マツダ車の魂動デザイン 無駄をそぎ落とす「引き算」で進化

1月3日(水)7時0分 NEWSポストセブン

昨秋の東京モーターショーで出品した「魁 CONCEPT」

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 電動化、コネクティビティ、自動運転など、さまざまな技術革新の荒波にもまれる自動車業界。カーシェアの台頭などでクルマのコモディティ化が一層進むのではないかという観測も出ている。


 自動車メーカーがその変化に対応しながら自分のアイデンティティをどう保つのか四苦八苦するなか、そのトレンドに乗らず今日の基準で言うところの“いいクルマづくり”でひたすら押しているのがマツダだ。


「今後、いろいろな変化は起きるだろう。だが、電動化や運転の自動化の時代を迎えても、人々がより質の高い、楽しい移動を求めることは変わらないと思う。こういう時代だからこそ、ブレずにいいクルマづくりの力をひたすら磨くこと。それが自分たちが今やるべきことだと考えている」


 開発系幹部の一人はこう語る。マツダも時代の変革のプレッシャーを受けていることに違いはないが、それに動揺して戦略がブレては元も子もないという考えだ。


 電動化や自動運転などの先端技術で後れを取れば自動車メーカーは生き残れないという見方もあるが、年間生産台数が200万台に満たない中小規模メーカーにとっては、そのトレンドに与しないという戦術はありだ。


 自動車という大衆商品においては、どんなハイテクも普及段階で必ず低価格化、普遍化が起こる。EV、ひいては自動運転車でさえも、将来的には有力な完成車メーカーや部品メーカーと手を組むことで、技術を手に入れられる時代が来るのだ。


 もちろん提携相手に翻弄されないよう一定のノウハウは自前で得ておく必要はあるが、多額の資金を必要とする先端技術開発でマツダが先んじようとする必要はないというのは冷静な判断と言える。


 そのマツダの“いいクルマづくり”だが、取り組みを本格化させたのは2000年代半ば。途中、リーマンショックの影響をモロに受けて4期連続赤字を計上するという苦境にも見舞われながらも、「マツダが生き残る道はこれしかない」とばかりに続けてきた。例えば、こだわりのデザインはその象徴といえるだろう。


 マツダは昨秋の東京モーターショーに2つのデザインコンセプトモデルを出品した。ひとつは純粋なデザインスタディである「VISION COUPE」、もうひとつは2年後に登場するものとみられるCセグメントコンパクト「アクセラ」の次世代モデルの習作とみられる「魁 CONCEPT」。どちらもボディの外板にプレスによる折り目をつけず、曲面だけで造形感を出しているのが特徴だ。


 じつは、市販車でもボディの折り目を減らす傾向はすでに出ていた。2016年に発売した北米向けの大型SUV「CX-9」、そして昨年1月に日本発売となった中型SUV「CX-5」の第2世代モデルは、いずれもボディの折り目は低コストで強度を持たせるのに必要とおぼしき最小限度にとどめられており、デザイン要素としての線はほとんど使われていない。CX-5より1クラス上の「CX-8」はプレスラインを持っているが、それとて相当に控えめだ。


 マツダは2012年に発売した初代「CX-5」以降、「アテンザ」「アクセラ」「デミオ」……と、新しいブランドデザイン哲学“魂動デザイン”を展開してきた。それらは良く言えば動感にあふれているが、悪く言えば作為的で表現過多とも受け取れるところがあった。カッコはいいが、やりたいことを盛りすぎというきらいがあったのである。


 ところが2015年、東京モーターショーでロータリーエンジン搭載のスポーツカーのデザインコンセプト「RX-VISION」を出したあたりから、マツダのデザイナーは「引き算のデザイン」という言葉をしばしば使うようになった。


 デザインのためのデザインではなく、エンジンルームや客室など必要部分を空力的に良い形で覆い、無駄をそぎ落とすことで緊張感のある形を作り上げるという手法だ。第2世代CX-5の実物は、たしかにそういう印象を与えるところがある。


 初期の鼓動デザインは、ここぞとばかりに自分たちはこれだけやれるという思いのたけをデザインに盛りまくっていたが、その溢れ出るアイデアと創作エネルギーの奥行きを冷静に見つめ直したというわけだ。


 この変化は、マツダのチャレンジの経緯がにじみ出ているという点で大変興味深いものだ。マツダはリーマンショックを機にフォードグループから外れ、自活の道を歩むことを余儀なくされた。後ろ盾を失ったマツダが選んだのは、商品で秀でることでブランド価値を高めていくというものだった。


 ついでに言えば、冷静になったのはデザインだけではない。クルマの性能についても、これまでのマツダ車はハンドリングのために他のファクターを少なからず犠牲にするようなところがあったのだが、現行CX-5ではその傾向が大幅に薄まった。一点豪華主義ではなく、静粛性、乗り心地などにもリソースを割く、バランス型のチューニングになったのだ。


 と言って、丸くなった、つまらなくなったわけではない。ハンドリングが重要という考えをしっかり持っていさえすれば、そこを過剰に自己主張せずともそれはクルマづくりにちゃんと表れるのだということを、開発陣が肌身で感じ取ったのであろう。これも一度、やりたいように思い切りやってみたからこその成果と言える。


 日本の自動車メーカーはスクラップアンドビルドの気質が色濃いためか、進化より変化を好む傾向がある。そのなかでマツダが進化らしきものを提示しはじめたことは、2017年の日本の自動車業界の動向のなかで、とりわけ興味深く感じられた。


 冒頭で述べたように、クルマは今、大変革の時期にあるのは確かだ。が、百人百様のライフスタイルがある自由主義の世の中では、かりにEV、自動運転、カーシェアの時代が着ても、クルマの多様性への要求はなくならないだろう。


 その基本となるいいクルマづくりの競争はこれからも続く。2018年、どのメーカーがどんな妙手を打ってくるか、楽しみなところだ。


■文/井元康一郎(自動車ジャーナリスト)

NEWSポストセブン

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