「20歳の革命家の遺書」が現代数学の歴史を変えた…世界中の数学者の度肝を抜いた「ガロア理論」の斬新さ

2024年2月26日(月)10時15分 プレジデント社

エヴァリスト・ガロア(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

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現代数学の重要な基礎となっている「ガロア理論」とはどのようなものか。パンサー尾形貴弘が難解な数学の世界を大真面目に解説するNHKの知的エンターテインメント番組「笑わない数学」の放送内容を再構成した書籍より、一部を紹介する——。

※本稿は、NHK「笑わない数学」制作班編『笑わない数学』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。


■決闘で死亡した青年が残した「遺書」


今回取り上げるテーマは「ガロア理論」と呼ばれる現代数学の基礎のひとつといえるほどの、とてもとても抽象的な捉えどころのない理論です。


エヴァリスト・ガロア(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

この理論は、理論それ自体もですが、背景にある人間ドラマもまたドラマチックなのです。


始まりは、1832年5月30日、パリの街角に響いた一発の銃声でした。


人々が駆けつけてみると、決闘で腹を撃たれた1人の青年が倒れていました。青年の名はエヴァリスト・ガロア。フランスの王政打倒を目指す有名な革命家で、大物数学者たちの度肝を抜いたガロア理論を創り出した天才だったのです。


さらに驚くことに、ガロア理論は、この決闘の前夜に彼が記した遺書の中に書き残されていました。


これだけでももうドラマチックで、ガロアとガロア理論について興味がわいてきませんか? でもその前に、学校で学ぶ数学に話を戻させてください。


■どんな方程式にも「解の公式」はあるのか


突然ですが皆さんは、「2次方程式の解の公式」は覚えていますか? ここでおさらいしておきましょう。


まず、「2次方程式」は


出所=『笑わない数学

という数式です(図表1)。この方程式の「解」(答え)は次のように表されます(図表2)。


出所=『笑わない数学

では、「3次方程式(図表3)」「4次方程式(図表4)」「5次方程式(図表5)」


出所=『笑わない数学

の解の公式は、どんな感じのものなのでしょうか?


つまり


【問題】
どんな方程式にも解の公式はあるのか? ないのか?

が、ガロア理論誕生のきっかけとなりました。


実は、3次方程式、4次方程式には解の公式があります。その発見をめぐって、数学者たちのとんでもないドタバタ劇があったのです。


舞台は16世紀のイタリア。主役は医者であり数学者にして賭博師、そして大ペテン師ともいわれたジェロラモ・カルダーノです。カルダーノは、3次方程式の解の公式を史上初めて発表した人物として知られています。


ところが、その解の公式は、カルダーノが発見したものではなく、真の発見者はデル・フェッロとタルタリアという人物でした。2人はそれぞれ独立して公式を発見しながら、秘密にしていました。その理由は、当時盛んに行われていた金銭を賭けた数学決闘に勝つため。頭脳という武器のみを使ったバトルは数学者の富と名声を大きく左右するものであり、解の公式は重要な企業秘密だったのです。


■「公式」を盗まれ激怒、数学決闘へ


どうしても秘密の解の公式を知りたいカルダーノは、まずタルタリアを言葉巧みに説得して公式を教えてもらいます。


さらに4年後、今度はデル・フェッロのもとを訪ね、計算ノートを見せてもらいました。


そして、カルダーノは勝手に解の公式を載せた本を出版してしまったのです。3次方程式は「カルダーノの公式」と呼ばれるようになってしまいました。ついには、カルダーノの弟子フェラーリが、タルタリアの考えを参考に4次方程式の解の公式を発見し、タルタリアにとってはまさに踏んだり蹴ったりでした。


公式を盗まれ激怒したタルタリアはカルダーノ一派に数学決闘での決着を申し入れますが、大敗北! 仕事を失い一文無しとなって、非業の死を遂げたと伝えられています。


ともあれ、3次方程式と4次方程式の解の公式は16世紀に相次いで発見されました。それならば、5次方程式や6次方程式の解の公式も、きっと誰かによって発見されたに違いない、そう思いますよね。


ところが、あろうことか、カルダーノの時代から300年経っても、誰も発見できなかったのです。


5次以上の方程式の解の公式はなぜ見つからないのか? その背景に、いったいどんな秘密が隠されているのか? その秘密をはっきりと解き明かしたのが、ガロア理論なのです。


そして、それは、人類史上に刻まれた「もうひとつの数学の夜明け」とでも呼ぶべき、知の大変革でもあったのです。


■2つの「数学の夜明け」とは


最初の数学の夜明けとは何なのか振り返ってみましょう。


歴史が始まるはるか以前、わたしたちの祖先は、たとえば3個のリンゴと、杭に3回巻かれたロープを目にしていたことでしょう。この2つの全く異なるものですが、人類はそこに共通する「3」という「数」を発見したのです。


同じように人類は、身の回りのさまざまなものから、次々と数を発見していきました。数の発見によって、さまざまな量を表して比べられるようになり、また足したり引いたりと計算が可能になりました。


これこそが、最初の数学の夜明けだったと考えられています。


数の発見をした人類は、「もうひとつの数学の夜明け」とでも呼ぶべき大発見と出会います。今度は、まったく異なる形の間から「対称性」という共通点を発見したのです。


「対称性」とは図形の見た目を変えない動かし方のことです。


たとえば立方体なら、次の図のように、ある軸を中心に何度か回転させても見た目が変わりません(図表6)。


出所=『笑わない数学

■2つの図形は「同じ対称性をもつ」


さらに「まったく動かさない」という操作も回転の1つと考えることにします。まったく動かさないのですから、もちろん見た目は変わりません。


これらの回転(全部で24通り)によって見た目が変わらないこと、それを立方体のもつ対称性といいます。


では、立方体とはまったく異なる図形である正八面体がもっている対称性は、どんなものでしょうか? 実は正八面体は、立方体と同じ軸のまわりに同じ角度だけ回転させても、まったく見た目が変わらないのです(図表7)。


出所=『笑わない数学

このようなとき、2つの図形は「同じ対称性をもつ」といいます。


原始時代にまったく異なるものから共通する数を発見したように(数学の夜明け)、人類はまったく異なる図形から、それらに共通する対称性を発見していったのです(もうひとつの数学の夜明け)。


だからどうした? と思われるかもしれませんが、これこそが現代数学につながる大進歩だったのです。


そして、このもうひとつの数学の夜明けは、図形だけの話にとどまりませんでした。なんと数学者たちは「図形と、まったく別物であるはずの方程式との間にも、共通する対称性がある」と気付いたのです。


■図形と方程式との間に「共通する対称性」


「図形と方程式との間に、共通する対称性がある」とはどういうことなのでしょう。


答えから言ってしまいましょう。


1本の棒のような図形は2次方程式と同じ対称性を、正三角形は3次方程式と同じ対称性を、そして正四面体は4次方程式と同じ対称性をもっています。


そんな事実に、数学者たちは気づいていったというのです。


もう少し詳しくみてみましょう。


ある3次方程式の3つの解をA、B、Cと表すと、その方程式は


出所=『笑わない数学

と表すことができます(図表8)。解を並べ替えることで、この方程式は6通りの表示をもちます(図表9)。


出所=『笑わない数学

正三角形の3つの頂点を同じようにA、B、Cと名付けるとき、これら6つの式に対応するように正三角形を置き換えてみましょう(裏返しもあります)。


出所=『笑わない数学

どうでしょうか? 3次方程式の解の並べ替えと、正三角形の置き換えとがぴったり対応していますね(図表10)。


■「どんな方程式にも解の公式はあるのか?」の解決


さて皆さん、思い出してください。問題は


【問題】
5次方程式に解の公式が見つからないのはなぜか?

でした。


実は、5次方程式は、次のちょっと複雑な図形と同じ対称性をもっているのです(図表11)。


出所=『笑わない数学

ガロアが登場するのはここから。


かつてカルダーノの時代、数学者は3次方程式や4次方程式をあれこれ変形することで、解の公式を探し求めていました。これはいわば、行き当たりばったり的な方法です。


しかしガロアは、まったく発想を転換して


方程式に対応する図形を調べれば
なぜ5次方程式には解の公式が存在しないのか
その理由がはっきりわかる!

と見抜いたのです。


ガロアが発見した対称性の謎についてビジュアル化してみました。


次の図は3次方程式がもつ対称性(図表12)、4次方程式がもつ対称性(図表13)のそれぞれの構造をビジュアル化したものです。


出所=『笑わない数学

細かいことはさておき、丸い玉が、いわば分身の術を使ったように規則的な図を形作っているように見えますよね?


そして、次の図は5次方程式がもつ対称性の構造をビジュアル化したものです(図表14)。


出所=『笑わない数学

上の方の一部には分身の術を使った美しい動きもありますが、全体ではなんだかバラバラでまとまりがありません。5次方程式がもつ対称性の構造は、どうやっても規則的で美しい動きをするビジュアル化ができないのです。


ガロアが発見したこと、それはいわば


方程式のもつ対称性が美しく整っているとき、
また、そのときにのみ解の公式は存在する

という事実だったのです。


ガロアが画期的だったのは、方程式を直接いじくるのではなく、それぞれに対応する図形の対称性を調べることで、解の公式があるのかないのかがわかるということでした。


言ってみればガロアは、問題の裏側に回り込み、問題をハッキングするハッカーみたいなやつだった、ということなんです!


■天才数学者・ガロアの短く不遇な人生


画期的な数学理論を生み出し、その後の数学に大変革を引き起こしたガロア。


しかし、その自由奔放な天才ぶりは、あまりに斬新な考え方を持っていたことが影響し、人生は短く不遇なものとなってしまいました。


ガロアが初めてガロア理論につながる論文を執筆したのは17歳のときでした。ガロアはその論文を、数学の大御所たちが所属するフランスの科学学士院に二度にわたって提出しましたが、二度とも紛失を理由に受理されませんでした。


さらに、進学を希望していた理工科学校の受験にも失敗します。理由は、数学の理解をめぐって試験官たちと言い争ったことだといわれています。


なぜ自分の考え方は認められないのか。失意のガロアが数学研究の傍でのめりこむことになったのは、王政打倒の革命運動でした。地下活動やデモを繰り広げるガロアは、警察当局からも目を付けられ、やがて投獄されてしまいます。


■「僕にはもう時間がない」


ガロアの運命の日は、突然やってきました。


1832年5月30日、パリの郊外で行われた決闘で、ガロアは命を落としてしまうのです(実は、決闘の原因が何だったのか、今もよくわかっていません)。


そして、この決闘の前夜、自らの死を覚悟したのか、ガロアは友人に宛てた手紙の中でもう一度ガロア理論を整理し、遺書として記していました。そこには、こんな言葉が添えられていたのです——(図表15)。


出所=『笑わない数学

遺書を受け取った友人たちの努力によって、ガロアの死後、ガロア理論は出版されることになりました。


しかし、数学界がガロア理論を真に理解するまでには、さらに何十年もの時間が必要だったのです。



NHK「笑わない数学」制作班編『笑わない数学』(KADOKAWA)

王政打倒を目指す革命家として戦いを繰り広げながら、同時に、死の直前まで自らの斬新な数学のアイデアを残そうともがき続けたガロア。激動の人生を駆け抜けたガロアの胸の内を想像すると、新しい社会や新しいアイデアを作り上げて広めたい! そんな情熱できっと熱く熱く燃えたぎっていたんだろうと思います。


不遇のまま、わずか20年の生涯を終えたガロアでしたが、そのアイデアは確実に世界を変え、今も生きています。


ガロアの情熱は今も私たちに無限のエネルギーを与えてくれている、そう感じませんか?


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NHK「笑わない数学」制作班
パンサー尾形貴弘が難解な数学の世界を大真面目に解説する異色の知的エンターテインメント番組。レギュラー番組としてNHK総合テレビで、シーズン1が2022年7月から9月まで、シーズン2が2023年10月から12月まで放送された。シーズン1はギャラクシー賞テレビ部門の2022年9月度月間賞に選ばれた。過去の番組はNHKオンデマンドやDVDで確認することができる。
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(NHK「笑わない数学」制作班)

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