ウクライナ戦争が終わらないのはトランプ大統領のせいである…元駐日露大使が明かす「プーチン大統領の本音」

2025年2月24日(月)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MenzhiliyAnantoly

ロシアがウクライナに侵攻した2022年2月24日から3年がたった。泥沼化した原因は何か。『現代の「戦争と平和」 ロシアvs.西側世界』(ケイアンドケイプレス)より、元外交官の東郷和彦さんと元駐日ロシア大使のアレクサンドル・パノフ氏との対談の一部を前後編にわけてお届けする——。(前編/全2回)

■対ロ制裁に効果はあったのか


【東郷】ロシアはウクライナ戦争が始まった当初、ウクライナから予想外の反撃を受けました。また、西側が一斉に経済制裁を科したので、すぐにロシアは音をあげると見られていました。ところが、ロシアは新しい状況に適応し、むしろどんどん力を増しています。


【パノフ】集団的西側はロシアに戦略的敗北をもたらすために、ロシアを包括的に抑止しようとしました。それは単にウクライナを援助するだけではなく、ロシアを政治や貿易、金融、文化、科学、スポーツの分野で孤立させるということです。


この政策が実施されてから2年半(※)が経過しました。しかし、彼らが期待した成果が得られていないことはもはや明らかです。


※編集部注:2024年5月対談当時


ロシアに非友好的な国は約40カ国に及びますが、その大部分がヨーロッパ諸国です。しかし、ロシアはほとんどすべてのアフリカ諸国、多くのラテンアメリカ諸国や中東諸国、アジア太平洋地域と関係を強化しています。政治的に孤立させることに失敗したということです。


■販路を失ったロシア原油はどこに…


ロシアに対する制裁対象は史上最多の4000以上にのぼり、様々な制限や禁止が科されていますが、アメリカが期待したようにロシア経済をズタズタに引き裂くことはできていません。


ロシア経済開発省が2024年初めに発表したところによれば、2023年のロシアの経済成長率は3.6%でした。教育や工業など、経済のすべての主要セクターでプラス成長となりました。


もちろん、ロシア経済が損害を受けなかったわけではありません。ヨーロッパへのガス及び石油の輸出は減少し、2023年には非資源・非エネルギーの輸出額は約25%も減少しました。額にして1463億ドルです。


写真=iStock.com/MenzhiliyAnantoly
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そのため、ロシアは新しい輸出先を探さなければなりませんでしたが、すぐに見つかりました。


たとえば、2023年のロシアと中国の貿易額は過去最高の2400億ドルに達し、前年比26%の伸びを記録しました。インドへの石油輸出も大幅に増加しています。その結果、ロシア経済は急速に再建されました。


■輸入品は国産品に成り代わった


これまで輸入していたものをロシア企業の製品に置き換えることも進んでいます。


ロシア市場から撤退する外国人オーナーが所有していた企業の買い取りも行われました。これにより、新たな生産体制を整えるだけでなく、雇用を維持することが可能になりました。実際、失業率は低水準にとどまっています。


アメリカや欧州諸国がウクライナ軍に必要な量の武器や砲弾を供給する能力をすぐに使い果たしてしまったのに対し、ロシアの防衛産業は近代的な兵器や必要な量の弾薬の生産を加速させています。西側の分析家及び専門家は、ロシアの軍産複合体がこれほど大きな成果をあげるとは予想していませんでした。


全体として見ると、ロシアの指導部は市場メカニズムを巧みに利用し、規制を効果的に用いることで持続可能な経済成長を維持しています。


国際通貨基金(IMF)は年次報告書で今後2年間の経済を予想し、ロシアの経済成長率は2024年は3.2%、2025年は1.8%としています。


そのため、西側の政治家や経済人、専門家の間でも、対ロ制裁は効果がないという認識が広がっています。


日本国際問題研究所の「戦略年次報告書2023」は、制裁の目的はロシア経済に打撃を与え、プーチン政権の政策を変えることだったが、制裁は期待された効果をあげていないと結論づけています。


もっとも、このような結論にもかかわらず、報告書は制裁を継続すべきと示唆しているのですが。


■「プーチン大統領の再選」がすべてを物語っている


【東郷】なぜ西側は対ロ制裁が十分な効果をあげないことを予測できなかったのでしょうか。


【パノフ】それはロシアの軍事力や経済資源、ロシア社会のムードについて無知なため、誤った評価をしてしまったからです。


西側の見立てでは、制裁によってロシア国民の生活水準は著しく低下し、指導部に対する不満が高まり、特別軍事作戦を停止せざるを得なくなるとされていました。


しかし、そのようなことはまったく起きず、ロシア社会は分裂していません。それどころか、特別軍事作戦を実施したロシア指導部の行動を全面的に支持しています。


その最たるものが、今年3月15日から17日にかけて行われたロシア大統領選挙の結果でしょう。ここで現職のプーチン大統領が文句なしに勝利を収めました。


もちろん、指導部の行動を認めない人がいることは否定しません。しかし、その数はごくわずかです。しかも、彼らはロシア社会の圧倒的大多数から強く拒絶され、批判されています。


■アメリカの「二重の封じ込め」がもたらしたもの


アメリカも自分たちの戦略がうまくいっていないことを認めています。


2024年5月初旬、アメリカ上院軍事委員会の公聴会で、ヘインズ国家情報長官が、ロシアの国内情勢と国際環境がモスクワに有利であると述べました。


ロシアは中国との戦略的パートナーシップを強化しています。アメリカがロシアを打ち負かし、可能な限り弱体化させ、国際舞台で孤立させ、政治的に不安定にしようとしていることが、ロシアと中国の接近に少なからず寄与しています。


バイデン大統領を筆頭に、アメリカは中国を戦略的に封じ込め、非友好的な同盟や連合で構成される「輪」で囲い込もうとしましたが、これもまたロシアと中国を接近させ、自国の主権と安全保障を確立するために共通の戦略的立場をとる状況を生み出しました。


2024年4月上旬にはラブロフ外相が、5月中旬にはプーチン大統領が大統領再選後初めて北京を訪問しました。中国の王毅外相はラブロフ外相との会談で、両国に対するアメリカの圧力が高まる中で、中ロ関係を「二重の封じ込めに対する二重の対決」と表現しました。


写真=iStock.com/cbarnesphotography
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■「中国からの軍事支援」はあったのか


【東郷】ロシアと中国は対西側戦略で歩調を合わせていますが、すべての政策が一致しているわけではありませんね。


【パノフ】ロシアと中国は、どうすれば公正な世界がつくられるかに関して共通のビジョンを持っています。その一方で、それぞれ自国の能力と戦略的状況に応じて、どのような道を進むべきかについて独自の考えを持っています。パートナーの立場を全面的に受け入れる必要はありません。


たとえば、中国はロシアのクリミア併合を公式には認めておらず、国家の領土保全の原則を支持しています。彼らは中国国内の政治状況に配慮しており、チベットや新疆ウイグル自治区における分離主義的感情に懸念を持っているのです。


また、中国はロシアの特別軍事作戦を軍事支援していません。しかし、アメリカやヨーロッパでは、ロシアがウクライナで軍事的に成功しているのは中国の支援のおかげだという見方が広まっています。中国企業や金融機関は西側諸国の対ロ制裁を回避してロシアに協力していると非難され、制裁を受けています。


米軍統合参謀本部議長のチャールズ・ブラウン大将は2024年4月17日、米下院の公聴会で、ウクライナ紛争に関して中国がロシアにいかなる軍事援助もしていないことを認めました。彼は「中国はロシアの侵略行為を非難していないだけだ」と述べています。


■中国「NATOは責任転嫁をやめて」


しかし、アメリカやヨーロッパは最高レベルで北京に圧力をかけ、反ロシア制裁を無視することは許しがたいことだと繰り返し批判しています。


中国は自国の主権に干渉するこのような試みに断固として反対しています。中国はロシアが特別軍事作戦を開始した理由を理解しているのです。


しかし、中国は何よりも自国の国益のことを考えています。中国指導部は、欧州での軍事衝突が破壊的な対立にエスカレートする可能性があると見ています。そうなれば、中国の経済発展が深刻な影響を受け、中国にとって死活的に重要な公的・社会的問題を解決する基盤が揺らぐ恐れがあります。


中国外務省の汪文斌報道官は2024年4月26日のブリーフィングで、「NATOはウクライナ危機に対して取り返しのつかない責任を負っている。NATOは自らの役割を反省し、責任転嫁をやめ、紛争の政治的解決のために効果的な行動をとるべきだ」と述べました。


ロシアの軍事的、政治的、経済的努力は、アメリカのエリートたちを苛立たせています。その苛立ちが感情的で唐突な、ときに思慮の浅い対中国政策につながっているのです。


■中国経済へのダメージは


【東郷】パノフさんが指摘されたように、中国経済は必ずしも調子が良いわけではないので、経済制裁を解除したいという思いもあると思います。


【パノフ】中国はロシア市場への自国製品のアクセス拡大や自由化、ロシアのエネルギー資源供給の増加から大きな恩恵を受けていますが、アメリカの反ロシア制裁によってかなりの損失を被っているのも事実です。


2024年に入ってから、中国がロシアと西側の対立を平和的に解決するための取り組みを強化しているのは偶然ではありません。中国の特別代表である李輝前駐ロシア大使は、モスクワやキエフ、さらに多くのヨーロッパ諸国を訪問し、中国の和平プランを説明しています。


しかし、ロシア指導部がこれを肯定的に評価したのに対して、ウクライナ指導部はおよそ外交的とは言えない言葉使いで提案を拒否しました。


【東郷】中国経済は実際どれくらいダメージを受けているのでしょうか。


【パノフ】中国税関総署によると、2024年3月に中国からロシアへの機械や設備及び部品の直接供給は、前年同月比で15%減りました。


減少の理由は、アメリカがロシアと取引する金融機関に対して制裁を科すと脅したので、それを避けるためだと思われます。


■ロシアは米中関係をどう見ているのか


中国は平和の仲介者として行動すると同時に、世界の大国としての地位を確立し、「二つの超大国のバランサー」としての役割を担うことを望んでいます。もちろん、ロシアは中国の複雑な状況を考慮し、中国の企業や銀行がアメリカから懲罰される可能性があることを踏まえ、ロシアとの協力を制限することを理解しています。


アメリカの政治アナリストたちが指摘しているように、主に経済的・社会的問題の解決を進めざるを得ない状況では、中国指導部は平和友好的な外交路線をとり始めます。2024年4月、アメリカの大企業のトップが中国に招かれ、習近平国家主席と会談しましたが、このとき中国側は中国経済への積極的な投資を呼びかけました。


ロシアは台湾問題にせよ南シナ海の分割争いにせよ、中国とアメリカの直接的な対立には関与しません。問題は、中国とアメリカの軍事衝突が予測不可能な結果をもたらしかねないこと、アジア太平洋地域やロシア極東に破壊的な影響をもたらす恐れがあることです。さらに、それがロシアと中国の貿易・経済協力に極端に否定的な影響を及ぼしかねないということも考慮に入れなければなりません。


■NATOはなぜウクライナ支援を続けるのか


【東郷】西側はウクライナ支援を続けていますが、もはやウクライナが勝利できると思っているようには見えません。


【パノフ】西側の政治コミュニティはウクライナの敗北が明らかであるにもかかわらず、西側の援助によって2025年にウクライナが新たな反転攻勢を開始できると判断しています。2024年5月初旬にもサリバン国家安全保障補佐官が同じことを言っていました。


その一方で、支配的とは言えませんが、別の見方もあります。


フランス国際戦略関係研究所のパスカル・ボニファス所長は、ウクライナにおける西側の利益は死活的に重要なものかと問い、こう答えました。「重要ではない。私たちが問わなければならないのはこうだ。失われた領土を取り戻し、ゼレンスキー大統領が掲げる戦争の目標を実現する可能性はあるのか。それとも、我々はずっとあとになって、さらに多くの人が死んだあとに休戦条約に同意せざるを得なくなるのか。」


ボニファス氏は、時間がたってから休戦条約を結んでも西側諸国にとって何の利益もないと確信しています。彼はこうも述べています。「今日でも停戦に持ち込むことは可能だが、ずっとあとになって同じ条件で停戦が実現するなら、西側に対する信頼はさらに失われる。これ以上命が失われることをどうやって防ぐかを考えなければならない。」


NATO首脳部でさえ、ウクライナがロシアに長く立ち向かえる見込みはないと考えています。2024年4月18日、NATOのストルテンベルグ事務総長は「ウクライナには武器も人員も十分に補充されていない」と述べ、戦場で死にたくないと考えているウクライナ人が増えているという認識を示しました。


■トランプ再選に対する期待


【東郷】ロシアではアメリカ大統領選の行方はどう見られていますか。


【パノフ】2024年2月8日、プーチン大統領はアメリカのジャーナリスト、タッカー・カールソン氏のインタビューで、ロシアにとってバイデン氏とトランプ氏のどちらがアメリカの大統領候補としてふさわしいかという質問に対して、次のように答えました。



アレクサンドル・パノフ、東郷和彦『現代の「戦争と平和」 ロシアvs.西側世界』(ケイアンドケイプレス)

「それは指導者の人格の問題ではなく、エリートたちの気分の問題です。もしアメリカ社会の中でどんな対価を払ってでも、力ずくでも支配しようという考えが優勢なら、何も変わりません。しかし、客観的な状況は変わりつつあります。アメリカが現在持っている利点を生かし、変化する世界に適応していく必要があると認識できるなら、何かが変わるかもしれません。」


プーチン大統領はここでアメリカのロシアに対する原則的態度について語っています。ロシア指導部は特別軍事作戦のいかんにかかわらず、アメリカがロシアを敗北させるか、疲弊させる路線を変更することを期待していません。この見方はロシアの政治家、政治学者、企業代表、メディアの間で広く共有されています。


【東郷】興味深い指摘です。ロシアのエリートたちの根深い対米不信を感じます。


【パノフ】ロシアとアメリカの関係が悪化したのはトランプ政権時代からだと指摘されています。トランプ政権は対ロシアと対中国という二重の封じ込め政策を実施しました。アメリカの国防費は増額され、アメリカの同盟国も軍事予算の増額を求められました。


また、アメリカはいかなる軍備管理義務も拒否しました。中距離核戦力全廃条約を失効させ、オープンスカイ条約からも脱退しました。外交闘争が開始され、ロシア領事館事務所は閉鎖、外交官の定員削減と追放が行われました。


【東郷】アメリカとの関係改善を期待しないとすると、プーチン大統領はどのようなロシアを目指しているのでしょうか。


【パノフ】それはプーチン大統領の発言から読み取ることができます。


2024年5月9日、1941年から1945年の大祖国戦争の勝利記念日に行われた軍事パレードで、プーチン大統領はロシアの外交政策の基本目標を示しました。そこで、「ロシアはいかなる国家や同盟の優越性も拒否する。ロシアは世界的な衝突を防ぐためにあらゆることを行う。誰もロシアを脅かすことは許されない」と述べました。


プーチン大統領はウクライナで特別軍事作戦に従事している人たちは、我々の歴史的な土地を解放し、独立させるために戦っていると考えているのです。


(後編につづく)。


写真=ロイター/共同通信社
記者会見するトランプ米大統領(左)とロシアのプーチン大統領=2018年7月、フィンランド・ヘルシンキ - 写真=ロイター/共同通信社

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アレクサンドル・パノフ(アレクサンドル・パノフ)
元駐日ロシア大使
1944年モスクワ生まれ。1968年ソ連外務省入省。ソ連外務省太平洋・東南アジア局長、ロシア外務省アジア太平洋局長、駐韓国ロシア大使などを経て、1994年にロシア外務次官。1996年、モスクワ国立国際関係大学で政治学博士号を取得。同年から2003年まで駐日ロシア大使。その後、ノルウェー大使、ロシア外交学院長を経て、現在はモスクワ国立国際関係大学教授、アメリカ・カナダ研究所上席研究員。日本での著書に『不信から信頼へ 北方領土交渉の内幕』(サイマル出版会、1992年)、『雷のち晴れ 日露外交七年間の真実』(NHK出版、2004年)などがある。
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東郷 和彦(とうごう・かずひこ)
静岡県立大学グローバル地域センター客員教授
1945年生まれ。1968年東京大学教養学部卒業後、外務省に入省。条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使を経て2002年に退官。2010年から2020年3月まで京都産業大学教授、世界問題研究所長。著書に『歴史と 外交 靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書)などがある。
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(元駐日ロシア大使 アレクサンドル・パノフ、静岡県立大学グローバル地域センター客員教授 東郷 和彦)

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