同僚の解雇かボーナスか? 働く人々それぞれの事情

1月13日(土)18時0分 Forbes JAPAN

新しい年を迎えて私たちが思うのは、「今年も無事に過ごせますように」ということだ。「無事」は自分や家族の健康から仕事や人間関係などさまざまだが、多くの人が気になるのは雇用及び生活の安定だろう。

日本は失業率は下がり、景気拡大が続いていると言われる。有効求人倍率は昨年、バブル期のピークを越えて1.5倍台に乗った。しかし、生活に余裕が出てきたという声はあまり聞かれない。名目賃金の上昇率に対して、物価はそれ以上に上昇しているからだ。また近年では、契約期間の短い臨時労働者の求人も多くなってきているという。

世界に目を向けると、この10年間で世界全体の富は27%増大したが、貧富の格差はいっそう広がったとする報告がある。一握りの富裕層を除いて、誰も彼もが生活の防衛に汲々としなければならない状況は、この先もずっと続きそうだ。

さて、今回紹介するのは、ベルギー・フランス・イタリア合作の2014年の作品『サンドラの週末』(ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督)。雇用者と被雇用者、雇用者同士のぬきさしならない関係性の中に、現代の庶民の切実な生活感を浮かび上がらせた佳作である。

ソーラーパネルの工場で働くサンドラ(マリオン・コティヤール )は、夫と二人の子どもと四人暮らし。うつ病の治療で休職していたが、やっと職場に戻れることになった。

ところがその直前の金曜日、社長がサンドラの同僚たちに対し「サンドラの復職か、ボーナス1000ユーロ(日本円で12万円弱)か」を投票で選ばせ、16人中14人がボーナスを希望したので自分はクビになるという話を聞く。

ショックを受けて直ったはずのうつがぶり返し、どっと意気消沈してしまうサンドラ。共働きでなければ家計を維持していくことは難しい。

会社に駆けつけ、味方の同僚の助けを得てやっと「月曜の再投票で過半数を取れたら復職」という社長の約束を取り付ける。この土日で、14人のボーナス派の同僚たちの家を訪問し説得して回るという、思いがけない苦行が始まったのだった。

「仕事を続けたい。だから私に投票して。もちろん誰だって1000ユーロは欲しい。でも選ぶように強制したのは私じゃない」

一従業員に過ぎない自分ではなくボーナスの方に投票した同僚たちに、こんなふうに直接訴えるのはなかなかハードルが高い。訴えられた方も、居心地悪いだろう。一人一人に会っていく中で、皆、それぞれに切実な生活事情があることがわかってくる。

妻が失職して子どもの学資のやりくりが大変な者。離婚したばかりで再スタートを切るのにお金が必要と言う者。「君が残れてボーナスが出ればいいが」と口ごもる者。どの人も、経済的に余裕がある暮らしには見えないところにリアリティがある。

その上、仲の良かった同僚には居留守を使われて、サンドラは増々落ち込む。

病み上がりに辛い出来事が重なった彼女の心労は、半端ではない。「物乞いと同じだわ」と自己卑下する気持ちも理解できる。とは言え、見ていてサンドラのネガティブさにちょっとイライラもさせられる。

服用をやめたはずに薬に頼り、夫の励ましにも笑顔はなく、感情が高ぶるとシクシク泣き出し、あげくに「私たち、別れた方がいいのでは」などと言い出す始末。一方、レストランチェーンの店でコックとして働く夫の支援ぶりが好ましい。疲れが出て動けないサンドラに代わって食事を作り、同僚たちの住所を調べるのを手伝い、日曜は車を出して彼女に同伴。

サンドラの失職は家計の大問題だから当然と言えば当然だが、うつ気味の妻をサポートながら生活してきた雰囲気がよく出ている。

ボーナスへの投票を翻してサンドラ派につく者も現れる。「前、助けてもらったことがあったのに、ボーナスを選んで後悔していた」と泣き出す者。サンドラかボーナスか、親子で殴り合いの喧嘩になる場面も。家をリフォーム中の女性は、迷いつつ「主人と相談してみる」と一旦棚上げにしたものの、夫のあまりに非情な態度にキレてサンドラ側に。

そんな中で、どうやら主任が従業員たちに圧力をかけていたらしいこともわかってくる。臨時雇いの若い同僚は、「助けたいけど‥‥」と、主任の意向や先行きへの不安を漏らす。

豊かな者にとっては、たかが1000ユーロ。だが庶民にとっては、何にも代え難い1000ユーロ。そして、誰しも自分の生活、自分の家族が一番大切なのだ。

それぞれの事情や感情が痛いほど伝わってくる中で、「私にも生活があり家族がいる。助けてほしい」と訴え続けるのは辛いものだ。(自分が求職している間)「16人で足りていた。残業代も出る」とある同僚から告げられたサンドラの絶望感は、想像に余りある。

いくら市場で勝ち抜かねばならないからといって、こうしたえげつない選択肢を提示し、従業員を悩ませ対立させる雇用者側に、怒りも湧いてくる。そして更に、自分ならどうするだろうかという問いも浮ぶ。切実な感情をねじ伏せて、困っている同僚の味方につくことができるのか、と。

投票日の月曜。緊張に満ちた職場。結果は8 : 8で、過半数獲得はならず。全力を尽くした結果だから、それも仕方ない。諦めて荷物をまとめるサンドラに社長から呼び出しがかかり、ある提案を示される。

それは、今の仕事を失いたくないすべての労働者にとって、有り難く受け入れるべきであろう話だった。

その提案を、あろうことかサンドラは拒否する。もちろん賢い判断とは言えない。が、弱々しくネガティブだった彼女が、最後に一人の労働者として、真に倫理的な道を選んだことに、見る者は胸を突かれる。

会社から出て来たサンドラの顔は、何かを吹っ切ったかのように明るい。同僚たちの家から家を駆けずり回ったこの二日間が、彼女を変えたのだ。

映画連載「シネマの女は最後に微笑む」
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