なぜ"蔦屋書店"には必ずカフェがあるのか

2月15日(木)15時15分 プレジデント社

梅田店では、ワークスタイル提案型の店づくりをめざしている(写真提供:蔦屋書店)

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DVDレンタル大手ツタヤの新業態「蔦屋書店」が全国で店舗を増やしている。本が売れない時代に、なぜ人が集まるのか。神戸大学大学院の栗木契教授は「リアル店舗の強みである『カフェ』を活かした店づくりに成功している」と分析する。デジタル時代におけるリアル店舗の生存戦略とは——。


梅田店では、ワークスタイル提案型の店づくりをめざしている(写真提供:蔦屋書店)

■書店とカフェが一体になった「ブックカフェ」


本が売れない時代に出店を拡大する。そんな書店がある。カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が手がける新業態「蔦屋書店」である。


デジタル化が進むなかで、街中の書店やCDショップが次々と姿を消している。その一方で、本やCDを扱っていても、多くの消費者の支持を集める店舗が登場している。その代表格が蔦屋書店だ。同社はこの業態について、<「書店」と名乗りながらも、本を売るためだけの施設ではありません。本や音楽、映画が揃っていますが、そこで過ごす「時間」を楽しんでいただけるような空間を目指しています>と説明している。


CCCが蔦屋書店を代官山に出店したのは、2011年のことである。現在では、佐賀県武雄市図書館などの図書館併設店舗なども含め、全国12店舗に広がっている。


CCCは蔦屋書店をライフスタイル提案の新しいプラットフォームとすることをめざしており、本だけではなく文具や雑貨なども積極的に扱う。スターバックスコーヒーなどとも提携し、落ち着いたインテリアの店内に飲食スペースを広く取る。書棚に並ぶ本は店内カフェで読み放題であり、各種のカルチャーがシームレスにつながる体験を楽しむことができる。


■日本最大級のターミナル駅での挑戦


今回はそのひとつである大阪市の「梅田 蔦屋書店」(以下、梅田店)の亀井亮吾館長にお話をうかがった。


梅田店がオープンしたのは2015年5月。JR大阪駅に隣接する駅ビルに約1200坪という大きな売場を確保しての出店だった。同ブランドにとっては、西日本への初の本格出店であると同時に、日本最大級のターミナル駅に直結した都心立地への新たな挑戦だった。


これまで蔦屋書店は代官山、函館といった住宅街や郊外を背景とした立地において一定の展開力を示してきた。だが、同社はその先に都心オフィス街などへの展開をにらんでおり、梅田出店は重要な試金石だった。


蔦屋書店が大切にしてきたのは、本との出会いを通じて、トータルなライフスタイルを提案することだった。ゆったりとくつろげる居心地のよい空間を、素敵な人が行き交う。そのなかで、本当に読みたい本との出会いを果たす。こうした知的刺激に満ちた出会いを提供することを代官山や函館の店舗から引き継ぎながら、梅田店では新たな挑戦として、ワークスタイル提案型の店づくりをめざすことになった。この「ワークスタイル」というテーマへのフォーカスは、日本有数のオフィス街の中心に位置し、多くのビジネスパーソンが行き交う立地を踏まえての判断だった。


梅田店が試みたワークスタイル提案型の店舗とは、単にビジネス書を多く並べた書店ではない。たとえば、働き方改革が叫ばれる昨今では、「子育て」もワークスタイルに関連する重要なテーマのひとつといえる。ワークスタイルを支える各種の教養にも目を配る必要があり、関連する人文書も合わせて並べると売上げがあがるという。そして梅田店では、各種のセミナーやイベントに使えるスペースを多く設けるとともに、カフェに加えて眼鏡、オーダーシャツ、セラピー、靴磨きなど、ワークスタイルの提案につながる物販やサービスのテナントが10以上入居している。



■大型書店同士の競争と立地の不安


一方、梅田出店には懸念材料もあった。JR大阪駅周辺は大型書店の激戦区。駅から500mほどの範囲では複数の大型書店が出店と撤退を繰り返しており、梅田店の開店直前には4つの大型書店がしのぎをけずっていた。


この書店戦争に割って入って、本当に勝機はあるのか。開店前の梅田店に必ずしも明確な見通しがあったわけではない。


また梅田店が出店したのは、百貨店のJR大阪三越伊勢丹の売場の後だった。同店は販売不振により、開業から4年で三越伊勢丹の看板を下ろし、専門店ビルの「ルクア イーレ」として再出発することになっていた。梅田店が出店したのは、このビルの9階だった。


駅に直結しているとはいえ、三越伊勢丹が集客に苦戦したビルの9階に、本当に多くの人が足を運んでくれるのか。この問題についても、開店前の梅田店に確実な答えが用意されていたわけではない。


■わざわざ出かけたくなる魅力の構築


不安をかかえての開店から3年が経過した。


現在の梅田店は、その経営に一定の手応えを感じている。日々の来店客数は、以前の三越伊勢丹の売場のおよそ10倍にのぼり、書籍の販売も年々伸びているという。


この3年間、全国的に書店の廃業が相次いでいる。その逆風のなかにあって、梅田店をはじめとして蔦屋書店が好調なのは、なぜなのか。


蔦屋書店は、インターネット時代であるからこそ、インターネットではできないことの提供に徹してきた。


たとえば、購買の利便性は、小売店舗が提供する価値のひとつである。「コンビニエンス・ストア」は、その名が示すように、利便性の追求から生まれた小売業態である。この利便性が重要であることは、書店経営においても変わらない。


「通勤や通学のついでに立ち寄ることができる」

「あそこに行けば、欲しかった本がすぐに手に入る」


大手書店の多くは、こうした利便性の向上に力を注いできた。しかし現在の競争環境のもとでは、利便性の追求に頼った書店経営は危うい。成長を遂げたアマゾンをはじめとするネットショップは、在庫量や検索エンジンに優れ、24時間どこからでも発注できる。利便性という点では、この20年ほどのあいだにリアル書店の優位性は確実に低下してきている。


そのなかにあって蔦屋書店は、利便性ではなく、わざわざ出かけたくなる魅力の構築につとめてきた。ではなぜ、蔦屋書店に多くの人が繰り返し足を運ぶのか。蔦屋書店は工夫を重ね、魅力づくりにつとめてきた。


第1に蔦屋書店では、書籍の販売に加えて、カフェなどの飲食サービス、さらには各種の物販やサービスの提供などを組み合わせた体験型のプラットフォームの形成にとつとめてきた。コーヒーを飲みながら、あれこれ料理の本を品定めしていると、かわいいテーブルウェアが販売されているのが目に入る。こうした五感を刺激し、ストレッチする提案力を、蔦屋書店では各種のデータと観察、そしてロジックと感性を駆使した試行錯誤を通じて磨きあげてきた。


第2に蔦屋書店は、書店という空間がもつ魅力を、インテリアや照明などによる空間デザインを通じて追求してきた。こうしたサイバー空間では実現が難しい魅力があることも、蔦屋書店に多くの人を引きよせる。


第3に蔦屋書店に行けば、想定していなかった本との出会いがある。蔦屋書店では、探していた本が見つけやすいことよりも、意外な本との出会いをうながすことを優先した陳列を行ってきた。たとえばそれは、ビジネス書のなかに関連した人文書も置くといったジャンル横断的な陳列である。独自のカテゴリーのもとに本を並べる棚割も行っている。そのために、興味をもった本棚をながめていると新しい発見がある。さらに本探しの相談にのるコンシェルジュには、各領域のエキスパートが採用されており、知の小旅行となる彼らとの会話も楽しい。



■バリュー・ベイカンシーを見定めよ


デジタル時代のビジネスは「デジタル・ディスラプション」と呼ばれる創造的破壊の影響を受ける。その影響が及ぶのはハイテク産業だけではない。伝統的な小売業においても、そのあり方は揺らぎはじめているのだ。


インターネットの利用が広がるなかで、顧客のショッピング行動は変化し、リアルの小売店舗に求められる価値や魅力もまた、そのなかでシフトしている。デジタル・ディスラプションは、リアル空間に何を引き起こしているのか。そのひとつが「バリュー・ベイカンシー」の出現だ。


バリュー・ベイカンシーとは、「市場における価値の空白地帯」という意味の言葉だ(M. ウェイド、J. ルークス、J. マコーレー、A. ノロニャ『対デジタル・ディスラプター戦略』日本経済新聞出版社、2017年)。現代の消費者は、ネットショップの利用を増やすなかで、そこでは満たされない体験をリアルのショッピングに求めるようになっている。このデジタル・ディスラプションのなかでのリアル店舗の新たな価値を、既存の小売企業が十分に提供できていないのであれば、そこにはバリュー・ベイカンシーが生まれていることになる。たとえば、ネットショップは効率的な購買の場であり、利便性に優れるが、五感を刺激する空間の魅力には乏しく、新たな発見の楽しみは少なくなる。このネットショップの空白分を逆に強調する店づくりを行ってきたのが蔦屋書店なのである。


デジタル・ディスラプションが既存小売企業にもたらすのは脅威や危機だけではない。その進行とともに、多くの人が店舗を訪れる動機は、ブランドの世界観の体感や、リアル空間としての居心地のよさなど、サイバー空間では手に入れにくい体験型の価値にシフトしていく。これは既存あるいは新興の小売企業にとっての新たなチャンスだといえる。


問題は、このシフトに既存小売企業がどうこたえるかである。蔦屋書店の躍進に、そのひとつのあり方を見ることができる。


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栗木契(くりき・けい)

神戸大学大学院経営学研究科教授 1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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