政府と大阪府はなぜ感染爆発の予兆を見逃したのか?

1月17日(日)6時0分 JBpress

(高橋 義明:中曽根平和研究所・主任研究員)

 政府が「(時短)効果がでている」と述べていた大阪府も京都府・兵庫県などとともに1月13日に緊急事態宣言の対象地域に加えられることとなった。首都圏1都3県から発令から1週間も経たないうちの急展開である。

 昨年(2020年)末12月25日の第28回大阪府新型コロナウイルス対策本部会議において、大阪府庁は12月11日から患者数が減るシミュレーションを議論していた。ではなぜ政府・大阪府庁は感染爆発の予兆を見逃したのだろうか。この点は、緊急事態宣言を解除する際にも重要になる。本稿ではその原因について検証したい。

(近畿圏での対策についてはここでは触れないが、筆者の考えは近畿圏でも同じである。1月6日の記事「飲食店の時短以上に企業・事業所の休業が必要な理由」を参照いただきたい)。


最大の原因は府庁の透明性に対する消極性

 最大の原因は、11月11日の大阪府本部会議において、全国で唯一、患者情報の個票公表廃止を密かに決定したことにある。

 読者の皆さんはあまりご存知ないかもしれないが、研究者は政府・自治体が持っているデータに簡単にはアクセスできない。筆者が横浜市に提供を依頼した在住外国人調査のデータは入手まで2年間を要した。それは政府の分科会会合に参加している専門家であってもあまり変わらない。

 自治体の場合、研究目的でのデータ提供の公的仕組みは存在しない。そうした中、現在可能なデータの入手方法は3つある。1つ目は自治体がホームページで公表している情報を利用するもの、2つ目は自治体による任意の情報提供、3つ目は行政文書としての情報開示請求である。1つ目の場合でもそのまま分析に利用できることは少なく、PDFから研究者自らがデータ入力したり、自治体ごとに形式がバラバラなために加工するなど人海戦術が必要である。

 1月13日の総理会見に同席した政府・分科会の尾身会長が「新型コロナウイルス感染症特別措置法改正の際に望むこと」として「疫学情報の迅速な収集と共有」を挙げた。欧米の政府・自治体は分析しやすい形でデータを収集・整備し、研究者にかなり自由に提供しており、雲泥の差がある。日本の新型コロナ対策で「科学的知見が少ない」と言われる理由の1つはここにある(詳細は「EBPM(証拠に基づく政策立案)は日本で確立するのか:欧米の経験も踏まえて」参照)。

 そして日本の自治体のデータ提供への姿勢には、協力的なところと消極的なところに二分される。大阪府庁は以前から研究者に対する情報提供に否定的な自治体である(石川県、渋谷区なども否定的)。

 患者情報公表を廃止して1つ目の方法が採れない中、大阪府内の感染状況を分析するため、筆者は11月16日以降のデータ開示を府庁に求めた。しかし、図1の通り、大阪府知事から回答があり、非公開の理由として「公表廃止」を挙げた。

 以下では患者情報の非公開がなぜ判断ミスにつながるのかをみていきたい。


政府の感染症専門家も最重要データである発症日を把握できず

 日々発表される感染者数は、週末に病院受診などを受けにくい曜日・祝日要因や検査体制の整備状況の影響を受ける。そのため、この情報では感染拡大・減少の転換点を捉えるのは難しい。

 そこで、感染症専門家が重視しているのが「その日に何人が発症したのか」をカウントする感染者数(発症日ベース感染者数)である。1人の人が何人に感染させているかを推計する「実効再生産数」の基になるのもこの発症日データである。西浦博・京都大学教授は都道府県別に感染状況を評価するために、厚労省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの会合に発症日データに基づく実効再生産数の推計結果を毎回提示している。

 しかし、図2の通り、12月10日の会合において西浦教授は大阪府について「発病データ報告停止のため、感染時刻別の精密な評価は不能」と述べた。同じく押谷仁・東北大学教授作成の政府・分科会資料にも「大阪府は11月16により発症日を公開していないために発症日別のものは更新されていない。全国のエピカーブからも大阪は除いている」と記されていた。結果として12月22日時点の厚労省アドバイザリーボードの評価では「大阪では新規感染者数に減少の動きが見られるが、依然高い水準」とされた。府庁の姿勢が、第3波が予見された最も重要な時期に専門家の目を曇らせた。

出典:厚生労働省・第17回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料2-3(西浦先生提出資料)10頁

無症状患者の発生状況も把握できず

 政府・分科会メンバーが大阪府の発症日の情報をやっと入手したのは、首都圏1都3県の緊急事態宣言発令後に開催された1月8日会合であった(図3青線)。そしてこれをみて驚くのは、日々の報道にみた感染者数(図3点線)のような減少は見られないことである。

備考:政府・新型コロナウイルス感染症対策分科会第21回資料2-1(追加)、大阪府「大阪府の最新感染動向」、大阪市「新型コロナウイルス感染症発生状況」より作成

 発表日の感染者数で減少傾向にもかかわらず、発症日で読み取れなかった理由は2つありえる。

 1つは無症状者の発見度合いである。クラスターが一時期に多発すると濃厚接触者を検査し、結果的に無症状感染者が多く見つかる。大阪府内では発表日としてピークだった11月22日から12月16日までに高齢者施設55、医療機関25、学校13などの計111カ所のクラスター(1日当たり4.6カ所)が発生していた。一方、その後の12月31日までは計42カ所(1日当たり2.8カ所)と減っていた。患者情報公表停止により無症状者がどれだけ占めるのかも不明であり、検証が必要である。クラスターの発生時期のズレが「感染が収まっている」と錯覚させた可能性がある。

 もう1つは、府庁の目線が大阪市内の繁華街の時短要請に向かい、繁華街での感染者減少が全体でも減少につながると思わせた可能性である。大阪府の本部会合資料でも地域別の分析は夜の街関係が主である。今回、大阪市北区、中央区を対象に時短要請をした際、夜の街関係者・滞在者の感染者は11月下旬に410人から12月下旬の257人に減った。しかし、夜の街関係者・滞在者の感染者は7月の第2波には3〜4割を占めていたが、今回11月下旬9.2%に過ぎなかった。


大阪市以外でも感染増

 むしろ注目すべきだったのは図3の青線と赤線の差である大阪市以外の感染者である。つまり、大阪市在住の感染者は減ってきていたが、市外では感染者が増えていた

 11月26日の記事「Go Toトラベル停止、対象地域の選び方は妥当なのか?」でも記したが、大阪府内は既に大阪市内の通勤者などを通じて府内に感染が拡散していた。

 1週間の人口10万人当たり感染率を地図化したのが図4である。11月末では大阪市が40.1人と最も高かったが、富田林市(26.6)、東大阪市(26.2)、大東市(24.3)、吹田市(23.9)、寝屋川市(23.1)などが政府指標でレベル4(25人)程度となっていた。その後の対策により12月末時点では大阪市は24.5人とレベル4をわずかに下回ったが、寝屋川市(34.6)、四條畷市(32.6)、茨木市(32.1)、交野市(28.9)、門真市(28.7)、高石市(28.5)、富田林市(27.5)、枚方市(25.4)とむしろレベル4を越えた市町村が増えていた。そして年明けには導火線に火が付いたようにほぼ全ての市部がレベル4(25人)を超えるに至る。

備考:大阪府「新型コロナウイルス感染症患者の発生及び死亡について」、「大阪府毎月推計人口」より作成。濃い茶色が感染率が高く、濃い水色が感染率が低い。

 クラスター発生数をみても、大阪市内の割合が11月末までの34%から12月末までの29%に減る一方、茨木市、豊中市、枚方市、吹田市、岸和田市では5〜7%の割合で発生が続き、東大阪市(2%⇒8%)、堺市(3%⇒5%)、寝屋川市(0%⇒3%)などは増えている。厚労省・アドバイザリーボードも従来から自治体レベルに目を向けていないが、府庁もこうした地域の感染拡散に注意が向いていなかったと推測される。12月27日の記事(「北海道と大阪府で死者急増、最優先ですべき対策は」)でも指摘したが、大阪府の死者数が東京都を抜いて全国で最も多くなったという結果にも表れている。


他県感染者の濃厚接触状況などが不明に

 大阪府内で持続的に感染が広がる中、導火線に火となった可能性となったのが府外からの感染である。大阪府でも11月15日までは患者情報に他県感染者の濃厚接触者であった場合、都道府県名が公表されていた。11月15日までの公表資料を集計すると、兵庫県、奈良県、京都府、和歌山県との関係が71%を占める。それに次いで東京都が10%を占めていた。しかし、この点も11月16日以降は明らかにならなくなり、他県から影響を受けた感染拡大についても検証できなくなっていた。

 さらに大阪府発表の感染者数には府外在住者が含まれる。11月16日時点で274人(全体の1.8%)であった。その後の約2カ月で急増して490人(全体の2.5%)となっている。大阪府民の感染者は市町村別で公表されるにもかかわらず、府外在住者は都道府県名でも公表されないのは不可解と言える。

 しかし、これら公表を止めたとしても、他都道府県の影響がなくなったわけではない。そこで携帯位置情報から東京都在住者で大阪府内に滞留した人数の多寡が大阪府の新規感染者数に影響を与えたかをグレンジャー因果性という統計的な手法で分析した。第1波は海外からの感染拡大であるために関係性はみられない。しかし、第2波以降、府内に来る東京都在住者が多くなると大阪府内の感染者数が増えることが分かる(図4)。現在の感染爆発は年末年始における東京などからの帰省との関係も示唆される。

備考:Agoop「人流可視化ダッシュボード」大阪府分から東京都居住者を抽出して分析。

大阪府民が決めるべき患者情報公表ルール

 患者情報を全く公表しないのは現状、大阪府のみである。加えて最近は他の自治体でも患者情報を短期間で削除するところが増えている(新潟市1日、神戸市4日、青森県、福井県、鳥取県・鳥取市が2週間、山口県が1カ月で削除)。さらに患者情報を簡略化し、発症日などを掲載しなくなったところもある。

 しかし以上からわかるように、患者情報を公表しなくなれば、外部の専門家が検証したり事前の警告を発することができなくなる。一方、自治体の積極的な公開は様々な研究やデータが多角的な視点を提供することにつながり、ひいては最も相応しい政策につながっていく。それこそ「証拠に基づく政策立案(EBPM)」と呼ばれているものである。感染爆発で作業が追いつかないのであれば、統計部局などの人員を活用すべきだろう。政府もデジタル改革を掲げるのであれば、研究目的の場合、政府・自治体の保有する行政情報を簡素な手続きで開示する制度を創設することが根源的には必要だ。

 さらに言えば、新型コロナの感染予防・抑制にどのような患者情報が必要かは本来、それぞれの市民、大阪府の場合は大阪府民が決めるべきであろう。自治体への情報開示は費用がかからず、郵送、FAX、ネットで簡単に申請できる(「大阪府HP・行政文書公開請求の手続」参照)。府庁もHPで「府が保有する情報は府民のものであるとの理念のもと、どなたでも府が保有する行政文書の公開を請求できる」と述べている。皆さんも必要と思えば府知事に申請してみてはどうだろうか。

筆者:高橋 義明

JBpress

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