「鼻マスク受験」で報道されないこと

1月22日(金)6時0分 JBpress

 大学入学共通テストの試験会場で、マスクから鼻を出しているのを再三注意されながら、それを頑なに拒否して、受験そのものが失格となった男性が逮捕されたという報道がありました。

 この事件に関して、何の深い洞察も顧慮もないマスコミの(例によって各社デスクの)端折りすぎで訳の分からない記事が出回っており、目を覆わざるを得ません。

 本稿では、この件について一般にマスコミでは決して報道されない種類の「詳細な可能性」を検討し、「おもいやり」について、考えてみたいと思います。


報道されない「一番の被害者」

 もしあなたが、何らかのテストなどを受けていて、隣に座った人がおかしな行動をとっており、大変に気になったらどうしますか?

 静かに挙手をして、試験監督に、隣の人が迷惑なのですが・・・とクレームする可能性が考えられると思います。

 入試に関しては、あらゆることが守秘に抵触しかねないので、ここには公開情報以外は確定的な事は記しませんが、そのようなクレームが出る可能性は十分考えられます。

 そのような場合、試験監督者は適切に対処し、まず試験室内で問題状況の解決に努めることでしょう。

 こういう騒動が起きた時、第一の被害者は、周りの受験生たちで、これについてはそれなりに報道もされるように思います。

 しかし、決して報道されないのは、受験会場を支えるスタッフにかかった莫大な迷惑、不必要なワークロードです。

 これについて、公共性の観点に立って補足しようというのが、本稿の基本的な趣旨になります。

 今回の場合、問題を起こした受験生は49歳の男性で、18歳や19歳のティーンエイジャーではありませんでした。

 さらに、問題が拡大した後、スマートフォンを取り出して試験官を撮影したり、音楽をかけたり、わざと咳をするなど大暴れしたうえ、最終的に夜10時まで大学内のトイレに立てこもりました。

 大学当局は、やむにやまれず警察を呼び、「建造物不退去」の容疑で逮捕されるという刑事事件になっています。

 つまり、入試対応のマニュアルで通常想定されている事態を大きく逸脱した状況が発生していたことは間違いありません。

 また、ある時点以降、今回入試で相当上の方の判断水準まで、現在進行形で情報が共有され、トップレベルの苦渋の決断があったことが、分かる人には如実に分かります。

 世の中のマスコミですら、そうしたことに配慮のある記事は確認できず、いわんやネット上の書き込みは、ただただ問題外の落書きに終始しているというのが、率直に思うところです。

 以下では、出来事をタイムラインに添って確認してみましょう。


タイトな試験スケジュール

 言うまでもないですが、試験会場スタッフは、受験生に最良のコンディションでテストを受けてもらうべく、ベストを尽くします。

「平等」であることは重要ですが、それが「悪平等」になってしまっては元も子もない。

 学生が、本来持っている実力をフルに発揮してテストに解答できるよう、環境を整えます。

 入試に関することは多くが守秘ですので具体的なことは何も書けませんが、私も四半世紀東京大学に在職してそれなりに入試にも動員され、常に思うのはこの一点です。

「フェアにベストの力を発揮」

 受験生にとって悪いことは決してしないし、できない。それが実施主体側の過不足ない本音です。

 それを、受験成績を無効にするとか、まがりなりにも「受験生」であった人間の行動に対して「警察を呼ぶ」などというのも、大変なことです。

 まして「受験生が逮捕される」など、前代未聞。

 大学にとっても入試センターにとっても、凄まじい疲弊とダメージを与えている。およそ報道はそうしたことに無関心ですが、ここでは強調しておきます。

 その観点から、この事件をタイムラインに沿って振り返ってみます。

 2021年1月16日、テスト初日最初の科目は「地理歴史・公民」でした。

第1日

地理歴史・公民 9:30-11:40

 受験生は朝の9時30分から11時40分まで、2時間以上の長時間テストを受けるスケジュールです。

 お昼休みを挟んで午後になると

国語 13:00-14:10

 これは13時に「解答はじめ!」となるという話であって、各試験室に受験生が入り、所定の手続きを行い、問題用紙や解答用紙が配られ・・・というのは12時台に30分程度の時間をかけて行われた後のことになります。

 つまり、午前のテストの後、1時間20分お昼休みがあるのではなく、極めて短い昼食休憩の後、監督者も受験生も再び試験会場の密室に閉じこめられる超タイトなスケジュールであることを確認しておきましょう。

 国語の試験が終わった後も同様で、休みそのものは大して長くなく

英語(筆記)   15:10-16:30
英語(リスニング)17:10-18:10

 朝の9時半にスタートした試験の「解答終了」だけでも夕方の6時を過ぎ、答案の回収と確認などを併せると、受験生が解放されるのも6時半頃。

 試験会場スタッフはその後夜遅くまで、翌日の準備に追われ、2日目も早朝から細かなスケジュールが組み立てられている・・・。

 これを全国一斉に800からの試験会場で「平等」に行うというのが、どれほど大変な仕事であるか、社会全般にまずまともな理解を持っていただきたい。

 ネットの書き込みは仕方ないとしても、報道記事ですら、およそ配慮のない記述になっているのを憂慮します。


その日、下町の大学で何が起こったのか?

 問題を起こした「受験生」は、朝一番、9時からの「地理歴史・公民」の時間から、周りからそれと分かる程度に極端な<鼻マスク>の状態で受験していたらしいことが察せられます。

 もしかすると、周囲の受験生からクレームがあったのかもしれない。しかし、試験監督側では、ともかく「受験生のメリット」を最大にが原則ですから、この「問題受験生」も1時間目の社会科を無事に受験し終えているようです。

 その間、問題とされたのでしょう。短いお昼休みを返上で、その部屋だけでなく、試験場全体の高いレベルまで議論を持ち帰り、検討している様子がうかがわれます。

 つまり「鼻マスク」の受験生に対して、マスクの必要がない「別室」での受験が可能、といった対案の提示も行われている。当該「受験生」はこれを拒否したらしい。

 当然ながら、そうした判断は一つの試験会場の部屋、一人の監督者で決められる話では一切なく、高次の判断が介在しているはずです。

 そういうことに顧慮なく、その部屋にたまたま配属となった試験監督者をうんぬんするネットの書き込みがありましたが、ただ単に問題外というしかありません。

 午後になり、2科目目のテストでは、すでに「当該受験生」の問題行動は、少なく見てもこの試験会場のトップ以下すべてのスタッフに知られていた。

 場合によると、各試験会場での異常事態として、もっと中枢のレベルも、関知するところとなっていたかもしれません。

 午後の国語の試験中、試験監督者は文字を書いた「カード」を示して「当該受験生」に指示をしています。

 こんな簡単な一言の背景も、よく考えてみてください。

 仮に監督官が「何番のあなた、マスクをきちんとするように」なんて声を出したら、音は周りに広がり、耳に瞼はついていません。他の全員に聴こえ、迷惑極まりないことになります。

 ですから、想定されうるような事態に対しては、事前に声を出さずにも受験生に指示ができる「カード」を作っておくこともできたでしょう。

 しかし、想定外の事態では、緊急に対策が協議され、適切な指示を黙って出す「カード」が作られ、そうしたものの提示が「合計6回」あったらしいことが、ごく簡単な報道の1行からありありと読み取れます。

 かなりめちゃくちゃな受験態度だったようですが、試験会場は1科目目の社会科を無事に受験させ、2科目目の国語も受けさせ、再三の注意を繰り返したけれど、態度の更改が見られなかった。

 本当に苦渋の決断であったと思われますが、試験会場サイドは、当該受験生に受験の無効を伝え、当人の教室からの退出を促したようです。

 その結果、その場に寝転がるなどして抵抗、さらには、スマートホンを取り出して試験監督者を撮影したり(試験時間中にスマホを取り出して操作したら、その時点で受験失格となってしまいます)、さらには「尾崎豊」の歌を流し始めた、などという書き込みも目にしました。

 真偽のほどは分かりませんが、49歳の大人が、何事かをやらかしたのは事実のようで、その結果、周りの受験生が移動せざるを得なかった。

 さらには3科目目の「英語(筆記)」の時間にトラブルが食い込んで、結局他の受験生が教室を移動せねばならなかったとか、それで5分時間がずれたらしいとか、事実か否か確認できない細かな情報がネットに多数上がってました。

 何であれトラブルがあったのは間違いありません。この英語(筆記)の試験開始時刻は15:10です。

 このゴタゴタも、このあたりの時間帯に発生したのだと思われます。

 しかし、最終的に「警察」がやって来て、トイレの個室に立てこもった「当該受験生」を逮捕したのは夜の22時過ぎだという。

 その間、7時間ほども経過しています。これを「駆けつけた警官に逮捕」と表現している報道がありましたが、思考停止も甚だしいと言わねばなりません。


「受験生が逮捕される」事態とは?

 この「当該受験生」も、同じように検定料を納めて、このテストを受験した、まぎれもなく本物の「受験生」です。

 入試実施側としては「受験生のメリット第一」で考えますから、警察を呼ぶなどというのは、もう最後の最後のことになるでしょう。

 というか、資料に当たれていませんが、およそ前代未聞ではないでしょうか。先にも記した通り、テストは朝9時半に始まります。

 これは「解答はじめ!」の号令が9:30ということで、受験生の入室はもっと早く、さらにスタッフの出勤はもっともっと早く、各試験会場は莫大なスタッフが神経を張り巡らせて機能しているわけです。

 翌17日も朝9時半からテストですから、スタッフも帰宅しなければなりません。

 その時間になっても「トイレに立てこもっていた」という情況があり、様々な関係機関にも連絡を取り、最終的には責任者が判断を下す形で警察を呼んだのだと思います。

 そこに至るプロセスや苦渋を考えただけで、私は目が回りそうな気がしました。

 試験を受けるのも大変かもしれないけれど、実施するのはその100倍くらい大変な仕事だということを、社会は少し考えた方がいい。

 そこに、こんな悪質な擾乱者、ほとんど試験の邪魔をしに来ているような人間が紛れ込んできた事態をただただ憂慮し、関係者のご労苦いかばかりかと思わざるを得ません。

 警官がやってきてから、トイレの個室に突入して逮捕状が執行されるまでには大して時間はかかっていないでしょう。

 午後3時頃に受験が無効になってから、警官を呼ばれたと思われる午後9時台以降まで6時間。

 朝、大学にやって来てから、迷惑受験を続けた時間も約6時間程度ですから、それと同じ程度、便所への立てこもりなどがあり、最終的に受験生の逮捕という、新テスト史の劈頭に汚点を残すような事態となりました。

 大学入学共通テストは「2次日程」が月末に予定されています。

 普段から私の連載をお読みの皆さんは、私が何が何でも規則一点張りの硬直した入試が良いなどと、決して言わないことをご理解いただけると思います。

 人間的に、柔軟な対応があってよいという、むしろフレキシブルなスタンスの教官だろうと思いますが、その私をしても「論外」と結論せざるを得ない今回の事態。

 新テスト史の「先例」として、来年以降のマニュアルに絶大な影響を残すことになった今回の事態、関連全スタッフがベストを尽くしたことは、疑いようもありません。

 現在のコロナの至難な状況のもと、公共的な大学入学試験をどのように実施していくべきか。私が考える最大のポイントは「おもいやり」です。

 受験生自身も、単に「おもいやってもらう」だけでなく、周囲の受験生や、負担をかけている会場スタッフにも、人としての「おもいやり」を持つことが重要でしょう。

 こと新型コロナウイルス感染症に関しては、受験生からも他の受験生、さらには監督者にもウイルスを感染してしまう可能性が明確にあるわけですから。

(つづく)

筆者:伊東 乾

JBpress

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