街の衰退は続くのに、移住者がやってくる…千葉県郊外の「限界ニュータウン」で静かに進む心配な現状

2024年2月25日(日)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Orthosie

写真を拡大

これまで「200万〜300万円で築30年未満の家が買える」という状況だった千葉県郊外の「限界ニュータウン」で変化が起きている。ブロガーの吉川祐介さんは「相場価格が上昇していて、そうした激安物件はこの1年ほどで姿を消してしまった。少しずつ移住者は増えているが、私には倒錯した状況に思える」という——。

※本稿は、吉川祐介『限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話』(朝日新書)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/Orthosie
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Orthosie

■限界分譲地の市場は活況化している


前著でも少し書いたことなのでご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、僕は元々文筆業でもなければ不動産業界に関わってきたわけでもない、単なるドライバーだった時に、個人的に千葉県の限界分譲地についてのブログを書き始めたのが、今の生業に至るきっかけだった。


そのためブログ開設当初は、不動産の知識も法律の知識もほとんどないまま、ただ分譲地を見て回っただけの感想に過ぎないような記事しか書いていなかった。


今もそれに近い状態と言えばそうなのかもしれないが、当時は、ただ自分が使うことを想定した分譲地巡りに過ぎないものであって、まさかこの題材で生計を立てることになるなど想像もしておらず、あまり業界や市場の予測といったものを述べることもなかった。


限界分譲地を巡り始めた最初の頃の僕の印象は、かつての投機型分譲地はもはや宅地としての需要を完全に失い、都心回帰、少子高齢化が進む中、今後はますます空き家が増加していくのだろうというシンプルなものだった。


これはおそらく多くの方が「限界ニュータウン」というものに対して漠然と抱いている、あるいはそのネーミングから連想するイメージとも合致していると思う。


■人気のニュータウンになる未来は想像できない


だからこそ僕は、予算の都合でやむを得ず利便性の低い「限界ニュータウン」に居を構えるのであれば、おそらく普通の不動産購入よりも念入りに事前調査をし、情報収集を行わないと、将来的に崩落寸前の空き家に囲まれて暮らすことになってしまうのではないかと考え、情報発信・情報交換を目的としたブログを開設したのだ。


そのイメージがすべて誤りだとは考えていない。


今の時点でも、かろうじて住民の生活動線上の道路のみ最低限の管理が行われ、建物がない区画周辺の道路は完全に藪に還っていたり、荒れるに任せた空き家が放置され、その間にほぼ雑木林と化した空き区画が残されている、という限界分譲地はいたるところにある。


写真=iStock.com/electravk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/electravk

あのような荒廃した分譲地がこの先、子育て世帯の注目を集める人気のニュータウンになる未来などまったく想像できないし、実際、ブログを開設してから今日までのおよそ6年、事態が改善の方向に向かっているようには見受けられない。


■ゴーストタウンになる予想は大外れ


しかし、空き地が今なお大量に放置されているその一方で、中古住宅の市場はブログ開設当初と比較して、誰の目にも明らかなほど活況を呈してきた。


築30年にも満たない空き家がいたるところに放置されていた千葉県の限界分譲地だが、本書執筆中の2023年秋の時点では、よほど再利用が困難な廃墟でもない限り、空き家に買い手がつかず手放せない、という状況は起こりえないと思う。


これは決して僕だけの先入観で語っているわけではなく、取材でお会いした地元の不動産関係者の方々も口を揃えて同じ見解を述べている。


むしろ不動産業者自身、同業他社や個人の投資家などとの競争の中、商品としての「空き家」を積極的に追い求めている。


このまま空き家が増加してゴーストタウンになってしまうという僕の予測は大きく外れ、むしろ取引価格は上昇する一方で、今では、ブログ開設当初によく見かけたような投げ売り価格の物件など、一般の物件サイトではほとんど見かけなくなってしまった。


■300万円でも売れなかった築30年弱の「庭付き一戸建て」


僕が都内から千葉県八街市への転居を決心して、本格的に物件情報を調べ始めたころ、八街市周辺の、1990年前後に建築された一般的な子育て世帯向けサイズ(床面積70〜90m2ほど)の中古住宅は、安いものでは150万円くらいで広告が出されていた。


もちろん、プロの業者であればそれよりも安い価格で物件を仕入れる機会はいくらでもあると思うが、僕のような一般人でも容易に入手できる物件情報でも、その程度の価格帯の物件はよく見かけたし、300万円程度の価格であれば、大体いつも掲載されていて、数カ月間は広告が出され続けているのが常だった。


築30年弱の庭付き一戸建てが300万円というのは、都心部周辺で暮らす方にとって衝撃的な価格だったようで、僕のブログで初めて大きな注目を浴びた記事も、そうした八街周辺の物件相場や空き家の事情を語ったものだったが、元々はそんな価格の中古住宅は、いわば「安かろう悪かろう」の廉価品にすぎず、立地条件やその他のデメリットを許容できる購入者が現れるまで粘り強く広告に出され続けていたものだ。


■千葉県郊外から激安物件が消えた理由


その状況に、はっきりと変化が訪れていると認識したのはいつごろだろうか。


もしかすると僕がブログを開設した時点で、すでにその変化は進んでいた最中だったのかもしれないが、いつの間にか千葉県北東部の廉価物件は、広告が出されてもたちまち成約してしまうような商品となり、そのうち、以前ならいつでも容易に見つけられたような、200万〜300万円の価格帯での売家そのものが、物件情報サイトに登場することはほとんどなくなってしまった。


写真=iStock.com/ridvan_celik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ridvan_celik

そのタイミングが、ちょうど新型コロナウイルスによる全国的な行動制限の時期と重なっていたために、こうした限界ニュータウン、限界分譲地の相場価格の上昇が、リモートワークの普及に伴う郊外志向にあると推測する言説を見かけることがあった。


しかし、いくらリモートワークが普及したと言っても、軽井沢のような誰もがリゾート地としてすぐに思い浮かべるような著名な観光地でもなく、「住みたい町ランキング」のようなものにも一切名を連ねてこなかったような千葉の小都市に、いきなりその地の不動産市場を激変させるほど移住者が殺到するものなのか、僕には疑問だった。


もちろん、その選択が全くなかったとは言わないし、特にアンケートや統計を取ったわけでもないので結局は僕の憶測に過ぎない話なのだが、現在の千葉県の限界分譲地の中古住宅は、都市部からの流入がメインだった開発当初と異なり、今はその多くが地元出身者や近隣住民の住み替え需要が中心だ。


僕も含め、移住者がまったくいないわけではないのだが、それが多数派になっているような様子も見られない。


■売れ行き好調の原因は複合的


原因は僕なりにいろいろ考えてはみた。たとえば、もともと新型コロナウイルスの流行以降は、限界分譲地に限らず首都圏全域で物件価格が上昇気味であり、その価格上昇の波が千葉県の郊外まで押し寄せてきたこと。あるいは、一時期騒がれたウッドショック(本書執筆時点では木材価格は下落傾向にあるが)により新築住宅の建築費用が高騰し、中古住宅の需要が増加してきたこと。


また、なかなか上昇しない平均所得を補完するものとして副業が注目を集める中、キャッシュでも買える価格帯の中古住宅が豊富な千葉県北東部が、不動産投資の好適地としてにわかに注目を集めたこと、などである。


おそらくどれが決定的な要因とも言えず、様々な要因が絡み合っての結果なのだろう。


また、立地条件は周辺のほかの限界分譲地と何も変わらなくても、1980年代後半以降に開発された分譲地は、道路の幅員や1区画当たりの面積が比較的余裕をもって造成されていて、現代の住宅分譲地と遜色(そんしょく)ない規格のところもある。


■新築戸建てが建ち始めたけれど…


こうした「比較的新しい」限界分譲地では、明らかに新築工事を見かける機会が多くなってきた。僕が物件探しを始めたころ、限界分譲地ではほとんど新築の家屋を見かけることはなかったし、新築工事を請け負う地元デベロッパーも、そうした古い分譲地を新築用地として薦めることもなかった。


しかし今は、新築需要のある分譲地の空き地には、草刈り業者ではない一般の仲介業者の看板が立つ光景をよく見かけるし、物件情報サイトにも、そうした限界分譲地での売建住宅(先に建築を行ってから販売するのではなく、買い手から注文を受けてから建築を開始して販売する規格住宅)の広告が並ぶようになってきた。


新築住宅はもちろんキレイでお洒落(しゃれ)で、暮らすうえでの問題は何もないように見える。また、使われる見込みもなく放置される空き家が増加し続けるよりは、市場に流通し、活用が進められていくことのほうが、その分譲地にとっては間違いなくプラスの現象だろう。


僕自身も、実はさしたる問題でもないことを針小棒大に騒ぎ立てるつもりはないし、利便性を犠牲にしてでも、土地の広さや家屋の密度の低さによって形成される、ある種の開放感を優先する心理は、もちろんよくわかる。


しかし、中古住宅の需要が高まろうと、新築家屋が増加しようとも、限界分譲地に関わる諸問題が解決に向かっているかといえば、まったくそんなことはない。


写真=iStock.com/Iseo Yang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Iseo Yang

■街は衰退するのに人口は増えるという「倒錯」


新築家屋が並ぶその真横で、今も地権者と連絡が取れない放置区画はそのままになっているし、私道や共同水道などの施設インフラの維持管理のゴールも見えていない。公共交通網もますます縮小する一方であり、小中学校の統廃合も加速している。


また、いくら新築や中古住宅が増加しているといっても、新築用地としての需要も発生しない古い分譲地の環境改善にまでは至っておらず、今なお部分的に荒廃が進む分譲地が大半だ。


つまり、地域としては明らかに衰退の方向に進んでいながら、一方ではわずかながらの人口流入がいまだ続くという、街としては、いわば倒錯した状況が同時進行で発生しているということだ。


限界ニュータウンについての発信を行っていると、時折、これからの日本社会は人口減が進んで地方が衰退していくのだから、限界ニュータウンのような住宅街も自然に消滅していくのではないか、との意見をいただくことがある。


確かに過去の歴史を振り返っても、地方の炭鉱町や開拓農村、林業や炭焼きを主要な生業としてきた集落は、時代や産業構造の変化によって消滅に追い込まれ、あるいは住民が離れて放棄されてきた。むしろ、時代に合わなくなった住まいは放置され、必要に応じてより新しい居住地を見つけていくほうが自然な流れなのかもしれない。


すでに高度成長期から半世紀が経過し、旺盛な宅地需要の原動力ともなった人口増の時代が遠い過去の話となった今、当時の論理で造成されたニュータウンが時代とともにニーズを失い、最終的には放棄されていくのは避けられない話なのだろう。


■学校周辺と国道沿いに人が集まり、駅前はスカスカ


しかし、すでに述べてきたように、現時点では利便性の悪いエリアから都合よく衰退が進んでいるわけではない。



吉川祐介『限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話』(朝日新書)

その是非はさておき、周知の通り現在の地方都市では鉄道駅や、その周辺に広がる旧来の商業地の地位が相対的に低くなっており、古い町はおしなべて道路事情もよくない(自動車の利用を想定した都市構造になっていない)ので、あえてそのような立地を居住地として選ばない住民も少なくない。


これは僕が住む千葉県の北東部も同じで、新規に開発される分譲住宅地は、駅や旧市街地へのアクセスは考慮されず、あくまで小中学校や国道沿いのロードサイド店舗へのアクセスを優先していて、そのような分譲地は最初から自動車での移動を前提としている。


山林や原野までもが投機の対象となった時代は遠い過去の話となったが、そのような場当たり的な宅地分譲を招く市場の論理や、その分譲地を求める購入者の動機は、高度成長期の時代からいまだ何も変わっていない。新築に限らず、既存の分譲地内でも、中古住宅と更地の需給バランスに著しい不均衡が生じている。


■利用と放棄が混在している「投機の実験場」


むしろ、都市部から遠く離れたへき地の消滅集落のように、住民のすべてが離村し、そのまま消滅するのなら、語弊のある言い方かもしれないが、話は単純だ。


しかし、僕が足を運ぶ千葉県北東部の限界分譲地、限界ニュータウンに関しては、今なおその地域の廉価な不動産商品という位置づけで地元市場、および地域社会に組み込まれている現役の住宅地であって、山村の過疎集落のような自然消滅を期待するには都市部からあまりに近すぎる。


「利用」と「放棄」が混在する環境が次第に拡大していくことになれば、それは衰退ではなく都市の荒廃だろう。


----------
吉川 祐介(よしかわ・ゆうすけ)
ブロガー
1981年静岡市生まれ。千葉県横芝光町在住。「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」管理人。「楽待不動産投資新聞」にコラムを連載中。著書に『限界ニュータウン 荒廃する超郊外分譲地』(太郎次郎社エディタス)がある。
----------


(ブロガー 吉川 祐介)

プレジデント社

「移住」をもっと詳しく

「移住」のニュース

「移住」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ