アップル、ソニーより既存自動車メーカーを脅かす意外な勢力

1月24日(月)6時0分 JBpress

 アップルに続いてソニーがEV(電気自動車)開発に乗り出すなど、自動車業界への異業種参入が相次いでいる。だが、自動車業界への異業種参入は著名企業だけにとどまらない。新興国ではナショナリズムを背景に、国産EVを開発する動きが活発になっており、状況次第では新興国市場の構造が根本から覆る可能性がある。しかも、一連の動きの背景には「一帯一路」を推進する中国の戦略があり、非常にやっかいだ。(加谷 珪一:経済評論家)


既存メーカーにとって最も脅威となるのは?

 EVは内燃機関で駆動する従来の自動車と比較して部品点数が少なく、異業種からの参入が容易になることは以前から指摘されていた。しかもEVの場合、モーターや制御機器は汎用品で構成されるので、部品メーカーが駆動部分をモジュールとして提供できる。このため部品間の緻密な摺り合わせといった作業が不要となり、生産技術に乏しい企業でも容易に量産体制を構築できる。

 アップルには極めて高いブランド力があり、すでに多くの魅力的な製品やサービスを消費者に提供しているので、アップルカーを購入するのは感度の高い消費者ということになるだろう。ソニーはアップルほどコアな顧客を囲い込んでいないものの、世界的な著名企業であり、基本的な図式は同じである。一連の著名企業によるEV参入は、既存の自動車メーカーにとってある程度の警戒が必要だが、存在を脅かすほどのライバルにはならないだろう。

 むしろ既存の自動車メーカーにとって最大の脅威となるのは、無名のメーカーによるEV参入、あるいは水面下で進む自社開発EVの流れだろう

 佐川急便は配送用の小型トラックのEV化を進めているが、同社のEVトラックは、自動車メーカーが開発したものではない。国内企業が設計を行い、製造を中国企業に委託しているので、あえて言えば佐川の自社開発EVということになる。同じく配送大手のSBSホールディングスは、中国メーカーが生産するEVトラック2000台の導入を決めた。調達先は東風汽車集団系の企業なので、まったく無名というわけではないものの、グローバルに知られている著名な自動車メーカーとは言い難い。

 マレーシアの車体メーカーであるジェミラン・インターナショナルは、米国からスクールバスなどEVバスを大量受注したことを明らかにした。同社は中国の比亜迪汽車(BYD)や中国中車(CRRC)に対してバスの車体を納入しているほか、製造も請け負っている。今回のEVバスがどのような形態で製造されるのか詳細は明らかにされていないが、駆動部分を製造する中国メーカーとの連携である可能性が高い。EV化が進むと水平分業が進むので、車体メーカーがEVを製造したり、自動車メーカーが、製造を外注するといったことが十分にあり得る。

 EV化が進むと、新しい形態での自動車生産が簡単に実現してしまうのだが、一連の動きが最も顕著となっているのが新興国市場である。新興国の国営企業、あるいは政府に近い財閥系企業が、次々と国産EVの開発に乗り出しているのだ


新興国の国策企業が続々とEV製造に乗り出す理由

 エジプトの国営自動車メーカーであるナスルは、以前から国産EVの開発を進めており、2022年には本格的な生産を開始する予定だ。一方、アフリカ東部のウガンダでは、やはり国営企業のキイラがアフリカでは初となるEVバスの量産を予定している。アジアに目を転じると、ベトナムのビンファーストが同国初となるEVの販売を昨年(2021年)12月にスタートしている。ビンファーストは、ベトナムのコングロマリットであるビングループ傘下の会社で、ベトナム政府も強力に後押ししている。

 これまでの時代、多くの国にとって国産車を持つことはまさに「夢」であった。新興国は独裁政権や軍事政権であることも多く、ナショナリズムを背景とした国威発揚がしばしば国是となる。こうした国の指導者にとって、国産自動車というのは、実は喉から手がでるほど欲しいアイテムである。

 だが、内燃機関の自動車を国内で開発・生産するためには、長年にわたる資本や技術の蓄積が必要であり、多数の熟練労働者も育成しなければならない。先行投資の額があまりにも大きく、規模の小さい新興国では到底不可能だった。旧ソ連は第2次大戦後、敗戦国であるドイツから自動車メーカーの設備を接収し、国産自動車モスクヴィッチの生産を行った。ドイツ車をそのままコピーした製品からスタートしたが、西側製品との落差は大きく、旧ソ連時代には何とか事業を継続したものの、崩壊後はあっけなく破綻してしまった。

 ナショナリズムを背景に政権が自動車の開発に成功したのは、ナチスドイツのフォルクスワーゲンくらいだろう。もっともドイツの場合、ナチスが政権を担った時点でダイムラーなど民間の自動車メーカーが育っていた。フォルクスワーゲン・タイプ1(後のビートル)を開発したフェルディナント・ポルシェ氏もダイムラー出身なので、ナチスがゼロから自動車を作ったわけではない。

 従来の常識では、資本や技術の蓄積がない国が国産自動車を製造するのは不可能だったが、EV化が進展すると話は180度変わる。EVであれば、資本力のない新興国でも国産車の製造を容易に実現でき、しかも価格を大幅に安く設定できる。独裁的な政権であれば「愛国」を錦の御旗に国民に国産車に乗るよう要請できるので、市場の獲得も容易だ。実際、ベトナムのビンファーストが自動車生産に乗り出した2017年には、同国のフック首相(現国家主席)が「国産車を造るプロジェクトは愛国的で尊敬に値する」と手放しで賞賛している。


新興国だからこそ逆にEVが普及する可能性も

 実は、新興国による一連の国産EV製造を支援しているのは中国である。先ほど取り上げたエジプトのナスルは中国の東風汽車と生産協力を行っており、ウガンダのキイラは恒天集団から技術移転を受けている。ベトナムのビンファースト社も中国の蓄電池メーカー、国軒高科と提携済みだ。

 そしてこの分野において大きな影響力を発揮しそうなのが、iPhoneの生産を一手に引き受けシャープを買収したことでも知られる鴻海(ホンハイ)精密工業である。

 鴻海は台湾企業だが、創業者でトップを務めるテリー・ゴウ氏は外省人(国共内戦に伴い本土から台湾に渡ってきた人たち)で本土との関係が深く、同社は中国共産党あるいは中国政府から相当な支援を受けている。台湾企業とはいえ、限りなく本土の企業に近いと考えてよいだろう。鴻海は、独自に開発したEV設計仕様をオープンにしており、同社が提供する部品を使って顧客が自由にEVを製造できる共通プラットフォームを提供している。

 中国企業は、新興国のナショナリズムをうまく活用し、黒子に徹することで、実質的なEV市場の覇権を狙っている。先進国の市場はすでに頭打ちとなっており、主要自動車メーカーにとっては、新興国市場の開拓は今後の成長のカギを握るテーマだった。ところが、EV化の進展によって、巨大な新興国市場が自国産EVにとって代わられる可能性が出てきており、しかも一連の動きには中国が深く関与している。中国は「一帯一路」で支援する国に対し、採算度外視でEV化の提案を行っていると見て良いだろう。

 一部では、新興国ではEVは普及しないという意見もあるが、こうした見解には、日本にとって都合のよいバイアスがかかっている可能性があるので注意が必要だ。

 新興国は都市部と地方の格差が激しく、一般消費者が自動車を積極的に購入するのは都市部であり、しかも電力のインフラは、途上国であってもたいていの場所に存在している。構造が簡単な分、メンテナンスも容易で、使い方次第では途上国の方がEVとの相性がよい場面も多い。

 何より、国産車を持ちたいという権力者の野心は簡単に抑制できるものではなく、国民の一部もそれを強く求めるだろう(日本においても「愛国」を叫び、外国製品を望まない人は一定数存在している。こうした人たちは、外国のサービスや製品を賞賛する人に対して「反日」「日本下げ」などといって批判する傾向が顕著であり、かつ、日本製品の方が性能が低い場合でも、国産を優先すべきだと考えるケースが多い。こうした思考回路や言動は日本に限った話ではなく、外国でもまったく同じことである)。

 移動体通信の技術が劇的に向上した1990年代、固定電話のような巨大なインフラを必要としない移動体通信が新興国で一気に普及するという状況になったが、自動車でも同じ現象が発生することは十分に考えられる。

筆者:加谷 珪一

JBpress

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