ジョブズがマックワールドで使った1枚のスライド、初代iPhoneの革新性を一発で伝えるために何が語られたか?

2025年1月29日(水)4時0分 JBpress

 世界で初めて時価総額3兆ドルを超えたアップル。iPhone、iPad、Apple Watchなど革新的な製品を世に送り出し、次々に人々の生活を変えてきた。また、常にイノベーションを起こしながら、高成長・高収益を維持している点で投資家の関心も集める。本連載では『最強Appleフレームワーク ジョブズを失っても、成長し続ける 最高・堅実モデル!』(松村太郎、德本昌大著/時事通信社)から、内容の一部を抜粋・再編集。GAFAMの一角を占めるビッグテックは、ビジネスをどのように考え、実行し、成果を上げているのか。ビジネスフレームワークからその要因を読み解いていく。

 今回は、2007年の初代iPhone発表時にスティーブ・ジョブズが行ったプレゼンを例に、効果的なマトリクス分析の手法について考える。


スティーブ・ジョブズは、なぜアイフォーンがどんなスマートフォンなのかを一発で理解させられたのか?

 アップル(Apple)の共同創業者であるスティーブ・ジョブズは、クリエイティブな経営者として尊敬を集める稀有(けう)な存在として知られています。

 見えないところまで美しさにこだわりぬき、妥協をいっさい許さない、そんな美的センスを貫き、一度はアップルを追い出されながらも、再び返り咲いた1996年以降、アイマック(iMac)、アイポッド(iPod)、アイフォーン(iPhone)、アイパッド(iPad)と、「i」が付く製品を次々に送り出しました。

 これらの新製品を次々に発想する経営者像から、直感、ひらめき、クリエイティブ…、そんなイメージをいだくことも少なくありません。

 しかしフレームワークを通じてアップルやジョブズの取り組みを分析してみると、常に明確な未来像が描かれており、そのときでき得る最短のルートを選ぶシンプルな思考の持ち主でした。

 意外にも、実にロジカルな一面をうかがい知ることができるのです。

 そうしたジョブズの思考の一端が見られるのが、2007年1月にアメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコで開催された「マックワールド(MacWorld)2007」の基調講演で、初代アイフォーンを初めて披露した際のプレゼンテーションでした。

 ジョブズはポケットにアイフォーンがあることを示しながら、その実物を見せる前に、アイフォーンがどんな製品であるのか、なぜこれまでの携帯電話と異なり革新的なのか、を説明し始めます。

 その中で用いられたのが、「マトリクス分析」です。

 ジョブズはアイフォーンの開発を通じて、どんな製品なのかを端的に説明するために、1枚のスライドを用意しました。

 マトリクス分析には、「ポジショニングマップ型」と「テーブル型」の2種類があります。ジョブズは、プレゼンテーションの際にポジショニングマップを用いて説明しました。縦軸と横軸、それぞれに異なる要素を配置し、競合製品とアイフォーンの位置づけや優位性をわかりやすく比較したのです。

 ジョブズが示したポジショニングマップでは、縦軸に「スマート」「スマートではない」、横軸に「使いやすい」「使いやすくない」を割り当てていました。

 そのうえで、既存の携帯電話は「使いやすくも使いにくくもないが、機能が少ない」として、マップの下部中央に配置します。

 続いて、既存の競合となる、ブラックベリー(BlackBerry)やノキア(Nokia)、パーム(Palm)の既存スマートフォンの配置です。

 2007年当時のスマートフォンは、極小のプラスティックのフルキーボードが配置され、電子メールと簡単なウェブサイトの表示に対応した製品をさしていました。

 これらの製品について、ジョブズは壇上で、「機能もそれほどスマートではないし、むしろ単なる携帯電話よりも複雑で使いにくいものである」と評価しています。

 その理由については、本書のデザイン思考の解説でもふれますが、キーボードと十字キーや決定キーといった、固定された操作方法と、そこにスペースを割かなければならなくなり、画面が極めて小さい点を指摘しました。

 そのうえでジョブズは、これから世に送り出すアイフォーンを、スライドの中で緑の丸で示します。

 その位置は、マトリクスの第一象限の右上の端のほう、つまり、「これまでの携帯電話やスマートフォンに比べて極めてスマートで、かつそれらよりも極めて使いやすい、そんなデバイスこそがアイフォーンである」と示したのです。

 そして、ジョブズが用いた1枚のスライドに描かれたポジショニングマップでは、アイフォーンがどんな存在として作り出せたのか、すなわち最もスマートで最も使いやすい携帯電話であるということを、一発で物語り、理解させたのです。


なぜこの「ポジショニングマップ」になったのか?

 ポジショニングマップは、自社製品や他社製品の現状を、ある特定の二つの軸において分析し、「自社製品をどのように改善すべきか」、あるいは「新製品として、どんなことをめざせばよいのか」を明確にする際に、非常に便利なフレームワークといえます。

 とにかく一目瞭然であるところが、わかりやすさを作り出しています。

 ポジショニングマップを作る際に重要なことといえば、「どんな軸を設定するか」です。

 アイフォーンのポジショニングマップでは、ジョブズがアイフォーンの価値を際立たせるため、スマートさと使いやすさという軸を設定しました。

 アイフォーンに対して、新しく発明したマルチタッチという画面を指で操作するユーザインターフェイスを備え、これが大いなる競争優位性となることをアピールしたかったからです。

 もしも、ジョブズがこの軸に、「スペックの高さ」や「アプリを追加できる拡張性」を追加していたらどうなっていたでしょうか。 

 まずスペックを軸に取った場合、アイフォーンは客観的に見て、かなり低い評価を与えざるを得ません。

 2007年当時、第3世代通信の携帯電話がすでに欧州や日本などで普及していましたが、初代アイフォーンは第2世代の通信規格にしか対応しておらず、カメラも200万画素にとどまるなど、競合に対して、アイフォーンがお世辞にもハイスペックとはいえなかったからです。

 また「アプリを追加できる拡張性」を設定した場合、たしかにアイフォーンは上位に位置することになりそうですが、そもそも携帯電話にアプリを入れて使う、という用途が世界的には普及しておらず、競争優位性のアピールにならない、という問題点がありました。2007年当時、まだ顧客がアプリの充実を理由に携帯電話を選んでいなかったからです。

<連載ラインアップ>
■第1回ジョブズがマックワールドで使った1枚のスライド、初代iPhoneの革新性を一発で伝えるために何が語られたか?(本稿)
■第2回なぜアップルは、初代iPhoneの目標シェアを携帯電話市場の“1%”に? 低く見えても、実は高い目標だった理由
■第3回6カ月分の流通在庫をわずか2日分に圧縮 アップルが利益を生み出すために作り上げた驚異のバリューチェーンとは?(2月12日公開)
■第4回 なぜアップルは「顧客満足度」に徹底的にこだわるのか? ティム・クックCEOが決算発表で披露する数字の意味とは(2月19日公開)
■第5回 2030年までに全ての製品をカーボンニュートラルに 壮大なパーパス実現に向けたアップルの本気度とは?(2月26日公開)
■第6回 「Apple 2030」実現へ アップルが実践し、イノベーションを連続して生み出す「集合天才」という組織作りとは?(3月5日公開)

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

筆者:松村 太郎,德本 昌大

JBpress

「ジョブズ」をもっと詳しく

「ジョブズ」のニュース

「ジョブズ」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ