ゴーン被告逃亡劇から考える、ボーダーレス社会で生きる覚悟

1月30日(木)6時0分 ダイヤモンドオンライン

ゴーン被告の逃亡劇は、ボーダーレス社会に依然として「内」と「外」が存在することを思わせた Photo:picture alliance/gettyimages

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新しいディケード

依然として存在する「内」と「外」


 新しい年となった。2020(令和2)年が明けたというよりも、2020年代という新しいディケード(decade)が幕を開けたと考えてみよう。2000年代はブロードバンドが花開き、10年代はスマートフォンが我々の生活を一変させ、世界中の人々がP2Pレベルで繋がる時代になった。あらゆる情報がソーシャルメディアを通じて瞬時に共有されるようになり、国境や文化が隔てていた境界線はどんどん曖昧になってきた。


 2020年が明ける直前の2019年末に起きた日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告の逃亡には、本当に驚かされた。本件は、国内外のメディアやSNSなどで散々議論されているが、日本では行動の自由すらない保釈中の人であっても、日本の司法が及ばないところに逃げることができたら、発言の自由も(ある程度の)行動の自由もあるという事実を、容赦なく我々に突きつけた。


 世界はSNSで小さくなり、密接に繋がっていると思われていたが、実は依然として「内」と「外」とを分ける壁や境界線が存在し、その境界を挟んだ「2つの世界」は異次元のように相容れない。





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