海外では「野菜から食べる」は推奨されていない…医師が解説「日本人が誤解しがちな"食事法のウソ"」
2024年2月28日(水)17時15分 プレジデント社
※本稿は、大坂貴史『75 歳の親に知ってほしい!筋トレと食事法』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/Rado_Kellne
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rado_Kellne
■通常の砂糖よりカロリーを抑えられる人工甘味料
人工甘味料ということを聞かれたことがあるかと思います。「便利だけどなんとなく人工の物だし、体に悪そう……?」みたいに思ってらっしゃる人も多いのではないでしょうか。ここでは人工甘味料についてお話しします。
まずそもそもですが、海外では人工甘味料という名前ではあまり言われません。例えばWHOではnon-sugar sweeteners(NSS:非砂糖甘味料)という言い方をします(※1)。そして、非砂糖甘味料の中に天然由来の物と人工的なものが存在します。
天然のものは安全で、人工のものは体に悪いというイメージが日本でまん延しており、なぜか日本では「人工甘味料」のみを区切った話が強調されていますが、国際的にはまとめられており、人工か天然かでの健康への影響が現時点ははっきりしていないため、ここではNSSとしてまとめて表現します。
NSSとは名前の通り砂糖(果糖、ショ糖など)ではない甘味料のことです。甘さが砂糖の数倍〜何万倍も強いため、同じ甘さを感じるために必要な量が少なくて済むためにエネルギーが無視できるぐらい少ないというメリットがあります。
NSSはさまざまなものに使われています。例えば通常のコカ・コーラは100mlで45kcalですが、同じ甘味のコカコーラ・ゼロ(ダイエットコーラ)には、スクラロース・アセスルファムKと呼ばれるNSSが含まれおり、カロリーはゼロです(※2)。
また、パルスイート®のような調味料はアスパルテームというNSSによって同じ甘みで10分の1のエネルギーですので、調理に使った際にもカロリーが少なく抑えられます(※3)。
通常の砂糖に比べると血糖値の上昇を抑えることができ、また、カロリーを抑えることができるため、ダイエットにも有用そうです。実際、NSSを砂糖の代わりに使用することで主に3カ月以内の短期間で、糖質・エネルギー摂取量が減り、体重が減ったという報告が複数存在します(※1)。
■うまく使うことで健康に良い効果を
ここまで聞くとダイエットや非常に便利なもののように見えますが、NSSの中でとくに人工甘味料についてはネットや週刊誌でいろいろ話題になっています。「人工甘味料」「危険」で検索すると癌になりやすいだとか太りやすいだとかいろいろな話が出回っています。
確かに、WHOは2023年5月に「体重のコントロールや糖尿病などのリスクを減らすためにNSSを使用しないこと」を推奨しています(※4)。これはNSSの使用が長期的には体脂肪を減らす上でメリットが少なく、2型糖尿病、心血管病などの長期的に望ましくない結果があるからとしています。
なぜ短期間の使用では体重が減っているのに、長期間の結果では逆の結果が出ているのかというと研究デザインの違いによるものが大きいです。
短期間の使用はランダム化比較試験と呼ばれるかなり管理された環境によって行われるNSSの使用と砂糖入り飲料を比べた試験であるのに対して、長期間の研究は前向きコホート研究と呼ばれるものでNSSを使用している人と使用していない人を比べた試験です。
これらを受けてどのように解釈をするかというと、砂糖の代わりにNSSを使用することは体重を減らしたりする効果があるのですが、そもそも甘い飲み物を飲みたい時にはカロリーの高いものを食べる傾向にあるでしょうし、甘い飲みものを飲みたい気持ちがずっとある人はやはり太りやすい傾向になるのだろうと考えます。
ですので、NSSが腸管や脳へ影響するという報告もありますが、特別なんらかの悪さをするのではなく、甘いものを飲みたい習慣がエネルギー摂取量過多となり、太りやすい環境をつくり、2型糖尿病や心臓病に繋がりやすくなるということです。
また、発がん性に関してはNSSの摂取量の多さとがんの発生を評価した研究で、NSSの摂取とがんの発生は否定されており、人工甘味料とがんの話はほとんどがネズミを対象とした話ですので、現時点では安心してよさそうです。
さて、この人工甘味料をうまく使う方法ですが、少なくとも短期間であれば効果的であると考えられます。そしてその間に、甘いものも食べる習慣が問題となっているようであれば、それらを修正して使用することです。
また、WHOの推奨については糖尿病を持っている人については省かれており、血糖値を下げる目的で砂糖のかわりにNSSを使用するのは推奨されている他、砂糖と比べて虫歯などについてのよい影響も言われています(※1)。
いずれにせよ、できるだけとらないほうがよいといったことでもなく、NSSをうまく使うことで健康によい影響がありますので、上手に使っていきましょう。
■血糖値を下げる「ベジファースト」の本当の効果
ベジファーストという言葉はとても有名な言葉なので、聞いたことがない人はもはやいらっしゃらないでしょう。ベジ(野菜を)ファースト(先に食べる)という食事方法のひとつです。名前からイメージがつきやすいため、かなり知れ渡っています。
「ベジファースト! 知ってる! 野菜から食べたらよいってやつでしょ!」でも、ベジファーストが何がどうよいのかご存知ですか?
例えばハウス食品のHP(※5)には「急激な血糖値の上昇を防ぎ、生活習慣病や肥満を抑制する」と書かれています。また、大正薬品のHPには「糖の吸収を抑え、ダイエットに繋がる」「老化を進めにくい」などの意味合いの記載があります(※6)。では、ベジファーストの論文を見ていきましょう。
まずは2011年から行われた研究です。2型糖尿病の患者さん19人を対象として、最初に野菜を5分間食べ、次に主菜を食べ、野菜と炭水化物の間隔を10分間空けて、米またはパンを摂取し、翌日にはその逆の順番で食事を行いました。
これはクロスオーバー試験と言って、全ての人がどちらの方法も行うことでその違いを見た研究です。
次ページのグラフでは健康な30歳前後の21名も加わって書かれています。
出所=『75歳の親に知ってほしい!筋トレと食事法』
このとおり、ベジファーストをすることで糖尿病の人も糖尿病でない人も血糖値の上昇が抑えられているのがわかると思います(※7)。
また、2型糖尿病患者101名を対象として、ベジファーストと従来の食事療法を比べた研究(※8)についてお話しします。どちらかの指導を2年間受け、その間のHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)の経過を見ています。その結果がこちらになります。
出所=『75歳の親に知ってほしい!筋トレと食事法』
◆がベジファーストを受けた患者さんで、■が従来の食事療法を行った患者さんです。やはり、血糖値が下がっているように見えますね。
また、この効果は野菜に限らず、肉や魚でも同様の結果のようです。2型糖尿病患者さん12人と健常者10人に対して、魚⇒米、米⇒魚、肉⇒米の3つのパターンをそれぞれ行った研究(※9)の研究の結果は次の通りです。
出所=『75歳の親に知ってほしい!筋トレと食事法』
最後に、境界型糖尿病の人に「A栄養指導なし」、「B最初の5分間は炭水化物を含まない食品(すなわち、サラダ、肉、魚)のみを摂取し5分間待った後、米などの炭水化物を含む食品を摂取するように指導」、「C花王が開発したスマート和食プログラムを用いたバランス食を指導」の3つに振り分けて6カ月間の経過を見た研究(※10)を見てみましょう。
結果は次のグラフの通りで、A群(茶色)と比べてB群(オレンジ色)とC群(灰色)は食事摂取量が減り、体重が減っています。ちなみに、血糖値やHbA1cには違いは見られませんでした。
出所=『75歳の親に知ってほしい!筋トレと食事法』
■海外ガイドラインでベジファーストが言及されないワケ
これらの研究の結果としてはベジファーストや肉や魚を先に食べる食事療法は血糖値を下げ、HbA1cを改善し、体重を減らすのではないかと思います。
さて、これらのデータがあるにもかかわらず、海外の糖尿病や肥満のガイドラインではベジファーストのことは一切述べられていません。なぜでしょうか? それは十分なエビデンスではないからです。
例えば1つ目と3つ目の研究でベジファーストと比べた食事は先にご飯だけを食べるという内容です(※7,9)。これらの食事は一般的でしょうか? いや、お米だけ5分間食べ続けるような食事をしている人はいないでしょう。
ですので、お米だけ5分間食べ続けるような食生活をしている人にとっては、「ベジファーストで血糖値が下がりますよ」という指導は正しいのかもしれませんが、その他の人にとっての効果は不明です。
また、2つ目の研究は対象が従来食事療法ではあるのですが、詳しく見てみるとベジファーストの指導を受けた人はベジファーストだけでなく、「1口20回以上噛んで食べることを推奨し、オリジナルの教育用パンフレットを用いて、野菜、きのこ、海藻類などの食品の摂取量の増加を促すこと」が加わっています。
そして実際、食事の変化量としては白米が大きく減り、緑色の野菜の摂取量が増え、果物が減っています。
出所=『75歳の親に知ってほしい!筋トレと食事法』
「食事の順番を替えるだけ」で血糖値が下がったわけではなく、よく噛むことや食事内容の変化が影響している可能性が考えられます。また、この研究では体重の変化はありません。
最後に4つ目の研究では確かにベジファースト(オレンジ色)は体重が減っているのですが、その背景に摂取エネルギー量が減っています。そしてそれはバランス食指導のグループC(灰色)も同様です。
出所=『75歳の親に知ってほしい!筋トレと食事法』
■「有名なこと=正しいではない」
これらの結果をもってベジファーストは、他の食事療法より血糖値を下げ、体重を減らすというのはさすがに言いすぎです。
大坂貴史『75 歳の親に知ってほしい!筋トレと食事法』(クロスメディア・パブリッシング)
ベジファーストは最初に白米だけ食べる食習慣と比べると血糖値の上がりが抑えられ、また野菜をとることを意識すると、食事摂取量が減ることで体重が減る可能性があります。ただ、研究のデザインなどが十分ではなく、その結論は限定的です。
結局のところ、ベジファーストはいくつかの論文による報告しかなく、結果が限定的であるわりには世間でまるで健康の常識のように扱われています。
また、いずれの内容も短期的に血糖値が下がる以上の結果はなく、例えば運動は長期的に死亡率を下げますが、ベジファーストではそのような効果は報告されていません。つまりベジファーストが健康的かどうかは全く不明です。
また、対象としているのは糖尿病の人ばかりです。糖尿病でない人にとって僅かに血糖値が下がることにどのようなメリットがあるのか不明です。
ただ、ベジファーストについて、全く意味がないわけではありません。ベジファーストを意識することで野菜の摂取量が増えたりすることはよいことですし、野菜を先に食べることでしっかり噛むことができればそれもよいことかもしれません。
「野菜を先に食べるだけ」で健康になれるというのは現時点では真実とは言えませんが、ニュースやメディア、行政も取り上げているのでまるで真実のことかのように思ってしまうでしょう。とくにこれらの論文はほとんど日本から出ているため、どうしても客観的な価値よりもより強調されているのかもしれません。
「有名なこと=正しい、ではない」のはSNSの中だけではなく、テレビや企業中心の情報にも存在することを知っておいて損はないと思います。
ベジファーストによる効果はかなり限定的です。少なくともメディア等で書かれている効果はなさそうですし、健康によいかどうかもはっきりせず、日本以外の国ではあまり評価されていません。
世間で流行っていることは流行っているだけで正しいというわけではありません。一つひとつ確認していくことが大切だと思います。
※1 WHO Use of non-sugar sweeteners: WHO guideline
※3 味の素 パルスイート
※6 大正製薬 スポーツコラム がまんしない、つらくない!「ベジファースト」で太りにくい身体づくり
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大坂 貴史(おおさか・たかふみ)
医師
京都府立医科大学卒業後、京都南病院で初期臨床研修を経て京都第二赤十字病院に就職。その後、京都府立医科大学大学院博士課程で医学博士を取得し、現在は綾部市立病院_内分泌・糖尿病内科部長、京都府立医科大学大学院医学研究科内分泌糖尿病代謝内科学講座客員講師。糖尿病専門医・指導医、総合内科専門医、日本医師会認定健康スポーツ医。市中病院で糖尿病をもつ患者さんを診察しながら、大学で糖尿病に対する研究を行っている。糖尿病と筋肉、糖尿病運動療法が専門。幸せになる運動の開発が現在の研究テーマ。趣味は料理とワイン。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、SAKE DIPLOMA。居合道・弓道・合気道有段者。YouTube、Xで医療情報を発信している。YouTubeの掛け声は「健康はぁ〜筋肉ぅ〜」
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(医師 大坂 貴史)