大学1、2年生のキャリア教育に乗り出した大手企業

1月28日(月)6時10分 JBpress

2018年12月半ばに開催されたP&Gジャパンのビジネスコンテスト

写真を拡大

 2018年10月、経団連は2021年に入社する学生の採用活動から、就活ルールを撤廃することを決定した。

 これに呼応するかのように大手企業が大学1、2年生を対象に教育プログラムをスタートしている。

 昨年秋には世界トップ企業のプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(以下、P&Gジャパン)が主に大学1、2年生を対象にビジネスコンテストを開催。

 その狙いは「グローバル人材」の育成にあるという。就活前の大学生の教育に乗り出した企業の狙いとは何か。

 2018年11月1日、P&Gジャパンが自社初のビジネスコンテスト「マーケッターズ・ハイ2019」の参加者募集をスタートした。

 「『P&Gの4ブランド(および製品)における、大学生の新規購入者を獲得せよ』。これが本日お集まりいただいた学生の皆さんへのミッションです」

 P&Gジャパンのブランドマネージャーが告げると、学生たちは真剣にメモを取り始める。

 P&Gといえば世界約180か国で、ホームケア製品、化粧品、ヘアケア製品、ヘルスケア製品など多数の事業を展開する世界最大の日用消費財メーカーだ。

 「SK-Ⅱ」「ヴィダルサスーン」「ジレット」「ファブリーズ」など、数多くの有名ブランドや製品を保有することで知られ、マーケティングに優れた企業としても定評がある。

 今回のイベントには2つの特徴がある。

 1つは、参加対象者を主に大学1、2年生にしていること。そして2つ目は、最も優秀なプランを提案したグループには、300万円の資金を提供し、P&Gジャパンのサポートのもと、そのプランを実行してもらうということだ。

 そのため同社では参加資格に、3〜5人のグループで参加することと、2019年の4月から6月の期間中に大学に在籍しながらマーケティングプランの実行が可能な人、という2つの条件を設けている。

 大学生を対象としたビジネスコンテストは多いが、入学して間もない1、2年生を対象に絞るのは珍しい。

 しかも主催者が資金を提供し、そのプランを実行するところまでを盛り込んだコンテストを大手企業が実施するのは極めて異例のことだ。

 P&Gジャパンでは「マーケッターズ・ハイ2019」について「グローバルで活躍できるP&G流人材育成プログラム」と打ち出しており、採用に直結するものではなく、あくまでもグローバル人材を育てる教育プログラムの一環としている。

 だが最先端のブランド戦略で世界市場を勝ち抜いてきた同社が、その社名のもとにプランを実行する以上、すべてにおいて一定のクオリティが求められる。

 そのための総合的なサポートが必要になり、貴重な人員を割くことにもなるだろう。もちろん学生が会社に入って運営するとなれば、何かとリスクも想定されるはずだ。

 そう考えると、同社にとってこのイベントは単なる話題作りなどではなく、並々ならぬ覚悟で開催に踏み切ったことがうかがえる。

 その目的がグローバル人材の「採用」ではなく、「育成」にあるとしているところに違和感を覚えざるを得ないのだ。

 一方、学生側の反応はどうか。

 キャリアへの関心が高くなっているとはいえ、まだ就活には早い大学1、2年生を対象にしたプランの募集では、どの程度集まるのか。どれほどの学生がマーケティングの現場を体験したいという情熱を持っているのか。

 正直、疑問のまま、ウエブ上でのエントリーシート提出という1次選考を勝ち抜いた学生が集結するイベント会場に足を運んだ。

 2018年の12月半ば、1次審査を勝ち抜いた16チーム50人ほどの大学生が都内の大会議室に集結していた。

 大学生といってもその大半が10代の幼さが漂う1、2年生だ。女子の姿も意外に多い。見たところ3割以上を占めている。

 ほとんどがトレーナーやカラーシャツにスニーカーといった軽装だが、中にはスーツにワイシャツの男子学生もいれば、スーツ姿の女性3人チームの姿も見える。聞けば地方から新幹線を利用して駆けつけたグループも少なくないという。

 この日は本選考の課題発表とともに、P&Gジャパンの現役マーケッターによる「学生向け戦略的思考セミナー」が行われるというが、それほどに学生にとって今回のイベントは重要だということなのだろう。

 P&Gジャパンでは正式な応募総数は公表していないが、「想定をはるかに超える応募があった」とこの日、壇上に立ったブランドマネージャーが語っている。

 たしかに世界トップ企業で活躍する現役のマーケッターから最先端のマーケティングを直接、学べることは貴重なことに違いない。しかしまさか1、2年の段階から企業から学ぼうという学生が多いということに驚いてしまう。

 しかも軽いノリで参加したわけではないことが、会場にいる学生たちを見ていてわかる。

 マーケッターからの説明を一言一句聞き漏らさないようパソコンを開いてメモしている学生やメモ帳にペンを走らせている学生たちの表情は引き締まっていて真剣そのものだ。

 かつて日本の大学がレジャーランドと呼ばれていた時代もあったが、ここに集まっている学生の姿を見る限り、かつてのお気楽な学生とはかけ離れている。


「大学では教えてもらえないことが学べた」という学生の声

 「これから商品をお配りします」

 会場にいる学生一人ひとりに配布されたのはP&Gが実際に販売している「レノア(オードリュクス)」。店頭では1000円近い価格の高級柔軟剤だ。

 商品を受け取った学生たちは、上下左右さまざまな角度から眺めたり、パッケージに書かれてある情報を読み込んだりと、思い思いの観察を始める。ふたを開けて香りを確認する女子学生の姿もうかがえる。

 商品が行き渡ったところで担当のブランドマネージャーから、この製品をP&Gがこれまでにどのような考え方でマーケティングをしてきたのか、実際に放映されたテレビCMの動画などをまじえながら、一連の流れを丁寧にわかりやすく学生たちに説明していく。

 そして一通りの説明を終えてから、「大人の女性に支持されているこの商品の価値を大学生にも知ってもらい、購入してもらうためのプランを考えていただきます」と伝えた。

 さっそく学生たちの手が上がる。

 「一人暮らしの学生と、家族と暮らす学生とでは、新規客獲得数のカウント方法は異なるのでしょうか」

 「このブランドのマーケティング施策の中で、最も効果的だったのは何でしたか」

 「テレビ CM では高級感は伝わってくるが、製品が持つ機能については触れられていないのはなぜでしょうか」

 およそ1、2年生とは思えないような鋭い質問が飛び出す。

 それを聞いた担当マネージャーも「いい質問ですね」と笑顔で答えると、これまでに社内で議論されてきたポイントなどを紹介しながら、P&Gが実際に商品の認知度を上げるために行ってきた作業や、会社としてこだわってきたことなどを誠実に伝えていく。

 その話の中に時折、学生だけでなくプロのマーケッターが聞いても喜びそうなハイレベルなノウハウの話も混じる。

 そうしてマネージャーと学生で濃密なやりとりが続く中で、13時から18時までたっぷり5時間。学生たちにトップ企業の実際のマーケティングのあり方や考え方が伝えられた。

 イベントを終えた会場で、参加した学生に感想を聞いてみた。

 慶應大学の4人チームは、英国の大学への短期留学で一緒だったメンバーで編成。

 「卒業後はP&Gでマーケティングの仕事をすることを希望していまして、そのためにも実際に働くブランドマネージャーから学びたいと今回のイベントに参加しました」(慶應大学商学部2年生・安西雄太朗さん)

 就職を見据えた参加だけに、優勝にかける思いも強い。

 「一般のビジコン(ビジネスコンテスト)では、実現性に疑問を感じるプランが選ばれることが多いと感じていました」

 「しかし、この『マーケッターズ・ハイ』は実行に移すことを前提にしているところが新しいと思います。ぜひ優勝してプランを実行する体験をしたいです」

 そう意気込む安西さんを、他の3人がサポートする。

 同志社大学(2人)と大阪芸術大学(1人)の混成チーム。朝4時台に起きて、新幹線で会場にやって来たという。

 「外資系企業に興味があって参加しました。大学では政策を学んでいますので、マーケティングは専門ではありませんが、今日お話をうかがってみて、大学で学んだことはビジネスにも十分、応用できるという確信を得ました」

 「学生ならではのアイデア、視点を大事にしたプランを考えたいと思います」(同志社大学政策学部2年生・稲垣志桜里さん)

 「参加するからには優勝を狙おう」と、同じクラスの優秀なクラスメートのほかに、各種制作物のデザインのことも考慮し、芸大の学生を組み入れたチーム編成で臨む。

 同じゼミで学ぶ京都大学経済学部の4人チームも、この日、京都から東京まで来たという。

 「大学のゼミでも実際の商品を取り上げた授業がありますが、そこで学べる知識は断片的なものでした」

 「今日はP&Gの4つの商品に関するマーケティング施策のお話が聞けて、一連の流れを体系的に理解することができとても有意義でした」

 「大学では知識を学び、考えを深めることはできても、実際に商品を売る体験はできません。その点で、実際に社運をかけて商品を売ってきた企業担当者のお話は一味も二味も違いました」

 「ぜひ優勝してその体験をしてみたいです」(京都大学経済学部2年生・山東丈将さん)

 こうした言葉からも、企業のことを知りたいとの強い意欲を持ち、大学ではできないリアルな体験を熱望していることがわかる。

 彼らは1、2年生からすでに卒業後のキャリアについて真剣に考え、望む企業に就職するための取り組みをはじめているのだ。


企業が大学1、2年生の教育に動き始めた

 学生たちが企業から学ぼうとする意欲の高まりを受けてか、ここ数年1、2年生を対象にキャリア支援を行なう企業が急増している。

 2018年の4月には、パナソニックでは学生のキャリア観、就業観の醸成を目的とする「Academia」を本格的に開講した。

 学生が未来を選択するうえで必要な情報や考え方などを伝えるために、2017年10月より先行して限定的に開催していたが、より多くの学生向けにオープン化。少人数型の勉強会を定期的に開催するという。

 大手人材情報サービスのマイナビは、2016年から学年不問型のビジネスコンテスト「キャリア・インカレ」をスタートしている。

 日本を代表する企業のほか政党も協賛に加わり、それぞれがテーマを出題。それに対して学生がチームを組み、好きな企業テーマにエントリーするという仕組みだ。

 最後は企業代表チーム同士の戦いとなる決勝戦を開催。その模様はインターネット生中継され、優勝チームには100万円の奨学金が送られるという大イベントである。

 ほかにも産学連携で大学1、2年生を対象に、1か月以上の長期インターンシップの普及に取り組む動きも起きている。

 これまで就活を意識する3年生以上を対象に行われてきたビジネスコンテストやインターンシップは、次第に1、2年生を対象とする方向に移ってきた。

外資系やIT系企業に奪われてきた
優秀人材の獲得を狙う日本の大手企業

 昨年10月、経団連は2021年以降の就活ルールを廃止することを正式に発表した。

 これによって企業が大学生とコンタクトをとる時期の早期化に拍車がかかることが予想されるが、そもそもなぜ経団連は就活ルールを廃止したのか。採用アナリストの谷出正直氏にその背景を聞いた。

 「1つは、経団連加盟企業の中で就活ルールを守らない企業があると経団連が批判されるため、悪者になりたくないという事情があります」

 「ただ、それより深刻なのが世界における日本企業の存在感が希薄になっていることへの危機感です」

 「日本企業は今、グローバル競争を勝ち抜く新しいビジネスを展開する必要に迫られています」

 「それには0から1を生み出せる起業家タイプの人材や、国境を越えてグローバルに活躍できる人材が必要です」

 「ところが日本企業がこれまで行なってきた一括採用に代表される日本型雇用制度では、そうした多様な人材を獲得することが難しいのです」

 分かりやすくいえば、経団連加盟企業にとっては優秀な学生を獲得する上で、就活ルールが邪魔になっているという。

 「というのも特に優秀な少数の学生を、経団連に加盟せず就活ルールに縛られない外資系企業やIT企業などが、加盟企業に先んじて早期に囲い込んできたからです」

 「そのため加盟企業が一斉に採用活動を始めた頃には、優秀な学生に会うことさえできない状況になっていたんです」

 「日本の大企業はこれまで従順で、与えられた作業を手際よく効率的に処理できるようなタイプを大量に求めていたわけですが、いよいよ“超絶優秀層”を採りに行きたいと考えるようになったわけです」

 就活ルールに縛られて優秀な学生層を採り損ねてきた大手企業が、優秀な学生層を採用したいという意向を強めたことが、就活ルール廃止に繋がったというのだ。


企業が1、2年生の教育に乗り出す本当の狙い

 では学生側の考え方はどうなのか。今後、新卒一括採用の就活ルールが取り払われると、どのような影響があるのか。

 「日本では長年、いい大学に入ればいい会社に就職できる、というレールがありましたが、就活ルールの廃止によってそのレールもなくなっていくことになります」

 「そうなれば自分の人生は自分で考えて決める、という自立した考え方が学生には求められるようになります」

 「当然、大学による格差も広がり、たとえ同じ大学であっても個々の学生の意識や動き方によって格差が広がるでしょう」

 自分で自分の道を決めるのは当然のことのようだが、新卒一括採用が行われていた間は必ずしもそうではなかったという。

 「自分で決めるということは、自分で情報を集め、気になる企業でインターンシップやアルバイトを通じて働いてみるなど、自ら探し、エントリーし、体験し、考え、選ぶといったプロセスが求められます」

 「しかしそれには時間がかかります。そうすると就活シーズンに入ってからでは間に合わないのです」

 「かといって大学で学ぶだけでは社会で働くうえで必要とされるスキルや知識、基礎的な経験を積むことができないのが現状です」

 「そこで優秀なグローバル人材を欲しい企業が、高いポテンシャルを持つ学生のために、大学では得られない学びの場を作り始めたというのが今の動きです」(谷出氏)

 これまで企業では就活を迎える3年生を対象にしたインターンシップに力を入れてきた。

 文部科学省はインターンシップを採用活動とは切り離すよう企業側に要請してきたが、ここ数年は採用活動のファーストステップになっているのが実情だ。

 企業が1、2年生を対象に教育プログラムを提供しているのは、今のインターンシップを低学年にスライドしたただけの、採用活動の一環なのだろうか。

 「必ずしも採用と直結しているわけではありません。というのも1、2年生の“超絶優秀層”の学生に今から内定を出したとしても、2年後、3年後までその大学生をつなぎとめておくことは大変で難しいからです」

 「優秀な学生と早い時期に出会い、その学生のキャリア支援や相談を通じて、良い関係を作り、会社のことを知ってもらうということが当面の目的だと考えたほうが正しいでしょう」

 「もちろんつきあいを続ける間にキャリアの相談などに乗ることで、学生側のその会社に対する評価も高くなり、距離も近くなりますから、就職を希望してもらえる確率が高くなるだろうといった思惑はあると思いますが」


日本企業に求められていること

 この日P&Gジャパンのイベントで行われた「戦略的思考セミナー」の中で、印象的なシーンがあった。

 それはP&G が考えるグローバル人材の定義として、

①Thinking
②Leadership
③Ownership

 の3つをブランドマネージャーが示した時のこと。この3要素のうち日本人の強みと弱みを学生に質問する場面があった。

 指名された学生は「日本人は考えることは強いが、②や③は弱いと思う」と答えた。ブランドマネージャーは即座に「正解です」と答え、次のように付け加えた。

 「今回、私たちが一番こだわったのは、③のOwnershipです。みなさんが出したアイデアを具現化し、実行する体験を通じて、目の前の仕事を自分ごととして、やりきる力を身につけてほしいという思いがあります」

 P&Gが1、2年生を対象にビジネスコンテストを行なう理由はまさにそこにある。優秀な頭脳を持つ日本の学生の何を鍛えれば、世界で活躍する人材になれるのか、企業側はそれを伝えようとしている。

 「日本は教育水準が高く、優秀な人材が多いことは世界が認めているところです。その頭脳をいかに生かすかという点で、外資系企業は答えを持っているし、その環境を作ることができるため、優秀な学生が外資系を目指す流れが生まれています」

 「今、日本の企業に求められているのは、古い考え方を改め、優秀な学生たちが働きたいと思える環境を整えることなんです」(谷出氏)

 「失われた20年」を経てもなお、高度成長期に組み上げたビジネスから脱することができない大手企業が、ようやく変わろうとしている。

 だが、世界的な外資系を抑えて優秀な日本の学生を呼び込むにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 では日本の大学はどうか。本来、人材を育成する役割を担うのは大学であるはずだが、グローバルで活躍できる人材を育てるにふさわしい教育環境が整っているのだろうか。

 そもそも大学に入学したての学生に企業が教育プログラムを施すことをどのように感じているのだろうか。

 次回は大学生の就職事情とともに、大学1、2年生の教育と育成に動き出した企業に対する大学側の受け止め方と「グローバル人材」育成の取り組みを取り上げる。

筆者:大島 七々三

JBpress

「教育」をもっと詳しく

「教育」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ