住友商事は、なぜ“卒業生”と交流するのか? 変わり始めた「退職者は裏切り者」「出戻りはあり得ない」の風潮

2025年1月28日(火)4時0分 JBpress

 少子高齢化や人材不足を背景に、またサステナビリティーや企業変革の観点から、退職者を「アルムナイ」(卒業生)と呼び、有力なパートナーとして関係構築に動く企業が増えている。アルムナイとの連携は企業にどんなメリットをもたらすのか、ネットワークづくりのポイントは何か。本連載では『アルムナイ 雇用を超えたつながりが生み出す新たな価値』(鈴木仁志、濱田麻里著/日本能率協会マネジメントセンター)から内容の一部を抜粋・再編集。先進事例として、住友商事の取り組みを取り上げる。

 今回は、DE&I(Diversity, Equity and Inclusion)を競争力の源泉として掲げる同社が、アルムナイ・ネットワークを導入した背景を掘り下げる。

事例 住友商事
アルムナイと共に価値を創造する
人的資本として存在感を増すアルムナイ・ネットワーク

 グローバル人材マネジメントポリシーにおいてDE&I(Diversity, Equity & Inclusion)を「価値創造、イノベーション、競争力の源泉」と位置付けている住友商事では、アルムナイと共に価値創造を目指す取り組みを実施しています。

 ネットワークの発足背景やその成果、成果の捉え方について、アルムナイ・ネットワーク事務局の柴田さんにお話を伺いました。

  

【プロフィール】
柴田 亮さん:HRソリューションズ部人事チームキャリアデザイン担当。
入社以来、財務業務に従事し、2019年より人事に異動。人材開発を経て現担当。

■ アルムナイ・ネットワーク導入の背景

──まずはじめに、アルムナイ・ネットワークを導入した背景を教えてください。

柴田 当時人事の担当役員がアメリカ拠点から戻ってきたタイミングだったのですが、アメリカには大学や企業でアルムナイ・ネットワークが当たり前にあって身近な存在だったことから、せっかくなら住友商事でもやってみたら良いのではないかという発案で始まりました。

柴田 設立の目的は2つ掲げていて、1つめは「イノベーションの創出」、そして2つめが「組織の文化をオープンにする」というものです。やはり当社も「退職した人は裏切り者」という風潮が以前は少なからずありました。個人同士のつながりはあっても、会社が退職した個人と関係性をつくるということになると、まだ抵抗がある方が多かったと認識しています。

──そんな中で設立にあたって、様々な立場の方を説得する必要があったと思います。

柴田 おそらく多くの企業が気にされる「離職率の上昇」と「成果をどう評価していくか」という懸念点は、当然ありました。弊社では、人事の担当役員がアメリカでの経験からアルムナイ・ネットワークの運営を良い取り組みであると認識しており、無事に設立ができました。

──様々な立場の方を説得するにあたって「自社にどんな成果がもたらされるのかを明確にしないと導入が進まない」とおっしゃる方がとても多いです。

柴田 もちろん成果や離職率を不安視する方はいたと思います。ただ、私自身は時代と共に環境の変化もあり、ここまで人材の流動化が進む中で、ネットワークがあろうがなかろうが退職する人は退職する時代に「やらない」という選択肢はないのではないか、そんな意識のもとで進めています。

──「つながる」という観点だけなら無料のSNSを活用することもできますが、有料のサービスを使うことに対しても特に壁はなかったのでしょうか。

柴田 ネットワーク発足が2019年なのですが、それから2年ほどは実はFacebookで運営していました。

「つながる手段を保っておく」だけの目的であれば良いのかもしれませんが、そこから先の「利用者同士でコミュニケーションする」観点では、そのままでは実現が難しかったので、予算を投じてでも、双方向でコミュニケーションができるようなシステムを入れようと、自然なかたちで検討が進みました。

■ アルムナイ・ネットワーク発足そのものがひとつの「成果」

──アルムナイと社員の交流も進んでいるとお伺いしていますが、その交流を通してどんな成果が出てきているのかお聞かせいただけますか。

柴田 そもそもやはり「ネットワークを発足できて、そこでつながりをしっかり保てている」ということ、それ自体が大きな成果だと思っています。これまでも個々人のつながりで、接点自体は保てていたのかもしれませんが、組織としてこのように大きな規模では“つながり”を持てていませんでしたから。

 ネットワーク導入の本来の目的である「イノベーション」や「組織の文化をオープンにする」ことについて、この先もどんどん事例が生まれてほしいと思っています。

柴田 特に1つめの「イノベーション」に関して、実際にアルムナイとビジネスでの連携が生まれていることは成果として捉えています。その連携の結果生み出されたビジネスの成功、という観点ではもっと期待できることがあると思いますが、そもそもそうした事例がなかった中ですから、その中でこれだけの動きが出せたこと自体がひとつの成果です。

 また、それが2つめの目的である「オープンな組織文化」につながってきています。ひと昔前なら、アルムナイと一緒に何かやるといっても「何を言ってるの?」と思われるような環境でしたから。

 ただ、「オープンな組織文化」は、このアルムナイ・ネットワークでの取り組みだけで達成できるものではありません。実は当社では、アルムナイ・ネットワーク導入の少し前から、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を競争力の源泉として掲げていました。

 当時はいわゆる昔ながらの年功序列・男性中心の会社のあり方を変えていかないと、会社として生き延びることができないという判断のもとで、D&Iを戦略として打ち出したタイミングでした。

 その後、2022年に「Equity」の概念をグローバル人材マネジメントポリシーに明示的に追加し、DE&I(Diversity, Equity & Inclusion)と掲げるに至りますが、まさにアルムナイ・ネットワークの取り組みも、その流れに沿ったものだったと感じています。

「退職者は裏切り者である」という排他的な考えではなく、仲間として、その人たちもインクルージョン(包括)し、関わっていただく。そんな考え方でDE&Iの延長線上にアルムナイ・ネットワークの取り組みが位置付けられています。それにより「DE&Iを推進している」という観点でも、アルムナイ・ネットワーク導入の成果として捉えることができると感じています。

■ アルムナイ・ネットワークの位置付けや存在意義

──DE&Iの延長線上にアルムナイ・ネットワークの取り組みがあるとのこと、先ほどお話に上がっていた「離職率増加の懸念」とは対極にある考え方ですね。

柴田 そうですね、これだけ人材が流動化している時代ですから、退職する人は必ず一定数生じるものだと感じています。むしろこのようなかたちでアルムナイとつながるネットワークを持たない方が余程のリスクではないでしょうか。

──CSRが概念として世に出てき始めた頃のような感覚で、「アルムナイ・リレーションシップの構築に取り組んでいることを社外に発信していくべきだ」という風潮が出てきていることを、私たちも感じています。統合報告書にアルムナイ・ネットワークの有無を記載する企業も増えてきました。

柴田「人的資本経営」という文脈でアルムナイ・ネットワークを捉える時代になってきています。例えば再雇用についても、弊社では主目的として掲げているわけではありませんが、実績人数を聞かれるようになりました。逆に実績としてないことがマイナスに受け取られる風潮も出てきつつあると感じています。

──再雇用の実績人数は、アルムナイ・ネットワークが一般化する過程で社外視点として、とてもわかりやすい指標になっているのだと思います。ちなみに、貴社の中で、アルムナイ・ネットワークの位置付けや役割は変わってきているのでしょうか。

柴田 そこまで変化したようには感じません。ただ、アルムナイの再雇用は設立趣旨として掲げているものではないものの、毎年数名はいます。昔は「“出戻り”なんてありえない」という考え方だったところが変化し、アルムナイ・ネットワークは「住友商事のことをよくわかってくれている人材のプール」という認識も生まれているのではないでしょうか。

 実際に再入社された方が職場で良い活躍をしてくださると、もう「アルムナイは裏切り者ではない」ということがとてもよくわかります。再入社に限らず、協業やその他の取り組みについても「垣根が低くなってきている」のは、ネットワークがあるからこそだと思います。

<連載ラインアップ>
■住友商事は、なぜ“卒業生”と交流するのか? 変わり始めた「退職者は裏切り者」「出戻りはあり得ない」の風潮(本稿)
■第2回サービス開発、ファンド組成を“卒業生”と実現 住友商事とアルムナイの「成果を求めすぎない」協業術とは?
■第3回 どうすれば「元住友商事」の経歴は輝くのか? 住友商事がアルムナイとつくる「ポジティブな循環」とは

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筆者:鈴木 仁志,濱田 麻里

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