「レム睡眠=浅い眠り」「ノンレム睡眠=深い眠り」ではない…メディアが広めてしまった睡眠の"大誤解"
2025年3月3日(月)17時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_
※本稿は、櫻井武『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
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■レム睡眠とノンレム睡眠は「質」が違う
睡眠には「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」の2種類がある、ということは、すでに一般的な知識といっていいのかもしれない。しかし、この両者の違いを「ノンレム睡眠=深い眠り/レム睡眠=浅い眠り」と理解していないだろうか?
メディアなどで睡眠の基本を説明する際、よく使われる表現なので誤解するのも仕方がないが、それは誤りだ。
レム睡眠は浅い眠りではないし、そもそも、レム睡眠とノンレム睡眠の違いは、単なる「量」的なものではなく、「質」が違う。脳の状態も全身の状態もまったく異なる「別モード」だ。
■睡眠中は3つのモードを繰り返している
睡眠の深さに関していうなら、深度の違いはノンレム睡眠の中にある。ノンレム睡眠は脳波の状態からさらに、「N1」「N2」「N3」に分類される。哺乳類の場合、「N1」≲「N2」≲「N3」とNの数字が大きくなるほど、睡眠深度が深いことを示す。
出所=『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜』
ノンレム睡眠中の「N1」とレム睡眠を比べると、レム睡眠中のほうがよほど覚醒しにくい。その現象だけをとっても、「ノンレム睡眠=深い眠り/レム睡眠=浅い眠り」ではないことがわかる。
ノンレム睡眠とレム睡眠の違いは、覚醒とノンレム睡眠が異なるのと同じレベルで違いがある。脳の活動という観点からいうと、私たちの体の状態は起きているか寝ているか——覚醒/睡眠の2つではなく、覚醒/ノンレム睡眠/レム睡眠という3つのモードに分かれていて、それを順番に繰り返していると考えたほうがよい。
■睡眠サイクルは「90分」とは限らない
睡眠にはサイクルがある、ということも、すでにご存じの方は多いだろう。ヒトは眠るとまず深いノンレム睡眠に入り、ある程度の時間がたつとレム睡眠へと移行する。そのあと、再びノンレム睡眠に入り、そしてまたレム睡眠へと移行する。
このノンレム睡眠とレム睡眠を合わせた1セットを「睡眠サイクル」といい、だいたい1セット数十分となる。「睡眠のサイクルは90分」と言われたりするが、そこまで正確なものではなく、「数十分」というのが適切だ。
この睡眠周期が一晩に4〜6回繰り返されるわけだが、徐々にその内容も変わる。最初のサイクルではわずかだったレム睡眠の割合が徐々に増加。ノンレム睡眠の内訳も時間とともに変化し、睡眠周期の2回目以降、N3の割合は減っていき、覚醒前になるとN1とレム睡眠の比率が多くなる。
睡眠にとくに問題を抱えていない人は、レム睡眠とノンレム睡眠のこうした配分が、一晩の中で適切に繰り返される。
興味深いのは、睡眠周期は必ずノンレム睡眠とレム睡眠によって成立するということだ。もしも、巷間(こうかん)言われるように「質のいい睡眠=深い眠り」だとすれば、意味があるのはノンレム睡眠だけということになる。
■あらゆる情報を統合・整理する前頭前野
しかし実際には、さまざまな実験によって、レム睡眠は欠くことができない状態であることがわかっている。またN3の深いノンレム睡眠だけではなく、浅いノンレム睡眠にも固有の役割があることもわかっている。
「睡眠」と一言で語るけれど、「ノンレム睡眠」「レム睡眠」、それぞれにまったく異なる役割があり、それによって私たちの脳と体は維持されている。
ノンレム睡眠とレム睡眠の違いは、“量”ではなく“質”にあると指摘した。覚醒/ノンレム睡眠/レム睡眠という3つの脳の作動モードの違いを順番に説明しよう。
まずは、覚醒時。脳波は周波数の高いβ波が脳全体で観察される(脳波は意識水準が高いと周波数は高く振幅は小さく、意識が薄れると周波数は低く振幅が大きくなる)。
感覚系からの入力は100%脳に伝達され、リアルタイムで処理されていく。インプットされたありとあらゆる情報は、大脳皮質の前方にある「前頭前野」と呼ばれる部位で統合・整理される。
出所=『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜』
私たちが今、どこにいて何が起こっているのかを理解し、現状把握をして、次にどう行動すべきかを考えられるのも、筋肉などへ指令が伝わり目的をもった行動をとることができるのも、この前頭前野での情報処理のおかげだ。
■ノンレム睡眠時、脳はメンテナンスモード
では、ノンレム睡眠時はどうか? ノンレム睡眠時、脳波はα波以下のゆっくりとした振幅の大きな波を示す。これは、大脳皮質の神経細胞の活動がそろってくることに関係している。覚醒の制御にかかわる「脳幹」や「前脳基底部」「視床」の活動も低下する。脳がメンテナンスモードに入ったため、情報処理する能力は低下している。
出所=『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜』
ただ、感覚系からの入力がすべてなくなるわけではない。そのため、大きな物音がしたり、光の刺激が入ったりすると目覚めることができる(N3の段階だと難しいこともある)。
情報の入力はあるけれど、脳の処理能力は落ちている。寝返りをするなど体を動かすことができないわけではないが、脳からの命令が少なく筋肉への出力は落ちる。脳は「おやすみ中」だが、感覚器官や筋肉とはつながっている状態がノンレム睡眠だ。
■レム睡眠中の脳は活発に活動している
ノンレム睡眠中、休んでいる脳の中で活動が高くなる部位がある。それが、視床下部の前方にある「視索前野」だ。視索前野には睡眠を開始し維持する機能をもった領域が存在する。この部分の神経細胞の働きによって、覚醒が抑制され睡眠が促される。
ノンレム睡眠中は1日のうちでも脳のエネルギー消費がもっとも下がる。脳も体も休息モードに入っているのがノンレム睡眠だ。
ノンレム睡眠については「脳の休息・メンテナンスモード」と端的に表現できるのだが、レム睡眠について一言で語るのは難しい。ひょっとしたら、レム睡眠は「体の休息」と理解している人がいるかもしれない。それは残念ながら誤りだ。
レム睡眠中、脳は活発に活動している。脳波を見ると覚醒時と同じようにその波形は小刻みで、低電圧の速い波が観察される。驚くのは、その活動の度合いが覚醒時以上だということだ。なんなら、日中、難しい数学の問題を解いているとき以上に、脳は活動している。
■インプットもアウトプットもせずフル稼働
ただ、感覚系からの入力は視床でブロックされている。また、レム睡眠中には脳幹から脊髄に向けて運動ニューロンを麻痺させる信号が送られるため、一部を除いて、脳の命令が筋肉に伝わらない。そのため、全身の筋肉は緩んでいて力が入らない(これが、「体の休息」という誤解のもとだと推察される)。
出所=『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜』
つまり、脳のインプットもアウトプットも遮断して、脳をフル活動させている状態がレム睡眠だ。PET(陽電子放射断層撮影)やfMRI(脳機能画像解析技術)などで脳の各部の動きを見ると、レム睡眠時、とくに大脳辺縁系の扁桃体や海馬の活動が覚醒時より上がっていることがわかる。
扁桃体は側頭葉の内側面にある部位で、情動と深くかかわりがある。感覚系から入ってきた情報が、どういう意味をもたらすのか——危険や脅威なのか、それともうれしいことや楽しいことなのかを評価しているのが扁桃体だ。
一方の海馬は扁桃体の後方にあり、記憶——とくに、新しい記憶をつくるために重要な役割を果たしている。扁桃体と海馬は密接にかかわっていて、扁桃体が情動を発動させると海馬は記憶を強化する。強く感情が揺さぶられた出来事について、鮮明に覚えているのはそのためだ。
出所=『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜』
■さっき見た夢の内容を覚えていない理由
しかし、レム睡眠中に扁桃体や海馬の活動が高まっているのは記憶の固定化をしているからではない。むしろレム睡眠中には記憶のメカニズムは停止している。そのため通常、夢の内容を鮮明に覚えていることは少ない。
しかし、扁桃体の活動は、自律神経系への出力に大きく影響を与える。交感神経系の変動も大きくなっており、これは、レム睡眠が決して「体の休息」ではないことを意味している。
脳の活動が高まっている部位がある一方、レム睡眠中に活動を低下させる部位もある。それが「前頭前野」と「一次視覚野」だ。
また、レム睡眠時、眼球は動いている。レム睡眠の「REM」は「急速眼球運動」= rapid eye movementの略で、レム睡眠は眼球の動きがともなう睡眠という意味だ。一方、ノンレム睡眠時、眼球は動かない。ノンレムという言葉は、rapid eye movement がNON=ない睡眠という意味だ。
■起床時にはできない、レム睡眠の役割
脳はこうした覚醒・ノンレム睡眠・レム睡眠という3つの作動モードを、1日の間でスイッチングさせている。
よりイメージしやすいよう、それぞれの状態をパソコンに例えると次のようになる。
●覚醒状態:インターネットとつながり情報をやりとりし、周辺機器にも接続して、アウトプットをしている。
●ノンレム睡眠:パソコン本体もスリープモード。インターネットや、周辺機器との情報のやり取りも最小限しか行われていない
●レム睡眠:インターネットなど外部との接続、周辺機器との接続もオフ。端末のパソコンは動き、情報処理をしている
出所=『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜』
ではなぜ、脳の作動モードの中にレム睡眠という特殊な状況があるのか?
櫻井武『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜』(扶桑社新書)
レム睡眠の意味については長年謎だったが、近年、急速に解明されつつある。
長時間の断眠のあとは、いつもより早くレム睡眠に入り、レム睡眠が長く続くことがわかっている。それはあたかも、不足したレム睡眠を取り戻そうとしているかのようだ。
また、レム睡眠が減ると死亡率が高まり、さらに心血管疾患による死亡リスクも上昇するという研究結果もある。
これらのことから、「レム睡眠」という脳の作動モードは必要不可欠なのだと推測される。レム睡眠時、活発に活動する扁桃体は感情をつかさどり、海馬は脳の記憶をつかさどる。そのため、レム睡眠は情動——感情の処理にまつわる何か、あるいは認知機能にかかわっているのではないかと考えられる。
そして、おそらく、レム睡眠時に脳が行っているその作業は、脳がリアルタイムで情報処理をしているときにはできないものなのだろう。
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櫻井 武(さくらい・たけし)
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長
国際統合睡眠医科学研究機構副機構長。医学博士。研究テーマは「神経ペプチドの生理的役割」、とくに「覚醒や情動に関わる機能の解明」「新規生理活性ペプチドの検索」「睡眠・覚醒制御システムの機能的・構造的解明」。筑波大学大学院在学中に、血管収縮因子エンドセリンの受容体を単離。テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンターに移り、柳沢正史教授とともに、ナルコレプシーの発症にかかわるオレキシンを発見。冬眠様状態を誘導するQニューロンを発見、マウスやラットに人工冬眠様状態を惹起することに成功。睡眠研究の第一人者。著書に『「こころ」はいかにして生まれるのか 最新脳科学で解き明かす「情動」』『睡眠の科学 なぜ眠るのか なぜ目覚めるのか 改訂新版』『SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか』(すべてブルーバックス)など。
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(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長 櫻井 武)