「眼鏡屋」が“集中力”を売る理由

2月15日(木)6時0分 JBpress

Think Labは観葉植物が多く、家具はモノトーンに統一されており、しかも環境音楽が流れている(筆者撮影)

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 アイウエア専門店「JINS」を展開するジンズが「集中力」を売り始めた。東京・飯田橋の本社に新しく会員制ワークスペース「Think Lab(シンク・ラボ)」を開設。「世界で一番集中できる場所」を売りにしてサービスを展開中だ。「日本の生産性向上や働き方の議論に、集中力の観点は不可欠」と語るのはJINS MEMEグループマネジャーの井上一鷹氏である。なぜ“眼鏡屋”が会員制ワークスペースを提供するのか。なぜ集中力に着目したのか。トリガーになった眼鏡型ウエアラブルデバイス「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」の話を交えつつ、デジタル技術とビジネス、そして働き方の未来を展望する。(聞き手は高下 義弘)


眼鏡型デバイスでデータを収集

——これほどシンプルで、しかも統一感が行き届いたレンタルオフィスは珍しい、という印象を受けました。しかし眼鏡のジンズが会員制ワークスペース、というと、奇妙に感じます。

井上一鷹氏(以下、敬称略) これには経緯があります。私たちは2015年に「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」という眼鏡型のウエアラブルデバイスを発売し、人間活動の様々なデータを取得してきました(筆者注:「JINS MEME」の仕組みや機能については次ページの説明を参照いただきたい)。その取り組みの1つとして、着用した人の集中力を計測し続けてきたのです。

 データを集めた結果、いろいろなことが分かってきました。月曜日と金曜日は集中の度合いが低いとか、集中度が高まる時間帯には個人差がある、といった具合です。

 計測したデータからも見えてきたことなのですが、総じて問題だと感じたのは「現代人はオフィスで集中できない働き方になっている」ということです。集中しなければ、良いものは生まれない。でも、集中できる環境が見当たらない。ならば、まずは当社のオフィスとして「世界で一番集中できる環境」をつくろう、という発想に行き着きました。さらには開発の段階で他社様からも使いたいという要望が多かったため、社外に向けて会員制ワークスペースとしても開放したというのが現在までの経緯です。

(筆者注)「JINS MEME」とは?
 〜6軸センサーと眼電位センサーで利用者の動きを計測

 眼鏡型ウエアラブルデバイス「JINS MEME」は大きく2つのモデルがある。「JINS MEME ES」と「JINS MEME MT」だ。

 ESはウエリントンタイプのモデルで、6軸モーションセンサーと眼電位センサーを搭載する。6軸センサーで頭の動きを、そして眼電位センサーで視点移動やまばたきといった目の動きを検知。取得したデータはBluetooth通信でスマートフォンに転送される。JINS MEME用のアプリはこのデータを基に利用者の心身の状態を判断し、表示する。

 JINS MEME ES利用者向けのスマホアプリの1つ「JINS MEME OFFICE」は、日常生活や作業時における利用者の動きの情報を基に、「アタマ」「カラダ」「ココロ」の3つの切り口で集中度合いを計測。その度合いを点数化した上で、その日における集中度合いの変化を示す。集中力を高めるためのアドバイス情報を提示する機能や、集中できない状態が続いた際には休息を促す機能なども備える。

 JINS MEME MTはスポーツなどを楽しむユーザーを想定し、運動シーンに特化したスポーツサングラス型のモデルである。体の動きのデータを取得する6軸モーションセンサーのみを搭載している。


普通のオフィスは集中に向いていない

——現代人が集中できない働き方になっている、とのことですが、具体的にはどういうことでしょうか。

井上 理由はいくつかありますが、働く人を取り巻く環境という点に着目すると、世にあるオフィスのほとんどは「コミュニケーション重視」なんです。

 まず1つは人です。オフィスでは、上司、同僚、部下が多くいます。何かアイデアを練ろうと思考し始めても、コミュニケーションを重視したオフィスでは「ちょっといいですか?」と話しかけられやすく、思考が中断します。人は特定の作業で能率が上がる状態に到達するまで、平均23分間はその作業に集中していなければなりません。しかしオフィスでは平均して10分に1回は声をかけられてしまう。

 音も問題です。オフィスはたいがい騒がしくて、しかも仕事で関わっている関係者の声が聞こえてくるから、やはり耳に残ります。

 米マイクロソフトのカナダの研究チームが2015年に発表した報告によると、現代人の集中力は8秒しか続かず、これは金魚の9秒を下回るそうです。すべてのアイデアや問題解決法は、人の頭の中から生まれています。にもかかわらず、現代人は常に集中できない状態に置かれている。そんな状態では、斬新なアイデアや革新的な問題解決法が生まれるわけがありません。

 そこで私たちは「Deep Think(ディープ・シンク)」、つまり深く考える状態を維持するにはどうしたら良いのか、というコンセプトに行き着きました。


あなたは“情報ルーター”に陥っていないか

——確かに昔に比べて1つの作業に没頭できるチャンスが減っているように思います。

井上 行き交う情報量が増えていますから、ますますその傾向は強まっていると言えるでしょう。

 人間の仕事をモデル化すると、(1)情報をインプットする、(2)インプットした情報を処理する、(3)処理した結果をアウトプットする、という3段階に分けられます。

 この中では特に(2)の処理の部分がとても大事です。集中することで情報を処理し、(3)のアウトプットとして付加価値を付けなければなりません。もしそれができなければ、人は「あの人がああ言っていました」と答えるだけの“情報ルーター”になってしまう。

——先ほど挙げられたDeep Thinkとは、(2)の処理で付加価値を与えることを意味するわけですね。

井上 はい。興味深いことに、グーグルのようなデジタル時代のコミュニケーションを司っている会社が、社員にはマインドフルネスを推奨しています。マインドフルネスにおいて重視しているポイントの1つが、外部からの情報をあえて遮断して自分の心の動きを観察することです。デジタルコミュニケーションを先導するグーグルこそが、集中して深く考える機会が減っているこの状況に対して危機感を強く抱いているのかもしれません。

 もちろんコミュニケーションが重要でないというわけではありません。一人で集中すべき時は集中し、他者とコミュニケーションすべきときはコミュニケーションする。このバランスと組み合わせが大事だということです。


働き方を改革したいなら集中力が大切

——日本では「働き方改革」を旗印に、官民で様々な取り組みが進んでいます。ただ、働き方改革は多くの場合、時間の議論になりがちです。残業を減らすとか、あるいは時間単位当たりの生産性をアップするといった内容です。

井上 ただただ生産性を上げようとするとか、残業を削減するといった観点だけでは、アウトプットの本質的な向上は見込めません。同じ1時間の価値を高めるためにも、この集中力の観点は欠かせません。

——Think Labはどのようにして人が集中するのを促しているのですか。

井上 3つの視点で捉えています。1つ目は環境。2つ目は個人の取り組み方。最後の3つ目は体調管理です。

 Think Labは1点目の環境について、人が集中しやすくなる条件を取り入れました。人は5感を通じて環境から影響を受けるので、5感に沿って説明します。

 1つは視覚です。人は視野角内に植物があるとストレスが軽減されるという調査結果があります。Think Lab内では最適な割合である視野角内の10%〜15%に植物が入ってくるように最適配置しています。

 光についても工夫しました。朝から夜までの太陽の動きに合わせて光の色や量をシフトさせています。こうすることで体内時計を整え、睡眠のリズムが自然に近くなるよう誘導しているのです。

 これに対して、普通のオフィスはずっと同じです。多くのオフィスワーカーは、その中に10時間以上もいることになりますが、それでは時間感覚が失われがちです。「明日しっかり集中する」ためにも、きちんと夜は眠くなって、ぐっすり眠れるようにすることが大事なんです。

 自然豊かな、いわゆるパワースポットと言われる場所の自然音を聞くと人はリラックスできますが、このリラックス効果を支えているのは、非可聴域の音域から得られる感覚です。そこでThink Labでは非可聴域の自然音を流せるハイレゾスピーカーを用意し、パワースポットの自然音を流しています。

 嗅覚については個人の好みがありますので、どれか特定の香りを漂わせればいいというわけではありません。そこでThink Labでは、ここに足を踏み入れた時に「今から集中するぞ」という脳のスイッチを入れる意味で、お坊さんが瞑想時に使う「塗香」をイメージした香りを入り口近辺に流しています。


収束と発散、それぞれの思考作業にマッチした椅子

井上 触覚については椅子でアプローチしています。ロジカルに考えて物事を詰めていく「収束系」、アイデアを広げていく「発散系」、またはその中間という3種類に思考形態を分類し、それに合った姿勢が取りやすい椅子を用意し配置しています。これは「視線の角度によって得意な思考方法が異なる」という研究結果に基づいたものです。

——収束系と発散系、具体的にはどんな椅子なのですか。

井上 収束系では下を向く、発散系では上を向く姿勢が適切なので、そのような姿勢が維持しやすい椅子を用意しました。発散系の椅子は窓際に並べて、外の風景を眺めながら作業ができるようにしました。外の風景は発想を広げる上で適度な刺激にもなりますし。

 最後の味覚については、カフェスペースに集中力というコンセプトに合った食品を用意しました。集中するためには、適度な緊張とリラックスの“同居”が必要です。カフェインにより緊張感をサポートするためのコーヒー、それからテアニンが含まれていてリラックス効果が期待できる紅茶、という具合に両方を用意し、利用者の状態に合わせて選択できるようにしています。また、脳の働きを促すには血糖値のマネジメントが重要です。そこで軽食として低GIの食品などを準備しました。


固執しない姿勢がデジタル活用を最大化

——Think Labを2017年12月にオープンさせてから2カ月ほどが経過しました。反響はいかがですか。

井上 企業からの相談が複数寄せられています。内容としては、自社オフィスにThink Labの要素を取り入れられないかというものです。今後どのように対応させていただくかを検討している最中です。

——集中力アップに適したオフィス設計のコンサルティングサービスを提供するかもしれない、ということでしょうか。

井上 強いご要望があれば、そのような可能性もあり得ると思います。実は最初、Think Labは自社内のオフィスとして企画を進めていたのですが、世間における潜在的なニーズが強いであろうことから、外部にも開放することにしました。もしかすると、飯田橋(JINSの本社所在地)以外にもThink Labをつくろうかという話にもなってくるかもしれません。

——“眼鏡屋さん”が眼鏡型のデジタル機器で計測した結果をトリガーにして、集中力を売りにした会員制ワークスペースのサービスを始める。デジタル時代ならではの面白い事業の生まれ方だと感じました。

井上 多くの人が認識しているように、産業界の動きが激しいがゆえに、モノやサービスをただ売っていくだけだと、ライバル企業に簡単に席巻されてしまう時代です。つまり当社の場合で言えば、ひたすら従来型の眼鏡を売り続けているだけでは遅かれ早かれ限界が来るというわけです。

 実は当社の創業者である社長の田中は、ジンズが一般的な眼鏡屋であるという感覚を持っていないんです。「自社の提供価値の最大化を図る。そのために今は眼鏡という商品を選択している」、そのようなニュアンスです。

 そして、彼はこだわりはあるけれども、固執はしていない。だからこそ「JINS MEME」のようなデジタルデバイスの開発に着手できたし、Think Labのようなワークスペースのサービスを開始できたのだと思います。

筆者:高下 義弘

JBpress

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