「結婚を考えない恋愛」はダメなものなのか…非婚非出産の私が「結婚主義社会」に感じる居心地の悪さ

2024年2月27日(火)14時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SunnyVMD

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結婚しない「非婚」を公言しているコラムニストのクァク・ミンジさんは、過去の恋愛で結婚にこだわる社会へ違和感を感じてきた。クァクさんの著書『私の「結婚」について勝手に語らないでください。』(亜紀書房、清水知佐子訳)より、一部を紹介しよう——。
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■「非婚主義」の私の過去の恋愛


私の元カレたちは(私の基準では)ルックスもよくて(私の基準では)性格もよかった。私の基準でと補足したのは決して皮肉ではなく、それがこの話の肝だからだ。


私の基準なのは当然だ。私が選んだ人たちなのだから。当然、彼らも私を選んだから恋愛が成立したのだろうけど、本当に魅力的な人たちだった。彼らは彼らなりの方法で私を愛し、私も私のやり方で彼らを愛した。これまで、自暴自棄になるほどの別れを経験しなかったのは感謝すべきことだと思う。


もちろん、別れた直後には胸がひりつくほど痛み、大声で毒づきながら近所中を走り回りたい気分だったけれど、過ぎてしまえば希代のクズ男でもなかったし、いつだって悪い奴はあちこちにいるものだということにも気づいた。いずれにしても、彼らにとって私は一時的にはひどい女だったろうけど、永遠のクソ女ではなかったことを望むだけだ。


■一緒にいると心が満たされた


Bに出会ったのは大学生のときだった。そのときまで私は彼氏を両親によく紹介していた。紹介したというよりも、彼氏をだしに高価な牛肉をおごってもらおうという魂胆で、深く考えもせず、本当に何度も彼氏を両親に会わせた。両親は娘の性格上、本人の「チョイス」をむやみに評価しては逆鱗に触れると判断したのか、ほとんどの彼氏を気に入ってくれた。Bもそんな一人だった。


今思えば、当時の私の理想のタイプをシミュレーションゲーム「ザ・シムズ」で作り出したみたいな人だった。私は彼にぞっこんだった。もちろん、別れたわけだから短所を挙げればいくらでもあるけれど、ほとんどの元カレがそうであるように、Bと一緒にいるとどんなに心が満たされてどんなに幸せだったか、今も鮮明に記憶している。何よりも彼のことが好きすぎて彼のすべてに夢中になっていたことを忘れられない。


横断歩道で信号が変わるのを待つ間、腕を組んで肩にもたれかかったときの匂い、腕をぎゅっとつかんだときの感触、困らせるとぐっと寄る眉間が特に愛らしかった。「俺、君が大好きだよ」と言うときの照れた顔、そして、その言葉を口にするときのどこかぎこちない抑揚みたいなものもよく覚えている。


■両親の前で食べ続ける元カレ


そんな元カレのBは、私の両親と旅行をしたことがある。国内旅行が好きなうちの家族はしょっちゅうどこかに出かけていて、あるとき、両親が冗談っぽく、「Bも来ればいいのに。おいしいものを一緒に食べられるし」と言い、私が何気なく彼を誘ったことが発端だった。Bは私の両親に会うことを重く受け止めたようで、私の好きなあの眉間にしわを寄せた顔をしながらも、「本当? 俺、絶対行く!」と叫んだ。


Bは旅行の間ずっと私を驚かせた。彼は巧みな話術で母と父の心を捉え(口で勝負するのはどちらかというと彼よりも私のほうだったはずだけど)、いつにも増して腰が軽く、やらなくてもいい雑用までまめまめしくこなした。口調もどこか違っていて、どれだけにこにこしていたことか。お酒も注がれるままに飲み、誰もやれと言っていないのに慣れない一気飲みをしてみたり。


何よりも驚いたのは彼の食べる量だった。食べるのが好きだと知ってはいたけど、こんなに限界を試すほど食べたことはあっただろうか。お腹がいっぱいならもうやめたらといくら言っても、「何で? おいしいから食べてるんだよ」と言いながら食べ続けた。娘ばかり2人を育てた母は「男の子は本当によく食べるわね……」と言いながら(いや、断言するが、私はたいがいの知人男性よりもよく食べる)、どんどん料理を勧めた。


写真=iStock.com/Rossella De Berti
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rossella De Berti

■「真面目な娘の彼氏」を演じる元カレに失望


酔いが回ったのか、ちょっと風に当たろうと言われて一緒に外に出た。満腹で死にそうだという彼に、それは当然だ、何でそんなに馬鹿みたいに食べたのかと聞くと、私の両親を失望させたくなかったという。失望ゾーンなんてすでに10倍は超えていたけれど……。


彼にとってその日は一世一代の面接であり、これまでに聞きかじったマニュアルどおり気さくにふるまい、出された食事をおいしそうに食べてお酒も飲み、一緒にいると楽しくて真面目な娘の彼氏を演じるために疲れ切っていたのだ。


そして、気分転換しようと外に出てきてその緊張の糸が切れたのか、彼は地面に食べたものを吐いてしまった。のどのところまで酒と食べたものがつまっている状態で、緊張が解けると指を突っ込まなくてもすっきり吐き出すことができた。私は驚いて彼の背中をさするのに必死だった。


悲しかった。隣で私が、「いったいどうしたんだろう」と思いながらも喜んで笑っている間、彼は両親に気に入られようと無理をしていたなんて。そんなふうに気を使わなくても、たとえ両親が彼を気に入らなくても、私は両親がひどいと思っただけだろうし、お父さんが彼とつき合うわけでもないのに、お母さんは彼について何も知らないくせにと責めただろうに。


自分でも気づかないうちに彼を面接会場に連れ出していたみたいな気がした。彼の専門分野でもなく、面接官に対する情報もないそんな不利な場所に。


■「両親からの評価」を気にし過ぎた元カレ


私の基準では彼は100点だった。私に愛をささやくときにどんな目をするか、眠っているときに名前を呼ぶと返事をするのがどれだけかわいいか、運転中にスピードバンプを越えるとき、驚かせないように前もって私の腕を押さえる癖、私が怒ってそっぽを向いてしまったときにその怒りを刺激することなく鎮めるスキルみたいなもの。それは、私の両親には知る由もないことだった。


だから、あの日の彼の姿に両親がつれない評価をしたとしてもすでに彼には私の心をつかんで離さない力があったのに、彼にしてみれば、私みたいにのんきではいられなかったのだろう。


両親の評価によって私から稼いだ甘い点数が減らされてしまうほど両親が私にとって大事な存在だったらどうしようとひやひやしただろうし、その不安が、彼がこれまで経験した「目上の人たちの評価基準」を思い起こさせ、窮屈で無理な行動に耐えさせたのかもしれない。


写真=iStock.com/Olivier Le Moal
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Olivier Le Moal

■「よく見せること」が目的になっている


その次の彼氏も両親に会ったことがあるが、私はその場のすべてが居心地悪かった。何より、彼氏が両親に悪い印象を与えないようにおどおどしているのが気に障った。私が知っている自信にあふれた自然体の彼の魅力が消えてしまうのが我慢ならなかった。それは両親に対しても同じだった。


ふだんと違って気を使い、話しぶりを変え、箸を置く手つきまでよそいきな感じなのが気に入らなかった。私が双方を気まずい状況に置いてしまった気がした。私が両親を愛する理由と彼氏を愛する理由をそれぞれにきちんと教えてあげられないまま、「よく見せること」に成功することが目的の場所に私の愛する人たちを集合させたのは利己的に思えた。


それ以来、私は彼氏と両親を会わせていない。写真を見せたり、どんな人かを教えたりはしたけれど、対面の場を設けることはしなかった。


そうして何年かが過ぎ、私はいわゆる結婚適齢期に突入した。そのころ、私はKと恋愛中だった。Kは私が非婚主義者だということをつき合う前から知っていて、彼が私の考えを十分に尊重してくれていることが恋愛をはじめるのに功を奏した。


もしKが結婚願望のある人なら、彼の時間とエネルギーを無駄遣いしたくなかったので、私たちはつき合う前にこれについて何度も話をした。当時私は化粧品のサンプルをたくさんもらう仕事をしていて、もらったサンプルのうち使わないものを彼にあげたことがある。


彼は一緒に働いている後輩との関係がうまくいっていないことを悩んでいて、その後輩はお化粧が好きみたいだと言うので、これでも渡して、「僕の彼女が仕事でもらったって言うから、ちょっと分けてもらったんだ」って声をかけてみたらと言いながら。


■次の彼氏も私の母親に気に入られようとしていた


そんなこともしばらく忘れていたら、ある日Kが興奮した顔で言った。「あの化粧品をうちの母さんにあげたんだ。母さんには君がくれたって伝えたよ。どう? でかしただろ?」


いや。
それ、全然ダメダメなんだけど。


私が訝しげな表情で、なぜそれをでかしたと言えるのかと聞くと、彼は「うちの母さんが君に好印象を抱くのはいいことじゃないか」と答えた。


——それがなんでいいわけ?
——いいことはいいことだから。
——だから、何でそれが「いいこと」なのかって聞いてるの。
——後で会うことがあるかもしれないし。
——私はあなたのお母さんに気に入られないとダメなの?
——いや、そうじゃないけど。
——だったら、どうしてあげてもいないプレゼントを噓をついてまで私からだって言って渡すわけ?
——母さんが君に好意を持つのは悪いことじゃない。
——噓をついてまでやることじゃないよ。
——僕は何も悪いことはしていない。
——噓をついたじゃないの。
——そんな噓ぐらい別にいいじゃないか。
……
——バレたらどうするの? また噓をつくの?


■結婚と愛はイコールではないはず


私の心が音を立てて崩れた。一つ目の理由は悲しくて。彼は、私の非婚に対する考えを誰よりも尊重してくれたし、私たちはそのことに共感しながら一晩中ワインを飲み、チーズを食べ、キスをしたのに、彼の心の片隅には「ああは言ってても、結婚するかもしれないし」という思いがあったなんて。


二つ目の理由は気の毒で。結婚したいという気持ちがあるのになぜ隠していたのか。これまで、じつは結婚したいんだってどれだけ言いたかったことか。私とつき合っている間、もしかして結婚できないんじゃないかとどれだけ不安に思ったことか。


「結婚したい? 私と?」
「なんでダメなんだよ。男っていうのは好きになった相手と結婚したいもんさ」


その答えを聞いて三つ目の理由になるはずだった申し訳なさが消えた。結婚と愛はイコールではないということを私たちがどれだけ熱く、激しく語り合ってきたことか。あの数えきれない日々の中で私に見せてくれた本心はいったい何だったのか。


私は、彼が愛の結実を結婚だと考えるタイプなのに私のせいで時間を浪費することのないよう、つき合う前から2人で十分に話し合うことに心を砕いたのに、彼はそんな私の本心に耳を傾けながら「タイミングを見計らって結婚しようって言えばいいさ。あいつだってずっとああじゃないだろう」と思っていたのだろうか。


■人には人それぞれの愛の形がある


私はあなたがいればそれでいいのに。あなたを見ているだけで十分なのに。お互いあまりにも愛しすぎて、ときどき過ちを犯したり、軽率なことをして互いを傷つけ、それを癒やす時間ですらときにはもったいなくて、あなたと私の間にほかの人が割って入ってくるのを想像することですら嫌なのに。


私は両親があなたを評価するのが嫌で、あなたの両親の前で嫁として合格点をもらえなければどうしようとおろおろしたくないのに。私はあなたを面接の場に送り込みたくはないし、あなたも私をそんな場所に行かせはしないだろうと信じていたのに、あなたは今、代理面接を受けてきて私にそれを褒めてくれと言ってるんだよ。


結婚する当人がそのすべてを甘んじて受け入れ、何もかも一緒に乗り越えていこうというのが別の形の愛だということも、そして、その過程で生まれる戦友愛もそれなりに価値があるという話もした。さらには、その過程を共にしなかったからといって愛が足りないのではないことも私たちは十分に話し合った。


彼が元カノとまったく似ていない私を愛するように、私たちには私たちなりの愛の形があるはずだと。私はそれに共感する彼と私たちなりの戦友愛を持って愛を育てていた。だから特別だし、私はKを愛していたし、私とKが作った愛を愛してもいた。なのに、それは私の一人相撲だったのだと思うと、心が折れた。


■私に妻の肩書きがなければ幸せになれなかったのか


もちろん、Kとのことがあったおかげで私はその次につき合った人にこのエピソードを話し、同じことが起きるリスクを減らすことができた。元カレのことを今の彼との間に持ち込むのはよくないけれど、私はそれだけ強い意志を持った非婚主義者だから、同じ考えでないなら貴重なあなたの時間を無駄にしないでと心から望んでいることをアピールするのにとても役立った。


それを理解してくれる人と固い関係を結べたのだから、そういう意味において私の人生の一部だったKに対してありがたい気持ちもある。


Kは結婚しただろうか。Kが望む愛の完成形として結婚がうまく作用していたらいいなと心から思う。私は、結婚のためにKを愛するなんてとてもできなかったけれど、Kが自分と似た形の愛を求める人と出会って幸せになってくれたらと心から願っている。Kはいい人だったから。



クァク・ミンジ著、清水知佐子訳『私の「結婚」について勝手に語らないでください。』(亜紀書房)

私たちはほかの人を愛したわけではなかったけれど、ほかの愛を愛したために自然に別れた。今もぼんやりと気になるのは、愛の終着点を結婚だと考えている彼が、私と結婚できなかったのは十分に愛されていなかったからだと思うのではないかということだ。


違う。だとしたら心外だ。


私は愛しているから結婚してあげられなかったのだから。あなたがもっと私のことを愛していたら、一緒に非婚してくれただろうかと思うと私も寂しい。恋人である私はなぜ十分にあなたを幸せにしてあげられなかったのだろう。妻の肩書きがなければあなたを幸せにしてあげられなかったということが、私も悲しい。


恋愛は同じ愛を愛する人としなければと思う。


結婚までは愛せないよ、あなたを愛したのだから。


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クァク・ミンジ
エッセイスト、コラムニスト
韓国・大田生まれ。高麗大学日本語・日本文学科卒業。広告やテレビ番組、モバイルコンテンツの制作者。非婚ライフ可視化ポッドキャスト「ビホンセ」の制作者兼進行役を務める。独立出版レーベル「アマルフェ」の代表でもある。比較的一人世帯の多いソウル・解放村在住。著書に『歩いてお祭り騒ぎの中へ』『私は悲しいとき、ポールダンスを踊る』などがある。
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(エッセイスト、コラムニスト クァク・ミンジ)

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