「検察版・桜を見る会」で破壊される法治国家

2月7日(金)7時9分 JBpress

 1月31日、東京高検検事長の黒川弘務氏の「半年間の定年延長」が政府から発表されました。

 検察庁法22条は、検事の定年63歳、検事総長の定年を65歳と定めており、黒川氏は2月7日に63歳を迎えるところでしたが、これを8月7日まで半年「延長」するというのです。

 このニュースは報道されていますが、何か法務省の内輪もめ的な問題と社会全般に浅い誤解があるように思われます。

 これはニュースというより、事件と言った方が適切と思います。

 検察版「桜を見る会」、あるいは「検察版 森友・加計疑惑」と表現して全く言い過ぎではない、国家を揺るがしかねない私物化の大問題であることを、最初に強調しておきます。

 長年にわたって法務省・検察庁で大きな業績を上げ、次代を担うリーダとして嘱望もされてきた林真琴・名古屋高等検察庁検事長の「検事総長はずし」を巡って、法務省のみならず、官邸を含む「霞が関赤レンガを真っ二つに割る国難級のスキャンダルにほかなりません。

 ことの本質を整理するため、まず法令から確認していきましょう。

 私はこの発表のあった翌日、たまたまですが、元検事で黒川氏と同期にあたる郷原信郎弁護士とシンポジウムでご一緒し、楽屋などでこの問題に嘆息される郷原さんのお話を伺いました。

 ほぼ同時に発表された郷原さんのコラム(https://news.yahoo.co.jp/byline/goharanobuo/20200201-00161318/)をリンクしておきます。

 ポイントは、「検察庁法」で厳密に定められている定年を「国家公務員法」の例外規定を適用して「1年未満、引き続き勤務させる」という、政府側の作ったストーリーにあります。

国家公務員法第81の3

「任命権者は、定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる」

 としており、これを適用して黒川氏の定年延長を認める、と。またしても例によっての「閣議決定」が行われました。

 この「閣議決定」がくせものです。

 国会で議決される「法」に準ずる拘束力を持ってしまう本来は重要な決定であるはずですが、「セクシーとは楽しいという意味である」のようなトンデモ閣議決定が乱発されていることは、本コラムの読者にはお馴染のことでしょう。

 こうした「ご乱行」、社会全般は「内閣」ないし「政治家」への批判として取り上げられやすい。

 しかし、郷原さんおよび同席された寺脇研さんとお話して一致したのは、こうした「トリック」の類は、公務員の組織である役所と、それを司る法の詳細に通じた相当頭の良い、かつ狡猾なブレーンがコントロールしなければできる芸当ではないというポイントでした。

 これについて考えてみたいと思います。


「反骨のコツ」と「裁判員制度」

 やや別の話題になりますが、私は法務官僚、もっと言うなら検事、元検事のOBの方々と様々な偶然でご縁があります。

 12年ほど前、伊豆半島で日本IBMが主催するある会議でキーノート・スピーチに呼んでいただいたことがありました。

 そこで懇意にしていただいた中に、元検事総長の原田明夫さんがおられ、東京に戻った後、原田さんのご自宅で、法をめぐって原理的な議論を楽しませていただいたことがありました。

 これに先立って私は、刑法の團藤重光教授と共著「反骨のコツ」を上梓、素人なりに「法」や「法治」について思うことがありました。

 そういう筋張った議論を原田さんは面白いと思ってくださったのでしょう。このとき、数人の現役検事の方にも原田さんはお声がけされ、検察官の知り合いが突然増えました。

 非常に正直に申しますが、2007年頃の時点で、私は検察官という存在を悪逆非道の塊のように考えていた面があります。

 証拠の捏造、被告にとって有利な証拠の隠蔽、定年した検事のロッカーからその種のものが山ほど出てきたといった話ばかりを、主として弁護士の友人知己から(幼馴染を中心に、弁護士の友達や知り合いは少なくありません)聞かされていたことが大きいと思います。

 判事、裁判官にも学生時代からの友人、あるいは大学に着任して以降、私が単位発給した元学生たちも任官していましたが、善くも悪しくも検事には知り合いがいませんでした。

 しかし、穏やかな秋の週末の午後、検事総長も務められた原田明夫さんのご自宅で、当時は中堅だった林真琴さんをはじめとする、数人の検察官と長い午餐とブレーンンストーミングの機会を持つことができたのです。

 検察官、また検察庁という組織に対する考え方を良い意味で大きく変えることになりました。

 私が何となく抱いていた、役人としての出世のためには証拠捏造や隠ぺいも厭わない「裁かれざる犯罪者」といった<検察官像>のイメージを払拭してくれたのが原田さんであり、原田さん宅で次代を担う人材であることを直ちに予感した林真琴さんでした。

 クリスチャンであり、また新渡戸稲造「武士道」などの筋張った議論から、現実の司法制度改革を国としての法治の筋道としてデザインしていく明晰な議論を展開される原田さん宅での議論で得たものは、非常に大きかったと思います。

 ちょうどその頃、私は、すでに90代半ばを迎えてフットワークに限界のあった團藤先生に代わって、当時準備が進められていた「裁判員制度」の問題点を、実地にあちこち足を運んで調べるプロジェクトを手がけていました。

 その収穫は新書「ニッポンの岐路・裁判員制度」にまとめました。

 この書籍をまとめる際、但木敬一検事総長(当時)のお話を伺ったりしたのも、原田さんのお陰にほかなりません。以後、林真琴さんのお名前が報道に出るたび、目に飛び込んでくるようになりました。

 ここで話は冒頭に戻ります。

 今回の黒川検事長「定年延長」は、究極の林はずしであるように、私には思われました。


進まない法務省の自己改革

 2016年春、法務省はその頃、法務省刑事局長の職にあった林真琴さんを「法務事務次官」に任用する案をまとめました。

 林さんは単に優秀というだけでなく、筋道の立った透明な法務、検察のあり方に明確な考えをもった人と思います。

 私も、最初の数分議論しただけで大いに意気投合させていただき、こういうガラス張りの、透明な法治を考える検察首脳が存在することを知り、大いにものの見方を変えることになりました。

 また何より、林さんは、いわゆる「政治色」が全くない人物であることに大変好感を持ちました。

 司法の独立に筋道を持ち、ガラス張りの正義を正面から主張する林さんと6時間ほどお話する中で、絶大な業績を誇る彼が法務省内で過半から信頼され、未来を嘱望される理由がよく分かるように思われました。

 さて、2016年、一つの「変」が起こります。

 政府・官邸は林さんと同期で、双璧と見られていた黒川氏の功績を多として林事務次官の任用を拒否します。ことによると、法治の透明性が嫌いなのかもしれません。

 結局、「ガラス張りの林さん」は見かけ上は3階級特進と見える「名古屋高検検事長」に、事実上棚上げして地方に飛ばし、黒川次官が実現します。

 この際、黒川氏は1年の期限付き任用とし、林さんにバトンタッチという内諾があったともの伝えられます。

 検察は不祥事が続き、法務省としては、林さんのような人材が率いる透明な検察、法務改革を進めたいという強い希望があった。ところが、それを阻む意見が官邸から降って来た。

 さらに翌2017年、官邸は黒川次官の続投を求め、法務省はショックを受けます。2度目の「林おろし」で、黒川氏は続投、林さんは名古屋に奉られた状態が続きました。

 こういう「官邸主導」は本当に困ったものです。

 2018年に向け、法務省は今度こそ周到に準備し、黒川氏の地方検事長転出と林氏の事務次官就任、それによる法務省改革を目指すのですが・・・。

 予想外の経緯から2018年の「林事務次官」実現は3たび妨害されます。

 上川陽子法務大臣が拒否したのです。

 これにあたっては「オウム真理教事犯13人の死刑執行」が政治的にバーターとして取引材料に使われたようにも耳にしています。

 秋に予定される自民党総裁選における「安倍3選」へのイメージ作りとして2018年の国会終盤に、メディアを投入してオウム事犯について、かなり派手な実質的「公開処刑」が企画されるという話を私が耳にしたのは2018年の春先でした。

 そして実際、実行された。2018年7月6日と26日のことで、これについてはここで多くを記しません。私にはコミットメントがありました。

 その翌2019年1月、官邸の強い指導によって黒川氏は検事総長にリーチをかける東京高検検事長に就任します。これに先立つ2018年以前の時点で、検事総長人事については詳細な読みがなされていました。


誕生日を含む詳細な「予定」

 2018年初時点で、検事総長は西川克行氏(31期)が務めていました。

 次の検事総長は法務事務次官から東京高検検事長に就任していた稲田伸夫にシフトすると見られ、実際にそのように人事がなされました。

 稲田氏は1956年8月14日生まれ。検事総長の定年65歳は2021年8月。

 林さんは1957年7月30日生まれ。名古屋高検検事長の定年63歳は2020年7月。

 この両者の間に挟まるのが黒川氏なのです。

 黒川氏は1957年2月8日生まれ。一般の検察官定年は63歳ですから、2020年2月8日、つまり、この記事が公開される2月7日の翌日に、本来黒川氏は検事を定年退官しなければなりません。

 そして、それが半年延長され、2020年8月7日まで留任することになった。理由はゴーン捜査その他、強弁されていますが、ほとんど意味がありません。

 さて、仮に官邸が公務員法を最大限に延長して、黒川氏を1年留任させたとしましょう。それでも東京高検検事長で居続けられるのは、2021年2月8日までです。

 稲田検事総長の定年は2021年8月14日ですから、例外措置を認めても、黒川氏に本来、検事総長の目はありません。

 考えてみれば当たり前です。稲田氏は1956年8月、黒川氏は57年2月の生まれで、もともとの学年が同じ。

 翻って、検事の定年は63歳で検事総長は65歳と2年の開きがありますから、まともにルールを守っている限り、稲田検事総長の就任時点で、同学年の黒川氏に目はないことになります。

 そこで、官邸が求めるのが「稲田検事総長の早期退職」ということになる。

 法務省に対しては「黒川検事総長」実現のため、稲田退職に向けて矢の催促が続きますが、稲田氏〜法務省はこれを断固拒否。

 2020年2月の黒川氏定年を迎えつつあったタイミングで、1月31日の「定年延長」が発表されたわけです。

 でも、これで半年黒川氏が居座っても、稲田氏が検事総長を辞めるいわれはありません。

 丸1年居座って2021年2月まで黒川氏が頑張っても、稲田さんにはまだ半年、時間が残っている。同学年なんですから。

 ということは、「今年の8月8日まで」という、中途半端な黒川氏の「定年延長」は、黒川検事総長就任をちっとも担保していない。

 ただ一つ確実なのは、その前の週 7月30日にやってくる林真琴さんの63歳の誕生日を超えるということです。本来1学年下の林さんより9日間だけ長く、黒川氏が現役検事で居続けるという効果しかもたらさない。

 要するに究極の「林潰し」でしかない。ということになります。

 様々な組織で、次代を担うホープとして長年約束されていたような人が、くだらない人物や、それを持ち上げるどうしようもない勢力によってチャンスを奪われ、機会を潰されるのをしばしば目にします。

 いま法治が壊れかけている日本で、それを何とかしようと、ガラス張りの法治を目指して正論で、また政治色なしに筋道を通そうとしていた林真琴さんを、こんなふうにして「潰して」しまおうとする、現在進行形の事態を、憂慮せざるを得ません。

 何もプラスなことがない。ただただ、国と人材を消耗するだけの「法治の破壊」で、東京高検定年延長は「検察版・桜を見る会」と命名するのが、適切であるように思います。

(つづく)

筆者:伊東 乾

JBpress

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