宇宙のみならず地球上で着ても快適に活動できる。ファッションブランドならではのアイデア満載だ。


「このフライトスーツ、もしかしたら世界基準になりますよ!」


 試着時に、興奮した野口は思わずこう感嘆の声を漏らした。野口の好反応を見て、児玉は「さすが服作りに関しては、中田は百戦錬磨だ」と、後輩の手腕に舌を巻いたという。当の中田は「ワクワクしっ放しだった」と笑みを見せる。


「僕らはビームスで働きながら、機能に基づいたディテールワークが美しさに繋がるという考えをずっと学んで来ました。実は今回のプロジェクト前には、それが『宇宙服を製作するときにも活かせるのだろうか』と不安を感じていた。でも実際に取組んでみると、これまで経験し、会得してきたデザインディテールが宇宙服にも十分に活かせたんです。さらに、フライトスーツでは新しい発見も提案させてもらった。『僕たちでも世界に何か貢献できる』という感覚を持てたのは楽しかったです」


 野口の宇宙飛行士としての視点、それをビームスならではの解釈で表現するという協業により“ビームス版宇宙服”は完成したのだ。



ビームスのロゴと宇宙を巡る奇縁


 冒頭の設楽が語る。


「完成した服を見て、思った以上に“ビームス的”だなと感じました。うちの会社は一般社会では優秀か分からないけど、一芸に秀でたプロフェッショナルはいる。今回のプロジェクトではそういう人間がいる強みを出せたと思います」



「正直言って、私が歳じゃなければ自分自身が宇宙に行きたいと思っていましたが、体力も頭脳も追いつかない。でも、ビームスというのは自分の分身のようなものです。私が生きているうちにそれが宇宙に行ってくれるのは、喩えようのない喜びです。当社のスタッフも同じ想いだと思います」


 遡ると実は、ビームスと宇宙を巡る奇縁はこれが初めてではない。オレンジ色の地球と、その周囲をラインを描いて回る飛行機——。今では広く認知されているビームスのロゴだ。


「このロゴはビームスがスタートして10年目に考えたものでした。当時はお金がなかったので、社内のクリエイティブの人間に任せたんだけど『社長、どういうのを作ればいいかわかりません』と言う。私が『例えばさ、地球をこうやって飛行機がぐるぐる回るやつとかどうだ』と言ったら、その通りのマークになったんです(笑)」(同前)


 ガガーリンに憧れた設楽の思いを具現化したかのようなロゴは、30周年を記念してラインを3本に増やすなどリニューアルが加えられたものの、ずっとビームスの象徴であり続けた。


〈宇宙に存在する全てのものは、偶然と必然の産物だ〉


 こう語ったのは近代自然科学にも大きな影響を与えたギリシャの哲学者デモクリトスだ。ビームスが宇宙に行くという物語は、デモクリトスの言葉の通り偶然であると同時に必然でもあった、と思えてくる。



 今や宇宙事業にまで進出したビームスは、今後どこを目指していくのか——。これまで扱ってきた事業は広範囲に及ぶ。カップラーメンの共同開発から、スターバックスとの協業に至るまで。今年4月にはアメリカのセレクトショップ「Fred Segal(フレッド シーガル)」にて、「BEAMS COUTURE」とプラスチックバッグ「Ziploc」とのコラボ商品を販売したのを始め、北米やシンガポールにおいてビームスのポップアップストアを展開する予定だ。また、8月にはビームスがプロデュースしたJAL(日本航空)のビジネスクラスのアメニティキットも登場した。


「私はファッションとは、もの凄く楽しくてエキサイティングで、時にスキャンダラスなものだと伝えたいんです。だからJAXAさんから文春さんまで、幅広くコラボする(笑)。そうしたチャレンジの中から、次の時代のスタンダードは生まれてくると思うんです。ビームスが、そのきっかけになれたなら最高ですよね」


 設楽は、そう語ると目を細めて笑った。(文中敬称略)



あかいし・しんいちろう 南アフリカ・ヨハネスブルグ出身。講談社「FRIDAY」、文藝春秋「週刊文春」記者を経て、ジャーナリストとして独立。日韓関係、人物ルポ、政治・事件など幅広い分野の記事の執筆を行う。





(赤石 晋一郎/文春ムック 週刊文春が迫る、BEAMSの世界。)

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