「新規則ギリギリ」世界陸連を出し抜いた、ナイキ超厚底の開発秘話

2月7日(金)17時15分 プレジデント社

写真提供=ナイキ

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2月6日、ナイキが現行品よりさらに2.5ミリ厚い“超厚底”の新モデルを発表した。しかも世界陸連の新規定「プレートは1枚」「厚さ40ミリ以内」もクリアし、東京五輪でも使用可能だ。スポーツライターの酒井政人氏は「東京五輪ではナイキの一人勝ちとなりそうだ」という——。

■世界陸連の新規定のわずか6日後に2.5ミリ厚い「超厚底」を発表


2020年1月半ば、複数の英国メディアが「ワールドアスレチックス(以下、世界陸連)が新規則でナイキの厚底シューズを禁止する可能性が高い」と報じ、国内でも「厚底は是か非か」という議論が白熱した。


1月末に世界陸連が発表した新規定では、「すでに市販されているモデルは使用可能」となり、4月30日以降は次の3つのルールが適用される。


・複数のプレートを靴底に内蔵してはならない。

・靴底の厚さは40mmまで。

・レースの4カ月前から一般購入できること(医学的理由などでカスタマイズされたものは許可される)。


この世界陸連の発表からわずか6日後、ナイキが新モデルを発表した。


それが一連の厚底シューズ「ヴェイパーフライ」シリーズの後継モデルとして開発された「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」(以下、アルファフライ)だ。



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■「東京五輪もOK」カーボンプレート1枚、靴底厚さ39.5ミリ


昨年10月、ウィーンで行われた非公認レースでケニアのエリウド・キプチョゲが人類初の2時間切りを果たした際に着用していたシューズの市販モデルになる。カラーリングは大きく異なるものの、性能はキプチョゲが履いていたものとほとんど同じだという。



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エリウド・キプチョゲが履いていたシューズの市販版が最新モデル - 写真提供=ナイキ

このアルファフライ、一連の報道では「東京五輪では使用できないだろう」という見方が多かった。カーボンファイバープレートを3枚搭載しているという噂(うわさ)が流れ、靴底も基準ラインと予測された「40mm」を越えているように見えたからだ。


しかし、ナイキはまるでこの新規則を見越していたかのような“絶妙なライン”を突いてきた。アルファフライのカーボンファイバープレートは1枚のみで、靴底の厚さは39.5mm。新規則には抵触しないのだ。


米国では五輪マラソン選考レースのある2月29日に発売されるという。日本での販売は春になるようで、東京五輪でも使用可能となる見込みだ。


「複数のプレートを靴底に内蔵してはならない」と「靴底の厚さは40mmまで」という新規則はアルファフライがターゲットにされたようなものだったが、ナイキはこれを乗り越えたことになる。他メーカーからすれば“神業”に見えたのではないだろうか。


■「期限は4月上旬」他メーカーは新規定のシューズを出せるか


それどころかアルファフライは「レースの4カ月前から一般購入できること」(医学的理由などでカスタマイズされたものは許可される)という新規則もクリアしている。このルールは他のメーカーにとっては重い負担になりそうだ。


東京五輪のマラソンは男子が8月9日で、女子が同8日。本番で使用することを考えると、4月上旬に一般発売しないといけない。しかし、ランニングシューズは、マラソンシーズンに入る前の夏ごろに新モデルを発売することが多い。このパターンでは東京五輪での使用はできないことになる。たとえプロトタイプができていても、大量生産する市販品をすぐ店頭に並べることはできない。今回の新規則は各メーカーの営業計画に大きな影響を及ぼすと考えられる。


またアシックス、ミズノなどはこれまで有力選手に別注シューズ(カスタムシューズ)を提供してきた。1月下旬に行われた大阪国際女子マラソンで日本歴代6位の2時間21分47秒をマークして、日本陸連の設定記録を突破した松田瑞生(ダイハツ)はシューズ職人として有名な三村仁司氏が手掛けたニューバランスの別注シューズを履いていた。しかし、今後は医学的理由がないとカスタムしたシューズを履くことができなくなる。


その点、ナイキはキプチョゲだけが特別で、大迫傑設楽悠太、中村匠吾、服部勇馬ら契約選手といえども、市販のシューズを履いて結果を残してきた。今回の新規則で、ランニングシューズ市場を“独走中”のナイキがライバルたちをさらに引き離すような展開になりそうだ。



■超厚底「アルファフライ」の威力とナイキのしたたかさ


アルファフライが公式に発表されたのは日本時間の2月6日だが、ナイキは1月某日、一部のメディアに新モデルを発表し、筆者もそれに参加した。ただし、写真撮影はNGで、「情報解禁日」も設けられた。


米国のナイキ本社で厚底シューズ開発のリーダーを果たしてきたブレット・ホルツ氏が来日。「東京の夏に向けて準備した商品を紹介できることをうれしく思います」と切り出して、直々にアルファフライのスペックを紹介した。



写真提供=ナイキ

ミッドソールにはこれまでの厚底シューズでも使用されてきたカーボンファイバープレートを1枚搭載している。前述した通り、カーボンファイバープレートが3枚入っている、という報道があったがそれは完全な間違いだった。


カーボンファイバープレートは6〜9層の素材を重ねることで硬さを調節している。サイズの小さいシューズは6層、大きいシューズは9層という具合だ。カーボンファイバープレートは1枚でも、その反発力を高めることができる。選手によるカスタムも容易で、限定品として一般発売すればトップ選手の使用もできると考えられる。


■前足部にズーム エアも搭載して「厚さは速さだ」をさらに体現


靴底の厚さは、「ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%」の37mmから39.5mmにアップ。かかと部分はエネルギーリターンの高いズーム Xフォームが増量したことになる。そして、最大の特徴といえるのが、前足部にズーム エアが搭載されたことだ。


ズーム エアは1978年にナイキが作ったソール素材で、そこからさほど進化はしていないという。ただし、過去のモデルにない使い方をしている。前足部に左右2つ並べる形で入っているのだ。


1つは母指球あたりに搭載したことで、蹴り出すときの反発性を高めている。またズーム エアはズーム X フォームよりも耐久性に優れているため、シューズ自体の耐久性もUPするという。前足部のソールはラスト(靴型)よりも少し幅広になっており、エネルギーリターンを高めると同時に、安定性も確保した。


アッパーは現行モデルが織り素材のヴェイパー ウィーブなのに対し、高温多湿な気候での着用を考慮した通気性のある編み素材のアトムニットを採用。こちらも耐久性が向上した。



■ナイキ開発担当「半年前に完成していた。今は2024年向けを開発中」


デザインはアッパーがブラックで、ソールはネオングリーンと呼ぶ緑色系。しかし、真夏のマラソンで光を吸収する黒色のシューズは考えにくく、東京五輪に合わせてニューカラーを発表すると思われる。大舞台ではもっと目立つカラーリングのシューズになるだろう。


「ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%」より20gほど重くなったが、その分、エネルギーリターンは高まった。「厚さは速さだ」というキャッチコピーの下“超厚底”の世界に突入したことになる。



写真提供=ナイキ

最後にホルツ氏はこんな話もしていた。「今回のプロダクトは半年前には完成しており、すでに2024年(のパリ五輪)を見越して開発を進めています」と。


■本当は厚さ45ミリだったが、わずか6日間で39.5ミリに調整した?


ということは、世界陸連の新規則を想定しないままシューズを開発していたことになる。実は、今年1月の取材時にホルツ氏は靴底の厚さを「45mm」と口にしていたのだ。



写真提供=ナイキ

しかし、情報解禁日の当日、ナイキ側から急遽(きゅうきょ)「厚さは40mm以下になります」と連絡があった。単に、ホルツ氏が言い間違えた可能性もあるが、筆者は、1月末の世界陸連の新規則の発表を待って、情報解禁日の2月6日までの数日間に、ソール部分の厚さを“調整”したのではないかと予想している。


そして、他メーカーに先駆けて新モデルを発表。世間が厚底問題に興味を示した時期だけに、インパクトは十分にある。すでに多くのメディアが「新モデル=アルファフライが発表された」ことを記事にしている。その発表までには、上記のようなプロセスがあったわけだ。


単に素晴らしい商品を作るだけでなく、ナイキはさまざまな面で先陣を切っている。ビジネス面でもスポーツ界の巨人から見習うことは多い。



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酒井 政人(さかい・まさと)

スポーツライター

1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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