「被害者女性が自分から男の家に入ったことは落ち度か」性加害事件の裁判員になった30代男性が苦悩したワケ

2025年2月8日(土)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

2009年に裁判員裁判制度がスタートしてから16年。これまでに裁判員を経験した市民も増えている。弁護士の牧野茂さんは「2023年末までで12万人以上が刑事裁判に参加した。2021年には裁判員の年齢を18歳以上に引き下げることになり、高校生でも裁判員になる可能性も。今こそ、その経験をもっと広く市民で共有することが必要だ」という——。

※本稿は『裁判員17人の声 ある日突然「人を裁け」と言われたら?』(旬報社)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/y-studio
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■「刑事裁判に市民が参加する」という裁判員制度の意義


裁判員制度は個人の人権の保障という面も含め、刑事裁判における判断に市民が参加するという大切な意義が有ります。この意義や、裁判員裁判を通じてチームとして結論出すことの充実感を得る人が多くいるということも理解してもらう必要があると指摘されています。裁判員制度について知らない・知っていても誤った理解をしている方が大変多いためです。


こうした状況を打開するためには、裁判員経験者の話を聞くことが有効であることが最高裁のアンケート調査、日弁連会長談話等で指摘されており、私、弁護士の牧野茂が共同代表世話人をつとめる裁判員経験者ネットワークの交流会に参加しているメンバーもそのことを実感しています。


2010年に有志で設立された裁判員経験者ネットワークは、経験者の交流の場の提供と裁判員経験を社会に発信することを図り、また裁判員制度の課題である守秘義務について検討する守秘義務市民の会と、交流部門、課題検討部門で活動をしています。


■裁判員に選ばれたときから任務を終えるまでについてインタビュー


これまでの交流会では多様な経験者が懇談に参加して、体験談を語り合って制度の意義や充実感、課題を語り合っています。そこで裁判員の体験談を集めて広く公表しておきたい、という意見が出ました。


10代の裁判員も含め、市民が安心して前向きに裁判員裁判に参加するための有効な情報として、交流会で体験を語った経験者に、裁判員に選ばれたときから任務を終えるまでについて、詳細にインタビューしました。


また裁判員経験者ネットワークのように、裁判員を務めたあとで経験者同士で安心して語り合える市民団体が複数有ることも知っていただき、経験者がその後気軽に交流会に参加し、その交流会で語られた体験談が自然に社会に広まることも期待しています。


■ホストの暴行・強制性交事件を担当した伊藤さんの体験談


裁判員経験者:伊藤さん
陶芸からバンジージャンプまで、あらゆるレジャーを体験する「プロの遊び人」。裁判員をつとめた当時は30歳代だった。

——はじめにあなたが担当した事件についてお聞かせください。


【伊藤】元ホストによる連続婦女暴行事件、強制わいせつ・強制性交等致傷等の事件です。争点はいくつかあり、


・女性Bが何百発もなぐられたと主張。しかし被告人はそれを否定している
・女性Dは殴られたか
・被害者の女性は自ら被告人宅へ上がっているが、それは被害者の落ち度か


でした。


写真=iStock.com/maroke
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——名簿記載通知が届いたとき、選任手続きのときはどのように感じましたか。


【伊藤】最高裁から届いた通知には驚きましたが、当たらないと思っていました。地裁から呼出状が来たときは訴えられたかと思い、父も目の前で開けろと言ったのですが、裁判員選任手続きの連絡でした。


——裁判員に選ばれたときの感想を教えてください。


【伊藤】やる気は誰よりもありましたし、使命感もありました。半ばブラックボックス化している裁判員裁判という世界を覗いてみたかったのと、裁判員になって被告人を裁定するということに社会的意義を感じたからです。ためらいはまったくなかったですね。


■被害者女性の話を何回も聞いているうちに、辛くなった


——とても前向きな気持ちだったということですね。


【伊藤】ただ、それは裁判員を経験していくなかで変わりました。公判の途中、被害者女性の話を何回も聞いているうちに、軽い気持ちで裁判員になったことを後悔しました。事件が起きた以上、悲しい思いをした被害者がいることはわかっていたはずなのに、そのことを考慮していなかった自分の浅はかさを悔やみましたね。心が痛んだんです。被害者の証言を続けて聞くだけでも辛かったのですが、軽い気持ちで裁判員になったことへの後悔もあって、ストレスが強かったです。


——裁判員制度に関する知識はお持ちだったのでしょうか。


【伊藤】なにも知らなかったです。アメリカの法廷ドラマは見ていましたが、日本でどうなっているかは知らなかったですね。ただ、自分の事件では弁護人が公判初日で被告人の有罪を認めていました。


——裁判員経験者の話を聞いたことはありましたか。


【伊藤】聞いたことはないです。


——審理のようすを教えてください。


【伊藤】審理は8日、評議が3日で公判開始から判決までのべ18日でした。


審理は問題なく理解できました。判断資料も高校生にわかるレベルで作られていたと思います。


■「ブラックボックス化した裁判員裁判」を見てみたら…


——審理で印象的なことは何かありましたか。


【伊藤】裁判官たちがよく笑いよくしゃべり、とても人間味のある人たちであることが印象的でした。最初は裁判員たちは番号で呼ばれていたのですが、裁判長が長い期間一緒にやっていくので自己紹介しておきましょう、といって、名前や職業も簡単に話し合ったのは良かったと思います。ブラックボックスになっていた裁判というしくみを身近に感じられましたし、司法が健全に機能していることに安心しましたね。


課題と感じたのは、平日の昼間に選任手続きを行うこと、また事件によっては3週間も予定を開けなければならず、働き盛りの人は到底参加できないため、その結果によって裁判員の年齢などに偏りが出る恐れがあります。そもそも裁判で会社を休める人が少ないことも問題だと思います。


——評議についてはいかがでしたか。


【伊藤】裁判員の構成としては男性が2名であとは女性でした。年齢は30代から70代までとばらついていました。


私は誰よりも意見を言えたと自負できます。ただその内容はなにも言えないのがつらいですし、張り合いがないです。


裁判員は良く発言する人も余り話さない人もいましたが、裁判官はどの人にもなにか発言してもらうように努めていました。それでも最初から最後まで意見を言わない人もいて、なんのために来ているのか疑問に思いました。


——裁判長の進行はどうでしたか。


【伊藤】とても良かったです。裁判員を主役に据えてくれて、まずは裁判員たちで話を進め、必要なら裁判官がサポートするという、進行でした。


■被告のホストへの求刑は懲役12〜14年、判決は懲役9年


——ご不満に思われたことはありますか。


【伊藤】不満点は評議の内容を一切口外できないことです。


——裁判の結果を簡単に教えてください。


【伊藤】検察官の求刑は懲役12年から14年、弁護人は懲役3年で執行猶予という意見でした。判決は懲役9年になりました。


——裁判を終えての感想はいかがでしたか。


【伊藤】社会的に意義のあることを行ったという充足感がありましたね。ただやはり評議の内容を口外できないため、巷にあふれる裁判員の感想は「意義のある活動だった」「審理はわかりやすかった」「裁判官が親切だった」の3つしか聞けないのが不満です。


裁判員として参加して、一番市民の役割が期待されているところで熱心に役割を果たしたのに、その内容を一切言えないのはとても不満に思います。


写真=iStock.com/mister Big
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mister Big

■守秘義務に配慮すると、体験の3分の1くらいしか話せない


——終了後、経験を話す機会はありましたか。


【伊藤】裁判員ネットワークの集まりや、裁判員ラウンジ、大学の講義や若い学生の前で話すことができました。


ただ学生から質問があっても、守秘義務に配慮すると3分の1くらいしか答えられなかったので、せっかくの機会に話せない、聞いてもらえない不合理を痛感し続けました。周囲は気をつかってあまり経験については聞いてくれません。ありがたい部分もありますが、少し物足りないですね。


——守秘義務で話せないことが多い点に、非常にご不満を抱いているように感じられました。


【伊藤】守秘義務は緩和すべきです。一般市民に一生口外してはいけない、という義務を負わせるなんて重すぎるし、内容の緩和と同時に期限も設けるべきだと思います。


——裁判員の心理的な負担の解消についてはどうお考えですか。


【伊藤】こころの負担はカウンセリングや電話相談ができるので、今でも問題ないかもと思います。


——改善策の提案をされる経験者の方もよくいらっしゃいます。


【伊藤】経費が特別にかからないのであれば、さらに工夫するのも良いかと思います。自分の場合は辛くても弱みを見せたくなかったので、相談しようとはしなかったですが、相談をしたほうが良いケースもあるかもしれません。


■裁判員の経験から「自分と違う意見」を理解しようとするように


——裁判員を経験したことによる変化、社会の見方が変わった、などはありましたか。


【伊藤】はい、変わりました。自分と違う意見があっても理解しようとするようになりました。


被告人の考え方はまったく理解できなかったですが、それでも公平に判断するために理解しようとはして、全体の判断をしました。



『裁判員17人の声 ある日突然「人を裁け」と言われたら?』(旬報社)

——具体的になにか活動をされていますか。


【伊藤】ブログの執筆と、必要があれば取材を受けています。


——また裁判員に選ばれたら引き受けますか。引き受ける場合、改善しておいてほしいことなどはありますか。


【伊藤】引き受けます。改善してほしいことは、


・選任手続きはオンラインで済ませ、選ばれた人だけを呼ぶシステムにしてほしい
・多くの人が裁判員になりやすいよう、もっと周囲の理解を得られるようにしてほしい


の2点です。


——次に裁判員になる人にメッセージをお願いします。


【伊藤】気楽に受けてください。法のド素人でも理解できる準備が整っています。確かに辛いこともあるけれど、あなたが選ばれたのには意味があると思って乗り越えてほしいです。


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牧野 茂(まきの・しげる)
弁護士
慶応義塾大学法学部卒業。日弁連刑事弁護センター幹事。2010年に「裁判員経験者ネットワーク」を立ち上げ、共同代表に。裁判員制度の推進、改善を目指している。著書に『裁判員制度の10年』(日本評論社)、共著・監修に『高校生も法廷に!10代のための裁判員裁判』(旬報社)がある。
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大城 聡(おおしろ・さとる)
弁護士
弁護士。中央大学法学部卒業。「裁判員経験者ネットワーク」共同代表。市民の視点から裁判員制度への提言を続けている。「福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)」事務局長なども務める。共著に『増補改訂版 あなたが変える裁判員制度—市民からみた司法参加の現在』(同時代社)、共著・監修に『高校生も法廷に!10代のための裁判員裁判』(旬報社)。
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裁判員経験者ネットワーク
2010年に設立された市民団体。裁判員の貴重な体験を市民全体で共有することを目指す。
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(弁護士 牧野 茂、弁護士 大城 聡、裁判員経験者ネットワーク)

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