ブチ切れ記者はフジに乗せられたのか…経営陣が怒鳴られる10時間サンドバッグ会見を中継したもう1つの狙い

2025年2月3日(月)18時15分 プレジデント社

1月27日、港社長らが辞任を発表したフジテレビの会見 - 撮影=石塚雅人

怒号やヤジが飛び交い、荒れに荒れたフジテレビ経営陣の会見(1月27日)。立命館大学でジャーナリズム論、アフリカ研究などを教える白戸圭一教授は「社長らが辞任を発表したが、その発端となった事件と会社の対応については明かされなかった。この会見がテレビ中継された理由は、ジャーナリズムとは別のところにある」という——。
撮影=石塚雅人
1月27日、港社長らが辞任を発表したフジテレビの会見 - 撮影=石塚雅人

■フジはオープンな会見で、ネットでの批判も受け入れたのか


——1月27日にフジテレビで行われた記者会見にプレジデントオンライン編集部員も出席しました。登壇は港浩一社長をはじめとする経営陣5人。参加はフリーランスの記者を含めてオープン、質問も無制限で受け付けるという方式で、10時間超にも及びました。


【白戸圭一、以下・白戸】1月17日の会見(社長定例会見という位置づけ)はテレビ・ラジオ放送記者クラブ員だけに絞り、閉鎖的だと批判を浴びたので、その反省と反動から逆方向に振れてしまったんでしょうね。ネットメディアが増えた現在、地上波放送局のフジテレビ自体がオールドメディアであるわけですが、そのオールドメディアのみで会見をやると、「仲間内だけで情報を共有している」と見られる。フジテレビに対する最も鋭い言論はSNSを中心とするネット空間で巻き起こっているわけなので、「そこを排除しない方がいい」という判断が働いたのでは、と推察します。


■記者クラブ制が閉鎖的だと批判されたが、アメリカにもある


——たしかにニコニコ動画などのネットメディア、YouTuberも来ていました。しかし、フリーもOKにしたことで、不規則発言が多くなり、荒れた会見になりました。誰でも受け入れるというフジテレビの方針は正しかったのでしょうか?


【白戸】記者クラブ加盟社(新聞とテレビ)、大手の雑誌、フリーランスの記者……という構成が現実的でしょうね。また、ネットで取材の成果を発信しているジャーナリストにも優れた人はいるので、そういう人は選抜してでも入れるべきだと思います。


ここで、ひとつ指摘しておきたいのは、「日本の記者会見は記者クラブ制だからダメなんだ」という話。私は毎日新聞記者としてヨハネスブルク特派員、ワシントン特派員などを経験し、世界各国で取材してきましたが、どこの国にも記者クラブのような組織はあり、希望者が誰でも自由に参加できる記者会見などほとんどありません。会見への出席を希望してパス取得を申請しても許可されないこともあります。


——そうなんですね。日本は記者クラブが会見の場を仕切っているから、批判的な質問が少なく、「報道の自由度」の国際ランキングでも下位なのだと思っていました。


【白戸】例えば、アメリカ国務省の記者会見は、事前登録して出席が許されれば、外国メディアも参加できます。しかし、会見ではまず、古参の米国人記者が最初にいくつか質問し、その記者が納得行くまで独占的に何度でも質問可能で、他の記者は誰も挙手しないといった不文律がありました。南アフリカでもケニアでも、記者のインナーサークルはあり、古参記者が会見を仕切るようなことは普通でした。ネットで誰もが情報発信できる現在、会見の在り方は普遍的な課題であり、日本のマスメディアだけが特別に「閉鎖的だ」という批判は世界の実情を知らず、問題の本質を捉えていないと思います。


ただ、アメリカのジャーナリズムは非常に成熟していました。会見する側には、答えたくないことを答えない自由、記者の誰に答えるかを選ぶ自由がある。対するジャーナリストはファクトを突きつけて答えさせようと努力する。そのせめぎ合いは日本よりはるかに激しいと思います。


■性被害の事件では被害者のプライバシーを優先すべきか


——ファクト、事実関係ということでは、今回、被害を報告した女性の氏名などを特定されることを避けるため、フジテレビ社員かどうかということも説明されませんでした。


【白戸】これは難しい問題ですよね。私が警察担当記者だった当時、性加害の末に女性が殺害された事件などで、警察から記者側に非公式な接触があり、被害者や遺族に対する二次加害を防ぐために、記事を書く時には性被害に触れないよう配慮してほしいと言われたことがありました。報道の自由は曲げることのできない原則ですが、現実にはメディア側に二次加害を防ぐ対応が求められると思います。


また、日本は世界的に見ても極端な「匿名社会」です。さまざまな調査を見ると、匿名でSNSを利用する人の割合が突出して高い。日本では、事件の被害者や目撃者が名乗り出ると、大勢の匿名の市民からSNSによって興味本位でからかわれ、中傷されることもあるので、被害者や目撃者も匿名で報道されることを望みます。こうして「匿名の悪循環」が生まれている日本で、被害を報告した女性が「匿名でいたい」と願うのは当然とも言えます。


撮影=石塚雅人
辞任を発表したフジテレビジョン社長・港浩一氏(左)、フジ・メディア・ホールディングスとフジテレビジョンの嘉納修治会長(右) - 撮影=石塚雅人

——女性のプライバシーを守ることには賛成ですが、社長たちはそれを隠れ蓑にして責任逃れができてしまうわけですよね。もし社員であるならばトップの責任はより重くなるのに、それは追及されずに済むわけです。そこがモヤモヤしました。


【白戸】そうですね。女性が社員なら、経営者には保護義務があります。ですから、社長たちが答えないとしても、記者側が「フジテレビの社員なのですか」と質問するのは当然だと思います。


■「一致か不一致か」という質問で30分近く会見が停滞


——進行上、問題視されたのはフリージャーナリストの横田増生さん(『ユニクロ帝国の光と影』の著者)が、中居正広氏とトラブルがあったという女性の間で認識が「一致しているか不一致なのか」、はっきりしろと経営陣に迫った場面でした。横田さんが声を荒らげ、20分以上にわたり答えを迫っても、遠藤龍之介副会長たちは「プライバシーに関わることなので答えられない」と明言を避けていましたが……。


【白戸】それについては経営陣の間に「答えない」というコンセンサスがあったのでしょう。ただ、報道の自由、言論の自由の原則がある以上、ジャーナリストによる質問自体を止めることはできないし、「被害者のプライバシーを侵害してでも報道するんだ」という判断も場合によってはあり得ます。


撮影=石塚雅人
新聞・テレビなどのマスコミからYouTuberまで、フジテレビの会見に詰めかけた大勢の記者たち - 撮影=石塚雅人

——週刊誌の不倫スクープなどがそれに該当するでしょうか。報道が優先される場合もあるということですね。


【白戸】記者会見について申し上げると、真相を究明したいのならば、会見での追及は極めて不効率な手法です。今回も名物記者と呼ばれる人たちが激しい調子で質問していましたが、会見を取材活動の中心に置いている記者がいるとしたら、それはジャーナリストの仕事を勘違いしていると思います。会見では相手が嘘をつく場合もありますし、いくらでも隠し事をして、都合の悪い情報を出さないこともできます。


また、人間には、機微に触れる話を大勢の前で話すことをためらう習性がある。したがって、最もしっかり真相を追及できるのは、警察の取り調べがそうであるように、一対一の取材であり、証拠の収集です。取材相手の言質を取る「インタビュー」だけでなく、情報提供者に対する水面下での地道な取材の積み重ねこそがジャーナリストに要求される最も重要な仕事です。会見は取材手法の一部に過ぎないことを、記者自身がもう一度自覚する必要があります。


■怒号を飛ばす記者は「悪い警官」の法則に当てはまるのか


——今回、記者席から怒りの声が出ました。しかし、「不規則な発言をするとか怒号を飛ばすということが、会見に必要な場合がある」(「The HEADLINE」の石田健氏)という意見もあります。いわゆる「良い警官、悪い警官」の法則のように、怒りをあらわにする記者がいて、一方で相手の話を優しく聞くということは、有効なのでしょうか?


【白戸】私も記者時代、会見で「何を隠しているんですか、人として恥ずかしいとは思わないんですか」と言ったことがありますよ(笑)。もし今回、記者たちが大声で迫ったことで、経営陣から何かしらの事実を引き出せたのなら、結果的には有効だったということになりますね。ただ、通常、情報が出てこない場合の方が多いと思います。


撮影=プレジデントオンライン編集部
フジテレビ報道局からも経営陣に厳しい質問が投げかけられた - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■マイクを持って説教を始める記者は、嫌われても仕方ない


——開口一番ポジショントークをして、「私は長年テレビ局の報道にいたけれど、その私から見て、社長たちは何やっているんですか」というように上から目線で叱り出す人も数名いました。60歳以上の男性ばかりでした。


【白戸】質問をすると言ってマイクを持ちながら持論を展開するパターンですね。たしかに高齢の男性に多い振る舞いです。今風に言えば「マウントを取っている」わけですが、会見の目的は相手に説教することではなく、できるだけ事実を明らかにしてもらうことなので、そういう聞き方が効果的かというと、私はあまり効果的だとは思わない。一般の人がそういう記者に対して嫌悪感を抱くというのは、まっとうな感覚じゃないかなと思います。


■経営陣が10時間サンドバッグになり、国民は溜飲を下げた


——しかし、会場にいた実感としては、フジテレビ経営陣は何時間も核心を避けた話しかせず、突破口が見つからない状態でした。どうすればよかったのでしょうか?


【白戸】先ほど申し上げた通り、ジャーナリストが会見で企業にすべてを明らかにさせることには、そもそも限界があります。さらに言えば、今回の会見の主目的は、フジテレビ社長、会長の辞任を発表し、「けじめをつけましたよ」とアピールすることだったのだと感じています。


そもそも日本では、不祥事を起こした企業は何のために記者会見しているんでしょうか? 残念ながら日本における不祥事企業の会見はしばしば、事実関係を説明するのではなく、カメラの前でトップがひたすら頭を下げ、怒りに燃える国民の溜飲を下げるために開かれていると感じています。私と同じ毎日新聞にいたノンフィクションライターの石戸諭さんの言葉を借りれば「記者会見がショーコンテンツ化」していて、その傾向が著しい。会見が不祥事を起こした組織の「禊ぎ」の場になっているのです。


会見場で居丈高に声を張り上げている記者の側にも、答えに窮する経営者の姿を見て留飲を下げることが目的になっているかのような人がいます。そこには「ジャーナリズム」の存在を感じません。背景には、本来ならば1時間で済む会見を10時間続け、経営陣がサンドバッグになっている姿を見せることが「誠意の表れ」と受け取られる精神文化があると思います。


フジテレビは、日本における記者会見のそうした位置づけを知っているから、10時間という異例の長さで会見の様子をテレビ中継したのではないでしょうか。会見後、会見場で声を張り上げていた記者に対する反感と、フジテレビの経営陣に対するある種の同情が市民の間に拡がった様子を見ていると、記者たちはフジテレビの「禊ぎ」にまんまと利用されてしまったと言えなくもありません。


撮影=石塚雅人
フジテレビジョン取締役副会長 遠藤龍之介氏(左)、フジ・メディア・ホールディングスの社長・金光修氏(右) - 撮影=石塚雅人

■会見が「ショーコンテンツ」化し、視聴率もアップという皮肉


——たしかに、会見の中継はショーとして楽しまれ、その時間帯の視聴率はフジテレビの前2週の放送に比べて2倍になりました。


【白戸】スポンサーの大半がCMを中止する中で皮肉な結果になりましたね。しばらくすれば、多くの国民は別の大きなニュースに夢中になり、フジテレビのことを忘れてしまうでしょうが、今回のような会見でも、フジテレビの組織改革は一定程度進むと思います。相談役の日枝久氏もおそらく辞めざるを得なくなるでしょう。


撮影=石塚雅人
新社長に就任したアニメ畑出身の清水賢治氏 - 撮影=石塚雅人

■「ジャーナリズムとは何か」と説明できるか?


——今回の会見から学べること、考えるべきことはなんでしょうか。


【白戸】少なくとも2つの観点から考える必要があります。ひとつはここまで述べてきたように、日本における記者会見の位置付けについて再考してみること。もうひとつは「ジャーナリズムとは何か」についての社会的合意の形成が必要だということです。メディアとは単なる媒体であり、メディア=ジャーナリズムではありません。ジャーナリズムの原則をここで全て話すことは物理的に不可能ですが、ひとことで言えば、市民が自由で民主的な社会を形成するためのさまざまな判断を下す際に、判断材料となる情報を提供し続ける営みであり、この原則に様々な条件が付随しています。


恥ずかしい話ですが、私も新聞記者だった時は「ジャーナリズムとは何か」について、きちんと説明できないまま働いていた時期がありました。新聞社やテレビ局の経営者でも説明できない人がいるように思います。オンラインメディアも発達してきた今こそ、ジャーナリズムとは何かということを原点から考え、その上で、記者会見の設定と運営の仕方を、会見する側と出席するジャーナリストの双方が再構築するべきだと思います。


----------
白戸 圭一(しらと・けいいち)
立命館大学 国際関係学部 教授
1970年生まれ。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。毎日新聞社でヨハネスブルク特派員、ワシントン特派員などを歴任。2014年に三井物産戦略研究所に移り、欧露中東アフリカ室長などを経て、現職。京都大学アフリカ地域研究資料センター特任教授を兼任。著書に日本ジャーナリスト会議賞を受賞した『ルポ資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と繁栄』(東洋経済新報社・朝日文庫)、『日本人のためのアフリカ入門』、『アフリカを見る アフリカから見る』(ともにちくま新書)、『ボコ・ハラム——イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織』((新潮社)など。2021年に上梓した『はじめてのニュースリテラシー』(ちくまプリマー新書)は、情報リテラシーに関する書物として、多数の中学・高校・大学の入試問題に使用されている。
----------


(立命館大学 国際関係学部 教授 白戸 圭一)

プレジデント社

「会見」をもっと詳しく

「会見」のニュース

「会見」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ