「裸の写真を公開する」と脅されて悩んだ末に…アメリカで年間7000人の子供が狙われる"SNS性的脅迫"の実態

2024年2月26日(月)11時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kenneth Cheung

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アメリカで「SNS関連死」が社会問題になっている。国際ジャーナリストの矢部武さんは「アメリカでは、年間7000人以上がSNSによる性的脅迫を受けており、少なくとも数十人が自殺している。議会もこの事態を深刻に受け止めており、SNS規制法が成立する可能性がある」という——。
写真=iStock.com/Kenneth Cheung
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■「あなた方の製品が人を殺しているのです」


米国では近年、SNS上で虐待されて命を絶つ子どもが増え、未成年者のSNS利用がメンタルヘルス(心の健康)に悪影響を及ぼすことを示す研究調査も発表されて、公衆衛生上の重大な脅威となっている。


「SNS関連死」とも言うべき事態が深刻化するなか、連邦議会の上院司法委員会が1月31日、SNS大手5社のトップを召喚して行った公聴会では、議員たちから企業側の責任を追及する厳しい質問が相次いだ。


公聴会ではまず、フェイスブックやインスタグラムを運営するメタ、TikTok、X(旧ツイッター)、スナップ、ディスコードのCEOが宣誓証言を行ったが、その後ろにはSNS上でいじめや性的搾取などを受けて自殺した子どもの写真を抱いた親たちの姿があった。


そして上院司法委員会のディック・ダービン委員長(民主党)がCEOたちに対し、「子どもたちがオンライン上で直面する危険の多くに責任を負っているのはあなた方です。製品(プラットフォーム)の設計上のミス、信頼と安全を確保するための適切な投資の失敗、基本的な安全よりも会社への忠誠と利益追求を重視した結果、子どもたちが危険にさらされているのです」と述べた。


続けて共和党の重鎮リンゼー・グラム議員が「ザッカーバーグさん、そしてわれわれの前にいる企業代表の皆さん、意図したことではないとわかっていますが、あなた方の手は血に染まっています。あなた方の製品が人を殺しているのです」と厳しい言葉で非難すると、後ろの傍聴席にいた被害者遺族から拍手が起こった。


■オンライン上での性的搾取は3600万件を超えている


これに対し、CEOたちは「プラットフォームは注意深く設計しています」「子どもの性的搾取を許さない断固とした姿勢を貫いてきました」「30余りの対策を講じました。児童擁護団体に対し、69万件の報告をしています」などと自らの製品を擁護し、十分な対策をとっていると主張した。


しかし、子どもを持つ親からみればそれらの措置は不十分であり、SNSの危険は増す一方である。


非営利組織の「全米行方不明・被搾取児童センター(NCMEC)」によれば、2023年にオンライン上で性的搾取を受けた児童の報告は3600万件(1日あたり約10万件)を超え、このうちの約2900万件はフェイスブックとインスタグラムを使っていたという。


■公衆衛生長官が警告した「SNSのリスク」


このような状況に議員たちは苛立ちを隠せない様子だったが、共和党のジョシュ・ホーリー議員はフェイスブック創始者のザッカーバーグ氏を厳しく追及した。


「親御さんたちもこの場にいますし、テレビで全国中継もされています。あなたの製品の被害者に謝罪しますか? 被害を受けた善良な人々に謝罪しますか?」と。


すると、ザッカーバーグ氏は立ち上がり、親たちの方を向いてこう述べた。


「あなた方が経験したことすべてに対して申し訳なく思います。このようなご家族の苦しみを誰も味わうべきではありませんでした。こうした事態が二度と起こらぬよう、われわれは多額の投資をし、業界主導で取り組みを続けてまいります」


ザッカーバーグ氏は一応謝罪したが、自社の製品を擁護し、十分な対策を講じていると主張した。その後、他の議員の質問に答える形で、未成年者のSNS利用とメンタルヘルスへの悪影響について「直接的な関連性はない」と否定した。


「とても深刻に受け止めていますが、メンタルヘルスは複雑な問題です。SNSの利用と若者におけるメンタルヘルスの悪化との関連性は科学的には示されていません」


しかし、ザッカーバーグ氏の主張とは異なり、最近両者の関連性を示す研究調査が続々と発表されている。このような状況を受けて、米国の公衆衛生を統括するヴィヴェク・マーシー公衆衛生長官は2023年5月、SNSが子どもや十代の若者のメンタルヘルスにもたらすリスクについて警告を発した


■SNSの利用によって学業成績が低下するおそれも


米国ではSNSやスマートフォンが普及した頃から、青少年のうつ病、不安、孤独、自傷行為、自殺などが急増していることを多くの研究調査が示しているというのだ。たとえば、マサチューセッツ工科大学の経済学者、アレクセイ・マカリン氏らが2022年に発表した調査では、フェイスブックの登場後、学生たちのうつ病や不安症の割合が急増し、学業成績も低下したことが判明したという。


写真=iStock.com/Georgijevic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Georgijevic

ザッカーバーグ氏の主張は公聴会を傍聴していた親たちからも反発を招いた。SNS上の性的搾取が原因で17歳の息子を亡くしたブランドン・ガフィーさんは公聴会の後、ABCニュースの記者にこう話した。


「息子が自殺した原因はインスタグラムにあります。SNSは子どもにとって危険であり、企業側の対策は不十分です。ザッカーバーグ氏の謝罪は受け入れられません。彼はとんでもない嘘つきです。“口ではなく、行動で示せ”ということわざがありますが、大切なのは行動です。改革を始めるまで、何かを言う資格はありません」


■SNS上でいじめられ、命を絶つ子どもたち


公聴会の傍聴席には他にも子どもを亡くした親が大勢いた。クリスティーン・マコーマスさんは2012年にオンライン上のいじめが原因で娘のグレースさんを亡くしたという。


マコーマスさんは公聴会が行われた日のPBSニュースアワーの番組に出演し、娘が自殺した原因について説明した。


「娘はまだ14歳でしたが、最初は薬物が関係した性暴力があり、その後、いじめに遭いました。『おまえのことは大嫌いだ』『これを見て、泣きくずれて寝てしまえ』『目が覚めた時に自殺すればいいのに』といった本当にひどいものでした。また、『死んだ方がいい。おまえは嫌な奴だ』『家族が焼かれるのを見ながら、指を切り落とされればいい』などというのもありました。これは異常です。娘は脅され、恐怖を感じていましたが、それを止めるすべはありませんでした。投稿を削除することもできなかったのです」


マコーマスさんは現在、SNSが原因で子どもを亡くした遺族20人が結束して立ち上げた組織、「ペアレンツSOS(PSOS=親たちのための安全なオンライン空間)」で活動し、SNS被害の啓発、企業に対する責任追及、子どもオンライン安全法の制定を求める活動などを行っている。


PSOSのホームページには、グレースさんを含めた被害者20人のストーリーが掲載されている。


■不安症やうつ病を悪化させるコンテンツを表示


アナリー・ショットさん(コロラド州メリノ)はSNSアカウントを開設してから徐々にうつ状態が悪化し、18歳で自殺した。彼女のプラットフォームのアルゴリズムは自殺をすすめたり、自尊心を傷つけたり、不安症やうつ病を悪化させるようなコンテンツを次々に提示したという。


また、彼女は自身のメンタルヘルスやSNS依存の問題について書いていた日記には、TikTokの「フォー・ユー・ページ(おすすめページ)」で、誰かが自殺する様子を生配信した動画を見た後、精神的に苦しくなったという書き込みがあったという。


写真=iStock.com/xijian
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xijian

カーソン・ブライドさん(オレゴン州レイク・オスウィーゴ)は16歳の時、スナップチャットで匿名アプリを使用していた高校の同級生からいじめを受けて自殺した。子どもたちにスキーを教えたり、演劇に出演していたりして周囲の人を明るくする笑顔を持っていたという。


十代で自ら命を絶った被害者たちのストーリーには親たちの悲しみと無念さの詰まったメッセージが添えられているが、彼らが口をそろえて訴えているのは、「もしSNS企業に安全対策を義務付ける法律が制定されていたら、我が子は死なずに済んだのではないか」ということだ。


この法制定については後述するが、SNS上のいじめや虐待に加えて、最近増えているのは性的な画像をネタにして脅迫する「セクストーション」である。


■「金を送らなければ裸の写真をばらまく」と脅迫され…


前出のブランドン・ガフィーさんは2022年7月27日の早朝、サウスカロライナ州ロックビルの自宅で携帯電話を操作していたところ、廊下の向こうのバスルームから大きな音が聞こえた。すぐにドアがロックされたバスルームにいた高校生の息子の名前(ギャビン)を呼んだが、返答がなかったのでドアを蹴って中へ入り、息子が血を流して倒れているのを発見した。


最初は転んで頭を打ったのかと思った。でも、妻のメリッサさんに緊急通報をするように頼んだ後、そばに拳銃が置いてあるのに気づき、火薬のにおいもしたという。息子は自ら命を絶ったのだ。


ガフィーさんは息絶えた息子の体を両腕に抱えてバスルームの床にしばらく座っていたというが、後日メディアに「あれほどの痛みは経験したことはありませんでした。今もとても苦しいです」と語った(『ピープル』誌、2023年3月29日)。


息子が亡くなった夜、ガフィーさんは、彼がノースカロライナ州の大学生と思われる女性に送った恥ずかしい写真をネタに恐喝されていたことを知った。若い女性を装ったオンライン詐欺師は最初、自身のヌード写真を送り、その見返りとして彼に写真を何枚か送るように求めたようだ。


そして息子が送信ボタンを押すと、その詐欺師は「オンライン決済アプリで送金しなければ、写真を公開する」と脅迫したのだ。


■「性的脅迫」の被害は年間で7000件以上


これはセックス(sex)と脅迫(extortion)を組み合わせた造語「セクストーション」と呼ばれる性的脅迫の手口だが、加害者は時間をかけて標的とする未成年者が信頼するように誘導し、標的が性的な画像を送った瞬間に豹変(ひょうへん)する。「それを公開してほしくなかったら、金を払え」と。


写真=iStock.com/Weedezign
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連邦捜査局(FBI)によると、2022年5月からの約1年間でオンライン上での未成年者のセクストーションに関する報告は7000件を超え、そのうち少なくとも約3000人が被害を受け、十数人は自殺したという。


セクストーションの加害者は米国内に限らず、海外にいる場合もある。


ミシガン州マーケットに在住していたジョーダン・デメイさん(17歳)はネット上で女性のふりをしたナイジェリア人男性3人にヌード写真を送った後、1000ドル払うように脅され、自ら命を絶った。


2023年3月25日のことだが、その直前にジョーダンさんは「この脅迫のせいで、自分は死ぬつもりだ」と告げると、男たちは「それはよい」「惨めな人生を楽しんでくれ」などと返したという。


母親のジェニファーさんは法執行当局との記者会見で、「息子の笑顔は周囲の雰囲気を明るくしてくれました。彼はどこに行っても人を引き寄せ、出会った人に忘れられない印象を残しました」と語った(ABCニュース、2023年5月4日)。


■規制法を妨害してきた“猛烈なロビー活動”


FBIのデトロイト事務所の捜査官はこの事件の後、捜査を開始し、3人がナイジェリア最大都市のラゴスを拠点として、オンラインで数百人と交流していたことを突き止めたという。


FBIによれば、セクストーション事件は増加傾向にあり、世界中で詐欺師(加害者)たちが未成年者を性的に搾取しようと狙っているという。それはつまり、日本の子どもや若者も標的にされる可能性があるということである。


このように未成年者のSNS被害は想像を絶するようなひどい状況となり、自ら命を絶つ子どもが増え、親たちは悲しみに暮れている。にもかかわらず、連邦政府は効果的な対策をなかなか打ち出せないのは、大手ハイテク企業が多額の資金をロビー活動に費やし、議会での法案成立を妨害・阻止してきたからである。


先日の公聴会で共和党のマーシャ・ブラックバーン上院議員は、「法案を可決できないのは、SNS企業が強大な力を持っているからです。私たちは長年審議を重ねてきましたが、SNS企業が弁護士やロビイストを雇い入れ、法案の通過を妨害してきたのです」と述べたが、まさにその通りである。公聴会で集中砲火を受けたメタは、2022年に1915万ドル(約27億円)、翌2023年には前期だけで991万ドル(約14億円)を米国でのロビー活動に使ったことが調査でわかっている。


また、TikTokは2019年から2023年までに米国政府へのロビー活動に1300万ドル(約18億円)を費やしたと報道されている


■法案成立への期待が高まっているワケ


SNS企業は「ネットチョイス」や「コンピューター通信産業協会(CCIA)」など有力なハイテク業界団体への資金提供を通して、議会での法案成立を阻止しようという巧みなロビー活動を展開している。


これらの団体のロビイストたちは「規制は憲法で保障された言論の自由を侵害するおそれがある」「子どもたちのオンライン能力の向上に悪影響を及ぼす可能性がある」「企業の自主的な取り組みを妨げる可能性がある」などと声高に反対し、議員たちに法案に反対する(賛成しない)ように働きかけているのである。


SNS企業による激しいロビー活動はおさまる気配はないが、それでも今回は法案成立への期待が高まっている。


写真=iStock.com/izanbar
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理由はいくつかある。1つは公聴会で証言した5人のCEOのうち、XとスナップのCEOが「有害なコンテンツに対する企業の責任をより厳しく問う超党派の法案を支持する」と述べたことである。規制反対で一致協力していたように見えたSNS企業にも少し変化が出てきたようだ。


超党派の法案とは、民主党のリチャード・ブルメンソール上院議員と共和党のブラックバーン上院議員によって共同提出された「子どもオンライン安全法(KOSA)」だが、これはネットいじめや性的搾取などのリスクを軽減するためにプラットフォームに注意義務を課し、安全対策を義務付ける内容になっている。


2月15日現在、KOSAは上院(定数100人)で60人以上の支持を得ており、可決される可能性は高い。問題は下院でどうなるかだが、これまでの状況を見る限り、下院でも可決される可能性は十分にあるとみられる。


■日本でもSNS規制法が成立する可能性はある


2つ目は議会で異例の超党派協力が行われていることだ。最近は国民や議会の分断がひどく、移民政策や経済、ウクライナ支援などをめぐっては両党が激しく対立し、お互いの妥協案や解決策をなかなか見いだせていない。ところがSNS被害の問題では両党の議員の意見がほぼ一致しているのである。


ブラックバーン議員も「めったに見ることができない超党派の姿勢で対応していきます」と述べ、「もう言い訳はできません。なんとしても採決しましょう」と呼びかけている。


3つ目はこれまで述べたようにこの問題の深刻さに公衆衛生長官が警告を発し、議会の公聴会が開かれ、国民の関心と規制強化を求める声がかつてないほど高まってきていることだ。連邦政府と議会はこれ以上問題を放置し続けることはできないだろう。グレースさんの母親などSNSが原因で子供を亡くした親の会の人たちも皆、KOSAの成立を強く求めている。


最後にこの問題は日本にとっても決して対岸の火事ではないということを付け加えておきたい。もしKOSAが制定されたら、米国と同じように未成年者のSNS利用率が高い日本にも何らかの影響があるかもしれないからである。


SNSは交友関係を広げたり、情報の収集・発信に活用できるなどのメリットがある一方で、利用の仕方によってはトラブルが生まれて人間関係が悪化したり、いじめや虐待、性的搾取などの被害に遭う危険性がある。だからこそSNS企業に安全対策を義務付け、ユーザーはそのリスクを知ったうえで適切に使うことが大切なのである。


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矢部 武(やべ・たけし)
国際ジャーナリスト
1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)、『世界大麻経済戦争』(集英社新書)などがある。
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(国際ジャーナリスト 矢部 武)

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