共に外国人経営者に救われた日産とマツダの大きな差

1月10日(金)6時0分 JBpress

マツダ社長、米フォード社COO、CEOを歴任したマーク・フィールズ氏(2017年4月資料写真、写真:AP/アフロ)

写真を拡大

(花園 祐:上海在住ジャーナリスト)

 穏やかな年末ムードを吹き飛ばすかのように、背任などの容疑で起訴されていた元日産自動車CEOのカルロス・ゴーン氏が昨年(2019年)末、祖国レバノンへ電撃的海外逃亡を果たすという映画さながらのニュースが飛び込んできました。このニュースは筆者が住んでいる中国でも一斉に報じられ、大きな注目を集めました。

 そんなゴーン氏にかけられた背任容疑、それを放置してきた日産の企業体質について、ゴーン氏の逮捕以降、各メディアがさまざまな角度から解説しています。今回は、日産とゴーン氏の問題の本質およびその対策について、マツダの事例と比較しながら筆者の見解を紹介したいと思います。


創業家の存在は不正防止につながるか

 ゴーン氏が守銭奴であることは、日産関係者の間ではかねてから周知の事実だったようです。なぜ彼が経営の公私混同を行ったのかについては、わざわざ議論するまでもないでしょう。今回の問題の論点は、なぜ日産はゴーン氏の公私混同を許し、それを見過ごしてまったのかに尽きます。

 この論点について、2018年11月のゴーン氏逮捕以降、様々な分析や評論が各メディアから出ています。単純に他の役員がしっかりしていなかったとか、提携先の仏ルノーとのパワーバランスなどに原因を求めたり、トヨタ自動車などと違って日産自動車には創業家一族が不在であることを原因とする指摘も見られました。社内で求心力となる創業家が日産自動車にはいないため経営者が私利私欲に走りやすい企業風土であるという指摘です。

 しかし筆者は、創業家不在説にはあまり賛同できません。創業家のいない自動車メーカーはほかにもあります。そうしたメーカーに経営者の暴走が頻繁に起きているのかというと、けっしてそんなことはありません。また、創業家出身者が経営トップに就き暴走するという事例は古今絶えません。それらを考えると、ゴーン問題を考えるにあたって「創業家の不在」はあまり参考にはならないでしょう。

 そもそもこの問題でトヨタ自動車を比較対象とすること自体があまり適切だとは思えません。むしろ日産とほぼ同時期に海外メーカーから出資を受け入れ、経営者も招いていたマツダこそが最も適切な比較対象になるのではないでしょうか。


フォード出身社長に救われたマツダ

 ゴーン氏が日産にやってきたのは1999年。その3年前、米フォードから派遣されていたヘンリー・ウォレス氏がマツダ社長に就任しました。

 当時のマツダはバブル期の拡大戦略が仇となり、深刻な経営危機に瀕していました。この危機に対応するためマツダは、1993年にフォードと資本提携を結び、96年からフォード出身者を経営トップへ迎え入れるようになります。

 90年代後半に平成不況が深まる中、外国人トップに率いられたマツダは急速に業績を回復します。その後マツダでは2003年まで、4代にわたりフォード出身者が社長職を務めました。

 なお、マツダ社長を務めたフォード出身者は、フォードに戻った後、いずれも重役への昇進を遂げています。特にフォード出身者として3代目社長となったマーク・フィールズ氏は、2014年にフォードCEOの座も射止めています。


日産とマツダ、トップの在任期間に大きな違い

 ほぼ同時期に海外メーカーから出資を受け入れ、外国人経営者を招き、ともに経営危機から脱した日産とマツダですが、招いた経営トップの在任期間は大きく異なっています。

 日産は1999年にゴーン氏がCOOに就任(その後CEOへ昇進)以降、逮捕される2018年に至るまで19年間にわたり、実質的に経営トップの座にとどまり続けました。

 一方、マツダでは1996年から2003年までの7年間に、計4人のフォード出身者が社長を務めました。平均在任期間は2年にも満たず、定期的な交替がなされていました。

 政治家にしろ経営者にしろ、なぜ任期が設けられるのかと言うと、長期在任が続くと本人も気がつかないうちに腐敗していくからです。就任当初こそやる気に燃えていても、1つの組織でトップとしての地位が長く続いた場合、決断や行動に公私混同が入り混じるのは世の常です。

 だからこそ組織運営においては、任期を設け、定期的に幹部を交替していくことが望ましいとされています。どんなに優秀な人物であっても例外を設けるべきではありません。ゴーン氏に任期を設けず、いつまでも在任させていた帰結が、日産における今回の背任事件であり、会社組織としての問題の本質なのではないでしょうか。

 実際、ゴーン氏の日産経営者としての業績を見ると、就任当初が最も際立ち、在任期間が長くなるにつれて徐々に精彩を欠いていきます。逮捕前数年間に至っては、日本国内で新車投入はおろかモデルチェンジすらほとんど行っておらず、ゴーン氏は経営者として既にやる気を失っていたように見えました。


2回あったゴーン解任のタイミング

 もちろん日産からすれば、大株主のルノーから派遣された救世主のゴーン氏に任期を設けることは当時は考えられず、ましてや解任するなどということは不可能だったかもしれません。日産側にも言い分があるでしょう。

 それでもあえて後出しで言えば、過去に2度、ゴーン氏を解任すべき明確なタイミングが存在したと筆者は見ています。

 1度目は、2005年におけるゴーン氏のルノーCEO就任時です。ゴーン氏はこれ以降、日産自動車とルノーの経営トップを兼任します。提携企業同士とはいえ、同業2社で同時に経営トップを務めることは利益相反をはじめ、内部統制上の懸念が生じます。そのため、この時にルノーCEOに就くなら日産からは出ていくよう仕向けるべきでした。

 2度目は2007年です。この年にゴーン氏は自ら掲げた「コミットメント(経営目標)」を達成できず、目標達成時期を翌年に延期しています。ゴーン氏はかつて、コミットメントを達成できなかった役員には即刻辞めてもらう、と発言していましたが、この年に自らそれを破り、その後はコミットメント達成にはそれほどこだわらなくなります。経営の私物化が目立つようになったのもこのあたりからです。このタイミングで、目標未達を理由に、新たな経営トップへの交替を図るべきだったと言えるでしょう。

 ゴーン氏の逮捕時、多くの記事で「かつてのカリスマ経営者」というフレーズが踊りました。しかし、なぜ企業にカリスマ経営者が必要なのかというと、「頼らざるを得ないほど、その企業の組織力が弱いから」という結論になります。

 長年ゴーン氏に頼り続けた日産をマツダと比較した場合、定期的な経営トップの交替制度という点に限って見ても、マツダの方が組織としては勝(まさ)っているように思えます。

筆者:花園 祐

JBpress

「日産」をもっと詳しく

「日産」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ