医師の苦悩「疑似医療への転院希望を断れない」

1月16日(木)15時15分 プレジデント社

大学病院の医師たちが「疑似医療」に手を焼いている。闘病で不安な患者は、怪しげなクリニックであっても、ウソと科学的根拠を巧みに混ぜた口上に欺かれてしまう。患者がそうした治療を受けたいと言い出せば、止める方法はないという——。

※本稿は、鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 3杯目』の一部を再編集したものです。


■医師側は「嘘っぱち」とは言いづらい


鳥取大学医学部附属病院 呼吸器内科の阪本智宏助教は疑似医療に手を焼いている医師の一人である。



「ぼくたちがよく治療しているのは、Ⅳ期の肺がんの患者さんです。つまり一番進行している肺がんです。まずはⅣ期の肺がんですと伝えます。その後、言葉遣いには気をつけながらも、根治はもう望めない状態であることを理解してもらった上で、延命と(症状の)緩和を目的とした、いわゆる抗がん剤を含む薬の治療をすることになります。そして、患者と話し合って、具体的にどのように治療を進めて行くのかを決めます」




鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 3杯目』

ところが、あるとき患者からこんな風に相談を受けた。


——こんなものを見つけました、ここを紹介してほしい。


疑似医療を行うクリニックだった。


「選ぶ権利は患者さん側にあるので、『こんなのは嘘っぱちです』とは言いづらい。とはいえ目を覚ましてほしいので、散々オブラートに包んだ話をした後、『あなたが私の親だったら殴っても止める』と強い言葉を使うこともあります。それでも行きたいというのならば止めることはできないので、手紙(紹介状)は書きます」



■嘘とエビデンスのある事実を「サンドイッチ」


ことを複雑にしているのは、そんななかに医師免許を持った人間が運営しているクリニックがあることだ。



阪本はそうしたクリニックの「宣伝文句」はずる賢いと嘆く。


「“これでガンが治ります”と書いてあると流石に嘘っぽいから、そうはしない。嘘とエビデンスのある事実をサンドイッチにしている。ここまでは合っているけれど、さらっと嘘が入っている。疑似医療には裏付けとなるデータがないのだとよく言われますよね。それに対して、データはある、論文はこれだけ出ていると広告を打っている。でも金を払えば論文を出してくれるところがある。ぼくたちは“ハゲタカジャーナル”と呼んでいます」


退官間近の有名大学教授の看板を利用することもある。


「データがないっていうけれど、こんな有名な大学の先生が論文を書いている。(阪本)先生はどれだけ知っているんだって言われると、この(疑似医療の)治療法については全く知りませんと答えるしかない」


また、医療現場で使われている「標準治療」という言葉が誤解を招くこともあるのではないかと阪本は感じることがある。


「これが一般的な標準治療ですと言われると、標準ではないもっと上の治療があるのではないかと思う患者さんがいる。(金銭的に)余裕のある方は特に『いくら掛かってもいいから、一番いいのをやってくれ』とおっしゃることがある。標準治療というのは、今までのデータの積み重ねで決められたものです。これが(現時点で)一番いい治療なんだということを納得してもらうのが大変」


■プラセボ効果が疑似医療を守ってきた


金銭を払えば、現時点で病院が行なっていないもっといい治療が受けられるのではないかという、藁(わら)をも掴(つか)もうとする患者の気持ちにつけいるのが疑似医療である。


疑似医療の歴史は古い。それどころか、科学的根拠に基づく医療が広まる前には、疑似医療が主流だった時期がある。


例えば「瀉血(しゃけつ)」である。古代ギリシアでは、病気の原因は血液が淀むことだとされていた。そのため、肝臓の病気ならば右手の血管を切る、あるいは脾臓(ひぞう)の病気ならば左手の血管を切る——瀉血が有効だとされていたのだ。この瀉血は長く効果があると信じられていた。アメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンは瀉血により死亡したとされている。風邪をこじらせた彼は、繰り返し瀉血を受け、大量の血を失ったのだ。


また、プラセボ(偽薬)効果も結果として疑似医療の守り神となってきた。プラセボとは〈私を喜ばせるであろう〉という意味のラテン語だ。中世イギリスの詩人たちは、このプラセボを〈気休め〉の意で使っている。



■臨床実験さえも逆手にとられる


プラセボ効果がはっきりと示されたのは第二次世界大戦末期のことだった。野戦病院に勤務していたアメリカ人の麻酔科医ヘンリー・ビーチャーが、傷ついた兵士にモルヒネの代わりに、生理的食塩水を注射。鎮痛剤であるモルヒネが不足していたのだ。するとモルヒネと同じような効果があった。プラセボ効果は猛烈な痛みさえ押さえ込んだのだ。


人間と他の生物を区別するのは想像力である。人間は信じ込むことで何ら効能のない処置に対しても身体が反応する。もっとも、プラセボ効果は一時的に症状を好転させることはあるが、根本的な治療にはつながらない。プラセボ効果を過信して、治療を放置、症状が悪化する場合もある。


プラセボ効果を排除し、本来の効果があるかを臨床実験で測定することが、医学界の大きな課題でもあった。


ただし、疑似医学に手を染める人たちは、こうした臨床実験さえも逆手にとってきた。


阪本はこう指摘する。


「改ざんとはまでは言わなくとも、作為的なデータは出せる。このデータを拾うと不利になるからやめよう、そしてよくなったように見えるデータを引っ張ってくることは可能なのです」


問題の根は深いのだ。


■免疫療法は効果が証明されていない


とりだい病院内には「がん相談支援室」が設置されている。臨床心理士の資格を持つ、吉岡奏がん専門相談員は自らの仕事をこう定義する。


「医師に治療についての説明を受けたけれども、なかなか理解しきれない。そうした患者さんに対し、もう少し詳しく知るためのツールの紹介や、医師に質問する際に正確に伝え、聞くための事前準備のサポートなどが私たちの主な仕事です。そういったなかに免疫療法などの代替医療についての相談もあります」


代替医療とは現代西洋医学以外の医療行為の総称である。


「免疫療法をやっていますかという相談に対し、どのような治療をイメージしているのかを聞きます。その上でいわゆる自由診療で行う免疫療法はここではやっていないと説明します。そして国立がん研究センターのがん情報サービスというサイトの“免疫療法”などの情報を紹介しています」


〈免疫療法 まず、知っておきたいこと〉というページではこう書かれている。


〈これまでの研究では、残念ながらほとんどの免疫療法では有効性(治療効果)が証明されていません〉


そして免疫療法を2つに分けている。


効果が証明されている免疫療法と、さまざまな治療法を含む「広義」の免疫療法である。この広義の免疫療法は効果が証明されておらず、保険治療が認められていない。そのため患者が全額治療費を支払う自由診療である。この選択をする場合は〈公的制度に基づく臨床試験、治験などの研究段階の医療を熟知した医師〉にセカンドオピニオンを求めるように注意を促している。



■健康食品の過剰摂取で死に至ることも


吉岡は続けてこう話す。


「患者さんは、そういう不確かなものを頼りたくなるほど不安なのです。私としては、なぜそれを試したいと思ったのかひとまず気持ちを聞く。その上で現状で改善できる点を探っていくようにしています。その後、どのような結論を出すのかは患者さんにお任せします。今の治療が一番なんですね、と納得して帰ることもあります」


がんを宣告された患者、そして家族の心情は揺れ動くものだ。だからこそ、安易に言い切ることはしない。良心的な医療従事者の一つの選択である。


一方、がんに対する免疫療法のように生死に直接関わらない、いや、関わらないと思われているからこそ大胆な宣伝広告を打っているのが、健康食品である。


矢野経済研究所の『2018年版健康食品の市場実態と展望』によると健康食品の市場は緩やかな右肩上がりを続けており、2017年には1.2兆円に膨れ上がった。健康食品メーカーはテレビを始めとしたメディアの大口スポンサーでもある。テレビを付ければ健康食品のCMを毎日のように見かける。


とりだい病院も健康食品、サプリメントの過剰摂取により他の医療機関から紹介、あるいは緊急搬送されてくる患者がいるという。


鳥取大学医学部附属病院薬剤部の島田美樹部長は複数の健康食品を長期的に使用する場合、特に注意を払う必要があると警告する。


「たとえば、ダイエット食品。痩せる効果を期待して一種類ではなくいくつかの製品を同時に摂る。これは、ある成分を重複してしまうことになります。さらに長期間に亘って摂り続けると肝臓の細胞が死に始め、ひどい場合は劇症肝炎から死に至ることもあります」


簡単に手を出しやすい健康食品も、実は生死に関わるのだ。


■天然成分が身体にいいとは限らない


また、よかれと思って摂取した健康食品が身体に知らず知らずのうちに害を与えることもある。


「例えば沖縄県は長寿県で、みんな○○を含む食品を食べて健康だとされると、その食品の成分を抽出したものが健康食品として出回るわけです。しかし、長生きで健康なのは、バランスのよい食事のなかで適度にそうした成分を摂っているからです。その成分が凝縮された製品を日々ずっと摂り続けると、本来ならば肝臓で代謝されて体外に排出されるはずのものが蓄積していきます。肝臓の働きが追いつかない。結果的に肝臓に負担を掛けてしまうことになります」


天然成分という謳い文句も注意が必要だ。


島田によると、人間を含めた生物は、外来異物に対する適応能力を持つという。島田が学生の講義でよく使うのは、煙草の葉に生息する芋虫の話だ。


「最初、芋虫はニコチンを含む煙草の葉を食べた時、ニコチン中毒を起こしてぐったりしてしまう。しかし、これを食べないと生き残っていけないとなると、芋虫の体内にニコチンを解毒する酵素が増えてくるのです。人間も同じです。天然成分だから安心、食品として使われているものだから大丈夫というわけではない。ある程度の量までは適応できるが、それ以上になると体内に蓄積される、あるいは一気に摂ると適応できないという天然成分もあるのです」



■まっとうなことをやると、お金儲けにならない


また実際には効果の期待できない成分を含んだサプリメントも多い。


「グルコサミンは関節の痛みを緩和しない(※)、ヒアルロン酸は肌に浸透しないと散々言われている割にはどんどん商品が出ている。プラセボ効果なのです。謳い文句を信じて飲んでいるとよくなったような気になってしまう」


まちがった情報が垂れ流しになっている現在、我々がすべきなのは、疑問を感じたときには信頼できる医師や薬剤師に相談、そして公式機関の見解を慎重に参照することだ。


前出の阪本は一つの見極めは、治療のマイナス面をきちんと説明しているかどうかだと言う。


「自分たちの治療に対して、プラスの情報ばかり与えてくる人は信用したら駄目です。治らないと一方で言われて、別のところから治ると言われると、人は信じてしまう。しかし、治るし副作用もないというのはありえない。うまい儲け話は信用したら駄目というのと同じです」


そしてこう続ける。


「医療って金になると思われているじゃないですか。でもまっとうなことをやっていると金にならないんです。ぼくらも新しい治療法を患者さんに届けたいという思いでやっています。しかし、正規の手順でやっていると、一切お金儲けにならない。ノーベル賞を獲った人が研究費がない、それが今の現状です。それにも関わらず適当なやり方で金を荒稼ぎしている人がいる。そして患者さんも不幸になっている。こんな馬鹿な話はないと思いますよ」


山中伸弥のiPS細胞研究所への一部補助金の打ち切りが検討されたことは記憶に新しい。疑似医療が栄え、まっとうな医療従事者が天を仰ぐ。これも医療の現実である。


※「グルコサミンは関節の痛みを緩和しない」について:厚生労働省『「統合医療」に係る情報発信等推進事業』「統合医療」情報発信サイトWEBページ



■▼正しい情報を得るときはこちらを参照



日本医師会WEBページ

健康・医療に関する各種情報を提供。健康食品に関する注意喚起も掲載。

がん情報サイト「オンコロ」WEBサイト

治験・臨床試験を支援事業をする企業の情報提供サイト。がん医療の情報を分かりやすく発信している。

国立がん研究センターがん情報サービスWEBサイト

肺がんや乳がんなど、がんに関する詳しい解説や、がんと診断を受けた時から療養に至るまでの情報を提供。

厚生労働省「健康食品」に関するWEBページ

健康食品に関する詳しい解説や注意喚起を掲載。

消費者庁WEBページ

健康食品に関する情報を紹介。



代替医療解剖

サイモン・シン,エツァート・エルンスト著

青木 薫 訳

2013/9/1新潮社文庫刊

代替医療と総称される治療の数々を歴史背景も分析した上で、科学的な見地からその危険性について追及している。著者の一人であるサイモン・シンは、本書出版の同時期、英国ガーディアン紙のウェブ版コラムを発表。その内容が名誉毀損であると英国カイロプラクティック協会に訴えられたが、のちに勝訴した。




(カニジル編集部)

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