ネットフリックスの“おすすめ”に、なぜ人はつられてしまうのか? ビッグデータが刺激する消費者の潜在意識とは

2024年12月24日(火)4時0分 JBpress

 アダム・スミスが提唱した“神の見えざる手”に代表されるように、元来、経済学の世界は「人間は合理的に行動する」ことを前提としている。ところが生身の人間がつくる経済社会においては、必ずしも合理的とは言えない行動が数多く存在しており、心理学的アプローチを踏まえて人間の経済活動を分析する「行動経済学」が、近年ビジネスにおいて注目されるようになってきた。本連載では『悪魔の教養としての行動経済学』(真壁昭夫著/かや書房)から、内容の一部を抜粋・再編集。AI研究にも生かされ始めている行動経済学の視点から、良くも悪くも人間の意思決定に影響するマーケティング戦略について考察する。

 第2回では、アマゾンなどのECサイトや、ネットフリックス、YouTubeなどの動画視聴サイトを例に、各ユーザーに最適化されたおすすめ情報が人々の欲求にどう影響するかを考える。

お寿司の松竹梅で竹を選んでしまう心理
——極端な選択肢は回避して真ん中を選ぶ驚きの割合

 私たちの心には、極端な選択肢を回避したいという働きもある。行動経済学ではこれを“極端性の回避”などという。

 トヴェルスキーらの実験では、低価格・低機能、中価格・中機能、高価格・高機能の3種類のカメラを被験者に提示し、どのカメラを買うか調べた。その結果は、中価格・中機能を選んだ割合が最も高かったのである。

 実験の結果を解釈すると、選択肢を設定する場合は3つが良い。3つの選択肢のうち、両サイド(極端)の選択肢を選ぶ人は少なく、真ん中を選ぶ傾向が強くなる。

  極端性を回避する心の働きを活かしている企業は多い。松竹梅の3つのメニューを出しているお寿司屋さんもその一つだろう。ある日、友人とランチを食べるためにお寿司屋さんに入った。メニューを見ると、松は2500円、竹は1600円、梅は1000円と記されている。

 あなたは、ここで悩むかもしれない。一番高い松を選ぶと、一緒に行った友人に無理な出費をさせるかもしれないし、高い割においしくないかもしれない。だからといって、梅の1000円は安すぎるように思う。一番安いメニューを選ぶと何だか肩身が狭い気分にもなるし、友人からお金に困っているのかと思われるのも嫌だ。

 悩んだ挙句、あなたは真ん中の竹コースを選んだ。友人も同じ竹コースを選んだので安堵した。ケースにもよるが、松竹梅の選択割合はおおよそ2:5:3といわれる。両端、つまり最高値の松コースと最安値の梅コースを回避する要因として損失回避が働き、真ん中の竹コースを選ぶことで良しとするのである。

 極端性を回避する心の働きを活かすために、松と竹の価格差は大きめにして、竹と梅の値段の違いを少なくすると効果的だという指摘もある。一番安い梅メニューに少し金額を足した竹メニューでも、金額以上の高い満足感を得られることが、消費者やお店にとって最適のようだ。

思わず買ってしまう“おすすめ”の魔法
——潜在意識を刺激することで合理的な意思決定を狂わせる

 人々の心に刺さるモノやコトをおすすめすることで、成長を実現している企業は多い。アマゾンなどのネット通販サイトにアクセスすると、購入したモノやサービスの履歴データに基づき、ユーザーの好みに合った商品や書籍などが表示される。これをきっかけにして、おすすめされたモノを思わず買ってしまった人は多いだろう。

 ファッションに敏感な若い知人は、「おすすめされると、買わずにはいられない」と話していた。「今月のおすすめファッションアイテム」と件名の付いたメールが通販サイトから自動で送信されてくると、彼は必ずサイトにアクセスしてしまう。やめようと思っていても、なかなかやめられないとよく口にしている。

 アクセスしたほとんどのケースで、彼は対象の商品を買ってしまう。購入したアパレル製品を必ず着るのかというと、着ないものもある。

「使わないものがあることも理解しているし、おすすめ品を買うことが合理的ではないとわかっているが、商品を見た瞬間、欲しいという気持ちが先走ってしまう。買うのを見送ると、何とも言えない残念な気持ちに陥る」と知人は話していた。

 客観的に分析すると、現状維持バイアス、損失回避などの心の働きが影響し、合理的な意思決定を下すことが難しくなっているのだ。

 アマゾンなどの通販サイト以外にも、ネットフリックスやYouTubeなどの動画視聴サイトでも、ユーザーの好みに合ったコンテンツを自動で紹介してくれる。紹介されると、ついつい動画を見てしまう人も多いだろう。

 特に、YouTubeは有料プランにして広告が表示されないように設定(オプト・アウト、選択を拒否する意味)しないと、様々な製品やサービスの広告が動画の合間に流れる。気になった広告をクリックして、思わず商品を購入してしまう人もいるだろう。背後にあるのは、ネット利用増に伴って重要性が高まるビッグデータの存在だ。

 ビッグデータは、人々が自分では十分に把握できない潜在意識の世界を表している。IT先端企業はAIにビッグデータを学習させ、個々の検索結果、購入ヒストリーなどから得られる特定のキーワードなどを元に、心に刺さるモノやコトを“おすすめ”する。

 おすすめされると、人々の脳の中では通販や動画などのサイトで得た満足感を思い出し、その満足感を再び味わうために、おすすめされたモノを手に入れたい、おすすめされたコンテンツを楽しみたいという欲求が高まるのである。

ハーディング現象が起きるランキング表示
——みんなが買っている商品は、自分も買いたくなってしまう心理

 物事の順位付け=ランキングも、私たちの意思決定に影響している。日常生活の中で、ランキングを目にするケースは非常に多い。国内外のニュースサイトでも、必ずといっていいほどアクセスされた記事、コラムなどのアクセス数ランキングを表示している。

 ランキングの期間も、過去1時間、24時間、1週間、3カ月、ここ1年間で最も読まれた記事のランキングを詳細に示しているサイトもある。このランキングがあることで、私たちは社会の平均的な関心が何であるかを理解しやすくなった。

 ある経済の専門家は、「講演などで聴衆の関心をつかむために、米国のIT企業が運営しているトレンド確認機能を活用し、人々の関心が何か、どこに向かっているかを常に確認するようになった」と話していた。

 ランキングは、モノやサービスの需要増加にも影響する。ランキング上位の商品(情報)は、やはり人気が高く、人々の需要が旺盛であることを意味する。人気が高いと、身の回りの多くの人が使っている、あるいは知っている可能性も高い。

 実際に、人気の商品を使っている人を見ると、安心感を抱き自分も使ってみたいと思ってしまう。ランキングを示すことは、選択しやすい環境を作るだけでなく、行動経済学の理論にある“群集心理”(ハーディング現象)を刺激し、消費やクリックなどの意思決定を促すと考えられる。

 ハーディング現象とは、1人ではなく、群れを成すことに安心するという心の働きをいう。羊の群れをイメージするとわかりやすいだろう。羊の群れが、道を歩いている。今、その群れはYの字の形をした分岐点に差し掛かった。

 首にベルを付けた先頭の羊は、おもむろに左の道を選んだ。すると、先頭の羊を追いかけるように、群れ全体が左の道を進む。それがハーディング現象のイメージだ。私たち人間も、みんながやっていること、持っているものを見ると、無意識のうちにみんなの行動を真似したくなる。自分だけ取り残されると、孤独感を感じるからだ。

 ランキングは、流行に乗り遅れたくないという心理を高める効果を持つと考えられる。ランキング上位の商品や情報を選択する人は、増加する可能性がある。買う人が増えて人気が高まると、 「買うから流行る、流行るから買う」という連鎖反応が起きることもあるだろう。

 しかし、その心理を逆手に取った嘘のランキングも出てくる可能性もある。人為的なランキングの情報操作である。消費者としては、ランキングに盲目的になるのではなく、あくまでも意思決定の一つの判断材料として利用することが良さそうだ。

<連載ラインアップ>
■第1回 世界的ヒットを生み出すTikTokが持つ“中毒性”「選択のパラドックス」を逆手に取った戦略とは?
■第2回 ネットフリックスの“おすすめ”に、なぜ人はつられてしまうのか? ビッグデータが刺激する消費者の潜在意識とは(本稿)
■第3回 音楽の楽しみ方を変えたソニーの「ウォークマン」は、いかにして一大ブームとなったのか?(1月10日公開)
■第4回 なぜ「推し活」でファンが増えるのか? 群集心理を巧みに突く消費者参加型ビジネスの戦略(1月23日公開)
■第5回 「バンドワゴン」「スノッブ」「ヴェブレン」…企業のマーケティング戦略で押さえておくべき3つの消費者心理とは?(1月30日公開)
■第6回 SNSが変えた消費者の行動様式、フリマアプリとシェアリング普及の背景にある“5つのA”とは?(2月6日公開)

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筆者:真壁 昭夫

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