「出席日数が足りないから私立しかない」はもう古い…不登校の子が公立高校を目指せるようになった入試改革の中身
2025年2月18日(火)18時15分 プレジデント社
アンケートのデータより編集部で作成
■不登校で起きる家庭内の変化
小中学校における「学校へ行かない状態が30日以上続いている状態」を指す不登校児童生徒数はコロナ禍以降増え続け、現在は、約30万人のぼるといわれている。
学校に行くことは当たり前だと思っていたのに、我が子が学校に行けなくなる。子どもを持つ親としては決して他人事ではない。
特に、小学校高学年や中学生になると、今後の進路をどうすべきか頭を悩ませることになる。
東京都に本社を置くソフトウェア企業・サイボウズが、昨年末に不登校・行き渋りの子どもがいる親1000人を対象にしたアンケート調査の結果を発表した。このアンケートを実施した「サイボウズ ソーシャルデザインラボ」では、さまざまな価値観を持つ人々が安心して暮らせる社会を目指し、サイボウズ流のチームワークに基づいた社会実験(育苗実験)を行っている。
今回の調査は、不登校の実態を把握すると同時に、保護者に求められる支援やフリースクール等の第3の居場所を探ることを目的に実施したもの。
それによると、親への支援で最も求められるのは「家庭や子どもとのコミュニケーション」。子どもが不登校になった理由がわからず、対話に悩む様子が見られる。また、この中には配偶者(パートナー)とのコミュニケーションも含まれる。
アンケートのデータより編集部で作成
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このアンケートから見えてくるのは、子どもが学校に行けなくなることになって、家庭内がギクシャクしてしまうことだ。
■皺寄せは母親に来ることが多い
不登校専門のオンラインプロ家庭教師「イエローシード」の代表で、不登校の子どもたちを指導している植木和実さんはこう話す。
「親御さんたち、とくにお母様から悲鳴のような声を聞くことが多いです。今は共働きの家庭が多いので、ご両親とも忙しい。ところが子どもが毎日学校に行けない状態になると日常生活が途端に破綻してしまいます。『昨日は行けたけれど、今日はダメ』のようになると毎日の予定も変わってきてしまい、その皺寄せは母親に来ることが多いのです」
子どもが辛いことがわかっていてもつい『いい加減にして!』と怒鳴ってしまうことを涙ぐみながら話す母親もいるそうだ。
「一方、子どもは子どもで、お母さんのことを思うからこそ本音を言えない子も多いんです。やっと言えたのに怒られてしまって、余計に気持ちを閉ざす……など、悪循環になっているケースもあります」
夫婦間でのコミュニケーションの差もある、と植木さんは指摘する。
「お母さんは話し合いながら解決策を探したいと思う方が多いようです。私は一人じゃない、パートナーの共感を得ながらこの過程を一緒に乗り越えたい、と。一方でお父さんも、愛する妻と子供の苦境をどうにかしたいともがかれています。ただ、論理的な話し合いによる具体的な解決策を求める傾向があります。結果、ままならない現実に苛立つことも多いようです」
これは脳構造の性差の一端に、由来するものかもしれないと植木さんは言う
「お互いに、家族の幸せを思っているのは一緒なのに、夫からは『お前、愚痴を言っているだけじゃん』と言われてしまうこともあるようです。時には夫婦間の話し合いだけでなく、学校の担任の先生やスクールカウンセラー、自治体が運営している教育相談所、または不登校に対応した塾や家庭教師など家庭以外に相談の場も見つけることも大事だと思います」
■不登校から半年後、子の多くが考えること
様々なケースがあり一様ではないが、植木さんによると、子どもが学校に行けなくなって最初の3カ月ぐらいは「急性期」といって、子どもは心身ともに不安定な状態であることが多いという。
その間に親子間のバトルが起きることもあるが、半年ぐらい経つとその生活に慣れていく。そして子どもは、安心できる家の中で落ち着いてくる「充電期」に入るという。
写真=iStock.com/paylessimages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/paylessimages
この「充電期」にエネルギーが溜まってくると、「そろそろ何か動こうかな」と考える子が多くなり、次の居場所を具体的に検討する家庭が増えるという。
今は民間が運営するフリースクールや自治体が運営する適応指導教室(教育支援センター)など、不登校支援の場所も増えているので、それを利用するのも一つの手だ。もちろん、学校に不登校になった生徒のための居場所があるのであれば、それを利用するのもいいだろう。
■行きたいけどいけない子と学校をつなげる「チャレンジクラス」
そんななか、東京都では、2024年度から休みが長期化した生徒への支援として、1学年1クラス編成の「チャレンジクラス」(東京型不登校特例校/校内分教室)の設置を一部の学校で始めた。これは東京都独自の取り組みであり、現在都内の公立中学校には10校が設置されている。
チャレンジクラスがあれば、学校に行きたいが教室に入れない不登校生徒が転校することなく、もともと通っていた学校にそのまま通うことがかなう。一般の生徒も同じ中学校の校舎内で勉強している環境で、時間割に沿った授業を教員から受けられるのだ。これは、不登校の児童・生徒のみを対象にした一般的な「不登校特例校」との大きな違いだろう。
学校側としてもチャレンジクラスの教員と一般クラスの教員の連携が取りやすい、校内の既存の施設を使用する取り組みのため、大きな経費負担にならないなどのメリットがあるようだ。
チャレンジクラス設置校のひとつ、杉並区立高井戸中学校の高津憲校長に話を聞いた。
「もともと当校では、不登校の生徒のために『チャレンジルーム』という一室をつくっていました。『学校に行きたいけれど、教室まで足が向かない』という子のための教室です。3学年が一緒の自習室のような場で、手が空いた先生が勉強を見るようにしたり、地域の方にも見守りを頼んだり、といった対応をしてきました。その後、東京都からの要請で我が校にチャレンジクラスを設置することが決まりました。今は『チャレンジルーム』の他に、各学年に1クラスずつ、チャレンジクラスも設けています」
チャレンジクラスに通う生徒の、一日の流れも聞いた。
「登校時間は午前9時半、下校時間は午後2時30分です。1日4時間のゆとりあるカリキュラムを組んでいます。登校後の10分間は『リフレッシュタイム』として、軽い運動などをします。学習内容は通常クラスの年間指導計画に基づいていますが、コマ数が少ないので、当然、全てを網羅することはできません。ただし、少人数授業の特性を活かして学習内容を厳選したり、個別学習の時間を活用したりして柔軟に教えています。希望する生徒には、通常学級と同じ定期考査も行なっています」
また、高津校長は「都内でもこのクラスを設置している学校は限られるなか、通いたいけれど地理的な問題で通学ができない、という声を聞きます。しかし、今後拡大していく可能性はあるでしょう」と語る。
■都立高校入試に起きた改革
都立高校にも小・中学校時代に不登校の経験がある生徒や、長期欠席が原因で高校を中途退学した生徒を受け入れる学校があり、「チャレンジスクール」と呼ばれている。
現在、都内にはチャレンジスクールが7校設置されている。入試の内容は、面接と作文だ。前出の植木さんはこう語る。
「私の教え子にも、都立高校のチャレンジスクールへの進学を目指している子がいます。ただ、希望者が多く、学校によっては3倍ほどの倍率になっているところもあるそうです。面接では『高校に行ったらどんなことをしたいのか』、『将来どんなビジョンを描いているのか』などを問われますから、第三者が面接の練習をしてあげるといいでしょう」
東京都の都立高校の一般選抜(第一次募集)は、今年度は2月21日に行われる。
実は一般選抜でも不登校の子に対する配慮は行われており、その一つに、調査書に欠席日数を書く欄が令和5年度より撤廃されていることがある。
東京都教育庁の都立高校入試担当者はこう話す。
「文科省の通知では、公立高等学校入学者選抜の調査書の記載事項について『高等学校入学者選抜の資料として、真に必要な事項に精選すること』とされています。令和4年度に行われた『令和5年度東京都立高等学校入学者選抜検討委員会』において検討が行われ、それまで調査書にあった『欠席日数』について、令和5年度入学者選抜から撤廃するという結論に至りました」
内申が気になって都立高校のへの進学を諦めてしまう学生も多いと聞くが、東京都の公立高校に限って言えば、中学の欠席日数は2年前から選考資料に含まれていないのだ。
これは不登校に悩む家庭にとっては大きな変化だが、まだ知っている人が少なく、不登校の小学生を持つ親が「中学受験をした方がいいのではないか」と考える理由のひとつにもなっている。
不登校の原因は様々だ。子ども自身が学校へ行けないことで将来の展望が見えなくなり、「人生が終わった」と絶望してしまうこともあるという。
そんなときに「こんな道もあるよ」と道すじを示して、明るい未来を見えるようにすることが、親をふくめた周りの大人たちの大事な役割となるだろう。
■子どもが行きたくなる学校とは
最後に、不登校が増えつづけている現状に対する学校側の見解として、前出の高津校長の話を紹介する。
高津校長はもともと高井戸中の体育教諭だった。他校を経て高井戸中学校に校長として再赴任したのが2021年、コロナ禍の時だ。不登校が増えた原因としてコロナ禍を挙げる人は多いが、高津校長はそれだけでは語れないという。
「やはり時代の変化です。簡単に言うと、昭和の学校のような規則をきちんと守ってみんな一緒にやっていこう、という価値観に違和感を持つ子どもが多くなってきています」
そこで高津校長を中心に、学校は、校則を生徒の手に委ねることにした。
「私が校長として赴任したときのことです。40年ほど前から制服のデザインが変わっておらず、そろそろ変えようか、という話が出たので、子どもたちにデザインを任せることにしました。『やりたい子いる?』と声をかけたら、20人ほどが集まって。ネクタイはいるかいらないか、袖のボタンはどうする? など、子どもたちに装飾もすべて選ばせました。女子生徒にもズボンが欲しい、という声があったので取り入れました。制服が完成するころには卒業して着られない子もいましたが、『自分の学校の制服を作る』ということに生き生きと取り組んでいる様子でしたね」(高津校長)
これを機に学校行事や委員会なども、なるべく子どもたちの手で運営するようにしたという。
「授業形式ひとつとっても、今は先生が生徒に一方的に教える一斉授業はやめていこう、という時代です。行事や委員会なども、先生が要項を作ってそこに生徒を乗らせてやらせるのではなく、生徒が自らできる方法を模索することが大事だと思います」
例えば運動会。高津校長は、従来の運営だと、運動が得意な子は輝けるが、それ以外の子にとっては苦痛なこともあるだろうと考えた。
そこで、自分たちでクラスTシャツを作り、人気のデザインを投票してもらって表彰したり……学年を超えた縦割りのチームを作り、先輩が後輩を教えたりする機会をつくりました。そうすると、来年はTシャツのデザインをやりたい、先輩として後輩を教えたい、という子が増えてきて、運動が苦手な子も運動会で活躍できる場が出てきました」
そのような取り組みを続けていくうち、校長就任時は3学年4クラス、140〜150人の学校全体で40人ほどいた不登校生徒が、今は学校全体で20人以下になったという。
「たとえ勉強が得意でなくても自分の居場所ができたり、通う楽しみができたりすると学校に通いたくなるものです。それにはやはり、生徒自身が『学校は自分たちが作るもの』という意識改革ができる土台を作っていくことが大事でしょう」(高津校長)
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江口 祐子(えぐち・ゆうこ)
出版コンサルティング会社エディットプラン合同会社代表
生活情報誌や書籍の編集者を経て、教育・子育ての取材に10年以上携わる。『AERA with Kids』元編集長。1女の母。
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(出版コンサルティング会社エディットプラン合同会社代表 江口 祐子)