JR九州・唐池会長が語る、「感動」を生み出す極意

1月25日(金)6時6分 JBpress

JR九州の唐池恒二会長(撮影:寺井信治)

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 みなさんは九州新幹線のCMを知っているだろうか。2011年にカンヌ国際広告祭・金賞を受賞した日本のテレビCMの歴史に残る名作である。

 2011年3月12日、博多駅と鹿児島中央駅を結ぶ九州新幹線が全線開業した。九州旅客鉄道(JR九州)は開業を告知するテレビCMを制作し、3月9日から放映した。しかし、3月11日に東日本大震災が発生したため、同日の夕方に放映中止となった。そのため、放映されたのがたった3日間だけという幻のCMになってしまった。

 このCMは現在ネット上の動画サイトで見ることができる。筆者はYouTubeで繰り返し見て、もう何度見たか分からないほどだが、見るたびに泣けて仕方がない。CMでは、試験運転する新幹線に向かって手を振る一般市民の姿が次々に映し出される。新幹線が鹿児島中央駅を発車した瞬間から、なぜか目頭が熱くなってしまうのだ。YouTubeのコメント欄も「泣ける」「感動した」という声があふれている(「祝!九州」などのキーワードで検索してご覧いただきたい)。

 沿線の光景を見て目を潤ませたのは、CMの視聴者だけではない。JR九州会長・唐池恒二氏の著書『感動経営——世界一の豪華列車「ななつ星」トップが明かす49の心得』(ダイヤモンド社)によると、撮影スタッフも、その新幹線に同乗した唐池氏自身も、ちぎれんばかりに手を振ってくれる人たちを見て感動で涙をボロボロ流したという。


観光地がリピーターを増やすためには?

「感動」は、JR九州の経営を形作る重要なキーワードだ。唐池氏は『感動経営』で、「経営は、人に感動を与えるためにある。経営は感動することから始まる」と訴える。経営にはなぜ感動が大切なのか、感動はどのようにして生まれるのか、唐池氏に話を聞いた。

 ちょうど今、JR九州はアジアマーケット拡大の真っ最中である。2018年7月には、中国人訪日観光客の増加に向けて、中国のアリババグループと提携した。アリババ側は中国人向け旅行サイト「Fliggy(フリギー)」で九州の観光地、温泉や食を集中的に紹介。九州観光のツアー商品を用意し、九州に送客する。JR九州側はツアー向けの特別列車を用意したり、アリペイ(アリババグループが提供するモバイル決済サービス)の利用環境を整備する。

 インタビューでは、九州のインバウンドの動向、そして外国人旅行客に感動してもらう方法から尋ねてみた。

──九州には今どれくらいの数の中国人旅行客が来ているのでしょうか。

唐池恒二会長(以下、敬称略) 2017年には、約200万人の中国人旅行客が九州にいらっしゃいました。けれども、そのうちの約180万人はクルーズ船で来る旅行客です。大きな客船で1回に3000人ぐらいいらっしゃるのですが、午前中に九州に着いたら免税店を何店か回って、夕方には船に戻って船で寝るというパターンです。JR九州の列車には乗ってくれないし、九州が誇る温泉にも入らない。ですから、九州の本当の良さを味わってくださる中国人はそれ以外の約20万人ということになります。アリババと組んでその人数を2023年度に100万人にしようというのが今回の計画です。

──5倍にするというのは大きな挑戦ですね。

唐池 そうですね。ただし、私は単純に数を増やすのではなく、リピーターを増やすことが大切だと考えています。日本のインバウンド戦略を議題にした政府の審議会でも、「単純な訪日観光客の増加よりも、何割の人がリピーターになってくれるのかが大事ではないか」と提言しました。

──九州に来るリピーターを増やすためには何が必要ですか。

唐池 観光地は、その土地、その場所が持つ歴史や文化、物語がお客様をリピーターにさせるのだと思います。そういう意味では、九州には歴史のある観光地がたくさんありますから、潜在能力はものすごく高い。

 その上で、人の心を打つのはやはり人によるサービスです。大分県の由布院という温泉町は非常にリピーターが多いんです。お客様は、由布院の旅館の接客とおもてなし、くつろげる空気に満足して、感動される。それがリピーターにつながっているのだと思います。

──著書『感動経営』では「お客様に感動を与える」ことの大切さを訴えていますね。

唐池 私は、感動を商品のいちばんの価値に据えるべきではないかと考えています。日本では消費が「物から事へ」変化しているとよく言われますが、これからますます共感や感動を求める時代に入っていくはずです。

 アジアのお客様も同じです。爆買いは収まりましたけど、今のところはまだ物の消費、つまりショッピングが大きな喜びになっています。しかし、これからは「物から事へ」と消費形態が変わっていくはずです。きわめて速いスピードで、感動を求めるように変化していくでしょう。

──JR九州としては、外国人旅行客にどうやって感動してもらいますか。

唐池 旅館と同様に、やはり駅員や店員のおもてなしに感動するとリピーターになってもらえるのではないでしょうか。

 鉄道の商品は切符だと勘違いしている人が多いのですが、JR九州が売っている鉄道の商品は切符だけではありません。電話で予約を受けたときから、お客様が列車に乗って、駅で降りて家に帰られるまで、すべてのサービスが商品です。社員の一人ひとりがその意識をもってお客様に接することが大切だと考えています。


手間と思いが感動を呼ぶ

──JR九州が運行する豪華列車「ななつ星in九州」(3泊4日もしくは1泊2日で九州を周遊する観光寝台列車)の乗客は、みんな感動して涙を流すという話をよく聞きます。外国人旅行客の乗客もいますか。

唐池 はい、外国人の方にも非常に人気で、みなさん感動してくださいます。

──しかし、あれだけ豪華な車両とサービスを実現するには相当なコストがかかりますよね。

唐池 ななつ星の車両は、確かにコストがかかっています。また、たくさんのクルー(客室乗務員)が乗務していますから人件費もかかっています。けれども高額の投資をしたからといって必ず感動につながるわけではありません。

 ななつ星で一番大事にしたのは「手間を掛けること」「思いを込めること」です。手間と思いがお客様の感動を呼ぶんです。

──例えば、どのように手間がかかっていますか。

唐池 ななつ星での食事はランチからスタートします。メニューはお寿司です。「やま中」という福岡を代表するお寿司屋さんがあるのですが、そこの大将が列車の中で握るんですよ。

 当初は、あらかじめお店で握ったものを提供しようと思っていました。でも、試食会を何度も開いて、大将が握ったお寿司を食べているうちに、握りたてをお客様に食べてほしいと思うようになりました。事前に握ったものと握りたてでは、握りたてがおいしいに決まっています。大将自身もそう言っていました。そこで、大将、ななつ星に乗って握ってよ、とお願いしたわけです。大将はお店を休まなければならなくなるので最初は嫌がりました。でも「そこをなんとか」と説得して結局乗ってくれることになりました。

 お客様は、列車に乗ると最初の食事がやま中のお寿司であること、それも大将が目の前で握っていることに感動してくださいます。あらかじめ握ったものを折詰にして提供するのでは、そんなに感動しないですよね。

──確かに、そこまでやるのかという驚きがありますね。

唐池 車両のデザイン、インテリアも、ものすごく手間がかかっています。インテリアを実際に見てもらうと分かるのですが、天井の隅から床下の隅までいたるところに水戸岡さん(注:デザイナーの水戸岡鋭治氏)の思いが詰め込まれ、手間がかかっています。職人さんたちも、僕が「世界一の列車を造るんだ」と言ったものだから、よーし分かったと意気に感じて自分たちの持っている最高の技を投入してくれました。

 ななつ星の列車の中にはそうしたみんなの思いが満ち満ちているんです。それを、私は「気」と呼んでいます。気がぎっしり詰まっている空気感をお客様は感じ取って、感動するんですね。


初めてななつ星を見た人たちが号泣

唐池 ななつ星に感動してくださるのは、乗客の方だけではありません。

 2013年に初めてななつ星が運行した日、沿線で大勢の人が手を振ってくださいました。普段は10人、20人しかいないような駅に1000人以上が集まったり、沿線にたくさんの人がずらーっと並んで手を振ってくださった。3泊4日で九州を一周する間に10万人以上の方が手を振ってくださったと思います。

 久留米の近くに「うきは市」という町があります。うきはでは町の人たちが筑後川の河原に集まって、鉄橋を走るななつ星に手を振ってくださいました。ななつ星がうきはを初めて走るからみんなで応援しようと、177人の方が「WELCOME」の人文字を作るために集まってくれたんです。本当はもっと大勢の人が集まったらしいんですが、ななつ星なので、人文字の人数は177人に限定したそうです。その方たちが、鉄橋の上を通るななつ星に手を振ったり、旗を振ったり、万歳してくださった。

 ななつ星が鉄橋を通過する時間は10秒もありません。おまけに河原から鉄橋までは100メートル以上離れています。それでも、ななつ星を初めて見て泣いてしまった方が大勢いたといいます。泣いた方の半分は号泣だったそうです。

 また、ななつ星が駅に停車すると、どの駅でも、歓迎してくれる人たちが涙目でした。これは一体何なんだろうと。なぜみんなこんなに感動するのか。やはり、ななつ星が発している「気」だと思うんですね。ななつ星にぎっしり詰まった気が、見る人、あるいは乗られたお客様の感動というエネルギーに変わるんじゃないかと思います。

 職場にも店舗にも「気」があります。気に満ち溢れた職場は元気になり、会社の業績が向上します。私は20年以上も前から職場に気を満ち溢れさせようと訴え続けています。

──JR九州としては、すべてのサービスに思いと手間を込めて、気を発散させるのが理想ということですね。

唐池 そうですね。ぜひそうありたいと思っています。

*  *  *

 冒頭で紹介した九州新幹線のCMでは最後に「あの日、手を振ってくれてありがとう」というナレーションが流れる。

 CMが撮影された“あの日”、九州新幹線の沿線は、全線開業を祝う人たちの心からの喜びと笑顔で埋め尽くされていた。CMを見ると泣けてしまうのは、その混じりけのない幸せな「気」が伝わってくるからなのだろう。

 こんな日本の幸せで温かい気を、ぜひ外国人旅行者にも味わってもらいたい。そして、感動してほしいと思う。

筆者:鶴岡 弘之

JBpress

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