記憶が消えていく、夜眠れない、髪が抜け落ちる…特効薬のない「新型コロナ後遺症」を抱えて生きるリアル
2025年2月9日(日)16時15分 プレジデント社
新型コロナに感染した外科医の肺CT画像 - 本人提供
※本稿は、『プレジデント』2024年12月13日号「コロナワクチンは危ないのか?」に追記・再構成したものです。
■コロナと闘い、無事退院したものの…
「また新型コロナに感染したら、自分は死ぬだろうと思います。乗り切れたのは、運が良かっただけですから。同じ時期に多くの患者が亡くなっていくのを見ていました」
こう語るのは、首都圏の総合病院に勤務する外科医の男性(50代)。2020年11月に新型コロナに感染した。緊急入院したが、熱が下がらず、肺炎が悪化して呼吸の状態が低下したという。
生死の境をさまよった当時の肺CT画像には、新型コロナの肺炎に特徴的な、「すりガラス状」の白い膜のようなものが写っている。
本人提供
新型コロナに感染した外科医の肺CT画像 - 本人提供
20日後にようやく退院できたが、彼の生活は一変した。
■ついさっき止めた車の場所を忘れてしまう
「登山や水泳が趣味で体力には自信がありましたが、布団を押し入れにしまう動作や、すぐ近くにゴミ出しに行くだけで息が切れるようになりました。集中力も続かなくなってしまい、本や資料を読み続けることができません。
“短期記憶の低下”にも困りました。例えば、車を運転して家族とスーパーに行き、買い物を終えて戻ると、車の場所が思い出せない。ついさっき見た景色なのに記憶が蘇らず、愕然としました」
対策として駐車した場所をスマホで撮影するとか、メモを取るようにしたが、短期記憶の低下は今も残っているという。
このように、短期記憶の低下や、集中力が持続せずに思考が混濁する「ブレインフォグ」は、コロナ後遺症の典型的な症状の一つだ。
コロナ後遺症に悩んでいる人は少なくないが、周囲に打ち明けられずにいるケースも多い。仕事に影響が出る可能性もあるからだ。
コロナ後遺症は「Long COVID」とも呼ばれて世界的に問題となっている。報告されている症状は約200にも及ぶ。
主なコロナ後遺症の症状
息切れ、記憶障害、ブレインフォグ、疲労感、倦怠感、関節痛、筋肉痛、咳、喀痰、胸痛、脱毛、頭痛、抑うつ、嗅覚障害、味覚障害、動悸、腹痛、睡眠障害、筋力低下など
■「変わってしまった自分を受け入れるしかない」
コロナ後遺症の症状は、時間の経過によって解消される場合と、長期にわたって慢性化してしまう場合がある。岐阜大学大学院の下畑享良教授(脳神経内科学)は、コロナの感染によって認知症やアルツハイマー病のリスクが高まると警鐘を鳴らしている。
「コロナはただの風邪」と一部の医師が拡散しているが、その主張を安易に信じることは極めて危険だ。
外科医は、退院して2カ月後、職場に復帰する。手術や当直の業務も再開したが、以前とは違う自分に苦しんだ。
食道がんの手術などは8時間以上、ほぼノンストップ。ベテラン外科医として若手医師を指導する立場でもあり、弱音は吐けない。歯を食いしばって、手術室に立ち続けた。
「手術中は責任感が大きいので、気が張って大丈夫ですが、日常生活で声を荒らげたり、イライラしてしまうとか、以前はなかった症状が続いていました。変わってしまった自分を受け入れるしかないと思いますが」
コロナワクチンの忌避ムードが、広まっていることについて聞くと──
「私は救急外来も担当していますが、コロナに感染して重症化した患者に聞いてみると、やっぱりワクチンを打っていない人が大半でした。
ご自分がワクチンを打たないと判断するのはいいとしても、周りの人にまで『危険だから打つな』と言うのはやめてほしい。結果として重症化したり、命を落としたりするケースを見ています。
ワクチンは普通の医薬品と違って、効果を実感できませんが、重症化を予防する効果は確実にあります。私はワクチンを6回接種しました」
筆者撮影
コロナワクチンの接種率は低調になっている - 筆者撮影
■後遺症を診てくれる医療機関はわずか
全国各地のコロナ後遺症やワクチン後遺症の患者を診ている、ヒラハタクリニック(東京・渋谷区)。取材に訪れた日、クリニックのロビーには午後4時からの診察を待つ患者が20人ほどいた。
院長の平畑光一医師は、消化器内科が専門だが、以前から通院していた患者が新型コロナに感染して後遺症に悩んでいたことを契機に、「新型コロナ後遺症外来」を設置したという。
「日本では約5000万人が新型コロナに感染して、そのうち1割程度が慢性化したコロナ後遺症になっていると言われています。現在でもコロナ後遺症の患者を受け入れる医療機関が、あまりに少ない。それで各地の患者さんが私のクリニックに訪ねてくるようです」(平畑医師)
■つらいのに「異常なし」と言われ続けた
患者の同意を得て、コロナ後遺症の診察に同席させてもらった。
2023年5月に新型コロナに感染した、グラフィックデザイナーの片山秋介さん(33)。倦怠感、微熱、ブレインフォグの症状に悩み、1年半近く休職している。平畑医師は最近の様子を聞き取ると、手や膝の裏、ふくらはぎなどのツボを専用器具で指圧した。
「あいたたっ!」と、思わず声を上げる片山さん。
平畑医師は、コロナ後遺症の治療を保険診療で行う。そのためツボ押しの施術は“無料サービス”。10分間ほどの診察が終了すると、ほっとしたような表情を浮かべて、片山さんはコロナ後遺症の苦労を話してくれた。
「つらい症状に悩んで、6件ほど病院やクリニックに行きましたが、『検査では異常がない』と言われて、どこもちゃんと診てくれません。ネットで調べて、ようやくここ(ヒラハタクリニック)に辿り着きました」
この取材から3カ月後、片山さんは職場に復帰した。まだ体調は万全ではないため、週3の勤務から始めたという。
筆者撮影
片山秋介さんの診察を行う、平畑光一医師(ヒラハタクリニック) - 筆者撮影
■後遺症を悲観し、命を絶った患者も
午後9時過ぎ、「新型コロナ後遺症外来」の診察が終了した。
だが、平畑医師の仕事は続く。遠方に住んでいる患者などのオンライン診療が控えていたのだ。オンライン診療が朝の4時までかかる時もある。
なぜ、そこまで患者と向き合うのだろうか?
「コロナ禍が始まった頃、『先生の患者さんが自殺しました』と警察から連絡を受けたことがあります。他にも命を絶った患者が二人いました。遺書にコロナ後遺症を悲観していたことが書いてあった方もいます。私の腕が良ければ、この方々の命を救えたかもしれません。贖罪の意味で、患者に寄り添う気持ちを忘れずに診療しています」(平畑医師)
筆者撮影
外来のほか、オンライン診療にも対応している平畑医師 - 筆者撮影
■コロナワクチンは後遺症の確率を半減させる
現時点で、コロナ後遺症の特効薬や、決め手となる有効な治療法はない。そのため、対症療法が中心となっているという。
平畑医師によると、塩化亜鉛を上咽頭に擦り込む「上咽頭擦過療法(Bスポット療法)」や、症状を和らげるための漢方薬などの東洋医学も取り入れ、試行錯誤を続けてきた。(※いずれも保険診療)
また、複数の大学病院と連携して、コロナ後遺症の治療法を研究している。
コロナワクチンについて、平畑医師はどう考えているのか尋ねた。
「ワクチンの副反応で体調が悪くなった患者さんも診ていますが、ワクチンのおかげで命が助かった人たちも無数にいるし、コロナ後遺症の確率も半減することが分かっています(※)。いわゆる反ワク運動家が主張している、『ワクチンは百害あって一利なし』みたいな話は全くの嘘です」
※Risk Factors Associated With Post-COVID-19 Condition A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Intern Med. 2023;183(6):566-580.
■医師からも見放されるワクチン後遺症
平畑医師のもとには、ワクチン後遺症(ワクチン接種後症候群)に悩む患者も多く訪れている。
ワクチンの製薬会社が公開している添付文書には、臨床試験などで報告された、さまざまな副反応(副作用)が記載されている。「アナフィラキシーショック」「心筋炎」「心膜炎」などの重篤なものから、倦怠感や無力症といった慢性の症状もある。だが、その治療に消極的な医師があまりに多い、と平畑医師は指摘する。
「コロナ後遺症もワクチン後遺症もまだ治療法が確立していませんが、対症療法で改善することはできるわけです。それなのに、『一生治らないよ』『心因性だから精神科に行きなさい』とか、患者を傷つける医者が少なくありません」
ヒラハタクリニックに通院する竹中真一さん(53)は、2022年10月に4回目のワクチン接種を受けた。その夜、午前2時ごろから呼吸困難に陥ったという。
「胸の気管支あたりに炎症が起きているような、今までに経験したことがない息苦しさでした。このまま死ぬんだな、と思ったほどです。翌朝、すぐにワクチンを接種した総合病院に駆け込んで、精密検査を受けました」
撮影=福寺美樹
ワクチン後遺症を抱える竹中真一さん - 撮影=福寺美樹
この時、竹中さんは内科、呼吸器内科、耳鼻咽喉科を受診している。血液検査で炎症と血糖値の上昇が確認されたが、呼吸器内科の医師から「ワクチン副反応だと思うが、ここでは治療ができない」と言われた。
そして、竹中さんの体には次々と異変が起きたという。
■「精神疾患」と言われ心療内科に行った結果
「気管支閉塞、副鼻腔炎、上咽頭炎、逆流性食道炎と診断されました。そしてブレインフォグが起きて、視力低下や睡眠障害、倦怠感、便秘、脱毛等の症状にも悩まされました。良性発作性頭位めまい症で、救急搬送されたこともあります。
色々な薬を処方されて、かえって症状が悪化したこともありました。肺のCT画像検査など、さまざまな検査を受けましたが、特に異常は見つからないと言われました」
撮影=福寺美樹
竹中さんに処方された大量の薬 - 撮影=福寺美樹
コロナ後遺症と同様、ワクチン後遺症についても治療の研究が十分とは言えない。
つらい症状を訴えても、決め手となる有効な治療法はない。竹中さんは、心療内科の受診を勧められたこともある。「気のせい」と決めつけられてしまったのだ。
「医師の中には『ワクチン後遺症なんてない』と言う人もいました。たらい回しにされて、受診した病院やクリニックは、全部で8カ所になります。
実際に症状があるのに、精神疾患だと言われたのはつらかったですね。それでも言われたとおりに心療内科を受診しましたが、『うちに来られても後遺症は治らないですよ』と医師から告げられました」
■ワクチン被害救済制度は認定に1年以上
患者団体にも入ったが、「活動」が中心で、期待していた治療などの情報は得られなかったという。
国はワクチンによる副反応被害を救済する制度を設けている。受診した医療機関の診断書などを添えて、各自治体に申請する仕組みだが、竹中さんはこの申請を行っていない。それには理由があった。
「書類を途中まで揃えていましたが、受診した8カ所の医療機関すべての診断書が必要と言われたのです。認定の審査がとても厳しい上に、認定されるまでの期間が早くても1年、普通に1年半はかかると聞きました。
認定されたとしても、私のような被害には毎月4万円弱の医療手当が給付される程度だと知り、それならワクチン後遺症を治すために、時間を使ったほうがいいと割り切りました」
※厚生労働省「予防接種被害救済制度について」
■2年ぶりにギターを手にして、演奏した曲
竹中さんはプロのギター奏者だった経歴があり、長く音楽業界に関わってきた。そしてクラシックギターの教室を開くために、家を新築するなどの準備をしていたが、ワクチン後遺症になって計画は頓挫している。
「2年あまり、ギターはまったく触っていません。音楽家は毎日必ず基礎練習をやります。ギターは何の音をどの指で押さえるのか、規則性のある練習で指を鍛錬しますが、その細かい数字が思い出せなくなってしまったのです。そして呼吸ですね。ただでさえ息が苦しい状態では、ちゃんとした演奏はできません」
ヒラハタクリニックでの治療や鍼灸院での施術を受け、ようやく症状が緩和した竹中さんは、去年5月から発達障害の子供たちをケアする仕事を始めたという。
このインタビューを行ったのは、竹中さんがギター教室のために建てた自宅だった。体調の回復ぶりから、もしかするとギターを弾くことができるかもしれないと思い、筆者は竹中さんにギターを手にしたカットを撮影したいと頼んだ。
躊躇いながらも2年ぶりにギターケースを開け、ストリング(弦)を確かめると、竹中さんは演奏を始めた。
撮影=福寺美樹
ギターを演奏する竹中さん - 撮影=福寺美樹
曲は「アルハンブラの想い出」。哀しみと希望が入り交じったメロディーは、彼の心境を表しているのだろうか。演奏を終えると、竹中さんはこう言った。
「2年ぶりの音出しで弾くには、無謀な難しい曲なんですが、自然と頭に浮かんだのがこの曲でした。止まっていた時間がようやく動き出した感じです」
それまで深刻な表情を崩さなかった竹中さんが、少しだけ笑顔を見せた。
■国が認めた「ワクチン関連死」の内情
厚生労働省が1月30日に公表した、コロナワクチン健康被害審査部会の審査結果によると、「死亡一時金または葬祭料」が認定されたのは累計951件だった。
筆者撮影
ファイザー社のコロナワクチン - 筆者撮影
この数字に驚くかもしれないが、必ずしも「死亡原因がワクチン」と断定されたわけではない。審査のボーダーラインに、次のような“大きなグラデーションの幅”が設定されているからだ。
厳密な因果関係までは必要とせず、接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象
(※「コロナワクチンは危ないのか?」前編で詳しく解説)
■ワクチンの「安全性」とは何なのか?
私たちは、「コロナワクチンの安全性は確認されている」という説明を繰り返し聞かされてきた。一方で、因果関係が曖昧だとしても、ワクチンの健康被害で1000人近い人が命を落としたと認定されている現実には、釈然としないものを感じるのではないだろうか。
東京大学大学院の小野俊介准教授(医薬品評価科学)は、ワクチンの「安全性」という言葉に問題があると指摘した。
「ワクチンを含めた医薬品の『安全性』とは何か、基準や定義を明確にしないまま放置されてきました。『有効性』という言葉も同じです。ワクチン接種で副反応があっても『安全』と言いきる以上、『安全』の定義が必要ですが、それがありません。
ワクチン被害の救済基準が、『厳密な因果関係は必要とせず』という曖昧な設定になっているのは、本当は不明確なままの『安全性』に触れたくない、または触れられないからではないでしょうか」
筆者撮影
医薬品を社会学の視点で研究する、東京大学大学院の小野俊介准教授 - 筆者撮影
■国や専門家が接種リスクを隠した代償
国は多くの国民にワクチンを接種することで、コロナのパンデミックを収束したいと考えた。ただし、ワクチンを含めて医薬品はリスクとベネフィットが表裏一体となっている。副作用(=副反応)は避けられないが、その現実を丁寧に説明すると、恐怖心を抱いて接種率が低下する可能性があった。
それで、「ワクチンの安全性は確認されている」というマジックワードを使って、国民を安心させ、ワクチン接種を勧めたのではないか。
「言葉の使い方が変なのです。『安全』の明確な基準がないのに、『このワクチンは安全です』と玄人(専門家)が説明してきたワクチンで、実際に深刻な有害事象が起きている以上、素人(一般の国民)の不安は解消されません。
医薬品は『不確実性の科学』です。その現実をスポイル准して、ワクチンは危ないのか、危なくないのか、という論争に意味はないでしょう」(小野准教授)
医薬品には必ずリスクがあり、予測できない副作用が起こりえる。しかも効果や副作用は、個人差が大きい。したがって、このリスクに対する不安は消えず、各個人が向き合うしかない。
不確実な医薬品(ワクチン)の現実を、国はしっかり説明せず、「安全」という言葉で偽りの安心感を国民に与えてしまった。そのツケが、現在のワクチン不信に繋がっているのではないだろうか。
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岩澤 倫彦(いわさわ・みちひこ)
ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家
1966年生まれ。フジテレビの報道番組ディレクターとして「血液製剤のC型肝炎ウイルス混入」スクープで新聞協会賞、米・ピーボディ賞。著書に『やってはいけない がん治療』(世界文化社)、『バリウム検査は危ない』(小学館)、『やってはいけない歯科治療』(小学館)。最新作は『がん「エセ医療」の罠』(文藝春秋)。
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(ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家 岩澤 倫彦)