最高時速約1700kmで人間も建物、海、地面も吹っ飛ぶ…地球が自転を急停止させた瞬間に起こる科学現象

2024年2月26日(月)11時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yuri_Arcurs

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もし、自転する地球が自転をやめて完全停止したら……。国立天文台の台長特別補佐・平松正顕さんは「もちろんそんなことは絶対に起きません。でも、アメリカ国立航空宇宙博物館の名誉地質学者の思考実験によれば、地球の赤道上の人や建物などは時速1700kmで、また北緯60度では時速850kmで吹き飛ばされるとしています。ちなみに、新幹線の最高速度は時速320km、飛行機の速度は時速900kmです」という——。

※本稿は、平松正顕『ウソみたいな宇宙の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/Yuri_Arcurs
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yuri_Arcurs

■地球の自転を急停止させたら、地球はどうなる?


地球は、およそ24時間かけて一回転しています。大きな地球の上に立っている私たちには、それを感じることはほとんど不可能です。太陽や月が時間とともに動いていくことは、地球が自転している証拠ですが、しかしそれは地動説を理解しているから。素朴に空を見上げていたら、地球が動いているなんてとても信じられません。


地球は、赤道付近で一周およそ4万kmあります。これが24時間で一回転するわけですから、時速約1700kmということになります。新幹線の最高速度が時速320km、飛行機の速度はおよそ時速900kmですから、地球の自転がいかに速いかがわかります。


では、もし地球が今この瞬間自転を止めてしまったら、何が起きるでしょう。もちろんそんなことは絶対に起きませんが、頭の中で考えてみるのは自由です。


国立航空宇宙博物館(NASM)の名誉地質学者であるジェームズ・ジンベルマンさんはそのような思考実験をしてみました。


■自転停止で最高時速約1700kmで人間も建物、海、地面も吹っ飛ぶ


それは、猛スピードで走る車が急ブレーキをかけるようなもの。車だってすぐには止まれませんが、それでも中に乗っている人は前に放り出されそうになるでしょう。これを、慣性の法則と呼びます。


慣性の法則とは、万有引力の発見者アイザック・ニュートンがまとめたもので、「誰も手を加えなければ、止まっているものは止まったまま、動いているものは同じ速度でまっすぐ進む」というものです。車に急ブレーキをかけると車は止まろうとしますが、中に乗っている人は(シートベルトを締めていなければ)もとの車の速度で前に進もうとするわけです。


地球の自転は、車とは比べ物にならない速さです。もし地球の自転が止まったとしたら、地球の上にいる私たちもまわりの建物も川や海の水も、赤道付近なら時速1700kmで動き続けようとするのです。


写真=iStock.com/Abrill_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Abrill_

地上に固定されていないものは猛スピードで吹き飛ばされますし、地面に固定されている木や建物は根元からちぎれたり、場合によっては地面ごと引き裂かれたりするでしょう。吹き飛ばされた物体は、地球の自転と同じく東の方向に時速1700kmで投げ出され、やがて地球の重力に引っ張られて落ちてきます。落下のエネルギーは相当なもので、少なくとも海の一部は蒸発してしまうでしょう。


地球の回転速度は赤道でもっとも速く、緯度が高くなるにつれて遅くなります。


例えば北緯/南緯60度の場所では、速度は赤道に比べて半分の時速850kmです。飛行機と同じくらいの速度ですが、それでも起きることはほとんど変わらないでしょう。


北極点や南極点では、自転の速度はゼロになります。このため、地球が急に止まってもすぐに吹き飛ばされることはありません。とはいえ、緯度が低い地域の空気や水はものすごいスピードで動いていますので、極地と言えどもやがて暴風や大津波が襲ってくることでしょう。即死は免れるかもしれませんが、極地にいても助かる見込みはなさそうです。残念。


地上が壊滅した後は何が起きるでしょうか。完全に自転が止まった場合、地球のある地点に着目すると、地球が1年かけて太陽を1周する間に昼と夜が1回ずつ訪れることになります。昼は長い間高温にさらされ、夜は低温が続くでしょう。幸運にも大気が残っていたとしても、風は昼の側から夜の側にかけて吹くようになり、海が残っていたとしても海流は大きく変わるため、地上の気候は今とはまったく違うものになるでしょう。


でも、もし大気や海が残っていたとしたら、そこには微生物がしぶとく生き延びている可能性はあると思います。長い時間をかけて、新しい地球の環境に適応した生物が進化してくるかもしれません。生物の進化をあるところからやり直したら、どんな世界になるのでしょう。


地球の自転が急停止するというのは荒唐無稽な仮定ですが、物理や化学や生物の知識を総動員して何が起きるか空想するというのは、もしかしたら楽しい頭の体操になるかもしれません。


■地球温暖化を防ぐ方法は、月の破壊⁉


次はもっと具体的な「もし」の話、「もし太陽の光を弱める傘を宇宙に設置するとしたら?」というお話を紹介します。


猛暑日と熱帯夜が続く夏。日本だけでなく世界各国で気温の上昇が顕著です。2023年7月が「観測史上もっとも暑い夏」になると警告した世界気象機関(WMO)の見解を受けて、アントニオ·グテーレス国連事務総長は「地球沸騰の時代」と表現しました。人間の産業活動で放出される温室効果ガスによって気温が上昇している、というのが多くの研究者の見解ですが、ともあれ暑い。対策は待ったなしです。


アメリカのユタ大学で教授を務めるベンジャミン・ブロムリーさんは、温暖化を止めるための突拍子もないアイディアを少し真面目に検討してみました。①


① Bromley, B. C., Khan, S. H., & Kenyon, S. J. Dust as a solar shield. PLOS Climate, 2, 2(2023)


それは、宇宙空間に「日傘」を浮かべて太陽の光をちょっとだけ弱める、というもの。太陽を隠しすぎてしまうと地球が逆に寒冷化してしまうので、隠すのは太陽光の1〜2%で十分なようです。


では、宇宙日傘はどうすれば実現できるでしょう。巨大な構造物を組み立てるのには、お金がかかります。一番単純な方法は、大量の砂をばらまくこと。地球から太陽の方向に150万km離れた場所は「第1ラグランジュ点(L1)」と呼ばれ、地球と太陽の重力が釣り合います。ここに砂粒を浮かべておければ、いい感じに日傘として機能してくれる……と、そう簡単な話ではありません。


このL1点、地球と太陽の重力が釣り合う場所ではあるものの、少しでもそこから物体がずれてしまうと、どんどん遠ざかっていってしまう不安定な点なのです。太陽からはプラズマの流れである「太陽風」や強い光が放たれているので、砂粒はこれらに押されて1週間ほどでL1点から離れていってしまいます。地球から砂粒を運べたとしても、どんどん流されていくので、どんどん補給しなくてはいけません。これは大変です。


問題はまだあります。太陽光を遮るために必要な砂の量は1000万t以上になるうえ、これを定期的に補充しなくてはいけません。1000万tの砂というのは、東京ドーム5杯分くらいに相当します。たいしたことない? いえいえ、そんなことはありません。


40回以上のロケット打ち上げを経て完成した国際宇宙ステーション全体で450tしかないことを考えると、1000万tの砂というのがとんでもない量であることがわかります。1000万tの砂を地球からL1に運ぶのに必要なエネルギーを計算すると、アポロを月に送ったサターンV型ロケット2万発分というまさしく天文学的な数字になってしまいます。



平松正顕『ウソみたいな宇宙の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)

もっと都合のいい砂粒の供給源はないだろうか、と考えたブロムリーさんが目をつけたのは、月でした。月は地球に比べて重力が6分の1しかありませんから、同じ量の砂をラグランジュ点まで打ち上げるのであれば、地球からよりも月からのほうが簡単です。


必要なエネルギーを見積もってみると、地球から運ぶときの10分の1ほどになりました。電力に換算すると数平方kmの太陽電池で賄えそうです。ロケットではなく物体を直接加速して放り投げる「マスドライバー」であれば、効率的に砂を送り続けることができそうです。


■月の砂はとても効率よく太陽光を遮ってくれる


しかも、さまざまな大きさや形状の砂粒の日除け効果を計算してみた結果、月の砂(レゴリス)はとても効率よく太陽光を遮ってくれることがわかりました。月から砂を打ち上げるのは、一石二鳥なのです。


地球のために月を削って砂を打ち上げ続けることの倫理的な問題もありますが、これによって地球がむしろ寒冷化してしまっては困ります。しかし、その心配はほとんどないようです。太陽の光や太陽風によって砂は時間が経てば吹き流されて日除けの役目を果たさなくなるので、砂の打ち上げをやめればまた元通りの太陽光が地球に降り注ぐことになるからです。


こんな突拍子もない案を考えたブロムリーさん、もともとの研究テーマは惑星の誕生メカニズムです。恒星は自分で光っている天体、惑星はその周りをまわる自分では光らない天体というのは基本的な知識ですが、惑星はどのようにできるのでしょうか? 


実は、惑星は生まれたばかりの恒星のまわりでμm* サイズの砂粒が集合して大きくなっていくことで作られます。惑星がまさに作られているときには、恒星のまわりには大量の砂粒が浮かんでいて、地球から見ると恒星の光が隠されて見えるわけです。これが、地球温暖化を防ぐ「砂粒の日除け」のアイディアのもとになったとインタビューでブロムリーさんは語っています。


とはいえ、実際このアイディアが実用化されるかと言えば、その可能性は高くないでしょう。今回の論文は、研究者が自分の専門知識を活かしてちょっと真面目に遊んでみた結果、というところでしょうか。


* μm(マイクロメートル)=1mm の1000 分の1


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平松 正顕(ひらまつ・まさあき)
国立天文台 台長特別補佐
国立天文台 台長特別補佐、天文情報センター 周波数資源保護室 講師。総合研究大学院大学 先端学術院 天文科学コース 講師(併任)。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻 博士課程修了。博士(理学)。専門は電波天文学、科学コミュニケーションなど。月刊『星ナビ』の連載や、講演、文部科学省「一家に1枚宇宙図」の作成など、宇宙の面白さを共有する活動を積極的に行っている。また、最近は暗い星空など天文観測に適した環境を守る仕事を進めている。著書に『宇宙はどのような姿をしているのか』(ベレ出版)がある。
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(国立天文台 台長特別補佐 平松 正顕)

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