12万円の白内障手術が「老人割引」で93%オフに…高齢者に優しすぎる「高額療養費制度」は本当に続けられるのか

2025年2月13日(木)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gece33

医療費が高額になった患者の自己負担を抑える「高額療養費制度」の上限引き上げが議論されるなか、ジャーナリストの小林一哉さんは、制度を利用して白内障手術を受けた。自己負担額はどうなったのか。小林さんがリポートする——。
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■高額療養費の支給総額が膨張


医療費が高額になった場合に、患者の自己負担を抑えてくれる公的医療補助制度「高額療養費」の自己負担上限額の引き上げに批判が集中している。


この制度の恩恵を受けて、高額な治療を長期で続けるがん患者らが強く反発しているからだ。このため、政府は近く、修正案を示す方針である。


厚生労働省によると、自己負担上限額を引き上げるのは、高齢化や高額薬剤の保険適用などで高額療養費の申請件数が年々大幅に増加し、支給総額が膨張しているためだ、という。


結果として、現役世代を中心とした保険料の引き上げは避けられない状態にある。今回の自己負担限度額引き上げで、保険料は1人当たり1100〜5000円程度軽減される計算という。


■70歳で受けた白内障手術はわずか8000円


なかなか難しい問題であるが、筆者は昨年夏、70歳の誕生日を迎えたため、高額療養費制度の恩恵を受けることができた。白内障手術の費用が、高額療養費の「外来特例」の適用を受けて、たったの「8000円」で済んだのである。


白内障の両眼手術のおかげで、視力が0.02から0.2に回復、これまでの世界が一変して、快適な生活を手に入れることができた。


もし、70歳以上で目がかすむなどの白内障の自覚症状があるならば、すぐにでも良い眼科医を見つけて、最良の手術を行ってもらうことを勧める。もちろん、「高額療養費の外来特例」をちゃんと使い、格安の費用で手術を受けてほしい。


現在、70代人口は約2800万人と推定される。そのうち、中程度以上のある程度進行した白内障患者は、55%前後だという。つまり、1500万人程度に白内障手術が必要ということになる。


ところが、実際には、白内障手術を受けている人は、若者などを含めても年間100万人にも満たない。おそらくその大きな理由は、ほとんどの人が「高額療養の外来特例」などを知らないで、白内障の手術費用が高額だと思い込んでいるからだろう。


たった「8000円」という格安で白内障手術を受けることができる公的医療補助制度のカラクリを紹介していく。


■年収700万円程度なら上限は5万円ほど引き上げ


「高額療養費」とは、医療機関や薬局の窓口で支払った額(入院時の食費負担や差額ベッド代などは含まない)が、1カ月(月の初めから終わりまで)で上限額を超えた場合、その超えた金額が3カ月後くらいに戻ってくる制度のことである。


上限額は年齢や所得によって異なる。


今回の改正で、自己負担上限額は、2025年8月から2027年8月にかけて、年収約650万〜770万円の現役世代の場合、現在の月8万1000円から約13万8000円に引き上げられる。


この引き上げに反発するがん患者団体らの強い要望を受けて、政府は何らかの緩和策を示す方針である。


今回は、高額療養費にある70歳以上の固有の制度「外来特例」の見直しも行われる。こちらは、ニュース等にはなっていない。


筆者の受けた白内障手術を例に「外来特例」とは何かを説明する。


■70歳以上が受けられる「外来特例」とは


白内障手術を受ける人は高齢者を中心に大幅に増えている。


白内障は、多くの場合、加齢に伴って水晶体に濁りが生じてくる病気であり、白髪などと同様に一種の老化現象と考えられている。


公益財団法人日本医療機能評価機構の研究によると、初期混濁を含む白内障の症状は50代で37〜54%、60代で66〜83%、70代で84〜97%、80歳以上になると100%に出現するという。


さらに中度以上のある程度進行した白内障となると、50代で10〜13%、60代で26〜33%、70代で51〜60%、80歳以上で67〜83%に症状が見られるという。


眼科医による多くの“白内障本”では、60歳以上の8割以上が何らかの白内障を持っていると書かれている。60歳以上の人は要注意の病気となる。


ただ、白内障があっても視力はちゃんとあり、日常生活にまったく支障のない人も多い。「皮質白内障」を例に取れば、水晶体のまわりの部分の皮質から濁りが生じてくるため、濁りが瞳の真ん中まで到達しなければ、問題なく見えるという。


つまり、人によって老化の進み具合が違うように、まったく白内障にならない人や白内障でも生活に影響のない人などさまざまである。


■3割負担なら白内障手術は両眼12万円程度だが…


筆者は強度近視(0.02)であり、1年ほど前からパソコン画面に向かっていて、霞がかっていることがあった。


ただ極端に見えにくくなることもなく、ふだんの生活に支障は出ておらず、初期混濁の状態と考えられた。


それでも近視、乱視矯正のために白内障手術を受けることを決めた。


筆者撮影
東京・日本橋にある白内障専門の眼科医院受付 - 筆者撮影

白内障手術は、濁りのある水晶体の中身を摘出して、人工水晶体「眼内レンズ」をインプラント(移植)する。人工歯根、骨折などのあと骨を固定するためのボルト、人工内耳、心臓のペースメーカーなどと同じである。


気軽な手術であり、筆者同様に白内障の軽い症状であっても、近視、遠視や乱視矯正のために眼内レンズの移植をする手術を受ける人が増えている。「人生100年時代」を迎え、生き生きとした健康な日々を送るためには、目から得られる情報は欠かせないからだろう。


眼内レンズには、1カ所のみにピントが合う「単焦点レンズ」、手元から遠方まで広範囲にピントが合う「多焦点レンズ」の2種類がある。「単焦点レンズ」は、ピントに合わせた距離はクリアにはっきりと見えるが、それ以外のところを見るには眼鏡を使わなければならない。


白内障手術の単焦点レンズが保険適用となったのは1992年で、それ以来、単焦点レンズのみが保険適用とされ、多焦点レンズは自己負担の自由診療で、こちらは高額となる。


白内障手術を受けると決めて、「良い眼科医」を探すためにさまざまな“白内障本”やHPを調べてみた。当時、筆者は69歳だから、手術費用は一律3割負担で、片眼6万円程度、両眼12万円程度となっていた。


■70歳以降に受けるだけで最安8000円に


ところが、ある眼科医院のHPで「70歳以上」と「70歳未満」で費用がまったく違うことを知った。


69歳と70歳では、費用面から言えば、雲泥の差があるというのだ。


「70歳以上」でも、年収370万円以上の現役世代並み所得であれば、同じ3割負担で片眼6万円程度、両眼12万円程度という金額は変わらない。ところが、年収370万円以下の一般、または住民税非課税世帯であれば、2割負担となる。70歳で、2割負担であれば両眼で「1万8000円」あるいは「8000円」となっていた。


筆者の白内障はまだ初期段階であり、70歳の誕生日を待ってからでも、生活に大きな支障はない。費用のことを考えれば、70歳になってから手術を受けることでまったく問題なかった。


ただ、「3割負担で12万円程度」のものが「2割負担ならば1万8000円あるいは8000円」となるのは、数学的にはおかしいと気がついた。


■70歳以上だけに許された「お得な制度」


3割負担で12万円であれば、2割負担を代数計算式でXを求めると、答えは「約7万3000円」のはずである。


また1割負担ならば、「約3万7000円」が数学的に正しいことになる。


それが2割負担で1万8000円あるいは8000円とぴったりの数字になっている。となると、さらに減額される全く別のカラクリがあることがわかった。


それが、「高額療養費の外来特例」である。


「外来特例」とは、所得によって、たとえ2割負担で約7万3000円となったとしても、月に支払う上限額は「1万8000円」あるいは「8000円」までで、それ以上の支払いはすべて戻ってくる制度である。


手術後に検査、診察を何度受けても、同じ月内であれば、超過分はすべて戻ってくる。


年収156万円未満の住民税非課税世帯、月額13万円程度の所得者であれば、上限額「8000円」となる。筆者はここに該当する。


考えてみればわかるが、65歳を過ぎて、公的年金を主な収入源として暮らしている人ならば、370万円以上の収入を得ている人は非常に少ない。


つまり、70歳以上であれば、ほとんどの人が「1万8000円あるいは8000円」の負担で、両眼「12万円程度」の白内障手術を受けることができる。非常にお得な制度である。


今回の制度改正に伴い、来年8月から外来特例の見直しも行われる。


筆者と同じ156万円未満の収入であれば、5000円増の「1万3000円」となる予定だ。


それでも、70代の患者が白内障手術に殺到すれば、高額療養費の総額はうなぎ上りとなり、ますます現役世代の首を締めるはずだ。


■「金の切れ目が命の切れ目」な社会はよくないが…


原発不明がんで1月28日に亡くなった経済アナリストの「モリタク」こと森永卓郎氏もオプジーボという高額のがん治療薬を使い、高額療養費の公的補助を受けていた。


モリタクさんは2003年の『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)で、高額療養費を取り上げ、次のように批判していた。


「(当時の)小泉内閣の医療制度改革で、高齢者が医療費の自己負担分を無制限に窓口で負担しなければならなくなり、高額療養費の自己負担限度額が引き上げられた。これで医療の格差が進む」


小泉内閣がモデルとしたアメリカの国民保険制度にも触れ、「(アメリカでは)盲腸の手術をするだけで1回300万円も取られるから、手術にも行けなくて盲腸で命を落とす者も少なくないという。低所得者層にとっては、文字通り金の切れ目が命の切れ目になってしまう」などと批判していた。


いずれ日本もアメリカのような社会となると予言していた。


出版から20年以上過ぎたが、モリタクさんの予言が外れたことは幸いである。それも、現在の高額療養費の自己負担限度額引き上げの議論を聞けば、いまのところ日本はアメリカと違い公正公平な社会に近いのだろう。


この先も国民皆保険制度は何とか堅持されるのだろうが、「8000円」という格安の白内障手術などが続けば、モリタクさんが危惧していた社会保険の財政がパンクする可能性は十分にある。


近い将来、「金の切れ目が命の切れ目になってしまう」社会が到来するかもしれない。


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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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